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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第二章

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一ノ瀬ハルトの油断


船に乗って半日移動して着いた櫻子さんの国で、その日僕たちは夜のパーティーに招かれていた。


先に支度を終えた僕らは、櫻子さんの身支度が終わるのを部屋の外で待っている。




「さくら、間に合うかな‥」

レイは時計を見て不安そうに右往左往していた。



「少しは落ち着いてもいいのに‥レイらしくないよ」

レイは黒のタキシード姿で、きっちり髪型までセットしていた。


その全てがレイのために作られたのではないかというくらい似合っていて、男の僕でも驚いてしまうほどだった。



でも、この国では門番ですら櫻子さんを馬鹿にしていて、それを当然のように受け入れている。

こんな国の夜会に遅れたからって何なんだ?と僕は思うけど、レイが真面目な顔をして時計を見るからつられて緊張してしまう。






その時扉が開き、櫻子さんが早歩きで出てきた。

赤の髪に、プラチナのティアラを載せて、同じ色のイヤリングをしている。ドレスは薄い青でレイの色だった。



「皆、待たせてすまない」

「全然‥待ってないです!綺麗ですね‥」

あまりにも美しくてため息が出る。

いまの櫻子さんは誰が見ても高貴な姫君だった。

ただ、真っ直ぐに差し出した手はレイに向かっていた。



「とても綺麗だよ。」

レイが進み出て櫻子さんの手を取った。櫻子さんの方からレイの腕に手を絡めた。



「ここまで来たら一連托生だ‥いこう」

背を向けたまま櫻子さんが言って、僕やリア、シオンは頷く。










会場の大きな扉が開き、僕らの名前が呼ばれた。

今日は客人として迎えられていたので、櫻子さんとレイのすぐ後に会場に入った。


煌びやかな会場の中、僕らを置いて櫻子さんはレイを伴って王の隣へと進んでいく。




会場中から感嘆の息が聞こえる。僕はその理由を知っていた。レイと櫻子さんが並んで歩くと、まるで絵画のように美しいからだ。



レイは背が高くて顔も整っていて、手足も長くて鍛えていて‥髪も揺れる度に青に煌めいて見える。

レイは何処にいても頭ひとつ分抜けている。黙っていたら美術品みたいだ。



櫻子さんも背が高く、凛と美しい。涼しげな目元が微笑むと緩んで胸がギュッとなる。



二人が並ぶと赤と青で、互いに無い色を補っているような、簡単に話しかけてはいけないような、そんな気持ちすらしてくる。




「二人ってお似合いだよね」

ほんとは‥皇太子殿下や櫻子さんがなぜレイを選んだのかなんてわかってた。

誰も邪魔できないほど、二人は同じ世界の人間だから。

背丈があまり変わらない僕と並んだ時とは違う。もう少しだけ‥伸びたらよかったのにな。






「さぁ櫻子、ここへおいで」

王が櫻子さんを呼ぶ。

レイは微笑んで、前に進み出る櫻子さんの両手にキスをして見送っていた。女性たちの小さな悲鳴に近い声が聞こえてくる


そんな女性たちには一瞥もせず、レイは櫻子さんだけを見つめていた。それすら女性たちの羨望の的だった。




あそこに居るのが僕だったら?

櫻子さんの赤い髪や瞳の色ではなく、自分にここまで目線を集められただろうか。


レイは、自分に視線を集める事すらわかってやっている。

今は会場中が美しい櫻子さんとレイの婚約を祝っていた。





「あーあ、やっぱりレイには敵わないなぁ‥」

生まれた時からずっと、ずっと勝てた事がない。いつからか競うのも諦めていた。








「さあ、二人の婚約を祝おう」

王の合図で一斉にグラスが配られて、乾杯の合図で全部飲み干した。


「‥ハル‥」

「‥大丈夫だよ、僕だってそこまで馬鹿じゃないから」

僕が全て燃やしてしまわないか心配しているんだろう。シオンは苦笑いを見せて僕の背中を叩いた。



レイと櫻子さんはダンスホールの真ん中で、手を取り合って踊る。二人きりで回って、見つめ合う。




櫻子さんは僕がいなくても笑っている。


それがこんなにも辛いのに、どうして貴女は僕を忘れたみたいな顔して過ごせるんだろう。

胸がギュッと潰れたみたいに苦しい。


近寄ってきた女性に話しかけられて、対応していた。渡されたグラスの飲み物を口にしようとしたとき急に地面が大きく揺れた


手からグラスが落ちて床で割れる。

驚いて櫻子さんを見ると、レイに抱きしめられていた。目が合った気がしたけど、すぐに騒めく人混みに呑まれて見えなくなった。







「‥着いてこなければよかったな」

素直に櫻子さんの帰りを待っていたら良かった。そしたらここまで圧倒的な差を見せつけられずに、まだ夢を見ていられたのに。





「おや、この国は気に入りませんでしたかな?」

「ッ」

突然後ろから声をかけられて驚いて振り向いた


そこには櫻子さんの叔父が立っていた。

僕が一瞬警戒したのに気づいたのか、一歩下がって距離を取った。



「そういう訳ではなく、僕はまだまだ未熟なのでこの場に相応しくないと思いまして。失言でしたね‥訂正致します」

僕がそう取り繕うと叔父はにこりと微笑んだ。

床に落ちたガラスをてきぱきとウェイターが片付けていく。



「てっきり今の地震で我が国が嫌になってしまったかと思いましたよ」

慌てて否定したら笑われた。

涼しげな目元が櫻子さんを思わせる。微笑むとよく似ていた。



「ぜひ一ノ瀬様に姪の学園での様子を聞きたいところなのですが‥今の地震の外の様子を見に出なければならなくなりました。残念ですが国の治安維持が仕事なのでね」

僕が残念ですというと、思いついたように指を鳴らした。




「良ければご一緒にいかがですか?外を確認するついでに、姪が過ごしていた塔をご案内しますよ。ご覧になりたいですよね?ご友人ならば」

全てを見透かされているようだった。

誘われるままに、ぜひ、お願いしますと口走っていた。



櫻子さん達の姿は見えず、僕はそのまま叔父の後ろに着いて会場を後にした。




叔父は歩きながら僕に学園での櫻子さんの様子を聞いてきた。


どこまで知っているのかわからない。

本来なら講師として働くはずだった櫻子さんは、それを無視して今は生徒として学んでいる。

全て叔父は知っているのか、それともカマをかけているのかわからなかった。


そうして会話をしていたら、中庭に出て、向かいに黒い塔が見えた。






「ここです。生まれた時から姪はこの場所で育ちました」

黒い塔は丸く黒い入り口があるだけで、上に長く伸びていた。


扉を開けると小屋のように机や椅子が並んでいた。さっきまでいた城とは全く違う。冷たい石の壁に、薄汚れた家具



「この上が部屋です。」

「‥‥櫻子さんは、ここに一人で?」

「ええ、そうです。忌み子が生まれたらここで育つしきたりです」

忌み子、ただ髪と目が赤いだけなのにそう呼ばれて隔離されて過ごすことがしきたりなんて。



「妹‥女王は、生まれた姪を一目見てとっさに首を折ろうとしました。それを取り上げてここで育てたのです」

「そんな‥」

椅子を引くとキイ、と鳴った。

叔父はそこに座って僕を見ている。



「あの子は親のいない子として育てました。私は軍人としてあの子を育て、誰にも頼らずとも強くあるように‥‥ああ、そうなると女らしい振る舞いをしないのは私のせいですな」

僕が黙っていると立ち上がって、奥の部屋の鍵を開けた。

そこには階段があって、ゆっくり上がっていく。声が響く階段の先に小さな部屋があった。





「ここが姪の部屋です。部屋とは言っても私物は全て王国へ持って行ったようで何もありませんがね」

ベッドと机だけが置かれていて、窓が一つあるだけの部屋。


ここで育った櫻子さんは、いつも一人で何を考えていたのだろうか。

寒い日は?暖炉もない部屋で凍えていなかっただろうか。暑い日はなかったのか、怒りなのか哀しみなのかわからない感情が湧いてくる





「姪は化け物としてはいい女に育ちましたな」

「櫻子さんは化け物ではありません!ただの‥綺麗で能力がある女性です」

僕が否定するとフッと笑った。




その時、突然視界が暗くなっていく。

目眩がして地面に膝をついた。



「姪は生まれる場所を間違えたようですな、王国に生まれ落ちるべきだった。そうすれば何も考えずに幸せに過ごせていたかもしれない」

「‥僕に‥何を‥」

「姪に封言を教えたのは私なのです。封言士と密室に入る時は警戒せねば。」

目が開かない。




「一番は貴方ではなかったようだ。残念です」


そこまで聞いて意識は切れた。





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