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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第二章

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29/33

叔父の毒



部屋の前までくると、シオンたちと別れて二人で部屋に入った。



扉が閉まった途端、さくらが床に崩れるように倒れた。




「‥大きな声を出さない‥で‥」

さくらは息すらし難いのか、その場から動けないようだった。体を持ち上げて、広いソファに座らせた。


「‥傷見せてね」

背中を見たら血は止まっていた。そこまで深い傷ではなかったようで安心した。

軍服から出ている手首を触れると熱があるのかというほどに暑かった。



「‥これ脱がせるよ大丈夫?」

服のせいなのかわからず、軍服のボタンを外した。上着を脱がせてから傷口を見たら、何か血とは別のものが付着している。



「‥どうやら薬を盛られたようだ‥‥」

その言葉が信じられなかった。

突き刺した剣先に毒を塗って刺したというのか?姪であり、姫なのに?

自分の生きてきた環境ではまず起きない事象に、頭がついてこない。



「‥夜会を欠席させるつもりだろう‥そんなことさせてたまるか‥」

頬を高揚させたさくらはそう言ってソファに崩れた。


さくらが俺だけを連れて来たがった理由がわかった。特に‥ハルを連れて来たがらなかった理由が。 


ハルの前で同じことが起きていたら‥ハルは間違いなくこの国を燃やしただろう。




「俺に何かできる‥?」

「冷たい水に浸かりたい‥」

息を切らす姿を直視出来なくて目を逸らした。

なんとか水を用意しなくては‥風呂場で水を溜めている間に、櫻子のスラックスを脱がせた。

下着だけになった姿をこんな時に見るなんて。




「世に言う、媚薬なのかな‥?」

「‥‥何なのかはわからない‥まあ死ぬことはないだろう‥私は皆に守護を‥かけているから‥」

さくらの体を持ち上げようと手を掛けたら、ビクッと震えた。


「‥敏感になってるだけだから、気にしないで‥」

下着姿を見たのはもちろん初めてなので思わず目を逸らしてしまう。



俺がここで、我慢出来ず手を出したら婚前交渉を迫り襲ったと言われるのだろう。監視されているうえ、嬌声が響けば嫌でもわかってしまう。


夜会までは2時間を切っていた。このまま連れて行くわけにはいかない。






「‥ちょっと耐えてね」

抱き上げる一瞬、叫ばないようにタオルを噛ませて持ち上げた。さくらは震えながら押し寄せる何かに耐えていた。


「冷たいけど我慢して‥」

水に足から入れると、赤い顔をしてもたれかかっている。

力が抜けてしまっているのか、心なしかぼんやりしていた。まるで人魚が捕まったようだった。


風呂場にも監視の目があるのかはわからない。

ただどう考えてもこの部屋の全体は見られている。



「‥レイ‥」

さくらが手を伸ばしてきて俺の顔を掴んだ。冷たい水滴が飛ぶ。


「キスしたい‥‥」

求められるままに口付けると、身を起こしてこちらに体重を預けてきた。俺の服や床が濡れて、ポタポタと水滴が落ちる音がする。



「もっとほしい‥ちょうだい‥」

とろんとした目で繰り返していた。意識をなくしているのか、ぼんやりとした言葉を繰り返すだけだった。


俺の輪郭を撫でている指にドキドキしてしまう。でも何もわからない状態の女性に襲いかかるほど飢えてない。馬鹿にしないでほしい。



「さくら、このまましたら思惑通りだよ?それでいいの?」

「‥‥‥それは‥だめだ‥」

そう言って立ち上がった。

フラフラと下着姿で水浸しで、風呂場から部屋まで歩いて行く。


そして机にあった果物ナイフを手に取り、自らへ振り下ろした


「‥ぐッッ!」

悲鳴をあげそうになるのを堪えてその場で座り込んだ。

思わず駆け寄ると、太ももから出た血でカーペットが赤くなっていた。




「‥やってくれたな叔父さま‥」

その瞳や髪は赤に染まっていた。


薬は今のショックで切れたのか、痛みで紛らわせているのかはわからない。ただもう瞳は赤く輝いていて、ぼんやりしていなかった。



「俺、今まで自分の生まれを贅沢だと思ったことはなかったよ。後継者は割と大変だったから‥でも、ここに比べたら天国だったな‥」

「本当にごめん‥こんな事に巻き込んで‥」

そんなことが伝えたかったんじゃなかった。




「さくらは凄い女の子だ。俺はさくらを心から尊敬してる。大好きだよ」

「私も‥レイが大好き。この気持ちに偽りはないよ」

さくらと俺の好きの種類が違っていても今はよかった。泣いている俺の目元を拭って、さくらは微笑んだ。

俺の頬に口付けて、俺はさくらの口にキスをした。



数分後、なんとか傷口を抑えて止血した。さくらの封言で傷口を縫い止めただけなので、治ったわけではなかった。


夜会の待ち合わせの時間まで後1時間を切っていた。

服を簡単なワンピースに着替えたさくらは立ち上がる。

足に大怪我をしているとは思えない歩き方に驚く。怪我の隠し方まで慣れているなんて。


到着して数時間だったが、もうすでに王国が恋しかった。









自分たちの準備を終え、さくらの準備を待っていた。思わず右往左往してしまう俺を、ハルが呆れたような顔で見ていた。


俺の心配する気持ちと、ハルたちのそれは比較にならない。だってさくらは足に刃を突き刺した後なんだから。でもそれを3人は知らない。




「待たせてすまない、支度に手間取ってしまった」

約束の時間まで数分のところで、さくらが急いで支度を終えて出てきた。


その姿は今までで一番美しく、皇女に相応しい風格だった。

青のドレスは俺の色だ。赤い髪を束ねてプラチナのティアラを載せている。どんな宝石よりも輝いて見えた。


合流してすぐに息つく暇もなく会場へ向かう。



「‥足には包帯の上からレースを巻いた。もし見えることがあっても大丈夫だ‥」

俺の腕に手を絡めてさくらが囁く。


美しい装いだが、浮かれていられないほど状況は厳しかった。さくらの足は歩くたびズキズキと痛いはずだ。

その上、俺たちは会場内でのファーストダンスを任されている。



「それで踊れるの‥?」

「‥やるしかない‥」

顔に笑みを貼り付けて、櫻子は呼ばれるがままに足を進めた。


重い扉が開く。俺たちは順に呼ばれ、さくらと俺は2人で入場した。

拍手が響く中、さくらは礼をして王の方に足を進める。


無事に終わることを心の底から願っていた。







美しい、という声が歩く毎に聞こえてきて安心した。


この夜会では少なくとも‥櫻子を化け物呼ばわりする輩は目立っていないようだった。


大抵の人より俺は背が高いので、段の上の王より頭が上にならないように屈めて礼をする。





「紹介しよう。これは我が娘の櫻子と婚約者殿だ。姫はしばらく王国にて療養していたが、この度婚約者を伴って帰国した」

王がさくらと俺を紹介すると、全ての招待客が受け入れていた。さくらは微笑んで挨拶しただけですぐ俺のところに戻ってきた。


手袋をした手にキスをすると、手は冷たく震えているようだった。




「客人諸君、楽しんでくれたまえ」

こちらを見て王は言った。掲げたグラスで一口飲み、また礼をした。



「櫻子姫、初めてお会いできて光栄でございます」

「ええ、ありがとう。」

さくらは来賓としてもてなされながら、どことなく青い顔をしている。


また何かされたのかと焦るが、さくらはその場から動こうとしなかった。

傅いて祝いの言葉を口にする人々、さくらがこの国でどんな目に遭っていたのか、この国で生きていて知らないはずはないのに。

微笑んで対応するだけでも嫌な気分になる。




「さぁ、みなさんフロアにどうぞ。姫と婚約者様がセンターで踊られます」

曲が流れ始める。

ここでのダンスは絶対に避けられない。やるしかなかった。




「櫻子さん、ファーストダンスを私と踊っていただけますか?」

「ええ。よろこんで。」

形式めいた誘いをしたらさくらは優雅にその場で礼をした。


ステージの真ん中で二人で踊る。

足の怪我なんてを感じさせないほどさくらは上手く踊っていた。


一曲が終わり拍手に包まれる。

続けて2曲目が始まり、周りにいた男女が俺たちの周りに参加してきた。抜け出すつもりだったが、さくらがそのままその場で踊る様子を見せた。


続けて踊る必要はないのに、ぐいと肩を寄せて微笑んでいる。




「何か口にした?」

小さい声で囁いてきた。

内容にゾッとして、飲み物を‥と小さく返すと俺の口元を見てさくらが黙る。フワリとドレスが揺れている。



まさか、今度は俺たちの飲み物に何かしたのか?でも俺たちはランダムに渡された中から選んでいるのにどうやって?



「体におかしな所は?」

また小声で囁いて、俺は首を振る。




「なら一ノ瀬なのか‥」

俺は混乱していた、さくらはハルを見ている。

ハルはちょうど飲み物を口に運ぶところだった。



「有栖川櫻子の名によって命じる‥この場の床全て震えよ‥」

その一言で会場全体がぐあん、と大きく揺れた。

パリン!パリン!とグラスが割れる音が会場に響く

ハルを見るとグラスを床に落としていた。



ひどい揺れが収まると、会場は騒然となった。

シオンやリアも無事のようだった。




「さあ、夜会を続けよう」

王がそう言って手を叩き、また音楽が始まった。



俺たちは揺れと同時に輪から抜けた。


側から見たら婚約者を心配して抱きしめているように見えるだろう。櫻子が病弱で療養していたと言われていたなら、尚更だった。



「‥少しバルコニーに行こうか」

俺はさくらの肩を抱き、バルコニーの扉を閉めるとため息をついた。



「驚かせて悪かった。叔父のそばを通ったとき言われたんだ‥次は私の1番大切な人間だと‥それで‥」

「俺を1番に心配してくれたんだ、ありがとう」

さくらの背中を抱きしめる。俺のすぐ後にハルだったのは諦めた。

今は、1番最初にハルに駆け寄らなかったことにすら感動してしまう。純粋に嬉しかった。



「早くあの国に帰りたい‥この国は嫌だ」

俺に向き直って抱きついて、頭を押し付けてきた。



「そうだね‥早く終えて、皆で一緒に帰ろう」

さくらの頭の上の王冠を元に戻す。

プラチナの王冠はあまりにも重くて驚いた。立派な宝石が多く付いているが、それすらさくらへの足枷のように思えてしまう。





「ねぇさま、婚約者さま、こんばんは。二人きりのところを邪魔して申し訳ありません」

バルコニーの扉を開けて妹が入ってきた。緩く一礼するとさくらに駆け寄る。



「ねぇさま‥父様が呼んでおります。婚約者様も一緒にどうぞ。」

「ありがとう、撫子。」

バルコニーに入るところすら見張られていたのだろう、本当に息が詰まりそうだ。


顔に出さないように櫻子の頬を撫でて離れる。

ティアラに負けないほどさくらは美しい。

俺も、俺の役目を果たさないと。




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