表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/33

突然の誘い


その日は学園の卒業式だった。

俺はグレイン家や学園の代表として、どのイベントでも発言することを求められていた。


在学中の貴族の後継者は式典やイベントの運営を任される事が多いが、同世代に四家の者が二人いることは稀で、先に入学した俺が1年目から全てを行っていた。


ハルは俺が卒業する時からだから、任期は1年間だけだ。


当たり前のことすぎてズルいなんて思ってなかったけど、よく考えたら同じ立場なのにハルは免除されていることも多かった。



その事を初めて考えたのは新年祭のときからだ。

俺がイベントで席を外しているときにハルはさくらと一緒だった。


どうして俺ばかり。どうしてって考えていた。

周りから冷遇されている状況だったハルに今までそんなこと考えたことなかったのに。





「グレイン様、ここはどうするのかちゃんと教えてください」

「‥ああごめん、考えごとしてた」

目の前で幕を壁に向けているさくらが僕の顔を覗き込む。


いまさくらは卒業式の会場の飾り付けを手伝ってくれていた。普段は数人の封言を使える人でやる作業だが、彼女が居れば一瞬だった。


手を上げて一つ唱えると、全てのものは速やかにその場を彩る。元からそこにあったかのように自然だった。



「ありがとう。予定より早く終わったよ」

さくらの能力は素晴らしく、最初講師を頼まれてこの学園に来たと言われても納得する。


あまりにも式典の準備が一瞬で終わったのでやる事がなくなってしまった。式典は11:00からだが、今はまだ9:00だ。慌ただしく人が行き来している。



「この後の式典は見ていく?」

「いえ、今日は皇太子殿下との約束の日なので王城へ」

そういえば毎週顔を出しているんだった。

皇太子とはこまめに連絡を取っているようだ。


いつも微笑んでいる皇太子は何を考えているのかわからなくて苦手だ。常に笑顔の理想の王子様。貼り付けたような笑顔を思い出してゾッとする。



お互いの予定の時間まで少なく見積もっても1時間はあったので、お礼も兼ねて学園のカフェでお茶をすることになった


周囲は俺たちを知っている生徒ばかりなので少し面倒だったが、カフェテリアに入ることにした。ざわつく店の中にさくらが俺に小声で呟いた


「グレイン様は有名人ですね、私と一ノ瀬がいてもこうはなりませんよ」

「そのグレインってのやめない?レイって呼んでよ。」

「‥わかりました、レイ様」

「様も敬語もやめてよ」

彼女はしばらく考えて小さく頷いた。微笑んでいる。




「わかったよレイ」

「うん。その方がいい」

シオンの方が早く呼び捨てになったのは癪だけど、ハルよりは早いからいいか。と納得した。


何故かさくらはハルには頑なだ。

それが好きだからなのか嫌いなのか、彼女の真意はわからない。

運ばれてきた紅茶を彼女は優雅に飲んでいた。



「しかしレイはすごいな、式典の準備をほとんど一人でこなしていたなんて」

「まぁ、前年とほぼ同じだからね。」

書類に目を通すだけだからそこまで大変なことはなかったが、褒められるなら何でも受け取ろうと思う。


「しかし、ベリーが好きすぎないか?私はベリーを食べるたびに貴方を思い出してしまうよ」

俺が飲んでる紅茶を見て笑う。

それはかなりの殺し文句に聞こえてドキっとしたが、当人にそのつもりはないらしい


「それってキスを思い出してるって意味?」

「‥そ‥それは‥」

俺の言葉に言い淀むのを見て優越感に浸る。

人が会話を交わしている店内だから、俺たちの会話ひとつくらいは大丈夫だろうと思ったのに、キスの単語で目線を浴びてしまった。

この際気にしなくていいか、と思って気になっていたことを聞くことにする。




「そういえば、ハルの首に歯形があったけど、あれってさくらのかな」

そう聞いたらまた黙った。


やっぱりそうか。あの大きさは女性だったし、ハルがそれ以外の女性にそこまでの隙を見せるとは思えないからそうかなと思っていた。

でも実際そうだとわかるとモヤモヤする。またハルばっかりだ。



「ま、どうせまたハルが何かしたんでしょ」

「まぁその通り‥」

苦虫を噛んだような顔をする。あまりにも酷い顔をするから笑ってしまった。


「ほんと退屈しないよ。さくらって面白いよね」

「‥それはよかった」

「うそうそ、かわいいよ」

俺のその言葉にまた周りがざわめいた。


さくら以外ならこれくらいで喜んでくれるのにな。当人は割としっかり困った顔をしている。だからこそ面白いと思うのかも




「そろそろ時間だ。楽しかったよ」

「あの、レイ‥どこかで時間をもらえないか?」

「ん?もちろん。何かあるの?」

何かを言おうとして、また言い淀んでいる。



「なかなか説明が難しいんだ‥‥とりあえず明日の夕食を一緒にするのはどうだろう。店は任せてもいいかな?支払いは私がするから‥その時話すよ」

さくらからの夕食の誘いなんて願ってもない事だったので快諾した。

もちろん支払いはさせるつもりがないが、ほどほどなところを手配した。


その日、卒業式の式典もその後の舞踏会も大して何も起こらず終わった。もう頭は何の話なのかでいっぱいだった。











翌日の夕方

まだ日もくれないうちからさくらが俺の元を訪ねてきた。よっぽど急いでいる用事なのかと不安になる。


ハルと婚約するって話だったら、と頭を過ぎる。

早く聞きたいような、聞きたくないような‥



「今日は飛んでいいかな、なるべく体力を残したいんだ」

そう言ってさくらは俺の手を掴んで指を鳴らした。


一瞬でそこはもう店の立ち並ぶ大通りで、相変わらずとんでもない能力だった。突然消えたから呼んであった馬車の係が届いているだろう。

店の中に入って名前を伝えたら予約していた個室に通された。


「個室にしてくれていてよかった。大勢に聞かせたい話でもないからな」

さくらが安堵して席に向かう。

椅子を引いてさくらを座らせてから自分も席についた。





「早速なんだが、気の重たい話から先に済まそう」

それはそれは嫌そうに口を開く。

ごくり、と喉が鳴ってしまう。


「実は私の親に挨拶して欲しいんだ。」

「‥え?」

「何から説明していいか‥‥本当に面倒で‥」

ため息をついてさくらは語り出した。

全く想定していなかった話に頭がついていかない。



「私を育てたのは叔父なんだが‥その叔父が私がこの国で結婚するつもりだというのを耳にして、抗議の文を送って来たというんだ‥輿入れするならまず挨拶をしろと言っているらしい」

「‥‥それはまた突然だね‥」

「で、挨拶が叶わないのであれば王国とは全面貿易停止、即刻戦争だと息巻いているらしい」

さらっとすごい事を言っている。

さくらも困った顔をしているが、それで済む話なのか困惑した。

貿易の関係で何度かその国には行ったことがあるが、そんな野蛮な人たちだっただろうか。そもそもどんな権限があるというのか?



「‥さくらの育ての親は貴族なの?」

「国防を担っていて、大臣のようなものかな‥」

「ええっ!そんな立場だったの?!」

それは確かに抗議を送れるほどの立場ではあるかもしれない。けど、一貴族のためにそこまでするほどなのだろうか?


「それは‥向こうの国の王は戦争になることまで考えてるの‥?」

「父が何を考えてるかなんてずっと私にはわからないんだよ。そもそも話したことも数回しかないからな」

さくらはため息を吐いて手で顔を覆っている。


「父?」

「ああ、そうだよ」

その言葉に頭を傾げてしまう。


国の王が父親なら、その娘は、姫ということ?


ハッとして、立ち上がって頭を下げようとしたら静止された。




「やめて。私は生まれたことすら無かったことにされてるただの櫻子だよ」

ここまで言われるまで全く気づかなかった。

有栖川と言われても全くピンとこない。王族は全く違う名前だった気がする。

母方の叔父の名字を借りてるから気づかないのも無理ない、と言ってさくらは笑った。


王と皇太子の態度にも今更ながら納得した。

この国はさくらを、国賓として扱っていたのか。

握った手に汗をかいてきた。今までの俺の態度の一つ一つで既に戦争になってもおかしくない。


国の姫のファーストキスをほとんど事故で奪っている。婚約者を紹介しない程度で国同士の争いになるなら、3回は死刑になるのでは??





「まぁ、それで。父と叔父が納得しそうな相手をすぐに連れ帰り挨拶をしてもらいたい。こんなくだらない事で戦争になったら困るからな。」

そのまとめで納得できるボリュームの話ではなかったが、無理矢理飲み込むことにした。




「‥まださくらは誰と結婚するか決めていないんじゃ?俺を紹介したらややこしくない?」

「そう。だから皇太子と相談して、貿易に長けている貴方を選んだ。そもそも結婚しても帰るつもりはないからいいんだよ。」

つまりその場しのぎで俺が選ばれたわけだ。

喜んでいいのか複雑だが、そんな事を言っていられる状況なのかわからず困惑する。




「‥櫻子姫ってこと?」

「騙すみたいで悪いんだが、私の国ではそもそも姫にしか子という文字は使えないんだ。まぁ母は私に使う事を認めていないがな、一応それが私の名だ」

「それは‥」

明るく言っているけど全く笑えない。

髪の色と目が赤く、力があっただけなのにどうしてそこまで虐げられているんだろう。





「それでどうかな、受けてもらえたら嬉しいんだが‥」

「俺が断ったら誰がやるの?」

「四家の中の誰かに頼むことになるはずだ」

俺がダメならハルなんだろう。なんなら、ハルの方がさくらは嬉しいのではないか?


ただ、少なくとも外交という点では俺の方が評価されていたのかと思うと嬉しくなった。






「受けるよ」

「よかった!面倒をかけてすまないな」

安堵した様子のさくらが、ウェイターにディナーを始めるように頼んだ。

心構えと全く逆の出来事に胸がドキドキする。

仮とはいえ、婚約者にされるなんて。言い寄っていたシオンやハルではなく、俺を選んでくれたのが嬉しかった。真面目に家のことをやっていてよかった!





「流石に海を越えて飛ぶのは自信がないから、往復は船になる。殿下が船を出してくれるそうだ」

「俺の家のもあるけど、国の物の方がいいのかな」

「父が何を目的に私を呼びつけているのかわからない以上、国のもので向かうのが無難だろうな」

言われてみたらさくらはデビュタントをしていたり、一通りの教養は身についている。貴族だとは思っていたが、まさか姫だったとは。



「ハルたちには姫だって言わないの?」

「‥あの国に行けばわかると思うが、私は本当に姫なんて扱いはされたことがない。それなのに他国で言いふらすなんて嫌なんだ」

さくらは優雅に食事をしながら首を振った。



「じゃあ育ててくれた叔父さんが親代わりだったんだね。よかった、まともな人がいて」

「叔父は軍人だからな、貴方が思っているのとは違うかもしれないが‥」

さくらの軍人めいた口調はそこから来ているのか。まだハルたちが知らないことを知れて思わず呑気に喜んでしまう。



「この国で育った貴方には、かなり不愉快なことばかりもしれない‥本当にすまない」

「いいんだよ。俺たちあんなにキスした仲でしょ」

さくらは笑った。これも聞かれたら首を刎ねられそうな発言だから気をつけないと。


食事を終えて支払いをしようとしたらさくらが手を上げる。

あまりにも戸惑っているからウェイターは声がひっくり返っていたくらいだ。ご馳走様とお礼を言ったらまた首を横に振っていた。



「あ!そうだ、この後貴方のものを買いに行きたい」

俺のエスコートを受けて歩き出したさくらが言う。



「買い物?」

「私の国では婚約した人間は互いに揃いの品を贈って肌身離さず持つんだ。叔父は目ざとい。1日でも早く買って付けないと」

「それならマダムに聞いてみよう」

さくらの瞳が輝いた。





「お嬢様!またいらしてくださったのですね!嬉しいですわ!」

マダムが出迎えてくれて部屋に通された。


「あの日のドレスは素晴らしかった!イヤリングも。今日は何か、彼と揃いのものがあると嬉しいんだが‥ありますか?」

その言葉を聞いてマダムは興奮していた。

俺に向かって何度も頷く。




「なるべく目立つものが‥いや、さりげない方がいいか‥何にせよレイに似合う美しいものをお願いします。」

「もちろんでございますお嬢様!絶対にいいものを見つけて見せますので、少しだけこちらでお待ちください!」

マダムがいつものようにベリーと紅茶を置いて裏に消えていった。


ソファに座って、ポイポイとベリーを口に入れていると、さくらが見ていた。




「‥もしかしてこれ食べたい?」

見られていたことが恥ずかしくて思わず聞いてみた。手癖のようなもので、手が空くと摘んでしまう。




「貴方のキスがベリーの味なのはそのせいか?ベリーの香りがしてる」

「さくらは桜の花の匂いだよね、桜は食べられるのかな?」

「あんなに食べたのに桜まで食べるのか?」

愉快そうに笑うから恥ずかしい。

別に食い意地が張っているわけじゃないのに、ただの食いしん坊みたいだ。




「俺の国には花は咲かないから聞いただけなのに」

「冗談だよ。ほら、ベリーを食べるといい。ほら美味しいぞ」

さくらが自分の口に入れながら、俺にもくれようと手を伸ばしてくる。


手を掴んで口を塞いだ。舌をいれてベリーを掻き出す。少し温くて甘酸っぱい味がした。

舌で潰してそのままキスを続ける。



「ごちそうさま」

「‥私の口からやるとは言ってない」

「でも美味しかったでしょ?」

こぼれたのも食べて微笑むと、さくらは黙った。 




「そうか‥婚約者はキスくらいは当たり前なんだな‥明日から毎日しておくべきかもしれない。」

「‥え」

「慣れが必要だろう。幸か不幸か、貴方はそれが好きなようだしな。何度かしてるからこれ以上数度増えても変わらないだろう」

思ってたのと違う展開になってしまった


そうこうしているとマダムが貴金属を持って戻ってきた。




アラ!という顔をして俺に手鏡を渡す。

よくみたらさくらの口紅が俺の唇に移っていた。恥ずかしくなって口を拭うと、マダムは涙ぐんでいた。喜んでもらえるほど何かあったわけではないんだけど‥




並べられた貴金属の中からさくらはあーだのこうだの言って、ブレスレットを選んだ。

金色に赤の花のあるものと、金色に青の鳥の装飾のもののペアだった。




「私の国では青い鳥は幸せの象徴だ。貴方に幸せが訪れるように願うよ」

さくらはそう言って俺の腕に付けた。冷たい金属のブレスレットはぴったり手首に収まった。





「これをいただきます。私が全て支払うのでお願いします」

「さくらの分くらい出させてよ」

「いや、巻き込んでるのにそんなことはできない。貴方は居てくれるだけでいい」

マダムは俺に、あのコレとってもお高いんですのよ‥坊ちゃんが払うと思って‥、と小声で言った。



俺は何も説明できず、笑うしかなかった。

支払いは滞りなくなく行われ、マダムは驚いていた。お姫様だからね‥と言えたらよかったが、むやみやたらと外で言えることではなかった。



「私のも付けてくれるか?」

さくらが手を差し出す。俺の左手とさくらの右手に着いたそれはとても輝いていた。






「よし‥悪いが出来るだけ外さないでくれ。叔父は目ざといから、もしこれがつい先日買ったばかりだとバレると面倒だ。」

「わかった」

店を出て外を歩きながら話した。手首のブレスレットを見ると笑みが出てしまう。女の子からプレゼントをもらってこんなに嬉しいのは初めてだった。



「キスなのだが、婚約者ならどの程度の間隔でするものだろうか?」

さくらに聞かれて、かつての交友関係を思い出す。でもそれを正直に答えたら、俺がどんなふうに生きてきたかわかってしまうと気付いてやめた。




「間隔はわからないけど、移動中に手は繋ぐんじゃないかな」

「手か‥それは初めての経験だな」

「えっ、繋いで歩いたことないの?」

「ああ、そもそも口付けしたのも貴方が初めてだったんだから仕方ないだろう」

そう言って手を出して来た。俺が手を重ねるとグッと強い力で握った。


キスも初めてだったんだ‥初めてのキスがあんな事故みたいなので申し訳なかったな、と今更すぎる罪悪感に襲われる。


せめて手を繋いだ思い出くらいは良いものにしたくて、手を繋いでマダムの店の横の庭園を歩いた。




「レイは小さな頃から背が高かったのか?」

「いや全然。伸びたのはここ数年かなあ」

それは周りのものが小さくなったと感じるほど突然だった。今となっては慣れて来たが最初は木の枝に髪が絡まったりして大変だった。

そんな話をしながら歩く。最初は手に力が入っていたけど、慣れたようだった。



「恋人だったら、指も絡めるんだよ?」

こうしてって指を指の間に入れて繋ぐと、さくらは不思議そうな顔をする。



「貴方は詳しいな。恋人はたくさん居たのか?今は別れてしまったのか?」

どう答えていいのかわからなくて笑って誤魔化した。


付き合って欲しいと言われたからそうして、もう耐えられないと言われるから別れてきたから。

俺は常に忙しくて、特定の誰かのためにわざわざ時間を作るほど必死になることはなかった。思い出すこともあまりなかったし、今思い出そうとしても特定の誰かが出ることはなかった。




「今はさくらだけだよ」

「‥私は色事には不慣れで申し訳ない」

思っていたのと違う反応が返ってきて毒気が抜かれてしまう。嬉しいという反応がさくらから返ってきた事がないので、少し寂しい。



「私は荒事にだけ連れ出されて、それ以外は閉じ込められていたから‥‥まぁ想像の通りか。」

「‥まぁ、そうだね。」

俺が答えると笑った。



「でも私の妹はそんな私を姉様と呼んでくれるんだ。滅多に会えなかったが、心の優しい子なんだよ。」

「あの写真の子?」

さくらは頷く。前に見た写真で笑っていた、黒髪のおとなしそうな子だった。


「撫子というんだ。名前の通り優しい子だよ。撫子を会わせることができるのは少し嬉しいかもしれないな。自慢の妹なんだ。」

さくらが国の話をしていて初めて笑っていた。

さくらにとって、良いことが一つでもあって安心した。唯一の楽しみが出来た。


さくらの国に行くのは1週間後、それまでに自然な婚約者を演じないといけなかった。


国王からの命令だから、俺はしばらく家の仕事や学園の対応もしなくてよくなり、思いがけず人生で初めてと言える自由な時間が生まれた。









翌日

制服に着替えていると、ハルが起きてきた。

俺の腕のブレスレットを見て目をまん丸にする。赤の花は流石にわかりやすすぎたようだ。



「ごめん、これについてはさくらに聞いて」

俺から言えることはなく、さくらを家まで迎えに行くことにした。


玄関の戸を叩くと、少しして制服姿でさくらが出迎えてくれた。俺を見てお礼を言って中に通してくれた。



「毎日こうしていたら少しは馴染むだろうか」

手首につけたブレスレットをくるくる回しながら言っている。

それが俺たちの関係のことなのか、ブレスレットのことなのか分からなかった。



「出来るだけそう努力するしかないね」

「‥そうだな」

顎あたりに何かが触れる。驚いて下を見るとさくらがすぐそばにいた。口を尖らせている。


「貴方は背が高すぎる。上手くできる気がしない」

「‥もしかしてキスした?今?」

「婚約者は毎日するはずだ。自然にできるように練習させてもらいたい。」

あまりにも正々堂々と言うので、恥ずかしいとか嬉しいとかが飛んでしまいそうになる。



「‥わかった。少し屈むからやり直してみて」

俺が顔を下げたら俺の頬に口をふんわり近寄らせた。すっごくかわいい。毎日こうしてもらえるならもうこれだけで得した気分だった。


首を捻り、これでいいのかと納得できない様子で何度か繰り返している。キスの時まで真面目だとは思わず笑ってしまった。





「唇の方もいいだろうか?一応歯を磨いたので今のうちに‥」

意欲を高めてさくらが俺の肩に触れた。

やっぱり背伸びをしてもそのままでは届かないようだった。


25センチの差は大きいな。伸びた身長が恨めしい。

いいよ、と返事をしてさくらの部屋に上がってソファに座った。





「どうぞ」

「では‥失礼します」

どう考えてもキスする前の言葉じゃなかったが、下を向くようにしてゆっくり顔を近づけてきた。



なんか緊張してきた。

キスされるのを待つのってこんなに緊張したのか。


さくらの花の香りがする。さくらの長い赤色の髪が肩に触れてくすぐったい。余計なことばかり考えてしまう。眉毛やまつ毛も赤色がかってるんだ、本当に美人だな。


つん、と最初に唇に触れたとき、あまりにも唇の先だから触れたかわからなかった。

それでもキスされたとわかった時、ブァッと血が集まる音がしたくらいに顔が熱くなるのがわかった。


なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい


冷静になるとキスってとんでもないことをしてるのでは?最初にしようとした人は変態だ。絶対。



さくらは俺の様子に気づかないのか、ちゅ、ちゅと音を立てて俺の顔を掴んで口付けていた。何回か触れて唇が離れた。




「ちゃんとできていたかな‥ちょっともう一度いい?」

そう言ってまた始めた。


これはまずい。何度もただ触れるだけのキスをされている状況に俺が耐えられない。


顔が赤くなっているのに気づかれたらどうしよう。そんなの恥ずかしすぎて死ぬ。絶対赤いのに。

止めようかと思ったが、あまりにも必死に練習していて止められない。



「ん‥ッ」

そんなこと考えていたら口の中に舌が入ってきた。


俺が目を見開いて驚いたら、さくらは目を閉じていた。こんなのいいのかな、ただの練習だったはずなのに。


何分そうしてたのか、終わったときにさくらは達成感のある顔をしていた。



「よし!これだけ練習したら、どうみても婚約してキスしなれているのでは?」

「‥お父さんたち引いちゃうよ」

俺の膝の前で大喜びしている。


さくらは知識がなさすぎる。襲われても圧倒できる自信があるからか、いつまでもどこでも無邪気だ。


俺は自分が暴走しないように必死なのに。


でもここでもしさくらを襲って、万が一にもさくらが傷ついたりしたら俺は俺を許せない。それに100%戦争になる。



「‥はぁ‥大変すぎるね、さくらのお家は‥」

さくらを抱きしめてそう言うと、初めて優しく背中に手を回してくれた。避けられたり止められたりしなかったのは初めてで感動した。婚約者(仮)って最高すぎる。



「あ!そうだ、ベリーを買ってあったんだ!」

「‥あのね、それ簡単な回復アイテムじゃないんだけど」

「口移しするべきか?」

そうなったら回復アイテムかもしれない。


ぜひそうしてもらいたかったけど、理性のスイッチがゆるゆるなのでやめておいた。





さくらを伴って学園に向かう。

俺たちの揃いのブレスレットは隠してるけど、そのうち見つかるだろう。


この学園でどんなに話題になろうが、戦争になることに比べたら大したことではないのだから仕方ない。



「‥ごめんなハル」

ズルしてるみたいな罪悪感から言った言葉は誰にも届かず消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ