白いドレス
「なんか最近二人って遠くない?何かあった?」
それは珍しく5人揃ってお昼をとっていた時だった。
今は3月末。
もうすぐ4月になり、今の3年の卒業式がある。その練習に駆り出されていた俺たちに、なんとさくらが差し入れをくれたのだ。
最近さくらは目に見えて周りに優しい。記憶があるからか、仲良くなったからか。
ただいつもは絶対にさくらの隣にいたはずのハルが、サッと避けられて今は一番遠い席にいる。ハルは嬉しいのか悲しいのかわからない顔で笑っていて、さくらはムッとした顔だ。
「私は卒業式の舞踏会でエスコートを頼んだ方と結婚することにしました。それまでは色恋に関係なく学園生活を精一杯やります。よく考えたら今すぐに婚約しても1年間降谷シオンを困らせるし‥1年は考えることにします」
「なるほど‥」
それには賛成だった。
今選べばどう考えてもハルになるけど、あと1年あれば変わるかもしれない。
「じゃあまず、ハルはあの家を出ないとね」
「えっ」
「えってお前、もう理由もないのにいつまでも女性の家に入り浸るのは良くないぞ。」
リアにそう言われてハルはしゅんとした。
「大丈夫だよ、俺の家に住んでいいから。学園までの距離は変わらないよ」
「‥それは助かるけど‥」
俺の言葉にハルははさくらをチラチラ見ている。引き留められないかと期待しているようだ。
「私もそう思っています。このままでは一ノ瀬の後継者がヒモになってしまいますからね」
それを聞いてハルはショックを受けていた。俺たちはみんな笑った。
「シオンは残念?」
シオンに話を振ったら、しばらく考えていた。
「いや、俺も1年間考えてみるよ。そんなふうに考えたことはなかったけど、櫻子さんは美しいし気持ちが変わるかもね」
「‥降谷シオン‥」
さくらは、キラキラした瞳でシオンを見つめている。
確かにシオンと結婚すれば少なくとも面倒な会議に出る必要もないし、親族からのプレッシャーも民からの期待もない。境遇も含めてさくらにとって一番身近なのはシオンだろう。
「だからとりあえず、明後日の舞踏会は俺とパートナーで行くのはどうかな?」
シオンの提案は意外だった。
「そうだな、ぜひ。」
「俺にはお抱えのデザイナーや有り余った予算もないから、贈れるドレスは既製品で質素になるけど‥」
「いや、毎回新調する必要はない。私の手持ちの中から貴方の色を着ていこう。白色はデビュタントのものがある」
「‥え?」
断ったさくらはデビュタントと言った。
あまりにも自然だったが皆聞き逃さなかった。
「櫻子さんって社交界デビューしてるんですか?」
「‥まぁ、その話はいいだろ。とにかくドレスは贈らないでくれ」
俺たちは会ったことがあったのだろうか?初めての情報に頭が混乱してきた。
貴族ではないのだと思っていたが、ここにきてわからなくなってきた。
そして混乱に乗じてシオンとさくらがパートナーとして舞踏会に参加することになった。
次こそは俺の番だと思ってたのに‥
でもシオンの色ということは白だ。デビュタントと結婚式でしか身に付けない色。それを見るのは楽しみな気持ちもあった。
その夜、悲しそうな顔をするハルをさくらの家に迎えに行った。さくらは笑顔で送り出した。
「ねぇ二人は喧嘩でもしたの?」
馬車でハルと二人になって、改めて聞いてみた。
思ったよりハルが粘らずにさくらの家を出たのも気になった。ハルは笑っただけだった
俺は最近ずっとイベントの準備で慌ただしくしていた。舞踏会の日が来ても、自分の支度で精一杯なレベルだ
シオンは朝からさくらを迎えに行って、俺とリアは二人で先に舞踏会の会場のそばのベンチに座っていた。
そこに一つ前の授業を終えたハルが合流した。
「‥白いドレスってことは、結婚式みたいなのかなぁ‥複雑だよ」
ハルはそう言ってため息を吐く。
「もしかしてアレじゃないか?」
リアの声の方を見ると、遠くから白い服の人が二人近づいてくるのが見える。
腕を組んで歩いてくる姿はまるでガーデンウエディングのように見えた
シオンのエスコートに応えて、緩やかなシルエットの白いドレスに身を包んださくらは歩いてくる。
「本当に結婚式みたいだ‥なんで僕は1年遅く生まれてきたんだろう‥」
ハルが心底悔しそうに言う。
「皆早いな。私のは数年前のドレスだから手直しが必要で遅くなってしまった」
「素敵すぎて本物の花嫁かと思いましたよ」
ハルがそう言って近づくと、さくらはシオンの方に少し寄った。ハルはまた困ったように笑っている
シオンはいつもと同じ黒のシャツに黒いタキシードだが、胸元に赤い色のハンカチを入れていた。それは彼女の色だった。パートナーだけに許される特権だ。
「赤い髪に白いドレスは映えるな、とても美しい」
リアがそう言ってさくらの手に口付けた。
その言葉にハルと俺はそちらをみた。前の舞踏会の時も思ったが、リアが女性を褒めるのは珍しいことだ。
「ありがとうございます。褒められたらそんな気がします。」
「俺も美しいと思う。ほんと今更だけどパートナーが俺でよかったのかな?すごく周りからの視線が痛いけど。」
シオンが言うように、周囲からは明らかに目線を感じる。俺たちが揃っているからじゃない。
有栖川櫻子を見ていた。
今やさくらの動向は、学園内の注目の的だった。
「さぁ行こう私のパートナー様」
「シオンでいいよ、俺もそうする。今日ひとまず無事に乗り切ってみようか、櫻子」
「うん。ぜひそうしよう」
二人はそう言って中に向かった。俺たちは取り残された。
「‥ねぇレン、このまましれっとシオンが一人勝ちする気がしてきたよ」
「‥そうなるかも」
最近多忙すぎて、家のことや学園のことに時間を割いていたせいなのか、随分と差をつけられている。
ハルに取られるならまだしも、別に好きでもないシオンに条件だけで取られるなんて。
とりあえず舞踏会の会場へ向かうことしてハルを残して入っていった。
「夜、この後どうなったか教えてね!」
ハルは俺を見送る。
最近先輩にかなり避けられている。
身体中にキスした日から数日、目があえば逸らされて近付けば逃げられている
最初はちゃんと警戒するようになってかわいいなと思っていたけど、家も追い出されたし、よく考えたら割とまずいかもしれない‥
舞踏会の日もシオンとあまりに仲良く見えて、名前まで呼び合うことに決めていたし、もしかして僕に見切りをつけてこのまま一年過ごすつもりだろうか‥?
白いドレス姿でシオンの隣に立つところを見た時は嫉妬で会場を燃やしてしまいそうだった。
本当に僕を選んでくれなかったら、実際その目線で見なければならないのに。
レイもシオンもみんな幸せになってほしいけど、先輩だけは僕が幸せにしたい
その日の授業終わり、初めて話した時のように先輩の授業が終わるのを待っていた。講堂から順に出てきた中に彼女を見つけた。
「こんにちは櫻子さん、家まで送ってもいいですか?」
「‥いや‥転移で帰れば一瞬‥」
僕の姿を見ると悩んだように一歩引く。
警戒されるようになって嬉しいような、ここまでされると寂しいような。
「今日は何もしませんから僕と散歩して貰えませんか」
「‥何もしないのは当たり前だろう」
ムッとした顔だが、僕の隣を歩くことに決めてくれたようだ。
学園の中を彼女と歩く。指を鳴らせばすぐ帰れるけど、やっぱり先輩は僕に甘い。
「シオンのこと名前で呼ぶなら僕も名前で呼んでください」
「‥いや一ノ瀬とは距離感を詰めすぎているからこれくらいでいいと思う」
スンとした顔で言うから笑ってしまう。
見知った先輩の家が見えてきて、中に入れると思ったのに先輩が扉の前でガードしてきた
「ダメだ。一ノ瀬と二人で密室にいるのは危険すぎる」
真剣な顔で言うから面白い。
でも今となっては僕の方が体格がいいので簡単に突破できてしまう。
「紅茶淹れますから。先輩は座ってください」
「その食器もそのうち持ち帰るんだぞ」
仕方ないという顔で先輩はソファに座った
慣れた場所から茶葉を出して、お湯を沸かしてポットに注いだ。
数分待つ間、先輩の隣に座ってみた。
「一ノ瀬は向かいに座れ」
「ここまで警戒されると寂しいです」
「一ノ瀬が言ったからだろ」
先輩は拗ねたように言って、自分が向かいに移動した。あの時のことが思い出される。
「肌に口付けて警告しておいていざ警戒したら寂しがるって、私にどうしてほしいんだ」
紅茶を注ぐ僕に先輩は言う。
「僕はずっと先輩が欲しいとしか思ってませんよ」
「その言い方はきらいだ。貴族らしくて聞きたくない」
ぷいと目を逸らして紅茶を飲む。
子供みたいなことを言っている。
「櫻子さんはかわいい」
「‥一ノ瀬はかわいくない」
前回も聞いた。もうそれはわかってる。
もうかわいいと思われるために頑張るのは無理だった。
「もう可愛くなくていいです。そのかわりに好きって言わせて見せるので」
「‥なんで私が」
「だって僕はずっと言ってますから。櫻子さんが好きだって」
「‥一ノ瀬がずっと一人で言ってたらそれでいいじゃないか、満足だろう」
目を逸らして先輩は言った。
そういうところから僕が好きだって聞こえるんだって叫びそうになった。
それともこれが全部思い込みなのか?だとしたら都合のいい思い込みすぎる。
「やっぱり1回だけキスしたらダメですかね」
「いいわけないだろ。なぜ許されると思った」
呆れた顔をされたが横に移動してくっついた
先輩は押してくるけど効かない
「どうせ触るんなら抱きしめてください」
「だから一ノ瀬を入れたくなかったのに‥ちょっと図体が大きくなったからって調子に乗るなよ‥」
グンと力を入れて押し倒された。
前回と違って意図せず上に乗られて驚く。
「一ノ瀬、私は大切なものは箱に入れて大切にしたい人間なんだ。でも自分から飛び出してきたなら話は別だ、どうなってもいいんだな」
制服の襟を掴まれて見下ろされる。喉がゴクリと鳴った。
先輩の顔が近づいてくる。赤い瞳がこちらをみている。燃えるような赤色。
唇が触れ合いそうになったとき、先輩は突然場所を変えて僕の首を噛んだ。
「いたっ!」
「口付けなんてしてやるわけない」
まさか噛まれるとは思わなかった。
首元がじんじんする。甘く噛むとかでもなくしっかり噛んでる!
満足したのか先輩は笑う。
「‥‥笑った顔久々な気がします」
「一ノ瀬が変なことばかりするからだ。余計な事をするなよ、また噛まれたいのか」
そう言われてドキドキしてきた。わりと、噛まれたいかもしれない‥。
「‥もうやめる」
僕から降りて、紅茶をまた飲み出した。
「早く帰らないと遅くなるぞ。」
「そうだ。明日は卒業式で授業はないですし、午後僕とデートしましょうよ」
「明日の午後は王城に参上する日だ」
そうだった。先輩は皇太子と約束してたんだ。
明々後日は4月になり、今の3年の卒業式と舞踏会がある。
2年、1年は基本的には休みだった。
先輩は記憶をなくしていた時と同様にかなりの数の授業を受けて、充実した学生生活を送っているようだった。
その日は紅茶を飲んで素直に帰った。
帰った僕を見てレイが「何でそんなところに歯形が?何してきたんだ」と凄んできた。
鏡で見たらしっかり歯形が付いていた。
もうこのままずっと消えなければいいのにな




