降谷シオンの受難
「聞いてくれ、私は降谷シオンに結婚相手になってもらうのはどうかと思ってる」
先輩が帰ってきて宣言した。
お皿によそっていた夕飯がボトボト溢れる音がする。
「シオ‥え!!なんでシオン!?」
「私たちは境遇が似ているし、降谷シオンは継ぐものもないし卒業後の予定もないからすごく都合がいい」
「‥ああっ‥すごく合理的な理由‥」
櫻子さんの微笑みに気を失いそうだった。
「先輩は僕が好きなのに?先輩が自分からキスしたの、僕だけですよね?」
「キスの話はやめてくれ」
「ダメです。そもそもシオンは先輩のことが好きなわけでも無いのに!なぜ!」
「‥‥一ノ瀬にはわからないよ」
そう言われてショックすぎて泣きそうになる
確かに何もわからない。一人で過ごしていた二人の寂しさなんてわからない
同じ境遇で過ごした経験があれば、一日喋っただけで先輩に選んでもらえたのか?
先輩はその後一言も喋らず、怒っているのかそのまま部屋にこもってしまった。
翌朝
レイと一緒にシオンが来るのを待っていた。
シオンは部屋に入るなり、待ち受けている僕らを見てあーあと言う顔をした
「説明してくれるよね?」
「何で急に結婚相手に躍り出てるわけ?」
二人でほぼ同時に話しかけてしまった。
シオンはテーブルに荷物を置いてため息をついた。
「昨日二人で話して、条件がいいからって言われただけだよ」
「条件って!?」
「継ぐ家がなくて、なりたいものが無くて、有栖川櫻子が嫌いじゃ無いこと」
それを聞いて僕たちは黙るしかなくなる。
先輩はやっぱり四家の跡継ぎと結婚するのが負担なんだ。
「‥家の跡継ぎになれば好きな人と結婚できると思ったら、まさか逆なんて‥」
僕が頭を抱えると、レイは困ったように笑う
「困ったな、そもそも結婚相手の枠にも入れてないなんて思わなかった。家を捨てるしかない?」
「‥僕はできないよ‥櫻子さんにそれこそ嫌われちゃう」
ルカの命を奪ってまで得た座なのに、それを簡単に捨てる男を先輩が愛してくれるとは思えなかった。
「もう愛人になるしかないのかな‥」
不吉なことを言うレイ。
シオンと結婚した先輩、レイと僕は愛人として一緒に‥?
「お前たちは後継者を残さないと困るだろ」
呆れた顔のシオン。シオンはどう思ってるんだろ、先輩に求婚されてどう答えたんだろう
「シオンはどうしたいの?」
「俺はハルやレイや皇太子に逆らうつもりはないよ」
「櫻子さんと結婚するの嫌なの?」
「‥そんなふうに見たことないよ」
シオンは眼鏡をあげる。シオンがどんな女性が好きなのかは僕にもわからなかった。
というかそう言った話を聞いたことがなかった。
「じゃあ断るんだね、それならこの学園には結婚相手の候補は俺たちしか居なくなる。」
レイはそう言った。シオンは黙っていた。
扉を叩いて、声を返すと先輩だった。
いつもはまだ授業を受けているのにどうしたんだろう。
「降谷シオン、お昼を一緒にしてもいいか?」
「え」
お昼のお誘い‥‥?
僕は6回に1回はめんどくさいと断られてきたのに、シオンは誘われるの?
先輩は本気でシオンを結婚相手にしようと思っているようで、にこやかに近寄ってくる
「朝作ってみたんだ、料理はあまり慣れないが、食べてみてくれ」
しかも手作りのお弁当を持参‥‥‥?
連日ショックすぎて僕が今度は記憶喪失になりそうだ。
シオンがこちらをチラチラみている。
シオンだけに楽しませるわけにはいかないので、僕とレイもついていくことにした。
先輩は大きなバスケットに、サンドイッチやコーヒーやおかずを詰めて持ってきていた
あんなの僕がされたら泣いて喜ぶのに。なんでシオンが‥
僕らのじっとりとした目を察したのか、先輩は僕たちにもくれた。
「おいしい‥」
シオンがそう言う。確かに美味しかった。
これが僕に向けて作ってくれたものだったらもっともっと美味しかったのにな
「いっぱいあるからたくさん食べてくれ。ちなみにベリーも持ってきた。多分グレインも居ると思ったからな」
「‥覚えてたんだ」
レイは大好きなベリーをもらって喜んでいた。
「一ノ瀬はこれ、ホットチョコレートが好きだろ?春の国の人は寒がりだからな」
マフラーをくれて、コップに注いでくれた。
僕が風邪をひいてから、先輩は外でマフラーとか膝掛けをくれる。
先輩の大きなバスケットには、シオンだけじゃなくて僕たちの好きなものも詰まっていた。
寂しいけどうれしい。先輩の記憶の中にいられて嬉しい。
「私は降谷シオンを全然知らない。まずは好きなものから教えてくれ。秋の国はどんな所だ?王都に住み続けても問題ないか?年に何回帰りたい?」
先輩はシオンに詰め寄る。
あまりにも本気すぎる‥。
「先輩、僕かレイの方が先輩のことを大切にしますよ!好きなんですから!」
「そうだよ、シオンはさくらのこと別に好きじゃないんだから」
二人で文句を言ってみるけど、先輩の態度は変わらなかった。
その日から何がある度に先輩はシオンと行動を共にしていた。
最初は僕たちに申し訳無さそうにしていたシオンも、笑顔が増えて、受け入れているように見える
「‥このままじゃまずいよ‥レイ‥」
「来週の舞踏会の授業の話聞いた?」
そういえばもうすぐだ‥4月には学年が上がるが、その前に舞踏会がある。
「今回はさくらがシオンを誘ってるらしい。正式なパートナーになったら、もう決まりだよ‥」
その夜
もう後がない僕は、先輩の部屋の扉を叩いていた。
「どうした?」
「あの、舞踏会のことで‥‥って先輩なんですかその服!」
先輩はとてつもなく薄い下着みたいな服を着ていた。自分で見て、ワッと言って慌てて扉を閉めた
「王城で着ていたんだ、それで肌触りがいいから気に入ってて‥つい‥」
いつもあんな格好で寝てたっていうこと‥?
扉を開けて、部屋の中に入った。
「何で入ってきたんだ」
「見たいからです」
「なっ‥」
反論しようとした先輩の手を掴んだ。
白くてヒラヒラで、全然体を隠すつもりがない布
こんなものを着て僕の隣の部屋で寝ていたなんて、あまりにも無警戒すぎる。僕は全く男性だと意識されていないのか
シオンにはあんなふうに可愛く笑うのに。ただ条件が合うからって、僕やレイを無視するなんて。
「ちゃんと見せてください、恥ずかしいものじゃないんですから」
「悪かったから、やめてくれ」
隠されると余計に見たくなる。
胸元でリボンで繋がっているだけの前側の布、その後ろにはレースの下着が見える。
リボンを解いたら脱げてしまうのだろうか。
なんてものを城で着せられていたんだ。皇太子は変態なのだろうか
布に触ると、確かにすごく肌触りがよかった。袖を通したら気持ちよさそうなことは否定しない
「先輩がそんなに薄着なら、僕もそうしなきゃフェアじゃありませんね」
先輩の手を離して自分のパジャマのボタンを外す。先輩の慌てた声がするが、もう全部外してしまっていた。
「僕にも触っていいですよ」
「いや、それは‥」
先輩の手を取って自分の胸に寄せた。冷たい先輩の手が触れてドキドキする。
先輩はいつでも逃げられたのに。ボタンを開けたときに黙って待っていたのだから、期待してもいいのだろうか。
先輩の手を自分の胸に置いて、空いた手で背中の薄い服の上からなぞると、すべすべとした布は手のひらで滑った。体の凹凸がわかってしまうほど薄いそれは、下の方はスカートになっているようだ。
「なんでこんなに薄いんですか」
そういう時のための服なのではないか
僕がどれだけ疎くてもそれくらいは知っている
抱き寄せているから、先輩の手は僕の胸元に置かれたまま。
僕は手をするすると滑らせて、形を楽しむように動かした。
肩から腕も、腰から背中も、背中からお腹も全て気持ちがいい。
「ほんとに肌触りのいい布ですね‥」
先輩が静止する声は無視して、胸の下で持ち上げた。そのまま後ろに倒れたら先輩が上になりベッドに押し倒される形になる
「私は結婚相手を探さないと‥」
「先輩は僕のことが好きです」
わかってるのにどうして抗うんだろう。
「どこからその自信が出るんだ‥」
「先輩が教えてくれてます。だって今だって逃げられるのに逃げませんよね」
「それは‥」
言い淀むのを無視して抱きしめた。
このまま全部奪ってしまっても何の抵抗もされない気がする。
圧倒的に僕にだけ警戒心なく居るくせに無自覚なのだ。
「シオンじゃなくて僕と結婚しましょう?ほんとはそうしたいって思ってくれてるんじゃないですか」
肌触りのいい洋服が肌に触れる。
普段よりも直に体温が伝わってきて、先輩の鼓動がわかる。
「私には‥誰か一人になんて決められないよ、好かれたことなんて今までなかったから、どうしていいかわからない」
それが一番の本音なんだろう。
僕に体重を預けて言って、困ったように笑う
「私は一ノ瀬を拒む事はできない。なぜだかわからないけど、それは私もわかってる。」
「じゃあ‥」
「でもグレインの気持ちを受け取らないのも怖い、一度仲良くなってしまったら無くすのが怖いんだ‥」
どうしていいかわからないと先輩は言う。
心の底から困っているのだろうと思う。ここまで思い詰めて決めていたなんて思いもしなかった。
確かに僕を選んだあとのレイの事までは考えてなかった。両方大切だからいっそどちらも選ばず友達でいたいなんて。
「はぁ、ひとまずわかりました。先輩はどちらも手に入れておきたいんですね」
「‥それだと凄く不埒な女に聞こえるな」
「でもそれが現実です。四家の後継者二人をキープして他の四家の男と結婚しようとしてるんですからね。贅沢者ですよ」
「‥‥意地悪でかわいくないぞ」
胸元でそう言う声が聞こえて先輩を見たら、こちらを見ていた。じっとりと睨んでいる。
「私はこのまま噛んでもいいんだぞ」
僕の胸元を指差して言う。そんなのぜひお願いしたいところだったが、あまり冗談ばかり言って本当に嫌われたら困る。
豊かな胸や柔らかい体が僕の体に乗っている状況で我ながらよくまともに会話できたと関心してしまうな。
「僕としてはもう少し触りたいので、触っていただくぶんには問題ないです」
「‥話を聞いていたか?」
「先輩が卒業するあと1年友達で居たらいいんですよね?卒業式で決めてください。舞踏会でのエスコートを誰に任せるか。それで誰が選ばれてもその後も僕は先輩を嫌いになったりしませんから」
それだけ言って、先輩の体を顔の方に引き上げた。
「でも今日はこんな服を着ている先輩が悪いので、もう少し堪能してから寝ます」
どうしてこんなに受け入れているのに、諦めてくれないんだろう。
もう無駄だって諦めるまで僕は耐えられるだろうか‥
先輩の肌が見える所にくまなく口付けてから、手を離した。
「明日からは気をつけてくださいね」
「‥ほんとにかわいくない」
睨む先輩の服を正して部屋を出た
シャワーを浴びないと眠れそうになかった。あまりにもかわいい。
「あーあ、早く僕のものにならないかなあ」
翌日から先輩は過度にシオンにアピールしなくなった。
でも僕への警戒心がかなり上がった。




