変態はお断りです
朝。
制服に身を包もうと、寝室からリビングへと入ったとき、人影を見て驚いた。
「さくら先輩、おはようございます。いい朝ですね!」
ふわふわと跳ねた髪を撫で付けながらふにゃりと微笑む一ノ瀬ハルトがいた。
ああ、なぜ私の家に人がいるのだ。全く納得できない。
「先輩は朝から美しいですね」
「お褒めいただき光栄です、長兄様」
「僕、公式の場以外では親しい人にはハルって呼ばれてるんです。うちの家系って長子にだけ四季を入れる決まりで、女の子みたいで気に入らなかったんですけど先輩になら呼ばれたいなぁ…」
「長兄、私は一日中授業に出る予定がありますのでさっさと守護をかけますね」
朝から封言のマスター級技術者による講義なのだ。絶対に行くと決めていた。
一ノ瀬の身体に守護を掛け、私は出かけた。
朝から皮肉を聞くためにこの耳があるわけではない。
よっぽど自分の方が美しいくせに。
私は私の黒色の長い髪も、この黒の瞳も大嫌いだ。
それを見るとバケモノと呼ばれた日のことを思い出す。
全て忘れられたらいいものを、なぜこんなことばかり覚えているのか。
「ねぇハルと付き合ってるの?」
昼、上から降ってきた声に驚いて、手に持っていたパンを床に落としてしまった。
そこにいたのは身長二メートルはありそうな青髪の黒目の男だった。
「一体誰なんだ?」
「俺が聞いてるんだけど」
「なぜ初めて会った人間に答えないといけないんだ」
「ふーん…」
ご飯を台無しにされた上に無礼な真似をされて腹が立つ。
貴族なのだろう。
貴族なんてどいつもこいつも、他人は自分のために存在してるとでも言いたげな振る舞いだ。
「俺がキスしたのそんなに嫌だったわけ?だから初対面だとか言うの?」
「は?キス?」
「もういい」
そう言って図体のでかいそいつは踵を返して去って行った。
腹の空いた私だけが取り残された。
この後は剣術の授業に行くつもりだったのに、このざまでは剣を振るうどころか腹の音を響かせてしまいそうだ。
「さくら先輩、お昼食べました?」
「……たべておりません」
「僕と一緒に食べませんか」
「え!」
渡りに船とはこの事だった。たまたま授業で調理をしたらしい一ノ瀬がご馳走してくれた。危なかった。このままでは楽器になってしまうところだった。
「先輩って、レイアス・グレインと仲良いんですか?」
「だれですか、ほれは」
「さっきここに居ましたよね?あの背の高いでっかい人」
「グレイン……?」
口に入っていたものを勢いよく飲み込みすぎて咽せてしまった。慌てて水を飲む。
北を守るのが水の王、グレイン家
「彼の中では私とキスしたようです。私には全く記憶にも記録にもありませんが、痴女のような扱いをされ大変遺憾です」
「キス!?どういうことですか?!」
「いや、先程そう言われただけで私に訊かれましてもわかりかねます」
全く見に覚えがないのに一ノ瀬には責められ、当人にも呆れられ、なぜこんな目に遭わなければならないのか私が一番聞きたい。
落とされたパンも弁償してほしい。
しかし一ノ瀬のおかげで剣術の授業も無事受けることができた。よかった。
その日家に帰る途中、守護が発動したのを感じた。自分がかけた守護が使われたときは術者にもわかるのだ。
本当に一ノ瀬は命を狙われていたのだなと少しだけ労ってやろうと思ったが、夜が更けても一ノ瀬は帰って来なかった。
十月十三日 晴れ
手首を損傷、擦り傷、記憶なし
特筆すべきことなし




