3月1日
空いた時間があると私は、倉庫を訪れていた
雨の日も風の日もその内部をくまなく見て、触れ、感触を試した。私の記憶は引き継がれない。
グレインの用意した倉庫の中の記憶をいつでも取り出せるように覚えていた。
いつ襲撃があってもいいように、念入りに記憶に叩き込んだ
そして2月は終わり、3月になった
「いよいよだね……」
一ノ瀬が緊張した顔で言う。
一ノ瀬は3月3日で18歳を迎える。
その日を超えたら翌週には成人の儀が行われ、生きていても死んでいても次期当主と見做される。
つまりあと2日で、一ノ瀬の弟の継承権は一ノ瀬と同等ではなくなるのだ。
誕生日を迎えた一ノ瀬ハルトが死んだ場合、前当主になる父親によって改めて他の後継者が選ばれる。
ハルトを殺めた後の人間が選ばれる可能性は極めて低い。
どう考えても今日か明日に襲撃されるだろう。
いつもより明らかに言葉が少ない一ノ瀬を励ます言葉が見つからない。私に守れるのだろうか。
「僕はさくらさんがここまでしてくれて、何があってもそれだけで幸せす」
「……死ぬみたいな話はやめろ」
「そうですよね、ごめんなさい」
大きな背で小さくなって謝るから見ていておかしい。当たり前のように家にいるのも、あと二日で終わりなのだと思うと不思議な感覚になる。
「背が大きくなったな、あの時は女生徒のように可憐だったのに」
「……え?」
一ノ瀬を家に置いて授業へと向かう。
明日は授業のない日なので、今日は目一杯授業を受けるのだ。
授業を受けるべく講堂の席に着いたら、隣に大きな影ができた。
「おはよう、さくら」
「おはようございます、グレイン様。隣に座ってもいいので集中させてもらえませんか?どうぞ」
私の隣に腰掛けたグレインは何かモゴモゴ言っていたが気にしなかった。
王都の歴史は興味深い。とてつもなく。王家が外の国と貿易を交わすきっかけになった事件のことや、王族の冠のエピソードなどどれも聞き逃すことは出来なかった。
授業が終わると誰よりも早く立ち上がって足早に移動を始めた。次の授業の場所は講堂からかなり距離がある訓練所で、しかも着替えをしないといけないのだ。
「さくら……さ……待ってよ!」
グレインが後ろから追いかけてきた。かなり急いでいるので一緒に転移した。
訓練所では更衣室で着替える必要がある。
「放課後皆一緒に話を聞くので、女子更衣室に入ってもいいでしょうか?それとも更衣室までご一緒しますか?」
「え、あ、わ、わかった」
流石に女生徒だらけの更衣室にまでは入らないのか、と思って別れた。
その授業では四家のリア・アウガスも一緒だった。言葉を交わすとアウガスも狼狽えていた。
全ての問いを放課後に回して、私は授業に打ち込んだ。
「ただいま帰りました」
家に帰った頃には外が暗んでいた。
部屋に入ると、見知った顔の4人が立ち上がってこちらを見ていた。
「俺のこともわかるの?」
降谷シオンがそう言ってこちらを見る。頷いて名を告げると、眼鏡を上げて驚いている。
「なぜ急に……いつからの記憶があるんだ?」
「貴方がたがわかるだけです」
私が声を掛けると複雑な顔を見せる。
私にも何故なのかはわからない。それ以外の記憶があるわけではないのに、何故かこの人たちのことはわかる。
「様をつけるのはやめてよ、俺たち友達でしょ?」
「‥友達?」
果たしてそうだったのだろうか。全く記憶にない。
友達がいない私に4人も一気に友達ができたのだろうか。友達だから覚えているのだろうか。
「思ってたんだが、俺たちにも守護をかけてもらえないか?」
アウガスがそう声をかけた。
「前回結局俺たちのせいで怪我したみたいなもんだしね」
グレインも私に微笑み、降谷も同じく頷いた。
「待って!!!いや…うーん……」
それを止めたのは一ノ瀬ハルトだった。
しばらく唸って唸って、それから結論を決めたように頷いた。
「みんな‥その時が来ても‥‥絶対によからぬ事を考えないで」
その言葉の意味はわからなかったが、私は3人にも守護をかけることにした
人質として3人を使う可能性がある事を考えると、もっと早くそうしてもよかったのかもしれない。
記憶のない私は、彼らを重要視していなかったのだろう。
「ハル……毎回これを二人きりでやってたの…?」
「俺はお前を尊敬したよ……」
「お前ほど我慢強い男を俺は知らない。素晴らしい精神力だ。誇るといい」
守護をかけ終わったあとの三人が一ノ瀬を必要以上に鼓舞していたのは気になった。
三月一日 晴れ
痛みなし、記憶なし
明日全てが終わる、精一杯やろう
以上




