作戦会議
一月十二日 雨
手の痛みあり、記憶なし
特筆すべきことなし
一月二十日 晴れ
手の痛みあり、記憶なし
特筆すべきことなし
二月一日 雨
痛みなし、記憶なし
特筆すべきことなし
朝が来る。制服に身を包む。
一ノ瀬が私より先に起きて、マグカップの中に紅茶を淹れてくれた。
「さくらさん、おはようございます」
「おはよう」
来月には十八歳になる一ノ瀬は、また守護を作り直す予定だ。
身長は180センチを超えたのかもしれない。私が見上げるほどになり、手のひらに痛そうなマメが出来ている。肉体を鍛える楽しみを覚えたようだった。健全なことだ。
さて、私の今日の予定は、農業で一財を築いた財閥の主人の講義から始まる。本当に喜ばしい。
ノートを手にいざ、講堂へと向かう。
途中、爆破があった講堂を通ったが、まだ修理が終わらないようだ。その時の記憶はないが、まぁ無事に生きていてよかったと思う。
「おはよう、さくら」
声をかけてきたのは青髪の長身の男だった。
グレイン家の跡取り息子でキス魔だった。
私がその記録を頼りに体をそっと離すと、笑っている。
「いよいよあと1ヶ月でハルも18歳だからね、いざとなった時の対策はあるのかなぁって」
我が家の居候の一ノ瀬ハルトは双子の弟に命を狙われている。
新年祭の時に数回死にかけたそうで、あと残り1月が平穏であるはずはなかった。
「私も対策をせねばと思っていました」
学園内は平和だ。
それは生徒や講師以外を完全に排除した体制にある。学園に入るためには入り口で必ず確認があり、封言によって拒まれている。
また講師たちの能力を考えると、普段の学園で一ノ瀬を狙うのはどう考えても不可能だ。
しかし夜になったら私の家で過ごさねばならない。そこを狙われるのは間違いない。
「私の守護の欠点が伝わっているのは間違いありません。家にかけられた守護はそれより強いものですが、私に再現する力はないのです。」
「その守護は誰がやったの?」
「……何の記憶もありません……」
考えたこともなかったが、私の記憶を封じたのも、家に守護をしたのも誰なのだろうか。
「でも一つ考えています。そのためにどうにか倉庫の様な広い場所を用意いただきたいのです」
「倉庫?」
私はノートのページを切り取ったものを渡した。
「ご協力いただけますか?」
過去の私と、今日の私が考えたものだ。
過去の私が考えたことと同じことを考えついた。まあどれも私なのだから不思議ではないか。
「これほんとに可能なの?」
「そのつもりです」
「……わかった。俺が場所は用意しよう」
グレインが私の提案に半信半疑という顔で頷いた。
「用意できたら必ず場所を下見させてください。できれば毎日……私は忘れてしまうので、学園のそばがありがたいです。」
「その通りにするよ」
グレインはそう言うと、早速探すと言って消えていった。その場には私と一ノ瀬だけが残された。
「さくらさん、僕のために色々‥すみません」
「引き受けたことをこなしているだけだ」
そう言うと一ノ瀬は申し訳なさそうにした
「体はどうですか?」
「?なんともないよ」
二月二日 晴れ
痛みなし、記憶なし
一ノ瀬についての作戦で倉庫の用意を頼んだ
以上
手榴弾が爆発した懇談会の日から、さくらさんは丸3日眠ったままだ。
学園の医師が言うには、ショックを受けただけで脳波や身体に問題はないらしい。
爆薬でできた腹の穴が塞がった、といったらまさか!と笑っていた。
「もしかしたら彼女は記憶が戻りかけてるのかもね。」
シオンがリビングで紅茶を飲みながら言った。
「俺はさくらの故郷の国に赤い髪と赤い瞳の人間がいないか調べたよ」
レイがそう言った。
取引のために数回訪れたことがあると言っていた。
「で、いたの?」
「いや見つからなかった。それどころか、向こうの国では赤色は災いの象徴とされているらしい。だからもし…赤髪赤目の子供が生まれていたとしても祝福はされないかもな…」
レイはそれ以上何も言わなかった。
さくらさんの部屋に飾ってある写真、さくらさん以外は笑っているのに、黒い色のさくらさんだけは固い表情のままだった。
それが何を指すのか、想像だけでも辛くなってしまう。オレンジの髪のリアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
4日目の朝、身支度をしていたらさくらさんの部屋の扉が開いて、いつものようにさくらさんが起きてきた。何もなかったような顔で挨拶をしてくる。
「さくらさん、もう起きて大丈夫ですか?!」
「何故か体は重いが問題はない」
「腹に手榴弾を受けて丸3日眠ってたんです…よかった…」
僕の言葉に驚いたのか、お腹を撫でてそうかと小さく呟いた。
「貴方に怪我はないのか」
「はい、何も……」
「それはよかった。私は守れたのだな」
そう言ってキッチンの方に向かった
さくらさんの唇を見る、あの日のことを覚えているのは僕だけなんだろう。
記憶を取り戻したくないと言う人に、思い出してほしいと思うなんて自分勝手すぎるよな
「さくらさん、大好きです」
「わかったわかった、今日もちゃんと守護をかけるから」
恐らく伝わっていないがそれでよかった。
思い出しても忘れていても構わない。あの日起きたことは僕は忘れないから。
その日学園にいつものように向かったさくらさんを見て、レイたちは泣いて喜んだ。でも当のさくらさんは、わからないと言った顔をしていた
数日後、レイが案内してくれたのは学園からすぐそばの広い倉庫だった。何かのパーツや機械が残っているが、明らかに数年間使われた形跡はない
「ここ買ったから、好きに使っていいよ。幼馴染に死なれるのは嫌だし、四家の跡継ぎが人殺しじゃ困るからね」
レイはそう言って笑った。
僕が自分で購入したらどこからルカに漏れるかわからない。レイはここをカモフラージュするため幾つか同じような建物を同時に購入してくれたらしい。本当にありがたかった。
さくらさんは、倉庫の中を見ると、扉を開けてみたり閉じてみたり、床に触れたり外を回ったりしていた。
「うん。これならいけそうだ」
頷き、こちらを振り返った。
「試しにやってみよう。驚いて舌を噛むなよ、落ち着いていてくれ」
スウと息を吸った声がして、手を上にしたさくらさんは詠唱を始めた。
髪の先がチリチリと輝く。それはまた赤髪に見えた。
「有栖川さくらが名を持って命じる。この場の全てのものよ床を離れ、空を舞え」
フワリと体が浮いた感じがした。
僕の体だけではなくレイの体も同じだった。
周りをみると、建物に置いてある全てが浮いていた。小石や砂、ゴミ、虫、床にはただ金属の床があるだけだった
「解」
その言葉でドサドサドサドサ!と大きな音を立てて全ての物は落ちた。砂埃が舞う。カサカサと虫の動く音がする
僕は体制を崩し上手く着地できなかった。膝をついた僕にさくらさんが手を差し伸べる
「悪かったな。でも、問題無さそうだ」
その瞳は黒に赤が混じり煌めいていた。
宝石の原石の様で底知れぬ美しさを感じた
「‥‥ほんとにやれちゃうかもね……」
僕のあとにさくらさんの手を借りたレイはぽつりと呟いた。僕は想像していた以上に凄い人に守られているのかもしれない、そう感じてきた




