新年祭
1月1日、王城では花火があがり、街中は夜中でも行き交う人が多く居る。この国の暦は12からなり、1月には多くの催しが開かれる。
その中でも王国内外で注目されるのは、普段生徒以外は王でも簡単には立ち入ることのできない学園内で行われる新年祭だ。
普段は建物を遠くから眺めるだけの一般の人間にもその門は開かれ、あらゆる学部を見学できる。2日に渡って行われるイベントは毎年大盛況である。
「ストップストップ、それじゃハルが彼女に夢中な感じが全く出ないよ!本気でやってるの?」
シオンが叫ぶ。
僕は心の底から困り果てていた。広間を貸し切って、僕と先輩とシオンの3人は新年祭の練習に励んでいた。
学園の新年祭に対してシオンたちが考えた作戦は単純だ。
有栖川さくらは僕たち四人をハーレム状態にしている。だから僕たちは彼女から離れない。もうメロメロで、思わず公私を伴わずどこにでも連れ歩くほど。僕たちのいるところに彼女はいる。
そうして彼女を、強引にどこにでも連れていき侍らさせておこうと言うのだ。
「あの‥降谷様、私に妖艶さを求めるのは無理がありすぎる。作戦の変更を要求したい」
胸元が緩く大きく開いた黒いドレスに髪は上げて、唇に赤い紅をつけた姿の先輩はシオンに申し入れた
「そんなことないけどな、じゃあ今度は俺で試してみて」
シオンはそう言って笑って、先輩の手を自分の頬に寄せた。
「ほら、君は俺たちの首に唇を寄せたり、そこらじゅう触っていたらいい。そうして軽く微笑めば周りが勝手に勘違いするから」
「く‥首に‥」
「シオン!!!」
絡み合う二人を見てられなくて声を荒げた。
僕の命を守るためかと思って感動していたけど、もしかして面白いからこんなことしてるのか?
先輩は色々考えて試行錯誤の結果、やはり無理です‥と根を上げた。
「まぁ、女性騎士の作戦の方が無難かな」
こっちのがかなりリアリティはあったんだけど。と言ってシオンは口角を上げた。
絶対に楽しんでる。
「顔色が悪い。何かあったのか?」
僕が床に座って項垂れていると、心配した先輩がこちらに近寄ってきた。
大きく開いた胸元の服で屈まれると、その豊かな胸元が大変なことに——
「騎士でいきましょう!騎士のさくらさんも素敵だと思う!」
元気よく立ち上がるとシオンは大きく笑った。誰のせいだと思っているんだ。
「ねぇ、もうこれ以上ライバルはいらないからね?」
「うーん、もしも俺が彼女を好きになったらハルと同居させるのは許せないから、悪いけどハルは死ぬと思う。気をつけて」
「シオン!」
ふざけてるのか本気なのかわからないからやめてほしい。シオンは眼鏡をあげてまたくしゃっとした顔で笑った。
僕の家はみんな仲良く生きていた。他の貴族の多くは、家庭内で諍いがあるのは珍しくなく、庶子や隠し子がいることもある。
しかしうちの両親は恋愛結婚だったこともあり、今も毎日仲睦まじく暮らしている。ふたりはいつも一緒だった。
だから、この学園に入るまでは家族と仲が悪くなるなんて考えたこともなかった。
全員仲良く、僕か弟のルカが家を継いで、仕事をして生きていって。そのうち素敵なお嫁さんを迎えて仲睦まじく生きるのだと思っていた。
でもこの学園に入るのが決まったのは僕だけだった。
ルカには学園からの手紙は来なかった。
ルカはそれはそれは落ち込み、泣いていた。
僕は父さんに頼み込んでみたり、学園にルカも入れるようにと手紙を書いた。しかし何度頼んでもダメだった。貴族であっても一定の水準にないと迎えられないのがこの学園で、選考基準は公開されていないが、王の判断だと突っぱねられてしまった
「やっぱりハルトが跡継ぎなんだよ」
それが最後にルカとまともに交わした言葉だった。
「大丈か?」
考えごとをしていたら、服を着替えた先輩がまた僕の顔を覗き込んでいた。
先程の胸元の開いたドレスから様変わりして、長い黒髪は後ろで纏められて、黒いマントに白いズボンの騎士の姿になっていた。
「すごく似合ってます!」
「先程より動きやすいな」
「それは騎士団の制服だからな。」
リアが現れてマントの長さの調整をした。
リアはこの学園を卒業した後、王国の騎士団への道が約束されている。そのつてで入手したのだろう。
「なかなか様になっているな」
「騎士団も良いですね、憧れます」
意外な先輩の一言に驚いた。先輩が何かに憧れることなんてあるんだ。
「君ならいい騎士になるだろうな」
珍しく先輩が喜んでいるようにみえるのは気のせいだろうか?
「さくらさんは強い男よりかわいい男の方が好きですよね?ね?」
「脈略もなく異性の好みを突然聞くな」
「スミマセン……」
先輩は気迫だけなら完全に騎士になれると思う。素養がある。
将来リアと一緒に働いて、ゆくゆくはゴールインとかになったらどうしよう……
リアに近づいていってそっと聞いた
「リア、ハーレム作戦は冗談だよね?」
「当然だ。ハルやレイと女性を取り合うなんて嫌に決まってる」
「よかった!」
「今のところはな」
「ええっ」
リアは大きく笑った。
揶揄われている……んだと信じたい。全く緊張感のないまま、新年祭の準備は進んでいく。
「ところでレイは?」
「レイは式典の準備で忙しいからね」
挨拶を任されているらしい。入学式の日もスピーチを聞いた記憶が出て来た。
「思ってたより真面目なんだな」
先輩の中で株が上がってしまった気もする。僕は今のところ何も……空回りだけしている気がする。ただ先輩の胸元を見ただけの日で終わってしまう……。
そして新年祭の当日を迎えた。
1月10日
今日は新年祭だ。普段は外部には固く閉じられている門が開かれ、授業が開かれている場所は全て一般に公開されている。
「すごい人だね…」
一ノ瀬を伴いいつもより早く登校したが、学園の中は既に普段では考えられないほどの人間でごった返していた。
学園内は貴族が多いため、一般の人間は入れない場所も存在するが、主な学園内のスペースは誰でも立ち入れるようになっている。
まだ雪の降る時期だが、今日は学園内は雪ひとつない。
「お兄さん学園の人ですか?!」
「綺麗な髪!」
そのとき後ろから突然女性が現れて、一ノ瀬と私の行手を阻んだ。
貴族との出会いを求めて徘徊する若い女性たちもいる。一ノ瀬は突然押し寄せてきた女性たちに迫られてジリジリと後退りしていた。
私は一歩前に進み一ノ瀬の前に出た。
女性たちはおかまいなしに進んでくる。
「あなた方、生徒に必要以上に近づくのは祭りのルール違反ですよ。」
私が言葉を発しても、女性の流れは変わらない。
今日は実力行使が許されている。命が狙われている一ノ瀬にとっては特に一大事だった。
「有栖川さくらの名において命ずる。この女性たちは即刻学園から追放され、本日二度と立ち入ることはない」
手を前に出すと、その場で一ノ瀬に追い縋っていた女性たちはみな消えた。
それを見ていた周囲の人間はざわめいた。
「祝いの場に相応しくないものは追放致します。例外はありません。」
周りにそう言って一ノ瀬の手を引いた。一ノ瀬は黙って付いて来た。
「上から見てたよ、早速仕事してたねえ」
生徒のみが立ち入れる場所に入ると、数名の生徒がいた。黒目に青髪、白髪に、オレンジの髪
「命を狙われるより怖かったよ…」
一ノ瀬がそう言うと三人は笑った。
黒目に青髪なのはグレイン家
白い髪は降谷家
オレンジのアウガス家の人間は、私のために騎士団の服を用意してくれたらしい。
それぞれが私に説明をして、一ノ瀬は頷く
「よくやってくれたね、さくら、俺たちは今日一日中舞台の上だ。何かあれば全て排除していい。」
グレインがそう言って私の肩を叩いた。
「会場での帯刀は許されていない。頼りになるのは貴女だけだ」
「絶対に仕掛けてくるはずだ。俺たちもいる。ハルを守り切ろう」
それぞれが私に語りかける。こんな風に頼りにされたことがかつてあったろうか。
「さくらさん……」
「そんな顔するな、守護はかけてある。例え弾丸が向かおうともその弾が貫くのは一ノ瀬ハルトではない。」
私がかけた守護は敵意を持って放ってすべてを跳ね返す。例外はない。それでも不安な顔をやめないので、冷たい手を触った。
「私に任せておけ」
「かっこよすぎる……」
このまま騎士にならないか?と茶化す声が聞こえるが、もう気にならなかった。本当に命を狙ってくるのかわからないが、私はやれることをやるだけだ。
「これより、新年を祝う記念式典を始めます」
グレイン家の次期当主の号令で式典は幕を開けた。
式典の会場は普段授業を受けている講堂だ。ステージの左右には来賓席や生徒の席があり、四家の人間は生徒の席に座っている。
一ノ瀬は私に一番近い席に座っているが、私は数メートル後方に控えていた。
来賓の祝電、未来の王である皇太子からの言葉を代わりに読み上げたグレインが拍手とともにステージの自席へ戻ってきた。
残りは来賓の挨拶だけ、滞りなく予定が進み、少し安堵の息を吐いたときだった。
ボン!ボン!ボン!
外で三度の花火が上がる音がした。観客は外の演出だと思っているのか盛り上がっている。
その時、ステージのすぐそばに近づく人間を見た。考えるより早く体が動いた。
「あっ」
一ノ瀬のその言葉が聞こえた時、手のひらに鈍い痛みがあった。観客はまだ盛り上がっていて気付いていない。
その人間を牢屋に転移で送るつもりだったが、私の後ろにいた騎士団の人間が慌てて連れて行った。
騒動は気付かれていなかった。
一ノ瀬がこちらを気にしているが、グレインはそのまま式典を進行して無事に終わった。
「さくらさんっ」
式典が終わり観客より一足早く裏に戻ってから一ノ瀬が駆け寄ってきた。
私の手にはざっくりと切り傷ができていた。そこを覆うように騎士たちが包帯を巻いてくれていた。
怯えたような泣きそうな目で痛いよねと手を上げながら私の手を一ノ瀬が心配している。
「咄嗟に手が出てしまった私の責任だ。あの程度なら守護で守れたのに」
「そのおかげで式典は無事に終えられた。ありがとう、さくら…痛い?」
グレインも心配そうな顔をして、手当てをされた手を触る。
「こんな傷くらい気にしないでくれ」
「気にするよ。俺たちはハルだけじゃなくて君にだって傷ついて欲しくないんだ」
「……降谷様…」
降谷シオンはいいやつだ。しかしこの程度の傷は授業でも負うし、そこまでのものではない。
「それより、あの人間は誰なんだ?」
私が聞くと、皆は気まずそうに目を合わせた
「それが……貴族に恨みを持つ人間で、ここの生徒なら誰でもよかったと供述してるらしい」
グレインがそう言う。
そんな筈はない。あの目は一ノ瀬しか映して居なかった。殺意を抱いていたのは一ノ瀬に対してで間違いないのに。
「つい先程処刑が決まったよ、それ以上の追求はない」
理由を突き止めるほどの価値がないということなのか。
この王国での庶民の命の軽さも、別の意味での貴族の命の軽さも許しがたかった。
「それじゃ‥一ノ瀬家に何も訴えられないままじゃないか…」
「僕は大丈夫だから」
一ノ瀬はここまではっきり命を狙われているのに、父にすら信じられずただ怯えて日々を過ごしてきたのだ。
誰もが理由なんて興味なく、一ノ瀬が死んでも弟が跡取りの代わりになるだけ
「僕は大丈夫」
気丈に言葉を発しても、殺意やナイフを向けられて平気な人間はいない。
そのとても冷たい手を握ることしか出来なかった。
「今日このあとは一般の目に触れることはないから、狙われそうだとしたら、閉会の式典かなぁ…」
グレインがそう言って、私の空いた方の手を握った。
刺されたのは私もだった。
無意識のうちに手にかなり力が入っていたようで、グレインの暖かい大きい手から温もりが伝わってきた。
「なんだ、じゃあ俺もそうするか」
「俺も」
二人も私と一ノ瀬の手の上に手を重ねた。
両親に理解されなくても一ノ瀬は一人ではない。それは少なくとも喜ばしいことだった。
式典が終わり、四人は来賓に学園内を案内する時間になった。
それぞれが1組ずつ国内外の来賓の相手をする。私は当然のように一ノ瀬に付いて行こうとしたが止められた。
「流石にここでは狙われないと思う。騎士も立ち入り禁止なんだ。何かあったら呼ぶから少し休んでてね」
降谷が私にそういってお茶をくれた。
扉が閉まると、静けさが訪れた。
窓から下を覗くと一ノ瀬は他国の女性をエスコートしていた。
当たり前のように手を引いている。屋内庭園を歩く四人は、それぞれが役割をこなしていた。私とは全く違う世界の人間だ。
「何を当たり前なことを…」
傷ついてるようなフリをするな。
当たり前なことを考えるな。
痛みなんて感じてはいけない、考えてはいけない。
私は私にやれることをやるだけなんだから。
陽の光で輝く亜麻色は、私が居なくても問題なく輝いていた。




