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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第一章

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12/25

有栖川さくらについて

毎日がつまらなかった。誰を選んだって同じで、明日は昨日と今日と全く同じ。

俺がどう足掻こうが学園の評価は変わらず、将来も全て決められていた。


 

「そりゃそうだよ」

 昨日の話をしたところ、幼馴染のシオンに手痛いひとことをもらった。

リアはフォローしようとしているが、フォローのしようがなかった様子で慌てている。

 

「まず彼女からしたら一番に来るのは四家の後継者なこと。次にドレスをくれて口付けされたことは覚えてたとして。突然現れて消える人なんて怪しくて仕方ないよ。ただでさえハルと違って朝必ず話すわけじゃないんだからね」

俺は彼女を知ってるけど、それは俺が覚えてるからであって、彼女からしてみれば突然ドレスをくれたキス魔なのか。


この学園内で知られてるのが当たり前すぎて考えもしなかったけど、彼女は外部生だし、記憶がないんだからそれは失礼だったのかもしれない。

 

「俺ちゃんと名乗ってたかな…」

「え、それで好きだの嫌いだのよく言えたね。四家の後継者のボンボンが好き勝手してるだけじゃん」

「シオン……ちょっと優しくしてやってくれ」

 リアの同情的な眼差しを受けて初めて気付いた。今まで求めたら与えられるのが当たり前すぎて忘れていた。人と人とは、挨拶から始まるのだ。

 

「そもそも彼女にストーカーする前にやることがあるでしょう」

「なんだ?」

「まず彼女について調べてみることだよ、同じ学園に居るんだから」

 呆れた顔のシオンが眼鏡を上げながら言う。もう全部任せたらいいのではと思うくらい盲点を突かれた。その手があった。


 居ても立っても居られない気持ちで、早速彼女の入学のときの願書の写しを手に入れた。もちろん極秘資料で本来生徒の目に触れるものではないので、どこから手に入れたかは秘密で。

 

「聞かない名だと思っていたけど、彼女はこの国の人じゃなかったんだね。それにしても経歴が雑すぎるな」

 彼女の生まれは海の向こうの国だった。外交で何度か訪れたことはあるが王国とは文化が違っていたような気がする。

 そして珍しいのは経歴だ。

王国の人間でないなら、大抵は学園の前にどこかに属していたり何かを専攻しているものだが、彼女の書類には何の記載もなかった。

 


「誰かがねじ込んだんだ。普通の外部受験者の経歴では無いと思う」

「年齢は正しいみたいだな、同級生で間違いない」

「海の向こうの女性はみんな背が高いのかなあ……」

 少なくとも彼女の妹は違うようだったが。顔がよく似ていた。

情けない自分なんて珍しくて、それもそれでとても楽しかった。

 

 

 






 

 

 朝だ。この国の冬の朝は凍えるように寒い。

ノートに手を置き、前日までの私のかけらを取り戻す。

制服に着替えてリビングに行くと、マグカップを手に持った寝巻き姿の一ノ瀬がいた。茶色の服は暖かそうだ。

 

「さくらさん、おはようございます」

「‥おはよう」

 薄暗い冬の朝日に照らされてもなお、その髪は輝いていた。美しい茶色とも金とも取れる亜麻色の髪。

 いつのまにか増えた食器が、当たり前の顔をして私の皿の横に並んでいる。

 他愛もない会話をして家を出ようとしたときだった。


「おはよう、いい朝だね」

 音もなく玄関の内側に人が立っていた。それとほぼ同時に玄関のチャイムが鳴る。

 

「転移をやめろ!女性の家に勝手に上がり込むな!」

 一ノ瀬が扉を開けると二人の男が追加で雪崩れ込んできた。一人は背が高く暗い青髪に黒い瞳、一人は白髪、一人はオレンジの髪だった。

 

「改めて挨拶させてよ、俺は北の国の後継者でレイアス・グレイン。レイでいいよ、さくら」

「レイ!なんなんだよ、朝から」

一ノ瀬がレイと呼んだその人は、私にドレスを贈ったグレイン家の後継者だ。



「俺きちんと名乗ってなかったなと思ったからさ」

「でも朝から家に訪ねるのはやりすぎだって俺らは止めたんだ。」

 オレンジの髪の男がため息を吐く。くるりとこちらへ振り返り、胸に手を当てて礼をした。

 

「俺は南の国の三男坊だ。継ぐ家もなく騎士を目指してる。リア・アウガスだ。よろしく」

 オレンジの髪の男は私の手を取り口付けた。体格がかなり良く、手はゴツゴツとしていた。恐らく剣術に長けているのだろう。瞳も燃えるようなオレンジだった。

 

「俺は西の国の五男の降谷シオン。俺は君自身にはあまり興味ないけど経歴と能力には興味があるんだ、よろしくね。」

 白い髪の男は腕を組んだままニコリともせずそう言った。

 白い髪に映える白い肌に眼鏡の男だった。

 まだ制服に着替えてもいない一ノ瀬は、二人の後ろで寝癖を押さえて言った。

 

「あの、せっかくだし僕も挨拶した方がいいかな?」

 呑気でため息が出てしまう。

 四つの国に支えられた王国は、それぞれを治める主人を定めている。それが四家である。

 

 東の一ノ瀬

 北のグレイン

 南のアウガス

 西の降谷

 それぞれが異なる風習、風土、領土を持ち寄って集まって出来たのがこの国の成り立ちだ。その家の人間が揃ってこの狭い私の家に集っている。

 

「今日は君のことが知りたくて来たんだ、本当は学園で聞きたいけど、俺たちが揃うと目立ってしまうからね。」

 降谷がじっとりとした目でこちらを見る。

確かに貴族揃いの学園だとは言え、四家の人間が集まっていたら目を引くのは間違いない。その上その中に私が居るだなんて、想像するだけで悪寒がする。

その気遣いが出来るなら、人の事情は放っておいてほしいが。

 

腕時計を見た。

今日最初の授業の始まる時間まであと10分だった。ああ、経済学…王国の財政難を救った話を聞けないなんて…

 

「知りたいこととは何ですか……」

 腹を括ってソファに腰掛け、向かいの席を恭しく手のひらで指した。

 話が長くなることを見越したのか、オレンジ髪のアウガス家の三男は、勝手に人数分の紅茶を淹れていた。

 その様子を見るに、解放されるのはしばらく先のようだ。二限目の騎士学の授業にもさよならを言わねばならないかもしれない……。

 

「……なぜこちらに…」

 向かいを指したのにグレインは私の横に座っていた。自然と一ノ瀬は私の右隣に座っていたので、挟まれる形になって気まずい。

 

「聞きたいのは、君の能力についてと、これまでのことと、これからの事だよ」

 降谷は気にせず、前のめりに手を組んで私に言った。寝巻き姿のままの一ノ瀬がムッとしたのか私に代わって声を荒げる。一ノ瀬はいつ着替えるんだ

 

「そんな聞き方しなくてもいいだろ?」

「だって怪しくてね。つい」

 笑っているけど目は笑っていない。この降谷シオンは私に何か疑いを持っているようだ。

 

「答えられる範囲なら答えましょう」

「では、君の能力について」

「能力と言っても、守護を与えられる以外は一般的な封言の能力の範囲で珍しいものではありません」

「転移も使えるんだろ?」

「はい。行った事のある場所かつ、事前に調べをしておけば次回からは人を伴っても飛ぶことができます。もしくは、場所を指定すれば他人だけを飛ばすことも可能です。」

 私がそう言うと、無言になる。


「私だけが飛び抜けて能力が高いのではありません。方法を理解して構築したら誰にでも可能です」

「まぁ‥そうだとしておこうかな。では次にこれまでの事だ」

 そう言われて言葉に詰まる。言えないのかと問われる。

 

「…私の覚えている最初の記憶は幼い頃、家での事です。その後はしばらく飛び、妹や弟との記憶、両親の顔……そしてこの学園に入学した時の事、日記に手を触れること、目立つことなく卒業したいと思ったことを覚えています。」

「……それだけ?」

「それだけです。日記で持ち越せるのは言葉だけで、どれだけ長く書いても感情は持ち越せません」

「感情は持ち越せない?」

 突然左に座って黙って聞いていたグレインが会話に入ってきた。

 

「…例えば紙にどれだけ感情を書き連ねたとして、それを赤の他人に読ませても元の感情全てはわかりませんよね。それと同じです。私は毎日24時に死んで、翌朝生まれているようなものです。有栖川さくらを生きるための最低限の他には何も持っていません。どれだけ足掻いても前日と同じ私にはなれず、前日を超える事もないのです。」

 私の言葉を聞いてその場の全員が黙り込んでしまった。全く面白い話ではなく、有用でもない私の言葉なんて聞かせても仕方ないことなのに。

 

「君は、記憶を取り戻したい?」

 降谷が私に問いかけた。そこには憐れみの気持ちが透けて見える。

 

「いえ、私はただ学園を卒業したいだけです。受けたい授業を受けて、毎日を過ごしたいのです」

「思い出したくないの?」

「思い出したく…ないです」

 今日まで自分が覚えていないことを不幸だと思ったことはなかった。しかし四人はそうは思わないようだった。特に一ノ瀬は私よりも悲しい顔をしていた。

 

「じゃあこれからの話をしよう」

 穏和に微笑んだ降谷は、先ほどとは全く違う印象を受けた。

 微笑むと目がなくなるのだな、最初の問いがなければ優しい人間に見えるだろう。

 

 

「1月10日、新しい数え月が始まる月に学園では催しが開催されるよね。普段は閉じた世界の学園内に、外部の人間が出入りできる日だ。僕たちはその日にハルが襲われると想定している。」

 降谷は続ける。

 

「俺たち四家の人間は当日国賓のもてなしの役目を決められている。だから貴女の力を借りたい。」

 アウガスは真っ直ぐにこちらを見る人のようだ。その瞳は雷のような明るいオレンジで眩しい。

 

「さくらさん…」

 まだ髪の毛が跳ねたままの一ノ瀬がこちらを見る。輝く亜麻色の瞳。不安そうに揺れている。

 

「どうせ私に選択肢はない、わかったからやることを教えてくれ」

「うん、さくらには俺たち全員を惑わすセクシーな恋人になってほしいんだ」

「セ……なんだって?」

 

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