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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第一章

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11/25

濃紺のドレス



舞踏会の授業の夜

先輩から舞踏会の会場での話を聞こうと帰りを待っていた。

帰りが想像していたよりも遅いので心配になってきた頃、玄関の扉が開いた。


「おかえりなさい!」

「‥ただいま」

先輩は全く想像していなかった姿で帰ってきた。

昼過ぎには僕の色を纏っていたはずなのに、いまは濃紺のドレスになっていた。耳にはイヤリングが付いている。


「その色‥まさか‥」

「グレイン家の後継者のドレスだ。私が四家の跡取りに強く出られないと下手に出ていれば良い気になって‥‥」

かなり怒っている。何があったのか聞きたいような、聞きたくないような‥


「私はあの男と口付けをしたことがあったか、知ってるか?」

「‥はい」

「ああ‥嘘だったらよかったのに」

僕もそう思います。

疲れたのかドレス姿のままソファに座った先輩は、結いた髪を下ろし始める。


「なぜドレスを?」

「馬車で店に連れて行かれて、着付けてもらった。着ていたドレスは後から家に届けてくれるそうだ。」

「‥あの店に行ったんですか?」

古くからの付き合いでレイの恋人には何度か会ったことがあったけど、あの店につれていったと聞いたのは初めてだった。



「店とドレスは素敵だった。もちろんマダムも。しかしあの男‥事もあろうにまた口付けてきた」

「ええっ」

「あまりに腹が立って、封言で自宅まで飛ばしてやったんだ。」

「ええ!!」

そんなことが可能なのか。

でもそれくらいされて当たり前だ。レイときたらどこでもいつでもキスして‥ほんとに腹が立つ!


「一ノ瀬ハルト、もしグレイン家の後継者を怒らせたせいで明日学園を退学になったらどうしたらいい?」

泣きそうな顔でこちらを見る。レイがそうするとは思えないが、先輩の不安は減らしておいた方がいい


「レイが後継者の力でそんなことできるなら、僕だって同じです。そんなことにはなりませんよ!」

「‥そうか、よかった。あの場で消し飛ばしておくか悩んだんだが、友達だと言ったからやめたんだ」

先輩が言うと出来そうに感じるから怖い。

ホッと胸を撫で下ろした様子を見て笑ってしまう。


「先輩はほんとに学園生活が気に入ってますね」

「ああ、私は学ぶことが楽しくて仕方ない。学園にいられて嬉しいんだ」

そんなこと考えたこともなかったな。

僕はどうにかついて行くのに必死で楽しいなんて思ったことがなかった。


「安心したところで一ノ瀬ハルト、背中のファスナーを下げてもらえないか?縫製のおかげか、自分でもどこにあるかわからないんだ。」

「ふぁ?ファスナーを?」

ただでさえ胸元や背中が大胆に開いているデザインで直視しないようにしていたのに、頼まれた内容に声がひっくり返ってしまった


濃紺のドレスは首元から胸元、背中までがレースで、腕から下は素肌が出ている。

僕が贈ったドレスとは真反対のドレスで、これを着て二人きりでキスまでしてきたと聞いて内心穏やかではいられない。


けど先輩の様子から見るに、ファスナーを下さないと触れられないドレスと言うのはむしろ安全なのかもしれない。


なるべく余計なことは考えないようにして、指先で辿り、背中の真ん中あたりに小さな金具を見つけた。


「ありました!」

「でかした」

僕が言うと先輩はそれを捕まえて、目印のために数センチ下ろし脱衣所へ向かった。




数分後、先輩が脱衣所から呼ぶ声がする。

脱衣所に入るのは気が引けたが、扉が開いていたので覗いたら、背中のファスナーを途中まで下げた姿で先輩が困っていた。



「どうしました?」

「すまない‥髪が咬んでしまった。切ろうかと思ったんだがどうにも届かなくて、下手に触るとレースを切ってしまいそうだ。本当に悪いのだがやってくれるか?」

レースとファスナーの隙間に先輩の長い黒髪が挟まっていた。


「先に髪をほどいたからだ、すまない‥こんな痴女まがいなことを‥」

「そんなこと思ってないですよ!」

試されてるのか?と感じるほど無防備な姿に、上手く反応できない。


肌の上に他の障害物はなく、髪を抜こうとすると先輩の腰にどうしても触れてしまう。

僕の手がひんやりしているのか、触れるたびに反射で跳ねる背中が艶めいて見える


「手が冷たくてすみません!」

「いや全て私のせいだ‥すまない‥疲れてるみたいだ」

先輩のために早く解かないといけないのに、繊細なレースが力を込めたら破けそうでなかなか上手くいかない。


もう燃やしてしまいたいけど、マダムのドレスは正直言ってとてもとてもとても高価だ。マダム個人のことも好きなので、できれば傷つけたくなかった



「とれ‥ました!」

しばらく格闘してようやく外れた。長い戦いだった。


「ああよかった」

そう言って先輩は僕がいるのにそのまま背中のファスナーを下げ始めた。そしてまた止まる。布が増えたところから固くなっているようだ。


「このドレスは一人で脱ぐこともできないのか?貴族の買い物はこれだから嫌なんだ!」

「あの、僕がいますから‥先輩がよければですけど」

「ドレスひとつにこんな目に‥もうプレゼントは懲り懲りだ‥もう二度とついて行かない‥」

内心それは困るな、と思いながら先輩から続きを引き継いだ。


このドレス、わざとこうなってるのではないだろうか?

マダムがレイに着替えを手伝わせるために。

考えすぎかな‥


ファスナーを静かに下げていて、目の前でだんだん先輩が生まれたままの姿になっていくことに気付いた。

こんなの目に毒すぎる‥!!!

ドレスの前を押さえていないと落ちてしまうのか、だんだん先輩が前のめりになっていく。


「そろそろ大丈夫ですかね、僕は出るので、少し待ってください!」

「ありがとう助かったよ。持つべきものは友達よりも同居人だ」

先輩の声を背中に聞いて、脱衣所の扉を閉めた。





「‥これをレイにさせなくってほんとによかった‥キスだけじゃ済まなかったよ‥」

どう考えても理性を無くすとしか思えない。僕だって必死だった。

そもそもあんな固いファスナーは絶対おかしい‥。


濃紺のドレスに宝石を身につけた先輩は、やけにしっくりきていた。黒髪とよく合っていた。

隣に立つのも、僕とより長身のレイとの方が似合っている。


レイは一人っ子で跡継ぎで揉めることもないし、昔から誰よりもなんでもできる。僕とは真反対。

小さい頃から僕はレイみたいになりたかった。

そんなレイと好きな人を取り合うなんて、正直言って不安の方が強い








「え、中でレイと踊ったんですか!?」

お風呂上がりの先輩に会場の様子を聞いた。


寝る前に先輩は僕と会話してくれることが多い。何よりも楽しみな時間だ。この時間が明日も続けばいいのに


「友達だと言われたら断れなかった」

「なんて小狡い手を‥!」

先輩が友達に飢えているのを逆手に取るなんて、男の風上にも置けない!ずるい!

レイと先輩のダンスなんて、映画のように美しかったろうな‥



「僕とレイ、どっちと踊るのがよかったですか?僕ですよね?」

「‥比較しろと言われると‥」

「いや、やっぱり聞かなくていいです‥」

もちろんレイの方がダンスも上手い。僕は女性と踊ると言っても、母や妹とばかりで、たまに誘われて女性とも踊るけど特別褒められた経験はなかった。

 


「長兄との方が楽しかったよ。外で踊ったからかな?今までで一番楽しかった。」

「お世辞じゃなく?」

「私がお世辞を言って何か得が?」

嬉しかった。レイにひとつでも勝てたことが何よりも嬉しかった。


それだけ言うと、おやすみと言って先輩は部屋に入っていった。

胸がドキドキする。今日は色々なことがあった。夜の件は主にレイのせいだけど。

翌日レイのことを問い詰めたのは言うまでもなかった。










 

 

 十二月二日 晴れ

 体調よし、記憶なし

 青髪のグレイン家の後継者にドレスをもらった 気を抜くと口付けされるので注意すること

 以上




 あの舞踏会の授業の翌日、私は今度は正しく女生徒に放課後呼び出されていた。

 

「貴女、一ノ瀬ハルト様とお付き合いなさってますの?あと、レイアス・グレイン様とはどんな関係ですの?!」

 呼び出された場所に行くと焦茶の髪色の女生徒と、五名ほどの女生徒が固まっていた。

 焦茶の女生徒が切り出すと、周りの女生徒もウンウンと頷いている。

 

「あのドレスにダンス‥どう考えても一般の生徒の貴女がお受けするのはおかしいですわ」

「‥私の交流関係が貴女たちに関係があるのか」

 素朴な疑問を伝えたら、まぁっと非難の声を上げられた。

 放課後に女生徒とこのような交流をするなんて思いもせず、喜ぶべきなのか複雑な気分だ。この学園に入ってから記録によると私と女生徒との交流は……ほぼゼロだった。

 

「まぁ待て、いまのは私の言い方が悪かった。貴女がたが気になるというのであれば、問題のない範囲で答えるつもりだ」

 もしかしたらこれが友達になる前触れなのかもしれない

 友達というものはなろうとせずとも、気付いたらなっているものと本に記載があった。疑問に答える程度なら問題はないだろう。

 

「私は一ノ瀬ハルト様の婚約者筆頭候補ですのよ!私には聞く権利があります!」

「……ほう…」

 いまのはまずかった。

 ただの感想だったが、無駄に含みを持たせて間を持たせてしまった。これでは私が一ノ瀬の結婚話に文句があると捉えられない。全く私に関係ないのだから、ぜひとも私に関わらず健やかに愛を育んでほしい

 

「貴女が長兄を支えられると言うなら、ぜひ今すぐにでもそうしていただきたい」

 言葉とはなんとも難しい。私の言葉を聞いて女生徒たちはワナワナと震えて去って行ってしまった。

 女性との会話は難しい。普段どれだけ周囲に甘えて会話しているか思い知った。

 




 

「どうして話術の本なんか読んでるんですか?」

家に帰ると一ノ瀬が話しかけてきた。図書館で借りた本をリビングで読んでいただけだったが、タイトルが目についたようだ。

 

 

「実は今日長兄の婚約者候補のご令嬢と言葉を交わしたのだが、機嫌を損ねてしまったようだ。申し訳ないが長兄から上手く取り持ってくれないだろうか?」

そしてあわよくば私の友達になってもらえないだろうか。私は、馬鹿みたいだが彼女たちのように群れで動いてみたいのだ。


「僕の婚約者候補の令嬢?誰ですかそれは!」

知らないですと首を振る一ノ瀬に、驚いたのは私だった。

まさか彼女は自称しているのか?それとも婚約は家同士を繋ぐものだから知らない事もあるのか?とこの国の貴族の怖さを思い知った

 


「何か失礼なことでも言われましたか?僕のせいですみません…」

「いや、出来たらまたぜひ呼び出してほしい。女生徒との交流は貴重だ」

「さくらさん……」

 呆れたような同情したような顔で一ノ瀬は笑った。結局彼女たちの疑問は晴れていないだろうに帰ってしまうなんて。

 

「すまなかったな。次回はきちんと私たちは恋人同士ではないと説明する。会話の勉強が足りていなかった。次は大丈夫だ」

「僕は先輩のこと大好きですよ」

 本から顔を上げると、一ノ瀬がこちらを真っ直ぐに見ていた。しばらく無言でいると、笑って、冗談ですよと呟いた。

 

 

 

 

 十二月八日 曇りのち雨

 外傷無し熱あり、記憶なし

 女生徒と放課後に交流した

 以上

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い日が続いた。王都は四季がある国だ。

 王都の周りを囲む四家がそれぞれ納める土地は、四季がありながらもそれぞれに寒暖に差がある。

 

 東は春の国。一年中花が咲き誇り、芽吹いた新芽が常に青々しい

 西は秋の国。過ごしやすい気候と、農業に最も適した温度で作物の成長が盛んだ

南は夏の国。暖かな気候、一年を通して高い気温が続く

 北は冬の国。肌寒い日が多いが、温泉や美しい街並み、保存食の管理に適している。毛並みの豊かな生き物の宝庫だ

 

王都は冬はかなり気温が下がり、窓ガラスさえ凍結する日が続く。

それというのも、四つの国の領土は均等に分かれてはおらず、北の国の領土が最も広大で、王都も北の国に面しているところが多いのだ。


 ここから2ヶ月ほどは外での授業は全くなくなり、座学中心に切り替わる。貴族はこの時期は夏や春の国に住むと言われるほどだ。

 


 ゴホゴホ、げほげほ。


 その日一ノ瀬は見事に風邪をひいていた。一ノ瀬の国、春の国の出身者は大体一年生の冬に風邪をひく。一ノ瀬には加護がついているが、病原体までは弾けない。

 

「……ずみまぜん……」

「いいから寝ろ」

 一ノ瀬はそもそもリビングの簡易ベッドで寝ていた。

 そろそろ分厚い毛布にしなくていいのか、寒くないのか?と朝思ったところだったが、もしかしたらわからなかったのかもしれない。

 それくらい私がやってやれば良かったな

 

 鼻水から始まり、咳に熱のオンパレードだ。学園のお抱え医師に診てもらったところ、診断はただの風邪だった。

 そこで授業も減ってやることのない私が看病に名乗りをあげたというわけだ。

 

「ドレスの恩もある。高かったんだろあれ、やたらキラキラしてるからな」

 一ノ瀬はたくさん首を横に振るが、舞踏会での私の振る舞いについていまだに女生徒から追求されるのを考えると、それは嘘なのだろう。

煌びやかなドレスは数日を経て私の手元に戻ってきた。親切な誰かがクリーニングしてくれたらしい。


「何か飲めるか?」

 ごほごほと咳が辛そうで、背中を起こしてやったが、水が上手く飲み込めないようだ。私はこういうときに秘策がある。

 

「まかせろ、得意なんだ」

 指を鳴らすと水が喉に入っていく。転移の応用だ。

実はコレを見つけたとき画期的だと思って大喜びしてしばらくこれで水を飲んでいた。しかし満腹中枢を刺激しないからか危うく水中毒になりかけたのだ。

 

 

「口移しとかじゃないんだ」

「誰だ!?」

 ゾッとして振り向くと、黒目青髪の長身の男が立っていた。玄関には鍵がかけてあったはずだが、どうやったのか気配もせず後ろに立っていた。

 

「ハルは大丈夫?」

「…見舞いならもう少し手順を踏んで欲しいものだ‥グレイン家の後継者様」

私がそう言うと満足そうに笑う。

手に袋を持っていて、この男は一ノ瀬の看病をやるつもりで来たようだ。

 

「ここさくらの部屋じゃないの?」

「……ええそうです」

 私に気安いその男は、招いてもいないのに部屋の中を物色し始めた。

 一ノ瀬のベッドは温めにくいので私の布団に移したのだ。フーンと言って私の訴えは無視しながら、部屋の真ん中のソファに座った。

 

「この写真はだれ?」

その手にある写真には五人が写っている。私の両親と妹と弟と私だった。

 

「この子さくらそっくり。妹かなあ、かわいいね」

「聞かれても答えられない。忘れてください」

写真を取り上げた。一ノ瀬は水を飲んでから眠れているようだった。

ふと目を向けた方向にはドレスが2着かかっている。


「ハルのと俺の、どっちのドレスが気に入った?」

「‥どちらも美しいです。私はグレイン様にドレスの礼をしましたか?」

「水臭いな、俺たち友達なんだからレイでいいのに。敬語もいらないよ」

友達、友達はドレスを贈るのだろうか。

私が知らないだけでそうなのかもしれない。


「貴方に気を許すと口付けされると記録してあった。同じ手は使えないぞ」

「覚えてくれたんだね、嬉しいな」

喜ばせたかったわけじゃないが、グレインは随分喜んでいた。

私たちが近くで会話していたら一ノ瀬が動いたので、起こさないようにリビングに移動することにした。


差し入れとして渡された手提げから水や果物をいただき、飲み物を出した。


 

「さくらは、俺のことどう思ってるの?」

「‥どうとは」

「好きとか嫌いとかあるでしょ」

「突然聞かれても…ドレスやイヤリングを贈ってくれたことは感謝しています。大変素晴らしいものをありがとうございます。」

 当人に思うこととしたらデカい、とても目立つ等である。しかし直接口に出すのは流石に気が引けた。

 

「俺のこと好きか嫌いでいえばどっちなの?」

 本気な顔をされているが、こちらこそその真意を伺いたい。なぜ私の感想などが必要なのだ。

 この学園に通う人間なら欲しいと言えば何でも手に入るのだろう。それが例えば人間だとしても。だから女生徒の中から好きなだけ選べばいい。

 

「なぜそのようなことを聞くのかわかりません。一般の生徒の私に選択肢はありますか?貴方が私を望めば私は従うしかない。」

貴方はこの国の貴族の頂点の後継者なのだから


その私の返答は違っていたようで、グレインは傷ついた顔をしていた。立ち上がって「お茶をありがとう」と一言言って消えた。

 


 

「何て答えたらよかったんだ…」

 私には人の細かな機微がわからない。

大体失敗したあとに気付いて、全部失っている。そもそも持っていなかったのかもしれないが、求めるのが間違いなのかもしれない

 

 そう思うと母さまが私をバケモノと呼んだのは全部正しく、私が生まれたことが間違いだったのだろう。

 明日になれば忘れるから。どれだけ傷ついても明日になればまた最初から。だから考えても意味がないんだ

 

「さくらさん……」

 か細い声が私の部屋から聞こえた。寝室に入ると半分身を起こして一ノ瀬が起きていた。

 


「レイが居た声がした……大丈夫?」

 もちろん大丈夫に決まってる。

私が誰かとの会話できちんと伝えられた試しなんてないんだから。距離を詰めてくれても私は気付けない。

 

「ああ、なんでもないよ。もらった果物をやろうか?」

頷いたので、グレインが持ってきた果物を切り分けた。

王都は寒いので果物は育たない。わざわざ取り寄せたのか。



「ひとりで食べれますよ」

「ああ、そうか」

 さすがに口まで運ぶ必要はなかったようだ。まだ手はかなり熱いので熱はあるようだが、起き上がる気力が一日で回復するとは驚いた。これが王に選ばれた人間ということなのか、一ノ瀬の体が丈夫なのかはわからない。

 

「うん、おいしい」

「いい友達がいてよかったな」

「さくらさんには僕がいるから、体調崩したら任せてくださいね」

「私は冬に弱くない」

 ひとりでも大丈夫。あと数ヶ月で一ノ瀬は私と別世界へと帰っていく。私がこうして看病するのも今年の冬が最初で最後であろう。

グレインのくれたものにベリーもたくさん入っていた。一つ摘むと口に広がる甘酸っぱい味。

なぜだか懐かしい味がした。


 

「宝石、ほんとに気に入ったんですね」

 私の首から下がるそれを見て一ノ瀬は笑った。

 私が気に入って購入したとされる亜麻色のネックレスは胸元に輝いていた。外したいと思わないから気に入っているのかもしれない。


 宝石はいつも輝いているが、目の前の瞳にはやはり敵わない。熱があるからか涙腺が潤み、いつもよりももっと輝いている。

 

「私は貴方に情が沸いてしまったのだろうな。数ヶ月後にこの部屋から貴方を見送った後でも、これを見たら懐かしく思えるだろう。」

「そんな‥僕の誕生日が来ても離れませんよ、先輩が嫌だって言っても瞳を見てもらわないと。」

 一ノ瀬はそう笑って咳き込んだ。

 甘い香りの亜麻色の髪の人、どうか無事に十八歳のその日を迎えられますように。

 

 

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