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記憶が一日しか持ちませんので、貴方のことは知りません  作者: 涙川
第一章

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知らない人




「なるほど…彼女にハルが執着するのも頷ける」

広間の扉に向かって感嘆の声を上げるリアの声を聞く。


女性に対しては常に紳士的な態度のリアだが、女性個人を褒めるのは珍しい、つられてそちらを見た。

頭からつま先まで磨き上げられた彼女は、この場に相応しく、いや、それ以上に美しかった。



そのドレスや宝石の全てが同じ色で揃えられていることを除けば、本当に素晴らしい仕上がりだった。

 

ドレスの仕立てはどう見てもオーダーメイドで、彼女の体にぴったり合っていた。


この王国で輝く明るい亜麻色を持っていて、ドレスをオーダーメイドで揃えられる貴族は一人しかいない。

しかもそこに赤の意匠が施されているドレスなんて、大きく名前が書いてあるようなものだ。

 

 

「ハルがここまで仕上げてくるとはね、正直言って想定外だったな」

「せいぜい髪飾り程度かと思っていたよな、もしかしたら俺たちが思ってたより彼女もハルにその気があるんじゃないか?」

コソコソとリアとシオンの二人が会話している中、目が合った彼女に微笑んだがドレスを持ち上げて一礼をしただけでこちらには近寄って来なかった。


そのまま彼女は壁の方へと下がって行った。今日は社交に身を投じる気はないようだ。

やたらと金のかかった壁の花と化した彼女は、それでも会場の誰よりも人目を引いていた。

悔しいが今のところはハルに完敗だ。

でもここにはハルはいない。



「やぁ、すごく素敵だね」

壁の花になりきっている彼女に声をかけた。


「‥‥‥」

「レイだよ。ハルと同じ四家のグレインの後継者。」

その言葉を聞いて、こちらに一礼をしてまた去ろうとする。


「ねぇ、そろそろ俺のことも記録に書いてよ」

「‥一ノ瀬ハルトの知り合いが、どうして私に?」

「さくらが気になるから」

素直な気持ちを伝えると驚いた顔をした。

初めて見た時からそうだった。彼女はこの世の何にも興味ないような顔をしておいて、誰よりも授業を真面目に受けて、困っている人に頼られたら断れなくて、全部忘れてるはずなのにハルだけ特別扱いする。


「俺にだって好きになる権利はあるでしょ?」

なんなら俺の方が先に出会っていた

俺はハルとは違って能力の話を聞く前から気になっていた、さくらはそんなもの無くても魅力的だったんだ。



「話がよくわかりませんが、私は有栖川さくらです。尊い四家のグレイン様にご挨拶申し上げます。」

「‥俺たち家で遊ぶくらいには友達なのに」

「‥‥‥友達?」

友達と言った途端に目が輝いている。そういえば、友達がほしいとぼやいていたのを聞いた事があるかもしれない。


「そう、俺たち友達なんだよ。さくらが忘れてるだけで」

「友達‥」

「友達だから当然踊ってくれるよね?」

俺が手を差し伸べると、しばらく迷った顔をして、手を重ねてくれた。

俺が踊る素振りを見せると、踊っていた人たちが減って会場の真ん中が開いた。真ん中を二人で進んでいく。


「目立ちたくないのですが‥」

「無理だよ、さくらは美人なんだから」

背筋を伸ばして手を合わせ、さくらの手を俺の肩に乗せる。


「それより、ダンスは得意?」

「得意かはわかりませんが、先程一ノ瀬ハルトとも外で踊りました」

「ふーん」

ドレスのお礼に、と言った顔にはこれといって特別な感情は見えない。しかし踊りで揺れるたびに胸元の宝石が光る。

何故そんなにハルの色が好きなんだろう。俺の瞳は魅力的に映らないのだろうか。



「ねえ、次のドレスは俺が贈るね。きっと青も似合うよ。背中が開いているやつにするから、背中にキスさせて」

「‥誰にでもそうだとしたら、いつか刺されてもおかしくないですよ」

「誰にでもじゃないよ、俺って割と諦めが悪いから」

微笑みながら言うと、一瞬だけ口元が微笑んで見えた。



「やっぱり今ここでキスしてもいい?」

「全部無理です。というかドレスを買ってもらう理由がありません」

「理由なんて、俺があげたいからで充分だよ」

その場で彼女をくるりと回す。想像していなかったのか、足がもつれそうになる彼女の腰を強く抱いた。



「だから約束。今日は友達の俺からドレスをもらう約束したこと、日記に書いて眠ってね」

「‥グレイン様」

「レイアス・グレインね。ちゃんと書いて」

俺の名前は覚えにくい。

小さい頃のハルがレイアスと発音できなかったことを1歳しか変わらないのに覚えている。

それからレイと呼ばれるようになった。


「いつかレイって呼んでね」

音楽が終わり、挨拶を交わす。

あまり踊っているところを見た事がなかったが、彼女のステップはかなり踊り慣れていた。


彼女は海の向こうの国での記憶がないと言った。どんなふうに育ってきたのだろう。彼女のことが知りたかった。


「飲み物でもどう?」

「‥あの、話しかけて欲しそうな方々が大勢いますが‥」

授業中なのでシャンパンとは言えないが、ぶどうジュースのグラスを渡したが彼女は俺の後ろを見ている。

この場にいる四家の中で俺だけが家を継ぐことが決まっている。

家との繋がりや、少しでも覚えてほしいと視界に入ってこようとする人、隙を見て婚約者として名乗りをあげようとする人ばかりだ。



「もうここに用はないなあ。そんなにさくらが目線が気になるなら、抜け出しちゃおうか」

「えっ」

手からぶどうジュースのグラスを取り、こちらを見ていたリアとシオンに手を振る。二人は仕方ないなと言う顔で頷く


「でも私はダンスの授業を‥」

「さくらにはもう必要ないよ」

手を引いたまま扉に進む。途中も挨拶をしてきた人たちはいたが全て無視して扉から外に出た。

まだ太陽の光が強く、外は昼過ぎだった。


「このままデートしよう」

「えっ」

「さっきからそれしか言ってないよ」

驚いてばかりのさくらが動揺する。高いヒールに高級なドレス、さくらは何を着ていても美しい。

門から出たら、俺の家の馬車が止まっていた。

特に指示はしていないが、俺の動向は常に監視されている。

まぁ、こうしていいこともあるが。大抵は鬱陶しい。現当主である父は俺の全てを把握しておきたいのだろう。



「とりあえずドレスかな、マダムのところにいこう」

「話が見えないのですが‥あと私、馬車は苦手で‥」

「手を出して。とりあえず乗ってみて。」

俺が手を出してエスコートして、さくらが手を乗せて馬車に足をかけた。さくらの手は震えていた。


「そんなに怖い?」

「‥なぜかわからないのですが、馬車に乗ろうとするとこうなります」

乗り込んださくらはガクガクと震えていた。

それはもう寒くて仕方ないように、顔色も悪い。


「俺がいるよ。隣に座ってあげる。大丈夫だよ、一人じゃないから。」

がたんと馬車が揺れる。さくらの方に座って、震える体を抱いた。

絶対に拒まれると思ったが、さくらは黙って抱かれている。


「‥グレイン様は、ベリーの香りがします。」

「ああ、好きだから毎食食べてるんだ。俺の生まれた国は寒くてね。なかなか果物は育たないから、王都にいる時はずっと食べてやろうと思って」

さっきの授業の軽食でも食べていたから香りがするのかもしれない。

どうせなら香水でも付けておけばよかったが、俺は香水が嫌いだ。

次期当主の俺を囲む大人たちからはいつでもむせ返るような香水の香りがした。


「‥とても好ましい香りです。貴方はそんなに軽薄な人間ではないようですね」

「そんなふうに思ってたの?心外だなぁ」

まあ実際のところ、会うたびにキスしたり抱きしめてたんだけど。

彼女が忘れてくれててよかったと初めて思った。

笑った彼女の体はもう震えていなかった。


「もう大丈夫?じゃあ行こうか。」

彼女の背に手をかけたままそう言うと、馬車が走り出した。また彼女の背中が震えたので上から抱きしめる。


「大丈夫、ゆっくり進むから。」

「‥どうしてそんなに優しくするんですか‥」

「さくらのことが好きだからだよ」

「‥私はどうせ忘れてしまうのに‥」

怖くて怖くてたまらないという顔をする。

何がそんなに怖いのか、馬車のことか、自分が忘れてしまうことが怖いのか。


「さくらが忘れても俺は覚えてる。ずっと必死に授業を聞いてたこと、空の雲を見るのが好きなこと。だから大丈夫」

「‥‥私は‥」

「さくらはハルが好き?」

ハルの名前を出したら背中が揺れた。


「‥どうして一ノ瀬ハルトが出るんですか」

わからないという顔をする。

確実に彼女はハルに惹かれているはずなのに、外から見ていても近づいたり離れたり、朝になると忘れてしまうから、関心があるときとない時の振れ幅が激しい。

ただ一つ、その心を掴んでいるのはハルの瞳だろう。彼女はいつでもハルの瞳を見ている。

ハルの輝く亜麻色の瞳。俺から見ても美しいと思う。

俺の目はただの黒だ。よくある色、彼女と同じ色。



「一ノ瀬ハルトとは‥朝挨拶して、朝食を摂りました。その後守護をかけました。ドレスをくれたから、踊りました。私たちはそれ以上の事はありません」

毎日朝から晩まで一緒なんだった。授業がないときハルはずっとさくらのそばにいる。言われてみたらそうだった。

朝からいたら、せいぜい昼過ぎに会ってスタートの俺より仲良く見えるのは当たり前か‥


「ハルに差をつけられてるなんて‥人生で初めてかも」

ハルは泣き虫で気が弱くて優しくて、何でも周りに譲ってばかりだった。

俺は心のどこかで、俺が本気になればハルがさくらのことも譲ってくれるのではないかと思っていたのかもしれない。


でもハルは変わった。明らかに本気で手に入れようとしている。


それくらい当主の座にも本気になっていたら、こんなことにはなってなかったのに。それならハルはさくらと出会わなかったかもしれない。

でも出会ってしまった。それは変わらない。



「なら頑張らないとね‥」

腕の中のさくらはいつのまにか俺の背中に腕を回していた。腕から温もりが伝わる。怖がっているだけだとわかっていても、心臓が高鳴るのを感じる。


「着いたよ、降りれる?」

「‥すみません」

「大丈夫。ほら、手を貸して」

止まっても尚震えている手を引いて、馬車から降ろした。外に出たらもう震えは止まっていた


「レイアスぼっちゃま、いらっしゃいませ。あらあらまぁまぁ、今日はなんと美しいお嬢様をお連れなのかしら!」

賑やかに恰幅のいい女性が出迎えてくれた。


「有栖川さくらさんだよ。さくら、こちらのマダムはこのお店のオーナーでデザイナーなんだ。俺が生まれた時から俺の服を作ってくれてる。」

「はじめまして、有栖川さくらと申します。お会いできて嬉しいですマダム」

優雅に腰を落として挨拶するさくらを見て、マダムは満足そうに頷いた。


「見てわかると思うけど、俺は彼女をハルと取り合ってるんだ。マダムの力で俺の色に見繕ってほしい」

「あらあらまぁまぁ、確かにいまはどう見ても一ノ瀬のおぼっちゃまのガールフレンドですわね」

「‥そうなんですか」

お店の中に通される。その部屋は見慣れた昔からのフィッティングルームで、ここに誰か女性を連れてきたのは初めてだった。


「なんて白くて美しい肌!とてもスタイルがよろしいわぁ」

マダムが採寸室で話す声が丸聞こえだ。

どこがああだのこうだの、さくらが狼狽える声もたまに聞こえてきてとても面白い。


採寸室から出て20分くらいだろうか、マダムが彼女を試着室へ連れて行き、カーテンが開いた。


「ぼっちゃん、いかがですか?」

マダムが自信を持って彼女の背を押す。


彼女は濃い青のドレスに変わっていた。体にピッタリしたマーメイドラインだった先程までのものとは違い、腰から下にはヒダがある。歩くたびに揺れて広がって美しい。


上半身の胸元から背中は大きく開いてレースが乗っている。先程までのものよりかなり大胆なデザインだ。普段は隠れているが、その豊かな胸元がしっかり主張している。


「私には少し大胆すぎるかと‥」

「お嬢様、そんなことはありません。上背がある方は大胆なものがよくお似合いになります」

「‥そうですか‥?」

確かに良く似合っていた。さくらのためにあるようだった。さくらは鏡をみている。

ハルの贈ったドレスとは全く違うからか、戸惑っている。


「こちらのイヤリングもどうぞ」

マダムは濃紺の宝石のついた花の形のイヤリングを付けた。

俺の色を見に纏った彼女は振り向く。どこを見ても俺の色で大変満足できた。


「‥この青はどう見ても貴方の髪色です。先程のドレスが一ノ瀬ハルトの瞳の色。この国では贈り物を贈る時は自身の色を選ぶ決まりがあるのですか?」

さくらがそう聞いてくる。やっぱり知らないで着ていたのか。ハルは説明したのかな



「好きな人に自分の色を着せたいんだよ。周囲に牽制して、アピールするためにね」

「‥‥好きな人?」

「取り合ってるって言っただろ?さくらは俺たちの好きな人なんだよ」

さくらの耳で光る俺の色。マダムにお礼を言って店を出た。


次の場所までは馬車をやめて歩いて行くことにした。

店を出てからさくらは一言も発していない。ただエスコートされて黙々と歩いている。


「ここは俺が持ってるホテルなんだ。上の部屋で紅茶でも飲もう」

さくらに言って扉を開いた。

エントランスには人がまばらにいた。

連絡を受けていたのか、奥から慌てた様子で支配人が出てきて出迎えた。さくらは支配人からの挨拶に応じていた。


最上階の部屋に通されて、さくらはソファに腰掛けた。

紅茶を配膳してきた女性が去り、支配人だけが紅茶や軽食の説明を一通りして去っていった。


しばらく沈黙が続き、さくらが口を開いた



「‥どう思い返しても、私は貴方に好かれる理由がわかりません」

どうやらそれを考えていたようだ。

怒らせてしまったのかと思っていたが、違っていたことに胸を撫で下ろした。


「忘れるんだから仕方ないよ。俺の気持ちは変わらないし」

口にベリーを投げ込んで答えた。

その様子を見て、さくらは笑った。


「ほんとにずっと食べてる」

そう言われてみればさっきもマダムの部屋でも食べてたかもしれない。

笑われて少し恥ずかしくなった。


「私は貴方を覚えていないが、なぜかベリーの味の口付けをしたことがある気がします。」

「‥キスしたこと覚えてるの?」

「わからない。覚えてるのは味だけだから、貴方ではないかもしれない‥」

遠くを見る顔をする。全部を忘れるわけじゃ無いのか?

それとも何かのきっかけがあると思い出せるものなのか?

立ち上がって、向かいに座っているさくらの隣に座った。


「試してみる?」

「え?」

「キスしていい?」

俺がそう言うと驚いた顔をした。拒絶の言葉を発する前に唇を奪った。

甘い紅茶の味がした。ベリーの香りだ。俺が好きだからベリーの香りの紅茶なのを忘れていた。


「また全部忘れてたら、その度にキスしちゃうかも」

体を離して言うと、怒ったような顔を見せて口を開いた。


「有栖川さくらの名において命ずる!レイアス・グレインを今すぐ自分の部屋に帰せ!」

その一言で、気づいたら自分の部屋にいた。



「‥封言ってそんなことできるんだっけ」

ほんとに面白い。

明日はどんな風に出会おうかなあ



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