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#006 闇の思い

 寝ると言って寝室に向かったルイは、無論寝ることはなく、窓から夜空に変わりつつある夕焼け空を眺めていた。


(あの程度の濃度の毒では……人は殺せない)


 先ほどの毒の入ったワインについて考えを巡らせながら、彼は赤い宝石のついた髪飾りをとり、髪をほどいた。


(殺さずに弱っているところを拷問でもしたいのか? そうなると敵は私たちの正体を知っていることになる)

 

 彼は髪飾りの裏側についていた針を取ると、爪先で弾いて、天井に向かってまっすぐ飛ばした。針は天井に刺さる直前で、力を失い、また落下する。それを受け止めることなく、ルイは爪先で弾く。

 これは彼が考え事をする時に行う悪癖だった。

 

(可能性は幾つか考えられる。まず、私たちの力が他国に移ることを恐れた先王からの刺客だ)


 ルイは先王との最後の会話、その時の先王の冷や汗を思い返した。

 

(……いや、ヴォルドが私を殺すならあんな杜撰な毒ではなく、確実に死なせる方法を選ぶ。中途半端に恨みを買うことだけは避けたいだろうからな……では誰だ?)


 ちなみに彼が飛ばしている針には即死の毒が仕込まれている。

 

(次に考えられるのは、この船は用意したもの、……イザークか。しかし、イザークが今更私を殺して得るものはない。私はすでに戸籍上、死んでいる……無駄に波紋を起こす必要はない……かといって大公家すべてを信じられるわけでもない……しかし、あまりにも杜撰だ。どうせ毒を仕込むなら、全員が必ず摂取するものにすべきだろうに……)


 ルイは天から落ちてきた針を、そのまま髪飾りで受け止める。コツン、と小さな音が鳴り、もう針は再び髪飾りの中に納まっていた。彼はそれを使って、手早く髪を束ね直す。

 

(事実として毒は仕込まれた。そして、あの程度の毒で人は殺せない。……我々が毒で弱ったと考えられる時分に、事は起きる。……さて、どうしたものか)


 思考を終え、彼は嵌め殺しの窓に手を当てる。途端、窓に赤黒い光が走り、魔法陣を描いた。

 

「……、……この先、……あの国を出て……『地に足がつく』」


 それは文字通りの意味だ。それがアスラディアを出るということだからだ。


「今更、どうしたらいいのだろうか……こんな日が来るとは考えていなかった……」


 そのつぶやきを最後に、赤黒い光が部屋に満ちる。

 そうして、その光が消えるときには、ルイもその部屋から消えていた。


 □


 ルイがいなくなったリビングルームでは肉を食べ尽くした部下二名が、毒の入ったワインボトルを眺めていた。


「うっすい毒だけどォ、一応分析しておくゥ?」

「一応な。ラウラ、器を作ってくれ」

「はいよォ、ってね!」


 ラウラが指先を振るうと、金色の光が集まっていく。

 ラウラが得意とする魔法は『分解魔法』と『構築魔法』だ。つまりその場にある物体を細かく分解し別のものに構築し直すこと。人体に使えば、他人に成りすますことも、異形のものに変えることさえもできる魔法だ。

 ラウラは部屋にあったガラスのグラスを試験管に変えると、投げた。イライザはそれを受け取ると、同じように指先を振るう。白銀の光が彼女の手元に集まっていく。

 彼女は全ての魔法を使用することはできたが、特に得意とするのは『分析魔法』だ。彼女はワインボトルを傾けると、空中でそのワインは彼女の前でスクロールのように広がった。彼女の目は青白く輝き、ワインの中身を細かく調べていく。


「……毒ともいえるが、劣化だったとしてもありえなくはない数値だ」

「こんな豪華な船で配られたワインが劣化ァ? ちょっと可能性低いっしょォ」

「しかしこの数値では一人で一本飲んだところで、嘔吐が精々だ。まあ、少量でも下痢にはなるだろうが……」

「それじゃ『悪酔い』で処理される感じかァ。殺し目的じゃなさそォね。この客船ツアーに悪評を立てたいやつとかァ?」

「うーん……ワインが悪いぐらいで悪評になるか……?」


 イライザはワインの中から毒のみを抽出すると試験管におさめ、残りの成分をワインボトルに戻した。

 それからあくびをしているラウラにワイングラスをラウラに投げつける。ラウラはそれを右手で受け止めると、首を傾げた。


「なァにィ? びっくりするわァ」

「毒のみ抽出した。飲むか?」

「ェえ? まァ、飲むよねェ」


 悪い笑顔を浮かべたイライザは、楽しそうにしているラウラのグラスにワインを注いだ。ラウラは「未成年の前で悪いねェ」と言いながら、ワインを一口飲む。彼は不思議そうに首を傾げた後、盛大に顔をしかめた。


「ぶどうジュースじゃねェかよォ!」

「毒抜いたらそうなる」

「アルコールを毒って言うなよォ……渋さしかねェ、なんだこれ……まじでまずいィ……」

「ククッ、ふ、はははっ! ひどい顔してるな!」

「てか酒入ってねェならお前も飲めんだろォ、飲めよォ!」

「やだよ、成分的に絶対まずいからな! クックックッ……」

「おまえさァ!」


 ラウラがゲラゲラと笑うイライザにヘッドロックを決めたが、結局、長椅子に二人そろって倒れる。そうしてゲラゲラと笑っている二人の耳に、小さな『コツン』という音が聞こえた。彼らはそれを指摘することはなかったが、笑いをやめ、二人してルイが去った寝室の扉を眺めた。


「……ルイ様がどこかに行かれたようだ」

「リーダーのことだから、『外回り』だろうなァ……俺らは、『静かに待機』だなァ……」


 イライザは足を組むと、眉間に皺を寄せる。


「……ラウラ、この先、どうしていきたい?」

「リーダーを世界で一等のハッピーボーイにするゥ」

「それは大前提だ。もっと具体的な話だ。……ルイ様は、自身の幸福について疎くいらっしゃる。あの人を、どうしたら幸福にできるのか……」


 ラウラも腕を組むと天井を仰いだ。この部屋の天井には天使画が描かれている。


「……仕事以外にィ、趣味を見つけてもらうとかァ?」

「……具体的には?」

「……釣りとかァ?」


 二人は釣りに興じているルイを想像し、『何か違うな』と首を振った。


「釣りを提案したら、ルイ様のことだ。『魚が食べたいんだな』と言って、魚を仕入れてくる」

「俺らに飯を食わせることに命賭けてるもんなァ……」

「料理はどうだろう? 私も久しぶりに再挑戦を……」

「お前らは二度とキッチンに立つな。いいか、二度とだ」


 イライザは口を尖らせ「しかし」と言おうとしたが、その前にラウラが「二度とだ」と言い切った。美しすぎる男女はしばらく睨み合ったが、結局、同時にゲラゲラと笑いだした。


「はー……やっとあのXX(放送禁止用語)みたいな国を出られたァ……長かったぜ、まじで……」

「ああ、皇女に媚びを売ることの実に面倒だったことよ……」

「仕方ねェだろ、『男装の麗人』がお好みだったんだからよォ。俺だってもうちょっと楽な策にしたかったわァ」

「いや……終われば笑い話だ。お好みのやつに諭されればあっという間に革命派に染まり、民主化を推し進める、浅はかな女のことなどな」

「ハハハッ今頃、革命派にいるはずの『愛しの君』がいなくて、びィっくりしているだろうなァ!」

「ざまあ見ろだな……クククッ、ハハハッ!」


 彼らは自分たちが長く動かしていた企み、『新たな王に革命精神を教え込み、民主化を勧めさせ、その混乱に乗じて闇の魔を解散させ、ルイに負い目を感じさせずに全員で国外に逃げる』が須らく上手くいったことに、ゲラゲラと笑った。この企みについては二人は、どんな拷問を受けだとしても、ルイには隠し通すと誓い合っている。


「……楽しくやろうな、ラウラ。ここからやっと、ルイ様と第二の人生を始められる」

「ああ、そうだなァ。……で、まずはァ、……この後のお客様はどうする?」

「『静かに待機』だろう? どうせなら……」


 イライザからの提案を耳打ちされたラウラはクスクスと笑った。


 そうして――一時間後、彼らが利用している貴賓室の鍵が開けられた。

 入ってきたのは男が三名だ。全員覆面をつけており、顔は分からない。明かりが消され、星明りしかない部屋の中を彼らは勝手知ったる様子で、忍び足で進む。すでに食事が片付けられたリビングルームには誰も折らず、一つ目の寝室、ルイが選んだ寝室にも誰もいない。男たちは静かに奥へ奥へと進んでいく。二つ目の寝室にも誰もいない、二つ目のリビングルームにも誰もいない。が、しかし、そこで彼らは『音』に気が付く。

 一番奥の寝室から漏れるその『音』は、どう聴いても『睦み合う男女の音』だった。

 男たちは視線を交わし合い、その寝室の扉から離れ、衣装室に駆け込む。そこにはイザークが用意した現金や貴金属が乱雑にならべられていた。男たちはあまりの量に一瞬息を吞んだが、すぐにフォード大公家の家紋が入ったものを選び、持ってきた袋に仕舞い始めた。

 

「なぁんだ。目的は『盗み』かァ」


 ――その男たちの背後に、口元を口紅で汚した、下着姿のラウラが立っていた。

 

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