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#005 高貴なる国外追放

 闇の魔(リストラ済み)はフォード大公家の大公寝室に侵入してから、一週間後――

 

「では、オール・インだ」


 ――賭け事に興じていた。



 事の発端はイザークからの申し出だ。

 

『国外追放などという憂き目に遭う最愛の兄に、何もしないなどいやだ。せめて旅立ちの足は用意させて欲しい』

 

 魔法大国アスラディアの公式の国土は、大陸から船旅で一週間もかかる辺境の絶海にそびえたつ巨塔のみである。だからこそ国外追放とは簡単に言っても、生きて外に出るなら必然的に大型の船での移動が必要となる。

 ルイは平民が大陸に出る時によく使う手段、貨物船での仕事をしながらの移動を考えていた(要するに亡命である)。が、たしかに大公家から大陸まで移動できる船を借りられるなら楽だと、その申し出を受け入れた。しかしイザークが用意したのは船ではなく、アスラディラ王国ではごくごく一部の人間しか利用できない、超高級、豪華客船クルーズツアーだったのである。


(大公家が用意した、国外の要人向けのものじゃないか。国外追放される身で乗るものではないだろう、これは……何を考えて……)


 と、ルイは断ろうとしたが、最終的には受け入れた。その理由は――

 

「あれはフィルクラント伯爵の作品か。素晴らしいな……図録でしか見たことがなかった。本物はさすがに……素晴らしい……」

「……すげえなァ……絵のことはなんもわかんねェけど、青が綺麗だ。ありゃ高そうだなァ……」

 

 ――部下のためだった。

 

 貨物船での働きながらの移動となれば体に大きな負荷がかかるのは間違いない。それに彼等は表の顔で舞踏会に参加したことはあれど、そのすべて暗殺目的だ。こういった高貴な場を、楽しんだ経験はないのだ。


(きっと楽しむだろうとは思っていたが……予想以上だ。こうしていると、年相応の顔だな……)

 

 客船内を飾る豪華絢爛な品々に頬を赤くしている部下たちを見て、ルイはほんの少しだけ口角を上げた。

 

(……イザークに礼をしないと……あいつの迷惑にならない形での連絡方法を考えるか……)


 ちなみに乗船に必要なものはイザークが用意していた。つまり、彼らが着ている服もそうである。

 ラウラは白を基調とした豪華な燕尾服をまとい、その瞳の色に合わせた青色の装飾品を身に着けていた。その横のイライザは『移動が長いのであれば、男の姿の方が楽だ』ということでラウラと揃いの燕尾服に、菫色の装飾品を身に着けていた。そのような恰好をしていると、二人とも絵画の中から出てきたかのような美青年である。

 それを眺めるルイは、どう頑張っても白が似合わなかったために、深い青色の燕尾服を身に着けていた。それは奇しくも闇の魔が身に着けている闇に溶ける色だったのだが、それを知らないイザークからの贈り物であったため、ルイは笑顔で受け取った(そのことに部下の二名が殺意のこもった目をしていたのはここでは余談である)。

 とにかく三人はこの客船の中で浮かない程度には着飾り、またそれなりに貴族らしい振る舞いをしていた。だが、それでもかなり目立っていた。

 三人とも並外れて、鍛え抜かれた体格であり、また顔が良かったためである。

 とはいえ、あまりにも美しいものは距離を置かれるものでもあるため、彼らは遠巻きにチラ見されつつも、客船を楽しんでいた。


「『グラーゲン様』」


 そんなルイに声をかけてきたのは、この豪華客船ツアー中、彼ら三人を担当するバトラー(専属執事)である。名はユーグレー、年は四十過ぎぐらいだろうか、しかしそれよりも老成した気配を持つ男だ。

 ちなみに『グラーゲン』というのはこのツアーにおいてルイが使っている偽名である。ヴルム・イル・グラーゲン、サザリアノ皇国の男爵家当主ということになっている。さらに余談となるがラウラはダミアン・ロイ・グラーゲン、イライザはローランド・フィルハム・グラーゲンという、ヴルムが後見人を務める親族の兄弟ということになっている。

 ユーグレーはルイを呼び止めると、「今夜のお食事はいかがなさいましょうか」と恭しく頭を垂れた。


「部屋に用意してくれ、三人共だ。彼らはよく食べるからメインの肉を、それぞれ二人前ずつ。コースで出されると面倒だ。まとめて運んでくれ。食べ終えたら呼ぶから、声をかけずに持って行って欲しい。……今夜は疲れている。明日は起こさないでもらいたい」

「かしこまりました。ご朝食は目が覚められた時にお申し付けくださいませ。お部屋までお運びいたします」

「よろしく頼む」


 さすがは大公家長男、かつ長年様々な潜入を行ってきていただけあり、ルイの振る舞いは貴族そのものである。ユーグレーは何一つ疑うことなく、「お部屋までご案内いたします」と頭を下げた。


「そうだな。『ダミアン』、『ローランド』、部屋に行こう」

「はい、叔父様」


 ダミアンことラウラはよそ行き顔で返事をし、すぐにルイの背後に立ったが、ローランドことイライザは名残惜しそうに絵を見つめる。


「ローランド、明日もある」

「……はい、叔父様」


 そうして三人はユーグレーの案内のもと、部屋に戻った。

 用意されていた部屋はバルコニーはもちろんのこと、寝室が三部屋、リビングルームも三部屋あり、風呂や衣装室や遊戯室まである、客船内で最も優雅な貴賓室だった。衣装室にはイザークからの贈り物として、この一週間で着終えるのは到底不可能な量の服、各国の紙幣、国宝クラスの宝石などが満ちていた。

 そんな豪華すぎる部屋に戻った彼らは、ユーグレーに指示した通りの食事が用意され、部屋の近くから他者の気配が消えるとすぐ、着ていた高級な服を脱ぎ捨てた。


「あァー、首詰まってて、しんどかったァ! やっと飯だァ! 肉! 肉! 肉!」

「肉が冷めてしまう……ルイ様、お急ぎください!」


 先ほどまで絵に描いた美青年たちだった二名は、もはや育ち盛りの男児である。

 

「……わかった、わかった。ラウラ、イライザ、手を組みなさい」


 今にも肉に飛びかかりそうな二人は、ルイの指示に素早く手を組んだ。


「月の女神よ、本日の糧に感謝いたします。……よし、食べていいぞ」


 ルイから言葉を待って、しかし彼らは飢えた獣のように前菜を無視し、メインの肉に手を伸ばした。そして勢いよく肉にかぶりつくと、揃ってため息をついた。


「こうやってさァ、好きな人たちとさァ、好きにさァ、うっまい肉を食う、……人生ってこういうことのためにあんだよなァ……」

「間違いないな……今、私たちはこの世の幸福を抱きしめている……」

「……君たちは……本当に肉好きだな……」

 

 凄まじい勢いで、用意された肉が減っていくのを見ながら、ルイは自身の肉も二つに切り分け、彼らの皿に与えた。


「え、なんでェ!? リーダー、痩せちゃうよォ!」

「そうですよ! 折角の良い肉です。皆で食べましょう!」

「……私は今年で三十八歳だ」


 慌てる部下に対して、ルイは何も食べていないのにナプキンで口元を拭うと、目を閉じた。


「脂身の匂いだけでやられる……」

「言ってよォ!? 明日からお魚サンにしようねェ!?」

「私は魚も大好きですよ!」

「そういう話ではない……」

 

 ちなみに、闇の魔で得ていた報酬の半分が食べ盛り二名の肉代に使われていたことは、ルイは墓場まで持っていこうと決めている。


「肉は『問題ない』。が、……」

 

 ルイは騒ぐ部下を無視して、懐からナイフを取り出す。彼は躊躇わずワイングラスに注がれた赤ワインに差し込んだ。くるり、くるり、と二度赤ワインを混ぜてから、彼はナイフを白いテーブルクロスの上に置いた。テーブルクロスに赤ワインが染みていく。

 

「私はもう寝る。……『騒がないようにな』」


 そう言い置いてルイは立ち上ると、最も狭い寝室に入っていった。

 残された部下二人の目に映る純銀のナイフは、何者かの悪意を示すように、淡く変色していた。


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