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#004 影にも未来はある

「兄さんがそんな仕事をさせられていた上に、国外追放だって……? ……ああ、月の女神よ、どうかすべての過ちを正したまえ。あなたの慈悲の名のもとにすべてを洗い流してくれ……どうして僕はもっと早く、……」


 イザークはルイがこれまで経験してきたこと、そしてここへ来た理由を知ると、月の女神への祈りの言葉を呟いた。しかしどうしたところで時は戻らない。イザークは覚悟を決めて、顔を上げた。

 

「我が大公家の正しき後継者、ルイ・スタンレー・フォード」

「いや、後継者はイザークだ」

「違うよ。兄さんは、この国においていつだって大公の座に戻ることができる。……それが、国外追放処分? ありえない……」

「……何か問題が?」

「王家が我がフォード大公家を愚弄している。僕の立場上、看過はできる問題ではない」


 ルイは瞬きをしてから、首を傾げ、それから背後の部下二人を見た。部下二人は力強く頷いていた。


「……つまりどうする、と?」

「場合によっては、……」

 

 イザークは俯き、暗い瞳でそこまで呟いてから、唇をかみしめた。


(そもそも新しい王が言い出した、民主化というのも胡散臭い話だ。外部の手が入っている気配がする……アスラディアを滅ぼす者の手が……いっそ王を……)


 イザークは短く息を吐いてから、顔を上げた。


「兄さん、この国、欲しい? というか、……この世界、いる? 世界征服、する?」


 ルイは目を丸くした。

 いい年した弟が『世界征服』などという、幼子しか言わないことを言ったためである。


(何を馬鹿な冗談を……いや、まだ二十六だものな。可愛い、私の弟だ)


 イザーク大公は大真面目に世界征服どころか世界滅亡まで目論んでいたのだが、ルイは『可愛いなあ』とほのぼのしながら、微笑を作った。


「要らないよ。私は足るを知っている」

「そう……」


 イザークは真剣な表情のまま、眉間に皺を作った。


(なら、……でも、……いや、いずれにしろ、兄さんは、これ以上この国に利用されちゃいけない……そう考えると、国外追放は、都合がいい……)


 イザークはそこまで考えてから、自らの眉間を親指の腹で揉む。


「……そもそも、兄さんは国外追放されてもいいの?」

「構わない」

「この国には見切りをつけた?」

「そういうわけではない」

「……じゃあ、処刑より追放の方がましだから?」

「いいや、処刑でも構わない」

「殺されてもいいって言うのか⁉ こんな国に⁉」


 イザークの驚きと怒りの混じった叫びに、ルイは長い髪をかきあげると、暗い笑みを浮かべた。


「……それだけのことで、お前の眠る場所が安泰となるのだ。これまで幾人も殺してきた私が眠る理由として、これ以上のものはない」


 絶句するイザークに、ルイはことさら優しく微笑んだ。

  

「だが、……この二人は違う。この二人は私に巻き込まれた被害者だ。国外に行く必要などない。……だから彼等にこの国での仕事を斡旋してほしいのだ」


 部下二名が抗議のために口を開こうとしたが、その前にルイは右手をあげて、それを制した。


「彼らは私の指示に従っただけ。それにまだ若い。……頼めるだろうか?」

「つまり、……兄さんは彼らを手放したい、と?」

「彼らはこれ以上、私といるべきではない。これより先、私は一人で生きて、一人で死ぬ」

 

 ルイの背後の部下二人からの殺意に、イザークは気が遠くなりそうになった。

 

「……じゃあ、言わせてもらうけども、兄さん、……この経歴じゃ紹介状は書けないよ」


 そういうわけで話は、前回の最後の言葉に戻るわけである。


「書けない?」


 ルイは残酷なる大公の判断に目を丸くした。


「何故だ」

「ウン……あのね、兄さん……」


 ルイがしたためた書状、つまりは紹介状を求めるために添付された経歴書は良くも悪くも嘘がないものだった。

 故にその経歴書はどこにも出せない程度には真っ黒で血なまぐさいものとなっていた。だが、そもそもルイが歩んできた道が真っ黒で血なまぐさくなかったことがなかったため、彼にはこの書状の恐ろしさについて全く自覚がなかったのである。

 というルイの心境を正しく把握した、弱冠二十六歳にして二児の父親であるイザークは痛む頭をおさえ、口を開いた。


「まず、……ラウラ・ボーンさん、僕と同じ二十六歳の男性。ボーン男爵家の三男」

「ああ」

「というのは表の顔で、そもそも八年前にボーン男爵家が馬車の転落事故で全員死亡。その事故をすべて隠蔽し、男爵家を丸ごとのっとり、三男の身分を理由して社交界入りをし、各所で詐欺行為を働いた……のを三年前に兄さんが捕まえて、部下にし、以降、闇の魔として働いている……」

「ああ、ラウラは偽造工作が得意だ」

「……ボーン男爵家の三男は将来有望だって噂、僕のところにまで来てたからね……あれ、全部嘘なんだ……全部嘘かぁ……」

「ラウラは潜入能力が高い。人付き合いも巧みで、多くの女性から金品を献上されている。しかも暗殺も得意だ」

「そうか……」

「使用人に適しているだろう?」

「うーん、え、うーん……えーっと……兄さんは綺麗な目をしているなあ……ふふふ……」

 

 イザークはルイを説得するのを一旦諦め、今度はイライザの経歴書を持った。


「次に、イライザさんは、……まだ十九歳だ。未成年だね?」

「ああ」

「イライザさんは……えーっと心臓に原石を埋め込む、じ、人体実験の、被害者、で……兄さんが十歳の時に保護し、以来、闇の魔として働いている……なんだ、このすべて機密事項の経歴……感情が高ぶると魔法石を輩出でき、……しかもこの国にある魔法は全て習得済み……お、ぉお……」

「イライザは魔法に特化しているわけではない。身体能力のみでも充分に暗殺者として動ける。だから、国外でも活動できるぞ」

「そ、っか……」

「顔色が悪いぞ、イザーク」

「……兄さんは、昔と何も変わってないね。僕の大好きな兄さんのままだ」


 ルイは目を伏せると「お前も変わらない、優しい子だ」と微笑んだ。イザークはその微笑みに青ざめた笑みを返すので精いっぱいだった。


(変な人から異常に好かれる体質、そのままなんだね……)


 そもそもその兄こそが最も変な人なのだが、イザークは兄のことは世界で最も尊敬していたため、その問題点からは目を逸らした。あくまでも目を逸らしたのであって、気が付いていないわけではない。ただ、それを認めてしまうと、その兄に育てられた自分のことも省みなくてはならなくなるため、とにかく目を逸らしたのだ。


「……兄さん、あのね、まず、大事なことがある」

「何だ」

「殺人の前科がある人を雇う貴族は、この国に限らず、世界中、どこ探してもいない」

「……、……」


 ルイは口を開けたまま、十秒ほど固まった。それから、思いついたように、力強く頷いた。

 

「経歴を偽造しろということだな?」

「そういうことじゃないんだよ。もう、そういう段階じゃないんだよ、この二人は。一人は貴族の家をのっとった前科持ちで、一人は国を滅ぼせる力があって、しかも二人とも兄さんのこと大好きでしょ? どう考えてもこの二人に仕事を斡旋するのは、僕の未来の破滅につながるんだよ。どう考えてもこの二人は僕の破滅のために、想像だにしないやばいこと仕出かす」


 ルイは振り向いて部下二名の顔を見た。相変わらず『ルイのことを大好きだ』と子犬のような顔をしていた。


「私の部下は心優しい。そんな、推薦者の信用を裏切ることはしない」


 ルイは綺麗な顔をしている。そのルイの後ろで部下はひどい顔をしていた。イザークは気が遠くなるのを感じていた。

 

「立派な使用人として第二の人生を歩めるはずだ。経歴は偽造する。推薦状も偽造してもいいが、……正規の手続きで、大公の手を借りたいんだ。アスラディア王国フォード大公家からの保障は、彼らのこの先の人生を照らす松明になってくれる……彼らにもう苦労をかけたくないんだ」


 ルイの真剣な言葉に、イザークはもう一度乾いた笑い声をあげてから、前髪をかき上げた。


「でも兄さん、そもそも二人とも使用人には向いてないよ」

「そんなことはない。二人は私の世話を買って出てくれている。つまり使用人に不可欠な奉仕の精神を持っている」

「うん、兄さんだからやってるだけだよ、それ。兄さんにしか優しくないよ、この二人」

「イザーク、私は彼らを良く知っている」

「兄さん……」


 兄の曇りなき眼に、イザークは涙を浮かべた。あまりにも話が通じないためである。


「月の女神よ、どうか我が魂に平穏を……」

「どうして辞世の祈りを唱える? イザーク、長生きしてくれ」

「ウン……兄さん……」


 イザークは百のツッコミを心にとどめ、大公としての優秀な頭脳をフル回転させ、活路を見出した。


「……この二人が使用人になると、折角のスキルをさ、生かしきれないと思う。優秀な彼らにはもっと向いている仕事があるのでは……?」

「……そうか? 具体的には?」

「えー……あ、この国はさ、やっぱり特殊だから職業が限られるでしょう? でも、大陸には様々な仕事があるって……ほら! 新国王が血迷……とにかく原石を国外に持ち出してよくなるらしいから! こう……、その、魔法で! えっと、……うまいこと、商売とかさ! ね! 僕が持っている原石、たくさん持って行っていいから!」

「商売……」

 

 『絶対に自分の手に負えないから、よそに回そう!』と決意したイザークは、これまで大公としての経験で培ってきた口八丁がいかんなく発揮した。


「それに、兄さんは上司なんでしょ? だったら兄さんが、彼らに一番合う仕事を見つけてあげないと!」


 ルイは弟の言葉を真面目に聞いて、そうして、真面目に頷いた。


「そうか、では大陸で、彼らに合う仕事を探すことにしよう」

「うん! それがいいよ! 兄さんの新しい仕事もね!」

「……そうだな。そうする。ありがとう、イザーク」

 

 そうして部下の転職先を見つけに来たルイは、結局、部下二人を連れて国外に出ることになったのである(ルイに隠れてイザークが、そしてルイの後ろで部下二名が、勝利のポーズを決めたのは、もちろん余談である)。

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