#002 闇の魔
「国外追放かァ……まあ、実際さァ、処刑じゃなかっただけラッキーじゃね? 俺ら、いよいよ存在ごと、機密扱いになるってことっしょォ?」
金色の髪と青い瞳を持つ、まだ幼さを残した顔立ちをしている青年の名はラウラ・アーサー・ボーン。乱暴な口調とは裏腹に緻密な策を練る、闇の魔の参謀である。
「元から私たちは機密だ。とはいえ王のための機密から、王が否定する機密になるというのは……。それに他国で使える身分、金、紹介状もなく国外追放というのは、死刑宣告に近いぞ。あのXX(放送禁止用語)ジジイ……最後までやってくれる……」
白銀の髪に菫色の瞳を持つ、中性的な顔立ちをした女性の名はイライザ・フィードラ・ペッパー。ルイのみに忠誠を誓った、美しすぎる忠犬である。
闇の魔はこれまで多くの汚れ仕事をこなしていたのだが、主たる構成員はリーダーであるルイとこの二人だけだ。この少人数で仕事がまわっていた理由は、この三名が持つ特殊な力にある。だが、この話は長くなるので必要な時が来れば話すことにしよう。
とにかく『美しい』部下二名の言葉に、漆黒の髪と深紅の瞳とクマのような威圧感を持つ『恐ろしい』ルイは、重々しく、首を横に振った。
「いや、追放になったのは私だけだ。君たちはこの国で引き続き、暮らすといい。君たちの力ならいくらでも就職先はある」
「はァ? 無理」
「了承できません」
間髪入れずに反論してきた部下二人にルイは「何を……」と言葉を発したが、その先を言うことは叶わなかった。
「つーか、リーダー、俺らがいなきゃなんもできないっしょ?」
「ええ、その通りです。ルイ様が苦労するどころか野垂れ死になさることは目に見えております」
「……私は一人で問題ないが?」
「「ハハハッ」」
何も面白くないはずなのに部下二人に爆笑され、ルイは彼にしてはとても珍しく、少し顔を歪めた。
「じゃあ聞くけど、リーダー、無職になってェ、国外追放なってェ、てなると、しばらく平民の生活よ? 自分で家探して、飯作って、服着てェ……できんの? 小銭も紙幣も小切手も、自分で持ったことすらないじゃん? 相場とかァ分かってるゥ?」
ルイは唇の両端を下げる。
「ルイ様、私たちがいないとあなたは死にます」
部下二名からの追及に、ルイは自身の大きな体躯を長い両腕で抱きかかえた。
「……、……平服であれば、自分で着られる……」
「えらぁい! さっすがァ! リーダー最高ォ!」
「素晴らしいですね、ルイ様! イライザ、とーっても感激しました!」
部下二人の拍手にルイは背を丸め、長椅子の端に座った。それでも彼からは圧があるのだが、部下二人は彼が落ち込んでいることを正しく理解し、彼の傍に侍った。
「なんで闇の魔解散ぐらいでェ、俺らを捨てられるって思ったのかなァ?」
「私が捨てるのではない、君たちが私を捨てるのだ。……この国にも新しい時代が来る。君たちはしなくていい苦労をしてきた。これからは、自由に……」
「革命なき民主化などXX(放送禁止用語)ですよ、ルイ様。どうせ途中で頓挫します。あのXX(放送禁止用語)ジジイの孫のやることなんてどうせXX(放送禁止用語)です」
「そんなことはない……何故仕事がなくなったのに、変わらず上司に尽くそうとするのだ……早く逃げてくれ……」
ラウラはルイの右手を、イライザはルイの左手を取った。
ルイの両手は傷だらけで、爪は神経質なほど短く切りそろえられている。しかし彼の手を握る部下二人の手は、ただ美しい。このような仕事をしていても美しくあれるように、かぶれるだけの泥をかぶってきたのがルイだからだ。
だからこの二人は、こんな仕事の上司であっても、ルイのことが好きだった。
「……闇の魔が解散。国外追放。上等だよ。違う国でさァ、闇の魔なんかよりさ、もっと楽しい仕事見つけようよ? 三人でできる仕事ね? 絶対に離れねェかんな……」
「そうですよ。これからも楽しく三人でやっていきますよ。何があろうとも……」
「……」
迫りくる部下二人の笑顔の圧に、ルイはきゅっと口と目を閉じた。
「リーダーァ、なあァ、血判押すゥ? 俺等から逃げないっていう血判をさァ? ねぇ?」
「一回だけ頷いてみませんか? 一回でいいんで。ね! ね!」
「……」
ルイは背を伸ばし、迫りくる部下から距離をとってから、目を開いた。
「……とにかく、フォード大公家に向かう」
「やったな、イライザ! ついに燃やせるぞ、リーダーの実家! あのXX(放送禁止用語)みたいな一族!」
「ついに、この日が! このイライザ、この日をどれほど待ちわびたか……! 私のおすすめの拷問器具はこの……」
「違う。殺さない、拷問しない、武器は持たない」
「「え!」」
「何故驚く……」
ルイは部下たちの手を握り直し、ため息を吐いた。
「フォード大公家は、このアスラディア王国の中でも影響力を持つ。それに、仮にも私の生家だ。私が……この仕事をしていることで永らえている家だ。それなりに私に恩があるはずだ」
部下たちはルイの言葉に『恩どころの騒ぎではないし、あの家は滅ぼした方がいい』と思い、ものすごい顔をしていたのだが、ルイは視線を下げていたので気が付かなかった
「君たちを男爵家あたりの使用人にしてもらえるように、口を利いてもらえないか頼んでみる。上司として君たちに良い転職先を斡旋する、……私ができる最後の仕事だ」
ルイはこの期に及んで、とても綺麗な顔をしていた。
「リーダーはァ……XX(放送禁止用語)実家に頭下げてまでェ、俺等の新しい仕事、探してくれんのォ……?」
「もちろんだ。必ず君たちに良い仕事を与える。国を捨てさせなどしないし、国に捨てさせることもない。君たちはこの国の将来に必要な人材だ」
「我々がこれほど言っても? そんなこと、少しも、全く、全然、一瞬たりとも望まぬとも、ですか?」
「君たちも、新しい仕事を始めれば、古い仕事の上司などどうでもよくなるよ。……心配するな。君たちに何かあれば、私は世界の裏からでも飛んでいく」
部下二人は苦虫を五百匹ぐらい嚙み締めた顔をしていた。
(どうして俺のリーダーはこォ自分のこと軽く見積もりというかァ、……おててあったかぁい、かっけェ……。……どうしようかな、本当、この人、どこから認知を正してやれば……)
(慈悲深すぎる、ルイ様は……力強い御手、……しかし話が全く通じない……)
彼らはルイの決めたことへの憤り、そして自分の手をルイが握り返してくれたことへの喜びを噛み締め、その美しい顔をひどいことにしていたのである。
そのようなことは分からないルイは、ただ二人の顔に困惑し、結局最後はその目も口もきゅっと閉じたのだった。