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#001 事の発端

 最果ての海に突如建つ、魔法鉱石によって隙間なく組み立てられた巨塔、それが魔法大国アスラディアだ。

 領土は塔だけだが『大国』を自認するだけ他国に影響力を持つ。その理由は、この世界の根幹を担う『魔法』を掌握しているためだ。


 ――魔法とは魔力を媒体にし、物理を超えた事象を起こすことを指す。


 といっても、通常、人間が持っている魔力でできることはそよ風を巻き起こす程度だ。アスラディラ以外の国では魔法を使うよりも体を鍛えたほうが早いと言い切る者もいるほど、生来の魔力で事を成すのは難しい。


 ――しかしアスラディラでは違う。


 なぜならアスラディラが経っている場所は『龍穴』――星そのものの気、つまり魔力が湧き出す場所にあるのだ。故にアスラディラでは、常に使える魔力がバフ〈底上げ〉状態にある。だからこそこの国は『魔法石』を作り出すことに成功したのだ。

 

 ――魔法石とは魔力の塊のようなもの。


 これさえあればアスラディラの外であっても、魔力を持たないものであっても、強大な魔法を使用できる。その力は、国を滅ぼすことさえ容易にする。つまり魔法石ができたその時から、魔法石を持っているかいないかで、国自体の力が変わることになった。


 要するにアスラディラは最果てにある異端の小国ではあったが、この魔法石の開発により、決して敵には回せない大国であり続けるのだ。


 ◇

 

 さて、アスラディア王国の『祈りの間』には一人の老人と一匹の猫がいる。

 ロマンスグレーの髪を後ろに流し、豊かな口髭を蓄えたその老人は、老いて猶、若々しい体躯をしていた。膝の上にいる猫を撫でる皺が多い手は、剣由来のタコが原因で骨ごと歪んでいる。椅子に腰かけても背筋は曲がることなく、背もたれに触れることもない。白銀の布で作られた騎士服は彼にとてもよく似合い、彼が老いて猶、騎士の精神を持っていることを示していた。

 灰色の瞳の輪郭は少しぼやけていたが、その眼光、その知性は健在だ。


 この老人の名はヴォルド・リ・アスラディア。

 つまりはまさに昨日、この魔法大国アスラディアの『先王』となった、ヴォルド公、その方である。


 皇族しか入ることが許されない祈りの間には彼と猫しかおらず、扉の前で待機している兵士たちも眠りこけている。つまり彼は今、ただ一人で、祈りの間に設置された唯一神である月の女神、セレスティアの像と向かい合っていた。


「実に困ったことになった」


 答えを返すものがいない中で話していても不審がられないことが、老人であることの唯一の長所と言えるかもしれない。いずれにしろヴォルド公はそのように一人話し出した。


「確かに王位は譲った。『これからはアリアンの好きにしていい』とも言った。だからといって、王位譲った瞬間に君主制廃止して民主化し始めるとは……我が孫ながら行動力がありすぎて……気を違えたとしか……」


 美しい老人の口からこぼれるには、あまりにも似つかわしくない軽い口調で彼は話し続ける。


「……魔法石の作り方も他国に教えると……そんなことしたらアスラディアの優位性は保てなくなるというのに、あの子、『全てを開くことによって、より良い世界が作られるはずである』などと、見てるものが国ではなく、世界とは……我が孫ながら立派と言えばいいか、浅はかと言えばいいか……」


 ぺらぺらと話し続ける先王の皺だらけの両手に『影』が落ちる。


「だから……つまり……その……」


 その『影』は男の形をしていた。


「『闇の魔』が守るものがなくなる、ということで……」


 つまり、先王ヴォルド公の背後に男が一人立っていた。


 誰もいなかったはずの祈りの間に突如として現れたその男は『恐ろしい』という言葉を体現したような姿をしていた。

 鍛え抜かれた体躯は動く壁のようであったし、膝裏にまで届くほど長い艶のある黒髪は蝙蝠の羽のようであったし、王を見下ろす感情のない赤い瞳は悪魔のもののようでもあった。彼の纏う真っ黒な軍服は彼のために誂えられたかのように似合ってはいたが、それはつまり、彼の威圧感をより一層強いものにした。

 『恐ろしい男』――その男の名はルイ・フォード。

 ヴォルド公のために、アスラディア王国の暗部である『闇の魔』を背負い続けた男だ。

 彼は一言も話すことはなく、ただ静かにヴォルド公を見下ろし続ける。


「……つまり……」


 ヴォルド公は生唾を飲んでから、口を開いた。

 

「『闇の魔』は、私の退位と共に解散とする」


 ルイの両手はヴォルド公の椅子の背もたれを掴む。

 それだけでルイの手の中で、背もたれが粉となった。魔力を使うことない、ただの握力だけで、男は鉱石を粉にしたのだ。

 けれどもヴォルド公は先の王、国を背負ってきた男だ。彼は恐怖に喉を潰すことはなく、言葉を続けた。


「いやむしろ、お前の存在はこの先、我が国にとっては邪魔になる」


 背後からの圧に負けず、震えながらも言葉を続けた。


「本来であれば、……処刑せねばならないところだ」


 これまで国のためにと非道の限りを尽くさせ、ありとあらゆる汚れ仕事を担わせ、多くの血を浴びさせてきた。その相手にかけるべき言葉ではないことはヴォルド公も分かっていた。しかし彼は言葉を続けた。


「お前は国外に追放する。これが、私からお前に下せる最後の慈悲であり、最後の命だ」


 あまりにも身勝手すぎる解雇通告だ。

 

(だが、私が言わねばならない。この恐ろしい男からの恨みを買うのは、他の誰でもない。私の最後の仕事だ)


 先王は正しく覚悟をしていた。今、この場で死ぬことの覚悟だ。だから彼は言葉を止めはしなかった。


「私たちの時代は終わったんだ、ルイ。この先の未来に、もう、闇は必要ない」


 ヴォルド公の言葉に、背後の男がゆっくりと動きだした。

 男の手はヴォルド公の肩を通り過ぎ、ヴォルド公の膝の上で眠りこけている白猫に伸びた。真っ黒な革手袋をつけた男の指先は、優しく猫の額に触れる。億劫そうにひとみを開けた猫の顎を、その黒い指先はただ撫でた。

 男の手は猫を一通り撫でた後、ヴォルド公の肩に乗った。ヴォルド公は覚悟に従い、目を閉じ、自ら顎を上げた――首を切りやすいように、と。ひやり、と冷たい空気がヴォルド公の耳に触れる。


「……必要ない、か」


 低く地を這うような恐ろしい声だ。しかし、その声にはどこか笑い声が混じっている。


「『暗闇が怖い』と泣いていた幼子が王となり、世界を変えようと走り始めた。……たしかに、もう、この血にまみれた両手は必要ないようだ」

「ルイ、それは……」

「振り返るな、ヴォルド」


 ヴォルド公が目を開くと、そこには神の像がある。

 天窓から下りた光を受けた女神の像は、彼の目には眩しすぎるものだった。けれど、彼の背後の闇はその像を指さした。


「……我が王よ、この先は光の中を歩け」


 黒い指は神を指さすのをやめ、拳を作り、ヴォルド公の背後に引いた。


「お前の影は、遠くの地でそれだけを祈っている」


 寂しくても泣くなよ、とヴォルド公の耳元でルイは最後にそう囁くと、身を引いた。ヴォルド公がはっと振り返ったその時には、もうそこには誰もいなかった。始めからそうであったように、そこにはただ老いたる男と、一匹の猫が残されたのである。



 ――と、いうことで、『闇の魔』は解散となり、『問題』だけが残された。


「……、リーダー……それで格好良く帰ってきちゃったのォ?」

「いや、その、解雇にあたり、王から慰謝料といいますか……退職金などは……?」


 そうして闇の魔の本拠地で、ルイは部下からの視線から目を逸らし、天を仰いだ。


「……これから考える。君たちには苦労をかけないように……」

「いや、リーダー! 違うでしょォ⁉ どう考えても王様がXX(放送禁止用語)でしょ⁉ いっつも! いっつも、そういうところで損してんすよォ? なんで猫ちゃん撫でて満足しちゃうのォ⁉ 猫ちゃんは可愛いけどねェ⁉ でも、俺ら、さすがに金ぐらいもらってもいいでしょォ⁉」

「やめろ! もう言うな! ルイ様を一人で行かせた我々の失態だ! ルイ様は気高いのだから!!」


 こうしてリストラされた『闇の魔』による、再就職先を探す、全く当てのない旅が始まったのである。


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