第二話 妖怪
「はあっ、はあっ!」
ミコトは切断された腕の断面を抑えて膝から崩れ落ちた。あまりに強く歯を食いしばったものだから、唇に血液が伝う。
助かった……のか?
振り返ると眼鏡をかけた男が立っており、息を荒らげていた。彼もクサナギと同じように黒髪に白髪の入り交じった奇妙な髪をしている。
「悪いが、聞き耳を立てさせてもらった」
「ヤマト……あの二人のとこにいたんじゃねえのかよ」
「……こっちの話はもう済んだ。二人とも協力してくれる。それよりも今はお前だクサナギ!勝手にオロチを持ち出した挙句、殺そうとするなんてお前らしくないぞ。仲間が死んで狂っちまったか!?」
クサナギは暫く黙った末、刀を鞘に収める。
「……わりぃ、ちょっと頭冷やしてくる」
そう言って彼は部屋を後にした。
─────仲間の仇……か
ミコトは彼の言葉を思い出した。それこそがミコトにした仕打ちの理由全てなのだろう。仲間のために本気で怒れる、それが彼の本質なのだとミコトは感じた。
仲間、仲間……
ミコトはその言葉に引っ掛かりを覚えた。だがそれが何なのか頭に浮かばなかった。
なにか、大事なことを忘れている気がする─────
「すまない、完全にこちらの不手際だ」
ヤマトはその場で深々と頭を下げた。
「いやいや、そんな……頭を上げてください。そちらにも何か事情があるんでしょう?あのクサナギって人のあの様子を見たら何となく分かりますよ」
「そうか、君はオロチとは随分違うんだな」
ヤマトは微笑んだ。そしてポケットから布切れを取り出し、血濡れたミコトの頬を軽く拭き始める。
「ちょっと失礼」
「あ、ありがとうございま……」
ミコトの力が抜けてゆき、体制が崩れる。そのままフラフラっと───
「おい!君!大丈夫か!?」
クサナギとは打って変わって冷静に対応するヤマト。そんな彼と接して気が緩んだのか、ミコトは彼の腕に倒れ込むようにして気を失った。
※※※※※※※※
「ねぇワカナ、聞いてよミコトったら私の事この前までお姉ちゃんって呼んでたのに最近はメイって呼び捨てで呼ぶんだよ。どう思う?」
「いや、仕方ないんじゃない?双子なんだし」
「いやいや、それでも私は姉である訳で……」
「あっ、ミコトくんこんにちは〜」
「わああっ!ビックリした。あんた、いつからいたのよ……」
※※※※※※※※
「う、ううん……」
目が覚めたミコトの前には薄茶色の木目が広がっていた。そう、昨夜とは違い布団に寝転がっていたのだ。
ひとまず寝床を用意されるくらいには警戒が薄まったという事であろうか。まあ、少なくとも縄であちこち縛られるよりかは百倍マシな待遇だ。
「あっ、起きた」
「わっ!」
突然頭上から声がしたものだから、ミコトは思わず飛び起きた。すると目の前の金髪の少女が手をアワアワとさせながら、焦ったように言う。
「あ、安静にしてなきゃ!まだ怪我してるんだから!」
見ると斬られた左腕が手首ほどは修復していたものの、骨が丸見えの状態であった。
「ギャァァー!」
あまりにグロテスクな見た目にミコトは思わず絶叫し、泡を吹いて軽く失神した。
「なんだなんだ!どうしたルル!」
襖を勢いよく開け、奥から鉄砲片手にヤマトが走ってきた。
「いやあの、オロチ……じゃなかった。えー、誰だっけ?まあいいや、とにかく起きはしたんですけど自分の怪我に驚いちゃった?みたいで……」
「はぁ、なるほど……」
ヤマトはため息をついてミコトの肩を揺らす。
「おーい、起きろ〜。君に話したい事があるんだが……」
「はっ!川の向こう岸に死んだ両親が!」
ミコトは、またまた飛び起きた。
「よーし、冗談言う余力が残ってるなら上出来だな」
「あだだだだっ!」
ヤマトはミコトの頭に拳をぐりぐりと当てた。オロチか否か分からない現状で彼は常にハラハラしているのだ。怒るのも当然だろう。その様子を眺めていた少女、ルルはくすくすと笑った。
「……それじゃ、本題に入るか」
「あ、は、はい」
「まずは自己紹介から。俺はヤマト。月華団調査隊、隊長だ」
ヤマトは少女に視線を送る。
「あっ、はい!えっと、お、同じく月華団医療隊ルルですっ!」
「げっか……だん?」
─────全く聞いた事のない単語だ
「闇夜に差す一筋の光、即ち月華。─────俺たちは妖怪退治の専門組織だ」
「妖怪……?そんなの迷信じゃ……」
次々と疑問が湧いてくる。
「まぁ、表向きはそうだ。だが幕府にも色々事情があるのだろうな。極力その存在を隠すよう俺たちも釘を刺されている」
「そういう……ことですか」
「第一、君のその身体を説明するにはそういった超常現象でもなんでも信じ込まない限り不可能だろう」
「た、確かに」
まだ疑問は残るが、ヤマトの言う通りまずは信じてみなければ。でないとこの先の話も一切合切分からなくなりそうだ。
「……ではオロチというのは皆さん月華団が戦った妖怪って事で……合ってますか?」
「ああその通り。妖の王オロチ、奴は極悪非道な妖怪だった……」
「……」
「─────これから話すことは君にとってあまり気分のいいものではないだろう。だから心して聞いてくれ」
ミコトが小さく頷くと、ヤマトは深呼吸を繰り返す。
「数日前、オロチが我々の本部を襲撃した。オロチを倒し、事態は収まったものの俺達月華団は152の仲間を死亡という形で失った。死を免れたとしても、負傷によって日常生活を送ることすら儘ならない者や、戦いで精神をやられてしまった者が次々に退団していった」
淡々と語られる壮絶な光景を想像してミコトは思わず息を飲んだ。
「だが、俺達はオロチの軍団の全てを討伐した訳では無い。何体もの幹部がその場から逃げ出し、今もどこかで息を潜めている。だから俺たちはオロチを拘束して奴らの居場所を聞き出そうとした。───それが昨夜の出来事だ」
一連の流れを聞いて思い出すのはやはりクサナギだろう。当時の彼の心情を考えると、どんなに苦しかったのだろうかと胸が締め付けられる。彼と話がしたい、それがミコトの今の思いだった。
「……とりあえずこちら側の説明は以上。では、君の話を聞こうか。まず名前は?」
「ミコトです」
「そうか、ミコトか……出身は?」
「えっと……」
─────あれ?出身……?ってどこだっけ
言葉に詰まった。彼の記憶にはその場所の名称はおろか、どんな風景だって浮かんでこなかったのだ。
「どうした?」
「……ない」
「うん?」
「分からない……自分がどこから来たのか、何者なのか」
「それって……」
ヤマトとルルは目を合わせた。しばらく考えた後、ルルが唇を震わせる。
「記憶喪失……?でもそんなの、いくらなんでも都合が……!」
「待てルル。言わんとすることは分かるが待つんだ」
「でもっ、ヤマトさんも、この子がクサナギさんに炎吐いたって言ってたじゃないですか!」
「落ち着け、ルル」
ヤマトはルルの肩に手を置いた。
「……すみません、つい熱くなってしまって」
────まずい、安易に口走ってしまった。こんな状況、オロチってやつが記憶喪失のフリをしていると思われるに決まっているじゃないか!
「ミコト、君はどこまで覚えている?」
「えっと……あれ?俺には姉がいて……それで」
「それで?」
「それで……えっと」
思い出そうとすればするほど頭の中に靄が広がっていく。
分からない、分からない!どうして……?考えても考えても何も出てこない!
─────血の気が引いてゆく。
「や、ヤマトさん!本当なんです!信じてください!俺は何も覚えてない、でもオロチなんかじゃないんだ!」
「一旦落ち着け、俺はまだ何も言ってないだろう」
ミコトに手のひらを向けて深呼吸した。一見冷静そうに振る舞いながらも額からは汗を流している。ヤマトも彼なりに思考を張り巡らせている最中なのだろう。
「ルル、とりあえず今俺たちが立てた仮説を伝えてやってくれ」
「えっ、あっ、憑依のことですか?」
「ああそうだ」
「憑依……あっ、それなら聞いた事あります。妖怪が人の身体を乗っ取る……みたいな」
ミコトはハッとしたように手を挙げた。どこで聞いたのか、それ自体ははっきりしないが、とにかく記憶の片隅に残っていたのだ。
「そうそう、知ってるなら早いね。今のところ私たちはそれが原因だって睨んでる」
ルルはミコトの胸を指さしてビシッと決めた。
「……と言っても結局の所、憑依って分野は私達にとっては未知の領域だから、なんとも言えないっていうのがこの現状だけど。どうして君の意識が出てきてるのか、だとかよく分かんないし」
ルルはにへらと笑って首を振る。
「そう、だからミコト。こちらとしても君の扱いに悩んでいるところなんだ」
「そう……なんですか」
ヤマトは人差し指をぴんと立てる。
「そこで一つ提案だ。研究対象という名目で君を保護させてほしい。君にとっても悪い提案じゃないだろう?」
─────確かにこのまま帰る家がある訳でもない。それに先の話を聞くにオロチの幹部に狙われる可能性だってある。そんなミコトにとってこれは夢のような話だろう。だが、彼には別の考えがあったのだ。
「一旦、クサナギさんに会わせてくれませんか?」
「なっ、」
「決断はその後にします」
思わぬ答えに唖然として固まった。ミコトの立場なら承諾せざるを得ないとばかり思っていたからだ。それに、事情があったとはいえ、クサナギは昨夜自らを殺そうとした男。むしろこれ以降、ヤマトはなるべく二人を遠ざけようとさえ考えていたほどだ。
「……いいだろう」
だが曇りない瞳でこちらを見つめるミコト、彼には彼なりの考えがあるのだろうとヤマトはその要求を快く受け入れたのであった。
さてさて、
色々と説明口調になってしまいました……すみません。
アドバイスだとか指摘、お待ちしております!