荒城兄弟
夏休みまであと5日。俺は朝から古着屋の前に立っていた。
「はよっス!」
古着屋に隣接する家から、子犬の様な少年が出て来た。
「ようマサ。朝から元気だな。」
「幹也サンまた兄貴とケンカっすか?オレんちの前で殴り合いはやめて下さいね。」
「またって去年ぶりだし。あー殴り合いかどうかはキヨしだいだな。」
そこへ、鼻歌まじりにキヨが登場。
「あれぇ。ひょっとして、兄ちゃん待ってた?」
「うぜっ!半径1メートル以内に近寄んな兄貴。」
相変わらずのブラコンぶり。人の見ると気持ちワリいな。
「あっれー?みっきーどうした?」
「昨日の事ナンだけどさ。」
「昨日何かあったけ。おいら覚えてねぇな。」
キヨを見直した。こんなに心が広くなったなんて、俺も見習わねぇとな。
「あぁ!アレか。サッカーでオレっちが活躍しすぎて妬いたんだ?」
「はいはい。そうだな。あれマサはいつの間に消えた?」
「マサの奴、最近様子がおかしいんだよ。なんつーの、ヤケに髪型気にしたりー、中2の癖に香水つけだしてさ。」
キヨが真剣な顔をした。
「それは、中2病…いや、コイワズライっつうやつだろ。」
「でさー、オレ言ったんだよ『まさか女に目覚めたか』って。」
「認めたくねぇのは分かるけど、シカトしないでくれるー?」
「だから、オレは『マサなら女でも大歓迎だ』って最後まで言う前に、シャンプーが飛んで来た。」
「お前、風呂に乱入しようとしただろ。」
キヨは今だに無理矢理、弟と風呂に入ろうとしている。銭湯ならまだしも、普通は兄弟で入ってもおかしくないハズだがキヨの場合…拒否られる。マサの気持ちもなんとなく分かる。
「男同士だし当たり前じゃん。オレが小さい頃から風呂場で伝授してるから、まだ最終秘技までいってないんだよコレが。あ、その顔!みっきー知りたい?」
…俺、嫌な顔したんだけど。秘技っつーのは何だよ!アッチ系か?コッチ系?それとも…。
「あー、みっきー変な妄想したっしょ。秘技は、古着の手洗いの仕方。アレもコツがいるわけよ。」
ヤベー。キヨは古着の話し出したら止まらない。適当に相づちを打ちながら歩く。
イチャイチャ公園の前に誰か立っていた。
「キヨー。おはよ!」
「愛しのハニー!ラヴュー。」
桜 未来の声と共にキヨは、走って行った。もちろん、桜のもとに。
「お熱いデスねー。じゃ、俺はお先ー。」
「幹也君、おはよ。ちょっといいかな?」
公園から華が出て来た。断る理由もない。
「はよ。時間あるから大丈夫。」
俺たちはベンチに座った。公園にはチラホラ人がいる。
「昨日、椿先輩をかけて東先輩と試合したの?」
「あー。試合はしたけど、俺一度だけ椿先輩とヤっちゃって決着つけようと思ったんだ。」
顔見れねぇ。
「浮気したってコトだよね。」
「キスマークあったろ?その前日、俺おかしくて色んな人とヤったらしい。」
「…。」
「感情は無かったから。」
「…。」
しばしの沈黙が続いた。いっそのことパーンと一発こねぇかな。
「そんなのヒドイよ。浮気相手に対しても失礼だし。私にも中途半端だよ。そりゃ、私は先輩みたいに顔もスタイルも良くないから、足りないんだろうけど。同情ならもうやめてよ。」
「俺だって無意識なんだよ。俺もイロイロ抱えて生きてんの!分かってくれないならもう分かった。」
「だって、私には幹也君隠し事ばっかじゃない!荒城とかには言えるのに私には言えない時点で、信用してないよね?」
「好きなヤツには、かっこ悪いトコロ見せたくねぇんだよ!それが俺のちっぽけなプライドなんだ。」
俺たちは初めて、大喧嘩をした。
『俺が椿先輩を寝取った』っていう噂が無くなれば全ては上手くいくと思ったんだ。甘かった。一度の肉体関係は事実だし。何より大切な彼女を傷つけた。
そう。中坊の頃も、コレが原因で彼女に振られた。告白されても失うのが怖くて、なかなか付き合えなかった。
華は違うって思えたんだ。でも、俺がトラウマを克服しない限り幸せにはなれない。
雪の落下事件のことは、雪が落ちたコトだけがショックだったんじゃない。本当は光がいれば大丈夫って信用していた。裏切られるコトの辛さは、一番分かってるはずなのに、歪んだ俺が一番大切な人を傷つける。
俺は傷つけられる人間だから、傷つけられる前に傷つけないといけない。
ただの臆病者。
「お兄ちゃん!大丈夫?」
雪。…病院?
「救急車で運ばれたのよ。疲労らしいけど、しばらくは点滴しないとダメみたいね。」
母さんまでいる。あぁ。なんだ。俺疲れてたんだ。
「迷惑かけてごめん。」
「彼女が救急車呼んでくれて良かったわ。」
「お兄ちゃん相変わらず面食いだよねー。」
彼女?俺の彼女は舞原華ただ一人。
「失礼します。」
ノックと共に、綺麗な黒髪を揺らして華が入って来た。
「あらー、じゃあ母さんたちは戻るわね。」
母さんと雪が病室から出て、華と二人きりになった。
「救急車呼んでくれたらしいじゃん。…さんきゅ。」
「私びっくりして、心臓止まるかと思ったんだから!」
華は俺に飛び付いた。ケンカが吹っ飛んだ。
「…ん。悪かった。疲労らしいから点滴すれば大丈夫。」
「無理してたんだね。あんなに怒鳴る幹也君初めて見たから。」
「あのさ、そろそろ『幹也』って呼んでくんないかな。」
「みき…や?」
点滴よりも、華の照れた笑顔が俺を元気にしてくれた。
「おう。はーな!」
「何でほっぺた摘まむのー?」
「じゃあこっち?」
俺は、ゆっくり唇をなぞった。ケンカしたばっかで、不謹慎?それとこれとは別の話。
「み…きや」
「しぃーっ。」
かなり久しぶりじゃねぇか?
ガラッとドアが開いた。
「幹也くん!大丈夫?」
俺と華はパッと離れた。
「ひーかーるー。ってか二度目だよな。」
「あっ。光くんどーも。」
「ひょっとして、今キスしてました?まさか病室で!僕には考えられないなぁ。」
コイツわざと声張り上げてる。よく言うよ。中坊の頃、光がプールの中でキスしてんの見たし。それが光の忘れられない彼女。
「光もあん時は情熱的だったのに、中3にして冷めたのかよ。」
「えーなになに?」
「僕には覚えがない話だなぁ。弱っていじけてると思ったのに、つまんないの。邪魔者は退散しまーす。」
光の顔!かなり怒ってたな。元カノの話はタブーだから。光が帰ってから、華に説明した。
「えー!?プールでキスするなんて少女漫画みたい!ロマンチックだね。」
「じゃあ俺たちは」
やっとキスができた。
「病室もいいだろ?お姫様。」
「もう。何か違ーう。シチュエーションが大事なんだよ。」
「俺には違いが分かんねぇな。眠くなってきた。おやすみー。」
「うん。おやすみ。」
何かいいな。寝る前に華が近くにいてくれんのって、幸せだ。頬にキスされた気がした。明日には、点滴で身体も元気になる。
点滴だけなのに、大騒ぎしたんだろうな。救急車呼んだのはスゴい。多分、華とケンカの途中で倒れたっぽい。そりゃ、相手がいきなり倒れたらびっくりするわな。
俺はゆっくり、眠りの世界に入った。
「みきやー!」
俺を呼ぶのは誰?眩しいんだ。光が反射して見えない。あー。こりゃ夢だな。ちょっと幻想的すぎる。モヤかかってるし。
聞き覚えがあるような。ソプラノっぽい綺麗な声。
「やっと戻って来たよ!」
まさか…。
そこで目が覚めた。アレは小5の頃引っ越した女の子。
「幹也く。スゴい汗だよ?」
「華…いてくれたんだ。今、『君』つけるトコロだったろ?」
「後ちょっとって聞いたから。まだ呼び捨ては慣れないの。」
「んー何か元気出て来た。付き合う前は、苗字呼び捨ててただろーが。」
俺は華にデコピンした。
「痛いっ。苗字と名前じゃ違うんだよー。」
華と話してたら、点滴が終わった。母さんが車で迎えに来てくれて、何故か光と雪も乗ってた。華も乗って、ピクニックか!みんなウキウキ気分みたいな。
「お母さん。今日雪が学校で、」
「光ちゃん!言わないでよ!」
「光ー。母さんはお前のお母さんじゃねぇから。」
「妹さん可愛いね。」
耳元で華が話しかけてきた。くすぐったいなぁ。
「あらー、光くんなら大歓迎よ。でも、樹くんもいるし。」
「おいおい、なんでモテてるし私みたいになってんだよ!」
「樹くんは私のなの。光チャンはお兄ちゃんの。」
「それなら大丈夫ね。」
何が大丈夫なんだよ。俺が光のって初耳ナンだけど。
「あはっ。皆さん面白いですねー。」
「意外とノリいいですね華さん。僕が幹也くんの秘密教えましょうか?」
助手席の雪が身を乗り出した。
「えー!私も知りたい!お兄ちゃんの弱み。」
あー、頭痛い。うるさいんだよ。修学旅行か!
「母さんも知りたーい!」
って母さんまで便乗するなよ。
「そこまで言うなら、仕方ないですね。あれは、いつもの様に幹也くんの部屋で幹也くんの帰りを待ってた時の事。」
光の奴、母さんの前では『くん』付けするんだよなぁ。相変わらず不法侵入だなおい。
「僕は、ふと幹也くんの机の引き出しを開けたんです。」
三人ともワクワクして聞いてる。
「そこには…そこには。」
何故か黙る光。
「えー!続きは?」
雪が我慢できず騒ぎだす。まだまだシツケが足りねぇな。
「続きはウェブで。」
最近の光のマイブーム『続きはウェブで』。オチが無いだけだろ。そして、初めての彼女とのドライブは幕を閉じた。邪魔者だらけだったけどな。