甘い言葉の罠
さっきから携帯画面とにらめっこしてる。
【黒崎】
真ん中のボタンを押せば、彼につながる。
「未来ー!ご飯よ!」
ピッ。思わず通話ボタン押しちゃった。
《嬉しいな。レースから電話くれるなんて。》
ワンコールで出た。
「ボス。レースってやめてよ。」
《レースが似合うからしょうがない。またキヨの居場所か?あいつも人気者になったもんだな。》
「もう未来だよ。どうせ教えてくれないんでしょ?切るね。」
《サンシアノヤカタ》
「…っ!」
《待ってる。そこでなら教える…かも。》
ブチッと私からきった。ボスはいつも仲間だけの変な暗号とかつける。サンシア…三アシ…三脚の舘。三脚で建ってるみたいな建物はあそこしかない。
それより、よっしーはボスと会ったんだ。
「未来!ご飯冷めちゃうわよー!」
「はーい!今行く!」
階段を下りながら、キヨの顔とボスの顔が思い浮んだ。ボスの事だから何か企んでるに違いない。
まだ5日しかたってないのに、キヨと会いたい。
甘い言葉の誘惑が私を誘う。約束したのに、もう挫けそう。
昨日。キヨの転校した学校に行ってみた。荒れてるって聞いてたけど、校舎もボロボロで近づけ無かった。男子の割合が多いらしく、校門にいるだけで絡まれた。
別にそれが怖かったわけじゃない。ウチの学校と環境が違いすぎてそれ以上近づけ無かった。キヨがこの中にいるって思うだけでなんだか、違う気がした。キヨが変わってしまう気がした。
結局来てしまった。
蝉がせわしく鳴く。私の心臓のうるささと同じだ。
建物は、美術館だった跡地らしく、変わった形をしている。いつも二階の窓際にボスは座っている。
「あっれー?ヒラヒラじゃん。おひさー。」
「今日の見張りカラーなんだ。これあげるー。」
「さんきゅー。コーラとか気いきくじゃん!」
ごくごくと飲むカラー。
「それボスに持って来たの。」
「ぶーーー!」
「ごめーん!うそ。じゃ、通るよ。」
あいつには、ヒラヒラ、ヒラヒラいじられたんだよね。やっと、仕返し出来た。後ろから空き缶が飛んで来たけど、しゃがんで避けた。あんなヤツで見張りになるのかな。やたら蛍光色な服着てて、目立ちすぎだっつの。あの髪何?頭からトゲ出てるし。なんかカメレオンっぽい。
ボスの部屋の前に誰かいる。ややこしいヤツが出た。
「何しに来た?」
「副長、今日はボスに呼ばれたの。」
「お前は既に辞めたはず。」
日本刀を懐から出す。中学生の時はなんとも思わなかったけど、普通日本刀持ち歩いちゃダメだよね。男の人と思えない綺麗な長い茶髪。凛々しい瞳。今は睨まれてますがね。
「ボスに確認してよ。私だってやる時はやる…かもよ!」
実際は何もやれない。
「フトマユー。うるさい。」
ガチャっとボスが眠たそうに出て来た。寝てたんかい!私が悩んでやっと来たっていうのに…寝てたんかい!
「この女が。」
「フリル…違った。レース入れ。」
「フリルって何!?私フリルだったかも知れないの!?」
バタン。ドアを閉める直前のフトマユ副長の切なげな顔を見てしまった。
「副長いいの?」
「なにが?」
相変わらず綺麗な顔。彫刻みたい。無表情が威厳がある。
「…何でもなかったです。」
「ふわぁーあ。レースからの電話夢かと思った。」
「夢って!私めちゃくちゃ悩んだんだよ!」
「まぁ座ったら?久しぶりの仲間はどう?」
ボスの目の前のホコリっぽいソファーに座った。
「そうやってキヨも、また仲間にしたんだね。」
「そうだっけ。覚えがないなぁ。」
「笑わないで!キヨの居場所を教えてよ。何でボスと一緒にいないの?」
「クリーンの学校に行けば分かるはず。可愛い顔なのに八つ当たりしないで。」
パァン。
「触んないで。」
ボスの手をはたいた。私の顔を触ろうとしたから嫌だった。それでもボスは、微笑んでいた。まるで、私に対して小さい子供を見るような優しい目を向ける。
「気が強いところ、全然変わってないな。前から、触らしてくれなかったからな。まるで野生の猫みたいだ。」
「何とでもどうぞ。私には、キヨしか触れないよ。」
「キヨも、本当は人を信じないところがあるだろ?だから、今旅に行かせた。可愛い子には旅をさせろって言うだろ?」
「た…び?どういうつもり?」
ふっとボスは、窓の外を見た。
「もちろん、そのままの意味じゃない。後は、自分で考えな。」
そしてボスは、何も言わない。用が無くなれば、いつも無関心になって反応を示さない。
謎なぞが好きなボスだけど、謎なぞと思えなかった。
いくら考えても分からない。『可愛い子には旅をさせろ』って、まさか、訓練とかさせてたらどうしよう。
私は、キヨがいたからレインに入った。顔見知りもたくさんいたし、みんな優しくしてくれた。表面ではの話。慣れてくるにつれて、だんだんと見えない部分が見えた。
あんなに楽しくツルんでたのに、慣れは怖い。シャインとレインに分かれたのも分かる気がした。世の中、綺麗事だけじゃない。私とキヨは高校生になると同時にレインを卒業した。
卒業なんて簡単に言うけど、抜けるのにはそれなりの罰があった。キヨは私を庇ってくれて、私にはこの人しかいないって思えた。
だから、今度は私の番なの。
今はキヨの高校にも、入れないけど必ず会いに行くから。
プロポーズしに来るなんて言ってくれたけど、私はやっぱり待てるほど大人じゃないよ。あの時のキスの感触が今でも唇に残る。
だから、誰にも触らせたく無かった。
キヨは、今何を考えてるの?携帯も繋がらない。キヨのイタズラな笑顔が見たい。声が聞きたい。
ただ、キヨのそばにいたい。