契約の握手
君の笑顔が好き。俺の心を明るくしてくれるから。俺の心の雨を晴れにする力があるから。そして、ドキドキと心が温まるから。
おでこに冷たい何かを感じて目を覚ました。白い天井。
「やっと起きたか。お前ら何考えてんだ?肺炎で死ぬぞ!」
「…有野先生。ここ保健室ですか?」
「立川がお前をここまで担いで来たんだ。」
隣には、立川先輩が真っ赤な顔をしてデコにヒエピタを貼って寝ていた。ちょうど、学校に用があった有野先生に助けられたらしい。立川先輩に担いで貰ったなんて、とんだ足手まといになってしまった。
近くにいて少しでも、力になれたらって思ったのに。
「おら、ホットミルク飲んで風邪薬飲め。一時は熱が高くてヤバかったんだぞ。」
「…毒入れてませんよね?」
「オレはこう見えて、病人には手を出さないタチでね。」
体がだるいから、薬を飲んだ。
「立川も大変だな。大企業の跡取り息子だから、ロスに行くらしいしな。」
「ロス?何すかそれ。」
「ロサンゼルスも知らねぇのか?世界的にも有名な企業だから、外国にも行かねぇとなんねぇの。コイツは。」
ぐるぐると頭の中で、先生の言葉がかけ巡る。操り人形って、親に逆らえないってことか?立川先輩は、ビルの屋上でも寂しそうだった。
「お前はもう帰るか?親御さん呼んでるから、そろそろ来るだろ。」
「ロスって、決定してんですか?」
「おい。話し聞いてんのか?親御さんが…。」
「それより!」
「吉井落ち着け。いいか?今は自分の風邪を治せ。ムキになってるのは、熱のせいだよ。」
俺はすぐに割り切れない。ゲームとか言ってる暇じゃねぇよ。先輩は『正直に生きたい』んだ。俺に助けを求めてるんだ。
「チクショー。俺に何ができんだよ!」
「何もするな。人の家の都合には口出しできない。立川の運命がかかってるんだ。お前の気持ちも分からなくはないが、やめとけ。」
俺は頭を横にふっていた。
「それでも、どうにかしたいんです。雨に打たれる姿を見て、俺は何もできなくて歯痒かった。でも、今度は救いたい。」
「お前らしいな。でも、吉井を心配してる人もたくさんいる事だけは忘れるな。」
窓の外の雨は、すっかりやんでいて晴れ間が見えていた。母さんに迎えに来て貰える自分の幸せが、当たり前にあるんじゃないと実感した。
熱がなかなか下がらなくて、華がお見舞いに来てくれた。持って来てくれた林檎が旨い。
「熱が高いと辛いよね。節々が痛いし。もしかして知恵熱もある?」
「まさか!俺が知恵熱なんてあるわけねぇだろ?少しずつは下がってるし。」
林檎を置いた時、華が俺の唇にキスをした。しかも、深く。
「移るからダメだって!まぁ、その、嬉しかったけど。」
「移したら早く治るって言うよね!だから苦しい事は私にも移して?」
「くぁー!すっげぇ可愛い!すっげぇ好き。」
こうして華を抱きしめて元気になった俺だった。
華の知恵熱って言葉にドキッとした。図星だし。どうすれば、立川先輩に協力できるだろうとか考えすぎてる。本人から何も言われてねぇのに、バカみたいだ。
立川先輩は、風邪はすっかり良くなったらしい。『つまんないから早く良くなってねー』なんて、メールが来た。準備で忙しい癖に、やっぱ俺には関係ない事なのかな。
いつからロス行きが決まったんだろう。きっと、従兄弟の東先輩は知ってるかも知れない。こんな事を繰り返し考えて眠れなかった。
「幹也くん。ぶどう買って来たよ。」
「おー、さんきゅ。」
「なーんか元気無いよね。マスカットが良かった?」
「ぶどうもマスカットも一緒だろ?」
「味が違うって!熱のせいじゃないよね。もともとだね。」
先にぶどうを食べる光。旨そうだ。
「また、なんか隠してるでしょ?」
「なっ。別に。」
「言いたく無いんならいいけど、騙されないでよ?みんなが僕みたいに優しいワケじゃないんだからね。」
光が、ぶどうを人差し指と親指で潰した。汁が腕にしたたり落ちる。そして、潰したぶどうを食べる。
「何してんだよ。シーツが汚れただろーが!ったく。」
「甘い話ほど裏があるんだよ。」
「全然甘くねぇし。むしろ、苦いし。」
「苦い話には、何だろうね?さらに苦さがにじみ出るとか?」
「俺に聞くな!」
光は舌打ちをした。
「ここまで言っても、話さないのか。僕ってそんなに力不足かなぁ?」
「舌打ちの後に可愛いこぶるな。しかもムダだからな!」
光は舌を出して部屋を出た。つか、ぶどう半分以上食ってるし!根に持ってるな光のヤツ。話せるほど、確かじゃない。確かでも、誰にも話さないだろう。
「話とは何だ?」
考えた末、東先輩に聞く事にした。微熱があるけど、それより今はこっちが気になる。
「立川先輩の事なんですけど。」
「自分で聞け。」
「まだ何も…。」
「自分で聞けない事ならオレも答えられない。以上だ。」
「ロス行きの話です!」
立ち去ろうとする東先輩が、ピタッと止まった。そして、怖いくらいゆっくりと振り返る。
「オレは反対している。もしも、吉井が止めるならオレも協力しよう。」
「…本当なんですか。俺には止める権利も力もありません。」
「凛はお前を気に入っている。ゲームとやらで、吉井が勝てば何か変わるだろう。」
東先輩は一言一言説得力がある。きっと、立川先輩の事を誰よりも知っているからだ。
「できる限りは協力する。ただし、無理矢理はやめろ。凛は繊細な部分があるから、無理強いは良くない。」
「分かりました。」
そうして、東先輩と契約の握手をかわした。