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親父のマリオネット

マンションに帰ると、部屋の鍵が空いていた。玄関には赤いハイヒール。



「鈴姉、また合鍵作ったのかよー。こないだ取り上げたばっかなのにー。」



タイトのスーツに身をつつむ姉は、足を組み換え冷たく笑った。



「あの女から貰ったパーカーなんてまだ来てるの?汚らわしいわね。鍵なんていくらでも作れるわ。」



「…自分の母親をあの女って言うなよ。姉さんこそシェリーさんに魂売ったんだな。」



「ビジネスよ。それより、パパから伝言貰ったの。『来週の日曜ロスに行く。学校の手続きはすませた。』だって。時間は19時らしいわよ。」



「また黙って決めたのか?オレに相談しないなんて、絶対行かないからな!」


「日本に残っても、一人で学費に困るだけよ?まぁ、私は面倒だから伝達しに来ただけ。お小遣いあげるわ。じゃあね。」




姉さんは分厚い封筒を投げた。家族といるより、金を握った方が安心する。



愛ってなんだろう。恋ってどんな気持ち?愛される気持ちが分かんないのに、人を愛せるワケない。すぐに親父に電話しないのも、機械的な声が嫌いで話したくもない。




「おい、凛?何度インターホン押しても出ないと思ったら、具合でも悪いのか?顔色が悪い。」



「…竜ちゃん。オレどうしよー。」



「またおじさんか?」


「ロス行かないと行けない。」



竜ちゃんはオレの肩をガシッと掴んだ。



「また言うこと聞くのか?二の舞になるぞ!このままでは、凛にもおじさんにも良くないだろう?」



「ははっ。竜ちゃんは熱いなー。肩をそんなに揺らさないでよー。心も揺らぐだろー?まじ勘弁して。」



「…すまない。」



竜ちゃんは隣にドサッと座った。逆らうなんて、できない。今までもこれからも、親父は絶対だ。でも今の生活が割と気に入っているんだ。



「椿が好きなんだろ?」



「分かんない。好きなんて感情オレにはない。しかも、自分の彼女が好きとか聞くー?」


「オレには分かる。凛は椿に恋してるんだよ。だから、凛がオレの彼女好きでもいいから、行くなよ。反発しろよ?」



竜ちゃんの目がうるんだ。空手一筋で、生真面目な竜ちゃんがこんなに言うことはきっとこの先もない。



「竜ちゃんありがとー。ロス行きは少し考えさして。分かってるだろー?オレんちの事情。決めたら、竜ちゃんに最初に言うから。」


「凛が久しぶりに泣いたな。良かった。」



「泣いてないだろー?竜ちゃんが泣いてんじゃん。」



思ったより、ずっと一人だと思ってた。でも竜ちゃんはオレをちゃんと見守っててくれたんだ。



「今日お寿司取るよー。」



「特盛りよろしくな。」



「竜ちゃんお寿司には厳しいからねー。あー、つばきに餌やりに行かないと!」



「椿に餌だとー!?いつの間に密会していた!?」



竜ちゃんのカカトオトシが舞い降りた。



「だからー、猫のつばきだからー!」



「嘘だっ!」



ヤキモチ妬きな竜ちゃんが『椿を好きでいていい』って言ったのは、幻に感じた。



「避けるな!男なら受け止めろ!」



「無理だからー!」



竜ちゃんの馬鹿力に付き合ってられない。早く寿司を取ろう。



寿司を見て、落ち着いた俺たちだった。



「鈴さんにまた小遣い貰ったのか?」



「いいでしょー?3割あげようかー?」



「いらない。寿司で十分だ。」



珍しく竜ちゃんはオレの家に泊まった。きっと心配してくれたんだろう。



よしっちとのゲーム楽しみだな。



オレはゲームの勝敗でロス行きを決める事にした。






「ックシューン!」



「オッサンがいる。僕が今、裏技を教えてるでしょ!」



「囲碁は陣地争いで、囲んだら取って?全然分かんねーよ!頭イテー!」



今夜は、光の囲碁教室だ。あれ?漫画のパクリ?違う。たーまたま光が囲碁やってるだけだ。



「幹也くんチェスできる?」



「でっ。」



「で?」



「どーせできませんよ!」



「それじゃあ。頭脳とか心理作戦とかヤバいね。」



やれやれと、わざとらしく肘を曲げ両手をあげる光。



「何だよ!俺はカクゲーが強いからいいんだよ!」



「それって、僕にケンカ売ってるよね?」



「俺は数学得意だから大丈夫だよ。」



「だから、幹也くんは現国とか苦手なんだよ。人の裏をかくとか考えたことないでしょ?」



そりゃあ、簡潔な方が良いしな。面倒くさがりだし。



「今日はここまで。はい!幹也くんは自分ちに帰る!」



その日家に帰ると、『明日からゲーム開始』とメールが来ていた。もちろん立川凛先輩からだ。



頭の回転の速さには自信ねぇけど、俺にも良いところはあるはず。なぜかワクワクしながら目を閉じた。





勝負の日



学校の近くの空き地に呼ばれた。今日は雨模様。今にも雨が降りそうだ。



「フェアな方が良いだろーから、コレでどー?」



凛先輩が俺に何かを投げた。



「竹刀?」



「竹刀を落とした方が負け。俺も武術は空手だけだから平等だろー?」



構えが違う。絶対かじってるよ先輩!



「分かりました。ゲームはこれだけですか?」



「まさかー!二つ目はよしっちが決めてー?いっくよー!」



「ちょっ!」



バシッ…バシッと一刀一刀が重い。下手に受けたら払い飛ばされそうだ。かわしてから、様子を見る事にした。


「コテコテー!」



「うわっ!手痛いんすけど!」



俺は一瞬支えの左手を持ち変えた。



「とりゃー!」



「おーっと!やっとやる気になったねー。」


「負けんの嫌いすから!」



雨がポツリと降って、すぐにザーと降りだした。それでも俺たちはやめなかった。空手以外でこんなにワクワクしたの初めてだ。



雨で前が見えない。



「目をつぶったら終わりだよー?」



パシンと俺の竹刀が宙に跳ねた。地面ギリギリでとった。スライディングみたいなもんだから、洋服は泥だらけだ。



「へー。よしっちは何でそんなに必死なのー?」



俺はゆっくり立ち上がる。



「知りたいんすよ!先輩がゲームするホントの理由を!」



「そうだなー。オレに勝たないと教えないよー?それに…。」



雨の音で最後が聞き取れない。



「これで、終わりです!」



手が滑る中、思いきり一刀ふりかざした。先輩は動かない。そのまま先輩の竹刀が地面に落ちた。



「立川先輩?」



「正直に生きれて、良いよなー。オレなんか、一生操り人形だよー。」


立川先輩は膝をついてしゃがみこんだ。雨のせいで、先輩の全身が悲鳴を上げて泣いている様に見えた。



勝負ってこんなもんなのか?どっちかが勝ってスッキリサッパリするもんじゃねぇのか。


「風邪ひきますよ?」


「一人にして。」



俺は近くのコンビニでビニール傘を買った。先輩に立て掛けたけどすぐに、傘は倒れて、傘を自分と重ねてしまう。今の先輩に何を言っても聞いてもらえない自分と、立て掛けても風で倒れる傘。



立川先輩の『一人にして』って言葉が、『見捨てないで』に聞こえたのはどうしてだろう。俺は少し離れた場所で立ちすくんでいた。

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