マサの暴走
「もう会うの止めよう。」
花音の飲むフルーツティーの香りが漂う。彼女のカップを置く手が、カタカタとかすかに震えていた。
「僕と会うと幹也くんを思い出すから?」
「私達受験生だし、時期が来たんだよ。だから…。」
「そんな話しに来たの?僕帰る。」
3歳も年上の貴方は、僕より余裕がない感じがした。
「待ってよ…光。ちゃんと話を聞いて?」
「その目反則だよ。」
僕はもう一度座った。肩まであるストレートの黒髪。人形の様に整った顔。無表情の時、ミステリアスな魅力がある。そんな彼女の声は震えていた。
「私…。私、光と会うと何か怖いの。」
「どういう意味?よく分からないんだけど。」
「どんどん大人になって男っぽくなる光に、今までと違う感情を感じそうだから。」
目をふせて彼女は言う。長いマツゲが強調された。
「僕に惚れそう?」
「分からない。何かおかしいよね。だから、しばらく会わない方がいいでしょう?」
「僕は好きだよ。僕も最近気づいた。花音の魅力に。」
「年上をからかわないの。」
「花音が僕と会いたくないなら、その通りにするよ。後悔しても知らないよ?」
恋は駆け引きだ。
コンコンッ
家に帰ったら寝てたみたいだ。窓からの音で目が覚めた。
「幹也くん!?」
口パクで『ハヤクアケロ』と言っている。ガラッと窓を開けた。
「よっ!」
「よっ!じゃないでしょ。幹也くんが窓から来るなんて、珍しいね。」
「ちょっ、この窓高くねぇか?」
「幹也くんの足が短いんだよ。」
「ほっ」とか部屋に言って入って来た。着地失敗してるし。
「いってぇー。頭打った。」
「反射神経良いはずなのにね。わざとでしょ?」
「イエス。俺がまさか?転ぶなんて?有り得ねぇもんナ!」
「動揺しすぎ。」
幹也くんが僕のベッドに転がった。
「んでーどうだった?」
「しばらく会えないって言われた。」
「ぶっ!雪もマサに会わないらしいぜ。何か図書館で樹に見せつける上に、勉強の邪魔とかで。」
「言っておくけど、僕はマサとは違うからね。大人の駆け引きなの。」
「そのへんがガキだな。つかこの部屋寒っ。冷房つけすぎだろ。」
僕は冷房をきった。文句言ってるけど、幹也くんに話すと気が楽になる。
「幹也くんは華さんと上手くいってんの?」
「俺の部屋でラッブラブだぜ?良いだろ。」
「ベッドの上で泳がないでよ。ラッブラブってことはヤッたんだ?」
幹也くんのバタ足がピタッと止まる。これはまだだな。本命には手を出せないってこの事だね。口元が緩む。僕って絶対サドだね。
「ヤッ…てねぇけど何か?」
「睨まないでよ。あんまり幸せボケしてたら、危ないよ?」
「余計なお世話だ。俺寝よ。オヤスミ。」
いつも僕のベッド独占するんだから。僕は勉強に取りかかった。
今日も図書館に向かう。集中できるから。樹くんがいるけどお互い気にしない。ただ、一番マサが気にしてるの。
「ゆーきー!」
後ろからマサが抱きついてきた。昨日しばらく会わないって言ったのに、昨日の今日だよ?オアズケできないんだから。
「マサ離れて?ここ図書館だよ。」
「オレが邪魔なのは、樹先輩に会いたいからだろ?」
「ンもう。違うよ。」
樹が男子トイレに私を引っ張った。
「な…にしてんの?」カチャカチャと響くベルトの音。
「オレが好きなら態度で見せて?」
「やだよ。こんなのマサじゃない!」
「これがオレなの!仔犬とか、ポチとかじゃないんだよ。」
なんか涙が出そう。分かってた。ちゃんと男の子って。私はマサをギュッと抱きしめた。
「不安にしてごめんね。ちゃんと男の子って分かってるよ?」
「オレ、樹先輩みたいに男らしくねーし、ずっと犬扱いみたいで苦しかった。」
私たちは男子トイレで泣いた。司書さんに怒られたけど、本音が聞けて良かった。
「そう。マサ一発殴らないとね。」
「何で?」
光ちゃんには話した。お兄ちゃんにはとても話せない内容だし。間違いなく、マサがボッコボコにされる。
「雪がこんな話するってことは何かあるんでしょ?」
光ちゃんが冷たいピーチティーを渡してくれた。
「うん。私は心が繋がっていればそれで十分なの。男の子って体も繋がりたいのかな?」
「どうだろうね?僕は理性があるからガマンが効くけど、マサはまだまだイヌだからね。」
「犬…って、光ちゃん今真剣に話してんのに。」
「少なくとも、マサは好きでもない女を抱くほど軽くないだろ。」
「私軽いとは言ってないよ。」
「でも、マサのことまだ僕より知らないだろ?」
「…知ってるもん。」
「それは失礼しました。僕勉強したいんだ。」
光ちゃんの部屋を出た。最近勉強ばかりしている。受験だから当たり前だけど、なんかあったっぽい。僕のことは聞くなオーラを出していたから、聞けなかった。誰にでも言いたくないことはあるからね。光ちゃんは、私みたいに人に話してスッとする人じゃない。
花火したいな。ふと、来週の花火大会を思い出した。マサを誘おうかな。なんて思った。
知らない番号から電話がかかって来た。誰か携帯変えたのかも。
「はい。」
《だーれだー?》
この、のんびり脱力系ボイスはあの人しかいない。
「立川先輩っスか?」
《ぴんぽーん。じゃあ登録よろしくー。》
ぶ・ちっ。とゆっくりきれた。何で立川先輩が俺の携帯知ってんだろ。しかも、今の電話意味あんのか?
これが、立川先輩にもらった最初の電話だった。
オレは、よしっちに電話をかけた。キヨっちに聞いたらあっさり教えてくれた。
「さーてと。何からしようかなー。」
つばきが心配そうにオレの手をなめた。
「久しぶりに遊ぶかー。」
空に呟いた。