竜VS凛{本気の想い}
朝練があと少しで終わろうとしていた時だった。
「たーのもー。」
俺達空手部は掛け声や、何人ものドスッという足音でその声には気づかない。
「たー!のー!もー!」
シンと道場が静まった。入り口を見ると立川先輩が真っ赤な顔をして珍しく叫んでいた。
「練習中に何の用だ?」
東先輩が立川先輩の元に行くとみんなまた練習を始めた。
「だから、東に勝負しかけに来たー。」
「何だ。」
「野球対決しよう?ハンデは俺が左で投げるから、それを一回でも打ち取れば東の勝ちー。」
「…遊んでる暇はない。」
「オレが勝ったら、野球部に、よしっち欲しい。」
俺はたまたま、聞いてしまった。俺、売り飛ばされる!東先輩のほっとした顔何?椿先輩じゃなくて良かった的な顔だよな絶対に。
「良いだろう。凛はもう空手はやらないんだな。」
「なんのことー?じゃ、部活終わったら校庭に集合ー。よしっちも連れてくるんだよー?」
「あぁ。分かった。俺も左でバッド握るから。」
「東は両効きだろー?ま、いーけど。」
そして、立川先輩はいなくなった。
部活が終わり、東先輩に呼ばれた。俺、内容分かってますけど。立川先輩何がしたいんだろう。いくらなんでも謎が多すぎる。
「後、一分遅かったらオレ昼寝してたかもー。」
「まだ朝っすよ先輩。」
「さっさと始めよう。」
って、あの握り方は変化球有り!?
「もし、オレが勝ったら、空手部と掛け持ちしないか?」
「いーよ?あり得ないからー。」
「あの!もし東先輩が十球全部外したら俺にもチャンス下さい!」
「ありー?オレ十球なんて言ってないけどー?それなら、よしっちにもチャンスあげる。」
東先輩が『あちゃー』と頭を抱えていた。
ズバッ。
「ストライーク!」
魔球?消えたよな。マジックか?速すぎて見えねぇ!
「なるほど。ストレートで来るとはナメられたもんだな!」
「最初だから、東が好きな球投げてあげただけー。東こそ今からは、観察する暇ないかもよ?」
立川先輩がギュッとボールを握る。キャッチャーの先輩に1・2回首を横にふった。そしてゆっくりうなずく。
ビュン。ズバッ。
カキン。
「ファーボール。」
それから、先輩たちは静かに睨み合った。俺争奪戦とか、立川先輩の空手部助っ人とか、もう関係無いんだ。二人はもう目の前の勝負しか見えてない。
いきなり目が塞がれた。
「だーれだ?」
「華?」
「あったりー!」
朝練を見に来てくれてた華が、マネの仕事の手伝いが終わったらしい。自分から手伝うなんてえらいよな。
「先輩たち凄い気迫だね。東先輩は空手の試合の時と一緒だよね。」
「だよな。何かかっこいい。」
「あはっ!どうしたのかっこいいなんて言って。」
さりげなく華が手を繋いできた。俺は分からない様に、制服のポケットに入れた。
「あっ!打ったー!」
風にあおられてまたファール。
「おしいな。あと2救でヒットしなかったら、俺の番だ。」
「みきや大丈夫なの?」
「おい!どういう意味かなー華ちゃん。やる時はやる男だぜ?」
「そうだったっけ?頑張ってね。」
華の笑顔が、俺を元気づけてくれる。
カキーンといい音がした。ボールがフェンスを超えた。
「これで掛け持ち決定だな凛。」
「竜ちゃんにはかなわないよなぁ。」
「お二人ともなんか、仲良くないっすか?」
「従兄弟なんだよ。」
この正反対な二人が従兄弟だなんて。って事は従兄弟がライバル?
「みきや?」
「ショックを受けたようだな。凛、たまには家来るか?」
「負けたからちょっと練習して帰ろー。夜に行くかもー。」
「相変わらず野球熱心だな。じゃあ、オレは先に帰る。キミには吉井の事頼んだ。」
「はい。」
俺の頭の中はグルグルうずめいていた。従兄弟の三角関係。従兄弟の三角関係。従兄弟の三角…エンドレス。
「みーきーや!」
「はっ!起きたまま寝てた。」
「あはは。何それー!」
俺たちは手を繋いで家路を歩いた。
俺の部屋で、華と宿題中。
「作文書いた?」
「読書感想文だよね。私まだ本も選んでないよー。」
「読書感想文だとー?俺だけか?『青春について』は。」
華にプリントを見せた。
「ぷっ。有野先生の仕業だねー。一番下に小さく何か書いてあるよ。」
【なワケねーだろ。てなわけで読書感想文書け。】
「なんだぁ?このちっこい字!」
「あははっ!みきやしか引っかからないよー。あー笑い過ぎてお腹痛い。ははっ!」
しばらく華は爆笑していた。俺にだけこのプリント渡すなんて、手の込んだイタズラにもほどがある。
「はなー?いい加減にしないとキスするよ?」
ピタッと華の笑いがとまり、頬を赤く染めた。
「して?」
俺は鼻に軽くキスした。
「ちゃんとここにして?」
「ワガママな姫は好きだぜ?」
唇に吸い付く様なキスをした。そして深く深ーく絡める。荒い息の彼女が可愛くて強く抱きしめた。
「はぁっ。今日は光くんは?」
「それ聞くか?花音さんと会ってるらしい。」
「上手くいくといいね。」
「顔見せろ。」
俺は少し離れて、華とデコをくっつけて目を見た。少しうるんでいる。
「嘘だな。俺が協力したら不安だろ?」
「…うん。心狭くてゴメン。」
「バーカ。俺よりかなり広いから気にすんな。あと、協力っつっても会うとかしてねぇよ。」
俺は頬にキスした。
「分かってる。みきやのこと好きすぎて不安なのかも。ぎゅってして?」
俺はそっと抱きしめた。華奢でふわふわで、柑橘系の甘酸っぱい香りが鼻をかすめる。
「華とずっとこうしてたいなぁ。」
「私も。でもあとちょっとで宿題しよう。」
「はいはい。現実的だな。」
体がくっつけばくっつくほど、もっともっとって俺の欲望が邪魔をする。
「みきや?手ー止まってるよ。」
「また目ぇ開けたまま寝てた。」
「今度寝たらお仕置きだよー!」
華にならお仕置きされたいなんて、バカな事思うんだ。華が俺を好きすぎるんなら、俺は華を愛してる。それが、口では言えない本気の想い。