ミルクとパンチ
風がそよぐ。裏庭の木陰でオレは昼寝中。
「りーん!」
高く綺麗な声が響いた。
「…何かよう?」
「猫ちゃんに会いに来たー。名前決めた?」
「ないしょー。」
むくれる椿。自分は恋愛感情なんて生まれつきない人間だと思う。女を見てもドキドキした事ないし。
「あー!フードに猫ちゃん隠してるかわいい!」
ただ、椿といると心がぽわぽわ温まる。夏だから暑いし迷惑。
「ドントタッチミー。これ以上近づいたら有料ー。」
「はぁ。凛はいいよね。自分のペースを相手に巻き込む力があるもん。」
隣で体育座りをしてる椿。
「また、東と何かあったのか?」
オレは目をつぶりながら問いかけた。
「なんもないよ。なぁんもな・い・のー!」
耳をふさぐ。猫のつばきが目を覚ました。震えてるし。起き上がり、猫のつばきを抱き上げた。
「うるせー。東探してんじゃねー?なんもないなら平和じゃん。」
「凛にもなさそうだよね。せーよく。」
思わず猫を落としそうになる。
「性欲なんて男の前で言うな!オレだから良いけど、他の奴なら襲われるぞ。マジでアホちゃうか。」
「凛が早口になった!簡単に襲われるわけないじゃん。私の悲鳴なめんなよ?」
「椿!こんなとこいたのか。人気の無いところに来るなってあれほど言ってんだろ。」
東のとうじょー。やっとゆっくり眠れる。心がチクッとしたのは、気のせいに決まってる。
「立川!吉井に何かいっただろ?」
「なんで幹也くん?」
「よしっちー?図書委員の仲なだけだけどー?」
「語尾を伸ばすな!ニャーニャーうるさい!」
猫のつばきは東が嫌いらしい。東も猫にあたるなよなー。仕方なくオレはまた起き上がった。
「性欲ないってマジ?ヤバいんじゃねー?」
「せっ、せっよくー!?」
「声がデカいカップルだなー。つばき。」
「ニャー。」
「つばきって…なんで私の名前?」
バレたぁ!
「椿の花の下にいたからだよ!」
「そんなことはどうでもいい!オレには食欲、睡眠欲、性欲がちゃんと備わってる。椿どういう事だ?」
「どうどう。分かったから二人とも落ち着いて!」
東は猫がいる事に関して怒らなかった。撫でようとして咬まれてたけど。
「なーんで、オレがケンカの仲裁しないといけないかなー。」
「凛、仲裁どころか悪化させてんじゃん!」
「椿帰るぞ。すまないな、いつも椿が甘えて。」
「ねぇ。もし、オレが椿好きならさー。とっくにとられてるんじゃねー?」
「…どういう」
「りゅーう行くよ!猫ちゃんバイバーイ。」
壊してやる。
「ヤベー。今変な事考えた。」
オレは猫に癒されながら目を閉じた。
よしっちかー。相当東の中で鍵になる人物だなー。ちょっと遊んであげるか。オレは思わず口元が緩んだ。
うわ。またつけられてる。5人ってところか。アクション映画好きだけど。
「あのー。かなり迷惑なんすよね。」
「マウスはハウス。なんちってなー!」
「ブッハハハ!」
くそ。イラッとするバカ笑い。コイツら男子校だからたまってんじゃねーの。
「早く来たら?」
オレは人差し指で挑発する。なるだけ被害の出ない場所まで走った。
「もっと人目につく場所がいいんだけど!なぁ?」
「だよなー!マウスをボコるの見せたいし。」
コイツら目がヤバい。ったく。いったい何が原因だよ。
「オレたち強くなったんだぜ!」
近くの壁を殴った。ビキッとヒビが入る。
「お前、器物損害って知らねぇの?早くヤレよ。俺と戦うの怖いんじゃねーの?」
「うるせえ!」
それが合図かのように、5人いっせいに飛びかかってきた。
ドカッ!ボカッ!ベキ!ボキッ!ドスッ!ガッ!
ジャスト5秒。あとは。
「ここに人が倒れてるぞー!」
「キミ顔が腫れてるけど大丈夫か?」
「…大丈夫っす。」
通りかかったお兄さんに言われた通り、イッパツくらった。ったく。なんでいつも顔ばっか?ちなみにヤツラは気絶させただけだ。
手加減してやったのに。顔めっちゃジンジンすんだけど!チクショー。バカ野郎。よけれなかった俺もまだまだだな。
キヨなら『みっきーだっせ!また顔よけれなかったのかよ!』って言ったよなー。
「幹也だっせ!」
「キヨ何してんの?」
「あれは避けられただろー。」
「このやろー。助けろよ。」
「みっきーなら大丈夫だと思ったんだよ。その顔ヤバいね。ウケる。」
立川先輩のことに関してはまだ分からないけど、キヨがいてくれて良かった。
「凛先輩はさ、自分の気持ちに気づいてねぇんだよ。」
「いきなり?」
「だから、そっとしておく事にした。何か悪かった。」
「早とちりかよ。ま、キヨらしいけどな。ゲーセンでも行こうぜ!」
キヨの話によると、あの刺客…いや、ヤツラは中坊ん時、負けたのが悔しくて俺たちに勝ちたいらしい。かなりの暇人だよな。
「その為に学校まで来るか普通。」
「だから、みっきーは愛されてんじゃん。」
「あんな連中に愛されたくねぇから!」
カクゲーの必殺技をキヨに炸裂。ボタン連打連打連打…。
「ちょお待てよー!あーまた負けた。」
「へっ!顔のうらみだよ。」
「はいー?自分が悪いのに俺っちのせいかよ!」
「勝負だ。」
俺たちは小銭を使いまくったのだった。
ニャー、ニャン。猫の声で目が覚めた。腕時計を見ると5時を回っていた。
「つばき起こしてくれたんだなー。よしよし。」
頭を撫でてやるとくすぐったそうな顔をした。
「んー!よく寝たー。」
携帯が震えている。ダリー。
「はいー?」
《…やっと出たな。》
「なーんだ東か。」
《今学校か?》
「さすが竜ちゃん。オレ寝過ごしちったよ。」
《凛は、やはり好きだったのか。》
あんまり言わないけどオレたちは従兄弟だったりする。二人の時は竜ちゃんと凛って呼びあう。学校じゃいろいろと、面倒だから苗字ってわけ。
「んー。猫大好きだよ。知ってるだろー?」
《違う。椿をだ。》
「んー?好きって何?友達としてもウザいだけじゃん女なんて。ってか今はさー、竜ちゃんがウザいよ?ばいばい。」
なんでこんなイラつくんだろ。カルシウム不足かなー。つばきにばっかミルクあげないで、オレも飲もう。
みんな好き好きうるさい。好きになるくらいなら、嫌った方が楽だろ。オレはまだ猫といた方が楽なんだ。
竜ちゃんには分かんないかもな。