黒髪フェチ
朝の稽古場は、好き。家の一番奥にひっそり立つここは、客人には見せない秘密の部屋。毎朝、私は体を動かしてる。
「やー!」
二段蹴りをした。
「華、軸がずれていたぞ。」
「お父さん。おはよう。」
「昨日、食事の約束をまた断ったそうだな。父さんは、色んな人と話しだけでもしてほしいだけだ。それなのに、何だその形は!」
「食事とか言って、安心できる男性を紹介したいだけだよね。一度軸が曲がったからって、大げさなんだから。」
汗を拭きながらお父さんを見た。
「一度だと?その一度で、父さんは殺されかけたこともある。」
お父さんの指導はかなり細かい。少林寺拳法は体が軽くないとできない。つまり、軸がずれたのは…。
「華、お前太ったな。」
「分かってる!だから体動かしてるの!」
「体重で重心が変動する。お菓子作りすぎだ。樹と弦は太らないからいいが、華は…。」
「今から走ります。」
全く。デリカシーがないんだから。お母さんはお父さんのどこが良かったんだか。あ、お見合い結婚だっけ。お見合いで見た瞬間、人目ぼれとかホントかなぁ。
考え事してたら、枝に髪の毛を引っかけた。
「いたっ。どうしよう。」
「舞原大丈夫?」
杉岡くんがなぜか走ってきた。そういえば、毎日走ってるって聞いたことがある。
「大丈夫だよ。」
「ちょっと動かないで。…とれた。綺麗な髪が傷ついたら大変だよな。」
「…ありがとう。でも、髪のことあんまり言わないでね。」
「そういえば、オレが髪のこと誉めたら泣きだしたもんな。意味分かんなかったし。」
「杉岡には分かんなくていい。」
私は走り出した。
「お礼なし?」
後ろで杉岡が図々しく言った。私は振り返る。
「ありがとうって言ったよ?」
「コンプレックスなんだな。その漆黒の髪。」
「みんな、私の髪しか見てくれないから。でも、みきやとか、未来ちゃんとか荒城は違うよ。」
「知らないんだ?吉井が黒髪フェチって。」
「え?」
「オレはそろそろ帰ろう。信じてんなら、本人に聞けばー?バイバイ。」
あんなやつ信じない。仮に黒髪フェチとしたら、私が黒髪じゃなかったら、好きにならなかったの?心がざわめく。
私は近くの公園に入り、しばらくベンチに座って動けないでいた。
「舞原チャンじゃん。一人で何してーんの?」
「荒城、あのさ、みきやって黒髪フェチなの?」
「あー。まぁ、なんつーの?ほら、舞原チャンは筋肉フェチだろ?」
「うん。」
「それと一瞬だよ。きっかけってやっぱ見た印象だし。な?だからーそんなしかめっ面すんなよ。眉間にシワ寄るぜー?」
私はやっと立ち上がった。
「違うよ!結局みんな私の髪しか見ないんじゃない!」
「…舞原チャン。」
荒城は、黙っていた。私は、コンプレックスの塊。荒城が自分の頭をわしゃわしゃかいた。
「あのさ、舞原チャン間違ってるよ。そんな綺麗な髪して、髪しか見ない?甘ったれんじゃねーよ。自分の長所けなしてどうすんの?全然可愛くねぇよお前。」
悔しい。悔しい。そんな事分かってるのに卑屈になってる。
「だから、荒城には分かんないよ!チャラい癖に知った様な事言わないで!ほっといて!」
「オレはずっと、幹也の影にいた。でもオレは自分のアリくらいの長所を必死に引き出して、頑張って未来を振り向かせたんだぜ。…舞原には分かんねぇよな。…オレ未来を迎えに行くわ。」
この日、荒城と初めてケンカした。そして、私は長い髪を切った。
「華!あれぇ!髪切った?」
みきやの家に行くと、勢い良く玄関が開いた。
「…変かな?」
「めっちゃ似合うぜ!可愛い、いや、大人っぽくなった。」
私、最低だ。彼氏を試すなんてあり得ないよね。
「俺、華のことちゃんと見てるから。ここのホクロの位置も、細部まで。」
「荒城から聞いた?」
ニヤリとみきやが笑った。
「もっと知りたい。」
「みき…や。」
「ストップストップ。玄関ではやめて下さい。」
「幹也くん、まだ新婚じゃないだろ?」
「舞原チャン似合うよ。」
雪ちゃん、光くん、荒城がとめた。たぶん、最初から見てたと思う。恥ずかしいな。荒城はいいヤツなんだなぁ。
「んでさ、舞原チャンこの世の終わりみたいな顔してたんだよ。」
「荒城クン?何をしゃべってんのかな?」
「まさか、華にコンプレックスがあるとはなー。」
「みきやは身長でしょ。」
「違うから。って流れで光とキヨと雪は、遊んできなさい。華、俺の楽園に行こうか。」
私たちはシラーっとした。楽園=みきやの部屋らしいけど。
結局、5人で盛り上がり、みきやの部屋がごちゃごちゃ散らかって、片付けを手伝った。
「華、俺嬉しかった。」
「ん?」
「俺ばっか自分のコンプレックスで悩んでんのかと思ってたんだ。」
私達は、思春期だからまだまだ悩みもいっぱいある。でも、ちょっとずつ自分を好きになれるといいなと思った。
ここはオレ達の秘密基地。中坊なのにダサい?景色が綺麗な高台なんだよ。兄貴の邪魔でギクシャクしたけど、ようやく雪先輩と仲直りした。
「ポチ!マルボーロ持って来たよ。お座り!お手、お代わり…よし!」
「ワン!…ってオレ犬じゃないっすから。しかもやーっとマサって呼んでくれたのに!」
文句を言いながらもマルボーロをモグモグ食べるオレ。
「よしよし。マサは可愛いなぁ。」
「むぅ。オレも男なのにー。」
「マサが雪って呼んでくれたら、ちゅうしてあげる!」
こんな感じで、先輩に主導権を握られてる。オレだって、ちゅうも自分から出来るのに。樹先輩が雪先輩にちゅうしてるのを思い出した。ほっぺたにしたらしいけど、クソっ。
「マサ?グルルーって言ってるみたい!かーわいー!」
先輩はオレに抱きついた。嬉しい。
「かわいいのは雪だよ。あんまり無防備だと襲いますよ?」
「やだ!はーなーしーて!」
「雪から抱きついたじゃん。耳真っ赤ーかわいい。」
オレは、ちゅうした。まずは、耳に。そしてほっぺた。最後に、唇をペロっとなめた。
「雪からここにちゅうして?」
「もー生意気なんだから。」
雪との初めてのちゅうは、甘い味がした。お互いお菓子食べてたからだけど。
「オレ、雪と同じ高校行きたいな。」
「私、バカだからバカ高だよ。マサはお兄ちゃんと同じ高校に行けるくらいの頭持ってんだから、そっち行けるじゃん。ね?」
「嫌っす!オレ雪と同じとこ行くから。」
雪がオレの頭を撫でた。
「マサはふわふわだねー。きっと心がわりするよ。でも、マサは私のだよ。」
「なんか切ないっすね。きっと夕日のせいですよ。帰りましょう。」
「もう一度ちゅうしよ?」
雪はたまに甘えん坊だ。オレは少し長めのちゅうをした。
オレ達は手を繋ぎながら帰る。恋人繋ぎみたいに指は絡めない。なんか柄に合わないし。
「今度お兄ちゃんに紹介するね。」
「マジっすか!?緊張しますね。」
「マサも紹介してね?」
「…はい。」
兄貴なんか嫌いだ。でも雪が言うなら、仕方ない。
「じゃあ、明日!」
「はい。」
雪の家の前で軽くちゅうした。
「マサぁ!お前何をしてんだ!」
「お兄ちゃん落ち着いて!」
「ちゅうです。」
「マサも反発しないで!」
今のところ、幹也さんと仲良くなれないらしい。