精一杯な俺
明日は、キヨと桜と、華と俺の四人で海に行く日だ。光にだけは、邪魔されたくねぇ。俺は喉がかわいたので、ミネラルウォーターを冷蔵庫に取りに行き、部屋にまた戻った。
「幹也くん…にしては、頑張ったこの派手な水着どうしたの?」
「うおっ!お前いつ入ったんだよ。水着勝手に触んな!」
光から水着を取り返しバッグに戻す。
「なるほど。明日あたり海にでも行くとか?」
「何推理してんだよ。だとしても、光はお勉強があるだろ?いい加減そろそろやべぇだろ。」
「僕、志望校オールA判定。」
「受験の怖さ知らねぇな?A判定で落ちるヤツは落ちんだぞ。」
「今、禁句を言ったね…。幹也くんだってそのダサい水着どうにかしたら?僕勉強に戻ろう。」
結局窓から、自分の家に渡った光だった。この水着思いきって買ったのに、そんなダサいか?俺は、光の意見を真剣に受け止めていた。
「雪ー、ちょっといいか?」
「…お兄ちゃんノックしてよ。」
「暗っ!何で地味にオチてんだよ。」
「うざい。一人にして。」
「ぁあ?兄さんに向かって『うざい消えて』だと!」
「耳おかしんじゃない?一人にしてって言ったじゃん。」
俺は構わず雪の部屋に入った。
「んで?マサとケンカしたか?良かった良かった。」
「違うよ。お兄ちゃんが言ってた通り、キヨさんのブラコンぶりを実感しただけ。」
「あー。キヨのは俺から見てもヤバいからなぁ。」
「ヤバいって?」
イスから身を乗り出して俺に聞いてきた。
「んー。まぁ…それは雪が直接自分で聞くことであって、むやみに俺からは言えないなぁ。」
「その水着似合わないよ。じゃあね。」
そして部屋を追い出された。何だよ。人間、水着より中身だろ。しかも、これ高かったんだぞ。店員さん似合うって言ってくれたし!やっぱ、売るためだけの言葉だったのか。薄々は気づいてたけど。
キヨ、ウチの妹に何言ったんだろ。雪にはめちゃくちゃ甘かったのに、マサに関わると厳しいからなぁ。あそこまで異常なまでにマサに溺愛な理由、きっときっかけがあるはず。聞いても言わないだろうな。
「マサに聞いてあげようか?」
「光!また来てたのか!?」
「消しゴム忘れちゃって。」
「何で消しゴム持って来てたんだよ。」
「まぁまぁ。それはいいから!マサに聞いてあげる。」
「何で俺の考えてたこと分かんだよ。読心術か?」
「幹也くん…ブツブツ言ってたよ。」
マジかよ。俺テストの時答え言ってねぇかな。って、そうじゃなくて。
「また面白がってるだけだろうが。さすがに俺も雪離れをしねぇといけねぇから、ちょびちょびな。」
「ふぅん。へぇー。ほぉ?はぁー。」
「光が俺をバカにしても、俺に二言はない。」
「『男に二言はない』でしょ?」
「わざとだ!」
ちくしょう。背が高いからって見下しやがって!まぁ、正確には見下ろすだけどな。
「ぶっ!本当はめちゃくちゃ気になる癖に。痩せガマンは体にわるいよ?」
「笑うな!今は受験に泣け!消しゴムならくれてやるから。」
「ストロアップル?僕はクールなブラックチェリーが好きだから、いらない。」
「かっわいくねぇヤツ!誰に似たんだ全く!」
「幹也くんかもね。」
ちょっとこしょばゆい。こうやって、さりげなーく女を口説くんだな。俺には到底無理。
「なんだよ。」
「明日楽しんでね!僕はジャマはしない。」
「『は』ってなんだよ。意味深だな。」
「じゃあ、また来るね。」
「いい加減、玄関使え!」
ひらりと怪盗Hは家に帰った。この調子だと今夜は眠れないな。
…水着二着持ってくか。
翌日。キヨの家で待ち合わせだ。途中で華と桜と合流した。
「あの二人可愛くね?」
「マジヤバいな。行っちゃう?」
「げ。ゴブつきかよ。」
聞こえてますけど!
「よっしーは、私たちのガードマンなのにね。」
「ガードマンよりみきやは執事っぽいよ。」
「お嬢さん方盛り上がってますねー。俺の話題はやめろってガードマンでも執事でも何でもいいよ。」
「執事かぁ。似合うかも!」
「でしょー!」
俺の声聞こえてねぇな。きゃいきゃい楽しそうだな。…華かわいい。
「…おまえら遅い。」
「ごめーん。キヨ機嫌悪くない?」
「荒城、こっちのテンションまで下げないでね。」
「あぁ。」
いつものチャラさがない上に、俺と目線合わせねぇ。やっぱ雪とキヨのコトか?
「華ちゃん行こっか!」
「えっ?未来ちゃん待って!」
桜が俺たちの様子を見て先に行った。
「幹也。」
「キヨ待てよ。」
「オレ嫌われたぁ!」
いきなりキヨがしがみついてきた。俺の体は華のモノなのに、なんてな。
「はいはい。とにかく落ち着け。」
「雪ちゃんからの電話オレが出ちまって、ちょっと冷たい対応したんだ。」
「なんだと!」
「悪かったって。マジで殴るなよ?そんでキヨが雪ちゃんの様子がおかしいって。兄貴とは絶交だ。ってぇ!」
マジ泣きしたよ。つか早く海で華と海辺を走りてぇのに、何で男の涙をティッシュでふいてんだ俺。
「まぁ。100%お前が悪くて雪が一番可哀想だけどよ、二人を試すチャンスじゃねぇか?」
「わぁ。幹也かなり悪人面!だよな。あんくらいでダメになるなら、付き合う意味ゼロだな!」
「うっせ。顔が悪いのは元々だよ。って訳で早く行こうぜ!」
「みっきー待てよ!」
二人は少し前で待ってくれてた。
「仲直りした?」
「未来ー!ありがとな!大好き!」
おいおい。公衆の面前でキスすんなよ。
「いいなぁ。」
「華!?」
「なんちゃって。」
俺は建物の影に、華を引っ張った。
「みきや?」
「しっ。俺はここが精一杯。」
優しくキスをした。
「みきや…だいすき。」
「俺は、すっげぇ好き。」
もう一度キスをしようとした時。
「電車間に合わないよお二人さん。」
キヨに見つかった。
電車の中は混みまくってた。華が痴漢に合わない様に、座らせて俺は正面に立った。キヨも同じ事をしていて、いきなりダメ出しされた。
「みっきー全然ダメだね。」
「何だよいきなり。」
耳元で、『キスの仕方がなってない』とかほざいて来た。
「うっせぇ。自己流だからしょうがないだろ。」
「何事も勉強だよ。チミ!」
「歴史の河田のマネだろ。」
「あはは!キヨ似てるよね。」
「へぇ。荒城って特技があるんだ。」
「舞原ちゃんそりゃないぜ!」
…華も下手くそって思ってたらどうしよう。華と目が合った。ニコッと微笑む彼女。ヤベっ、唇に目が行く。
「みきや、着いたよ。」
「エロヤ行くぜ!」
「キヨに言われたくねぇよ!」
海が見えた。他の三人には電車で見えたって笑われたけど。それどころじゃなくて、水着になる自信無くなってきた。これはキヨの策略だな。
「人多いな。」
熱気がむあっとくる。海辺走れねぇ!
「じゃあ、着替えてからここでね。」
「おう。」
「未来ー!ちゃんとTシャツ着るんだぞ!」
「どうしよっかなぁ。」
隣でまだラブラブしてる二人。俺もさっさと水着に着替える事にした。
「…極端すぎる。」
俺は、色が地味な水着と、新品の水着とにらめっこしていた。
「幹也こっちにしろよ。俺といれば地味に見えるぜ!」
「キヨはキャラ的にいいんだよ。」
「男は女の子待たせたらダメって言うだろ。早く脱げ!」
「やめろって!自分で脱ぐから。」
せっかくだし。俺は派手なのにした。待ち合わせ場所には、まだ二人は来てない。
「オレの未来がナンパされてるかも。」
「大丈夫だよ。二人ともしっかりしてるだろ。」
二人が走って来た。
「ごめん!遅くなっちゃった。」
「未来ちゃん最高!ってTシャツは?オレの来てなさい。」
「みきや、変じゃない?」
水色の水着は、色白の華によく似合ってた。しかし、透けねぇかな。めっさ心配。
「みきや聞いてる?」
「か…わいい。抱いて寝たい!」
「私だきまくら?ひどい。」
そういう意味じゃないのに、ほっぺたを膨らまして可愛い。
「って二人がいない!」
「せっかくだから泳ご?」
「あっちで泳ごうぜ?」
「うん。」
手を繋ぐだけなのに、いつも以上にドキドキした。お互いいつもより素肌が近いからだ。
少し離れた場所に来た。襲うとか思ってないからな。
「岩影涼しいねー。」
「そうだな。泳ごうか?」
立ち上がろうとしたら、手をつかまれた。
「しばらく、こうしてよう。」
華は腕を絡めた。ふわっと柔らかい胸が当たる。ザザン、と海の音と、少し離れたところから人の騒がしい声が聞こえてくる。
「このまま時間をとめようか?」
「あはっ。そんなこと出来るの?」
華を抱きしめた。いつもより肌を感じられた。
「こうしてたら、時間が止まったみたいだろ。」
「うん。」
心臓の音が重なる。
俺は離した。
「よし。競争しようぜ!」
「うん。私泳ぎには自信あるんだからね。」
海に来て良かった。海の水は当たり前にしょっぱくて、俺の心の青くささの様に感じた。
前を泳ぐ華は…ヤバい下心がムラムラきた。
「やった!いっちばーん。って、みきや鼻血大丈夫?」
「鼻血?うわぁ!俺初めて鼻血出した。スゲー。」
「感動しないで早くこっちに…」
むにっ。
夏の熱気が俺を狂わせた。ヤバい。暑い、熱い、アツイ!!
「大丈夫だから!ちょっ、俺自分でできるからはなれて!」
「みきや?」
その後、しばらく…ある場合にこもったらしい。キヨにはひやかされ、桜に怒られ、華には心配され散々な1日だった。
光の言う邪魔者は、俺の欲望だったのか。