ポチとの関係
ポチに今まで全然気付かなかったけど、男女問わずに人気だった。マサって名前らしいけど、私にはポチの方がしっくりきた。ポチって呼んでも怒らないし、むしろ喜んでるみたいに見えた。
一緒にいるだけで癒されるって初めてだった。
「オレがポチなら、雪先輩はご主人様っすか?」
敬語が崩れてきた頃ポチが聞いてきた。
「なんか、違うよ。私ポチをリードで繋ぎたくないし。たまに公園で野良犬を世話する気まぐれな女の子かな。」
「…噂通りの小悪魔っすね。」
「ポチはさ、色んな場所に連れてって嫌なこと忘れさせてくれてるんでしょ?」
「樹先輩と早く仲直りして欲しいだけですよ。ベストカップルでしたから。」
「いいの?ご主人様とられちゃうよ。」
「いいわけ…ねぇだろ。」
いきなりポチの声のトーンが下がった。冗談だったのに。
「マサ?」
「オレ、最初は雪先輩と、話せるだけで嬉しかった。頼りないオレに相談してくれて、いい後輩になれただけで十分だって自分に言い聞かせてた。」
「やだ。それ以上は言わないで!」
「耳ふさがないで下さいよ。オレなら先輩を大切にします。本当はずっと好きでした。」
私の服が派手になったのも、マサの服が派手で可愛いから。だんだんと合わせてる自分がいた。最初はマサに逃げてるだけだったのに、一番落ち着ける存在になってた。
「やめてよ。」
「ちゃんと、樹先輩と話し合って下さい。今の忘れて下さい。オレの初告白だったんすけどね。」
マサは、タイミング外したかぁなんて苦笑いしてる。どうしよう。嬉しかったのに、樹くんとまだ付き合ってるんだから。
「ちょっと待って。」
「雪先輩?」
「私、マサのこと好きだよ。だけど、樹くんとちゃんと決着つけてからでいい?」
「はい!」
「時間かかると思うよ?」
「待ちます!」
「私性格悪いかもよ?」
「知ってます!」
「ちょっとぉ。」
抱きつきたい衝動を抑えた。ポチからマサって呼んだ日。私たちの距離は近づいた。
夕方の図書館。窓際に彼はいる。ただのクラスメートの樹くんと初めてしゃべった場所だった。
「樹くん。」
「距離を置こうって言ったよね。」
樹くんはノートから目線を離さずに答えた。
「距離を置くっていつまで?私から逃げたいだけでしょ?」
「僕は、雪から話しかけてくれるの待ってたよ。」
「なにそれ。」
「僕は信じてた。やっぱり雪は」
「信じられないって言ったのそっちでしょ!」
周りの人に睨まれた。図書館って忘れて大きな声を出しちゃった。
「出ようか。」
「ごめん。」
夕暮れの川辺におりた。川に夕日が反射して綺麗だけど、あと少しで太陽とさよならなんだと思うと切ない気がした。
「本当は雪の顔を見た時、気づいてたんだ。別れを言いに来たんだって。」
「…樹くん。」
「ほら、いつまでたっても僕は『樹くん』だろ?樹って呼んでくれない。」
「それとこれは違うよ。」
「違わないよ。僕は受験に集中するよ。だから、マサと仲良くな。」
「雪せんぱーい!」
土手の上でマサが両手を振っていた。おあずけ…が待てなかったんだ。
「あとちょっとだからそこで待ってて!」
「嫌です!待てませーん!」
「ははっ。雪にはちょうど良いかもね。あのくらいが。」
「ちょっとどういう意味よ。」
「大好きだったよ。」
私の頬にキスを落として樹くんは土手を上がった。
「樹先輩!今雪先輩にちゅうしましたね!」
「さよならのキスだよ。」
「唇にしてませんでした?」
「さぁな。」
ちょっと女の子置いて先に帰らないでよね。
「待ってよ!」
「おら。マサちゃんと送れよ。」
「言われなくても分かってます。さようなら。」
「お前今馬鹿にしただろ!」
「雪先輩!今すぐ消毒しましょう!」
「おあずけできなかったからだーめ。」
「マジっすかぁ!」
お兄ちゃんにはまだ言えない。可愛いすぎる私の新しい恋人。
家に帰ると、お兄ちゃんが仁王立ちしてた。光ちゃんがその後ろで腕組みして壁にもたれかかっていた。これは二重に怒られるな。
「どこ行ってた?」
「友達のお家。」
「じゃあ、樹んちだね?」
「違うよ。光ちゃんまでどうしたの?」
2対1はずるいよね。
「雪が俺たちに冷たいんじゃねぇか。」
「そうだよ。幹也くんにならまだしも、僕にまで。」
「ちょっと!二人とも子供すぎ!引きずらないの!」
「その匂い。僕がマサにあげたねと同じ匂いだ。」
「へぇ。偶然か?」
「光ちゃんの嗅覚犬なみだね。」
「あれ?まさか図星だった?あの香水、今人気だから色んな人がしてるはずなのにね。」
「名探偵ヒカル出た!」
「分かったよ。今度家に連れてくるから。私、お風呂入りたいから。」
「ゆきー。あんな犬やめとけ。」
「だから、マサが雪のこと聞いてきたのか。」
「光って、恋愛にはやたら疎いよな。」
「確かに、自分以外の恋には興味ないから、すぐ忘れるよ。」
私は、お兄ちゃんと光ちゃんの雑談が聞こえる中、部屋に向かった。
マサからメールが届いていて、デートの誘いを遠回しにしていて可愛い。メール返したら電話が来そう。
私はベッドの上で飛び跳ねた。
『うるさい』ってお父さんに怒られたのは言うまでもない。
「雪ー。マサなんて頼りないだろ?」
「お兄ちゃんしつこい!」
「僕が前より遥かに男らしくしたはず。」
「光何したんだよ。」
早く電話したいのに。二人が邪魔する。
「キヨはなんて言うだろうな。」
「キヨさんが何で?」
「マサはキヨの弟だからだよ!」
「しかも、極度のブラコーンだよね。」
「発音おかしいよ。お兄ちゃん何ウケてんの!」
「ぶ、ブラコーンってお前!ぶははっ!」
お兄ちゃんのツボは謎すぎる。キヨさんとは仲良いし大丈夫だよね。
お兄ちゃんと光ちゃんが私の部屋を出てから、私は電話した。
《もしもし。》
「あれ?キヨさん?」
《雪ちゃんか。ウチのマサと知り合いだっけ?》
ガタッと音がした。
《すいません。今風呂入ってて、兄貴いつも勝手に電話出るんスよ。》
「そうなんだ。」
心無しかキヨさんいつもより冷たかった様な。
《兄貴早く出てけよ!本当にウチの兄貴迷惑なんスよね。》
「なんか、びっくりしちゃった。ごめんもう寝るね。オヤスミ。」
《あ!雪せ》
ブチッと切ってしまった。いくらお兄ちゃんでも電話に出ないよ。
…付き合って当日、ちょっと不安になる私だった。