おとぎ話
「お会計、五千百円です。」
「はい。」
「ちょうどですね。」
近くの本屋さんで、エッチな漫画大人買いしちゃった。全部樹に取られたからってのは2割で、8割はストレス発散。買う時のスリルが癖になる。
初めて読んだ時、体がずくんって熱くなった。でも、今は読んでも、読んでも何も感じない。
エッチな漫画を見るよりより、みきやと一緒にいたい。比べられないほどのときめき。キスするだけで心臓がとまるかと思った。有野先生の話を思い出した。
「華がエロ漫画読むのは寂しいからだろ?」
「寂しい?」
「そう。人は孤独を感じれば肌を寄せ合う。相手がいないから漫画ってワケ。」
「セクハラオヤジ。」
「ガーキ。」
寂しいって、ぽっかり心に穴をあいた様な感じ。その心を埋めるために、漫画を買ったのかも知れない。
携帯を見るのも辛い時とか、わざとリビングに置いて漫画読むの。現実逃避ってずるだけど、私なりの心のクッションだから必要なんだ。
むかーしむかし。鈍感な王子様がいました。王子様は、他の国のお姫様たちからアプローチされても気付かず、王様とお妃様は心配していました。
しかし、王子様には誰も知らない秘密があったのです。それは、使用人の娘に恋をしていることでした。そうです。王子様は本当は、他のお姫様の気持ちに気付いていたのです。気付かないふりをして、遠ざけていました。
両想いになれたのですが、現実は甘くなくお妃様に見つかり使用人の娘は辞めさせられまし…。
「ばかみたい。」
シャーペンを置いた。こういう場合、使用人が綺麗になってハッピーエンド。使用人の娘=元カノ。合宿終わってるはずなのに、会いに来てくれない。宿題はむなしくどんどん減っていく。
漫画の残りは宿題終わってから読むことにした。
「姉ちゃん携帯忘れてるよー。」
「げーんちゃん。実入っていいか聞いてから開けるって約束でしょ。…ありがとう。携帯そこにおいといて。」
「ぼくも早く欲しいなぁ。黒の携帯にするんだ。」
「…無い方がいい時もあるよ。」
「ぼくにはまだ分かんないなぁ。だって持って無いもん。」
弦から見れば贅沢な悩みか。携帯をスライドさせた。未来ちゃんから着信有り。
「姉ちゃん。後で、マカロン作ってね。」
部屋から出て行く弦ちゃん。電話かけるって分かったみたい。さすが私の弟。
《はぁい。》
「ごめんちょっと手が離せなくて。本当は宿題してたんだけどね。」
《こらぁ。海どうする?》
「今ちょっとケンカ中なの。実は、みきやの合宿の時ケンカしちゃってさ。」
《えっ!応援がどうやったらケンカになるの?今から会おう!》
「今から?良いよー。」
クレープ屋さんで待ち合わせ。暑いからノースリーブの淡いピンクのワンピースを着た。
「お待たせー。そのワンピ可愛いね。」
「未来ちゃんの胸元のリボンすごいカワイイ。」
「って、本題に入るね。ケンカってどゆこと?」
大まかに話した。『空手に集中したい』って言われたこととか。
「それはヒドイね。」
「うん。」
「でも、たまに男らしいよねよっしー。」
うっとりする未来ちゃん。
「未来ちゃんみきやは私の彼だからね。」
「あはは。冗談だって。でも、意見はっきり伝える人嫌いじゃないかなー。」
未来ちゃんは、私より長くみきやと一緒にいたんだ。それが友達としてだとしてでも、まだ私が知らないみきやを知ってる。ちょこっと妬けるかも。
「私がキヨとケンカするのは、いつもキヨは『いいよいいよ』って私を甘やかすでしょ。それで、だんだんとエスカレートするから我慢するキヨがキレるってパターン。まぁ、私が気持ち確認するために、オーバーな甘え方するのが悪いんだけどね?」
美味しそうにイチゴを頬張る未来ちゃん。付き合いが長いとケンカにもパターンがあるんだ。
「あ、そのチョコちょうだい?」
「いいよー。」
マジだ。私自然に『いいよ』って言ってる。恐るべし甘え上手!
「えっちした?」
「はっ?はいー?」
「せっくす。」
バナナを食べながら言って欲しくなかった。
「まだだよ。」
「体で繋ぎとめるってのも悪くないかもよ?」
怪しげに笑う未来ちゃん。
「んー例えば、まずは指を絡めて、足を絡めてー。」
「ストップ!ストーップ!まだ昼間です。姉さん。」
「唇を絡めて、」
「私、知識はあるから大丈夫だよ。」
「初めてかぁ。個人差はあるよー。」
食欲失せてきた。プラス未来ちゃんがセクシーに見えてきた。荒城はこの罠にかかったんだね。
「なんて、体の繋がりなんてすぐに終わるよ。だから、華ちゃんはゆっくり、よっしーに任せてね。」
未来ちゃんは一瞬泣き出すかと思った。皆、濃い恋愛してるなぁ。私には、まだまだ経験不足で、不謹慎だけどちょっと憧れちゃう。
未来ちゃんの携帯が鳴った。今ヒット中の恋愛映画の主題歌。私は歌手の甘ったるい声が苦手。
「キヨからだ。メールだから大丈夫。」
「荒城って意外と束縛激しいんだね。」
「ううん。私が縛るんだよー。」
「シバル?」
「そ。し・ば・る。私の部屋ではキヨを縛ると安心するの。どこにも行かないって信じられる。」
どうしよう。話がヤバいよね。縛るって…えすえむ的な?監禁して安心?いやいやいや、目の前の美人さんが危ない事をするワケないじゃん、ねぇ?
「あの人見たー?豚のTシャツ着てたよね。」
何か女王様みたいに見えるのは気のせい…だよね。私の漫画趣味なんてまだカワイイ。
「縛るって詳しくは分かんないけど、繋ぎとめたい気持ちは分かるよ。」
「教えてあげようか?」
「遠慮するよ。私の場合、赤い糸をお互いの小指に結びたいなー。」
「なんてっ!純粋なの!」
体を繋げても純粋な人は純粋だと思う。未来ちゃんは純粋過ぎて、荒城への気持ちがそうなっただけなんだよね。
カラオケに行く途中、未来ちゃんはナンパされまくってたけど、断り慣れてた。あのマシンガントークをかわせてたのが、とにかくすごかった。
「カラオケ次は四人で来ようね。」
「うん。」
まずは、みきやくんと仲直りしなきゃね。