ヒカルノヒカリ
俺に気付いた華は、目を見開いていた。これでBGM流れたら、月9っぽい。華は完全に偶然だと思ってる。
現実は違うよ。俺は汗臭い白い軍団の最後尾で、走ってた。ふいに横を車が通った。俺は残念なコトに動体視力がいいから、華と有野の楽しそうな顔まで見えたんだなこれが。
車が、華の家の方向に走ってたから、細い道から先回りした。それだけの話。
それを物語るように、俺は今、空手部のシャツに道着の下を着ている。勝手に練習抜けて来たわけで、時間がない。
「華。」
「みきや、合宿は?」
「抜けて来た。さっきのどういうこと?」
「違うの。ただパフェおごってもらっただけだよ。」
華の必死な表情を見てるのが辛い。
「違う?『ラフすぎる格好だな。朝帰りだったのかよ?』とかまだ聞いてねぇよな。華の言う『違う』はなんだよ!」
「…浮気してないもん。みきやがキスマークつけてた時も、浮気してたって分かった時も私、何も言わなかったじゃない。なのに、みきやが浮気してない私に怒る筋合いない。」
「俺、一年に一回記憶がない日があるんだよ。だから、わざと浮気したワケじゃない。彼女にヤキモチやいちゃ悪いかよ!」
「また、私に秘密だったんだね。その時説明してくれなきゃ分かんないよ。私不安だったのに。みきやのそれは本当にヤキモチなのかな?」
「男が、んなペラペラ自分のコトしゃべれるかよ。もう時間ねぇから、合宿終わってからまた話そう。」
「嘘つき。」
「ぁあ?」
「頑張ってね!」
笑顔で手を降る華。俺がどんな想いで、列から抜けて来たと思ってんだか。あー、練習戻りたくねぇ。また筋トレからだ。
道場に向かう途中の道路脇に、青い車が停まっていた。見覚えのある車。俺が近づくと、中から人が出てきた。
「道場まで、送るよ。どうせ、オレと華を見て追いかけたんだろ。」
「こっち風下なんで、タバコ吸わないでクダサイ。先生には関係ないデス。自分で走れマスから。」
「その敬語、ナメてんの?オレが小山先生にフォローしてあげようと思ったけど、必要ないみたいだな。」
「うわっ。うわうわ。乗ります!お願いしまーす!」
「どーぞ。…ったく単細胞ザル。」
「わー、綺麗にしてますね。」
ちっ。今は筋トレより打倒勇人。有野でも何でも利用できるモンは利用しよう。
「夕べ華から電話があった。」
「はぁ?」
「おい、敬語で話せ。敬語で。まぁまぁ落ち着け。オレは電話した理由を何も聞いてない。」
メガネを中指で押し上げた。中指とか…ありえない。女子は『キャー』とか言ってたけど。よく分かんねぇなぁ。オレには、怪しい合図にしか見えねぇ。
「良かったっスねぇ。俺の彼女から電話貰えて。次はありませんから。」
「ははっ。そうムキになるなよ。言いたいのは電話の話じゃなくて、俺が華に告白したって話。」
え。今、さらりと問題発言をしやがったよな。
「先生が華に告った?ふざけんな!」
「もうすぐで着く。」
「話変えないで下さい。」
「だから、オレが小山先生にお前のコトをフォローするのは、華に告白したのが1ミリくらい悪いと思ったからだろ。成績は良いのに頭悪いな。」
鼻で笑われた。だから、一々俺にライバル宣言しろっていつ言った?裏で動かれても分かんねぇし。正面から邪魔されても大迷惑。
結局、筋トレしなくてすんだ。有野がどういう言い訳を小山にしてくれたか謎だけど、信頼されてるコトは明らかだった。
そして合宿最終日。
「吉井の勝ちー。」
やっと、勇人に勝てた。
「言っておくけど、一度も吉井に勝ってねぇからな。」
「俺の中では、相討ちも負けに入んの。」
俺たちは握手しながら笑い合った。今日で合宿も終わる。帰って早くベッドにもぐりたい。
「吉井ー。ちょっと来い。」
「はい!」
部長に呼ばれた。
「脱水症状はもう大丈夫か?」
有野…そういう理由にしたのか。意外と下手だな。
「大丈夫です。」
「なら、明日からの朝練も出れるな?」
「朝練?」
「6時からだ。もし遅刻したら、この前の2倍だからな。」
こうして無事、合宿を終えたモノの明日から朝練が待っているのだった。
全身筋肉痛だ。後ろからチャリが来た。
「幹也君…。乗る?」
「光ー。お前やっぱ天使だったんだな!」
俺はチャリの後ろに乗った。歩くよりマシ。
「僕は悪魔がいいな。なんてね。とばすよ!」
「ちょっ!フラフラするな。危ないだろが。」
「なら、振り落とすよ?」
「こっち見んな!前見ろ!ブレーキ!」
キキッと急ブレーキが体にくる。やっぱ歩いた方が遥かにマシだ。コイツの運転、まるでパラリラバイク。
「パラリラバイクとは、バイクでくねくね走るテクニックの事。」
「光?わざとだろ。」
「僕、せっかく本屋のついでに迎えに来てあげたのに、そんなコト言うんだ?ほぉーへぇー。」
「だから前見て運転しろー!」
ある意味、合宿より神経使う。いや、命すり減るぜ。…5年は縮んだ。
「目的地に到着しました。お代は、そうだなぁ…。」
「ふざけ!色んな意味で助かった…。オヤスミー。俺は寝る。」
「まだ昼間だよ。」
サッと、風呂に入ってから、ようやくベッドに入った。
今は、ゆっくり眠ろう。頭も体も疲れた。誰かが部屋に入ってきた気がしたけど、瞼の重さには負けた。
目が覚めると窓の外は真っ暗で、パソコンの明かりだけがついていた。
光のヤツ付けっぱなかよ。
俺は、だるい体に鞭をうち起き上がった。パソコンに近づくと何か文が打っていた。
「吉井幹也様へ?なんだコレ。」
内容を読むと、心が熱くなった。最後までたどり着かないのに光だって分かった。俺のコト、雪のコト。あの事故は光が押そうと考える前に、雪が滑った真実。
最後に、県外の高校に行くコト。
「意味分かんねぇよ。なんで?」
「幹也君。言えないコトを全部文章にしたんだ。」
いつの間にか後ろに光がいた。
「なんで県外の高校?」
「僕、これ以上一緒にいる自信ないんだ。」
「…。」
「休みとか帰ってくるから。…泣くなよ。」
「…ちげーよ!バーカ!」
「返事は、僕の卒業までにちょうだい。じゃ。」
吉井幹也様へ
僕は、幹也君にずっと言えなかった事が沢山あります。まずは、幹也君に本当は憧れてた事。ピータパンって言われてた時、ジャングルジムから落ちて骨折したよね。その時、病院の先生に「骨が丈夫じゃないから折れた」って言われてから、空手をやりだした。
最初は、細い幹也君が空手なんてムリだと思った。でも、どんどん色んなメダルやトロフィーをもらってるの見て、僕も何かやろうと思ったんだ。僕は、バスケだけど。
雪の事が一番言いたい。僕は、幹也君の弟になりたかった。雪がうらやましくて、ずっとどこかでひがんでたんだ。あの日、二階の屋根で遊んでて、雪を落とそうと一瞬思った。その時、雪が足を滑らせた。本当は、突き落としてなんかない。
ただ、助けようと思えなかった。手を伸ばせない僕がいた。だから、天使って呼ばれるのも苦しかった。
僕はもう、二人と一緒にはいられないんだ。悪魔だからね。だから県外の全寮制高校に行く事にした。バスケ推薦とれそうだし。
僕は、二人とも大好きだよ。だから、しばらく離れる事にした。
水田光
光に対してどんな返事をすればいいんだろう。俺に執着してたのは、気付いてた。俺は弟みたいに思ってた。雪が落ちた時、真っ先に光のせいにして、責任を押し付けたんだ。
俺と雪といるのが、辛いなら止めない。このまま、もとには戻れない気がしてたまらないんだよ。雪にも相談しようか?
これは3人の問題。
文じゃない、話し合いで解決したい。