彼との距離と先生の告白
みきやは、トイレに行くと言ったきり帰って来ない。小山先生にマネの先輩が見て来いと言われてたけど、忙しそうだから私が見てくるコトになった。
道場を出てすぐの階段に、みきやは座っていた。膝を抱えて、頭も丸めていて表情が見えない。
「みきや。練習戻らなきゃ。」
私は隣に座った。
「…あのさ。しばらく空手に集中したいんだ。だから、練習見にきてもらって悪いんだけど…ごめん。」
「私がいたら気が散るってコトだよね。分かった。」
そんなの変だよ!なんで応援しちゃいけないの?私邪魔?って言いたい。目も合わせてくれないのは、何言っても【みきやの心】は固まってるって意味。
「ふう。帰ろう。」
帰って久しぶりに、エロカワな少女漫画読もう。自分に重ねて妄想して、現実逃避。これじゃ、前と変わらない。
「ただいま。」
「姉貴おかえり!今日新発売のお菓子買ってきたんだ!」
相変わらず尻尾をふる犬…顔は猫の様な弟の樹。その後ろから、てくてく歩いてきたのが弦。
「今はいいや。」
二人の弟をよしよしする余裕もない。
「ストップ!部屋に閉じこもったら、この漫画全部焼いて捨てるからね。」
「ちょっと『勝手にお姉ちゃんの部屋入らない』って約束したでしょ?」
「ぼく姉ちゃんが暗いの嫌だ。」
「…弦ちゃん。あぁ!可愛い。」
小学生の弦ちゃんを抱きしめた。私はブラコンではない…と思う。結局、弟たちに負けて、3人でお茶会をすることになりました。
「姉貴、またあの男と何かあった?まさか…手ぇ出されたりしてないよな!」
「そんなに身を乗り出さないで。べっつに、普通だよ。」
「姉ちゃん嘘ついてるね。目が泳いでるもん。」
「げーんちゃん。何を言ってるのかな?」
「そん時は僕が殴り込みにいくから。」
何だかんだで、弟たちは励ましてくれてるみたい。表現が不器用だけどね。夏休みだし、学校がないから離れてても意外と平気かも。
「お姉ちゃんがクッキー焼いてあげる。」
「僕チョコチップクッキー!」
「ぼく、バニラ!」
「あはっ!いつも同じじゃん。」
出来たクッキーは、ちょっと焦げてていつもよりほろ苦い味がした。
「姉ちゃん?」
「やだ!苦いから。」
「泣きたきゃなけばいいんじゃない?」
恋は人を弱くするのかな。なんか涙腺が緩みっぱなしな気がする。恋愛ドラマとかで、ウジウジしすぎとか思ったけどこんなもんなんだね。
「姉貴にあの男は合わないよ。僕も彼女とは保留中なんだ。」
最後のクッキーを頬張りながら樹がつぶやいた。私は何も言えなかった。
今は、みきやを肯定も否定もできないから。
「姉ちゃんココアおかわり!」
「チビ、自分でつげるだろ!」
「チビじゃないし。兄ちゃんとあんまり変わらないよ。」
「はいはい。二人ともケンカはやめよう。弦ちゃんついだげるよ。」
このまま大きくなって欲しくないかも。二人を見てちょっとだけ、心が軽くなった気がする。
自分の部屋に戻ると、眠気が襲ってきた。お布団を敷いて眠りについた。
「吉井くんと同じクラスだー。」
「荒城くんも一緒だよ。ラッキー!」
クラス表を見ていると、女の子が私の隣でキャーキャー騒いでいた。
みきやの第一印象は…。
「ちょっ、どいて後ろ詰まってるから。」
思いやりのある人。周りをよく見てるなぁって感じた。空気読むのって意外と難しい。
それから、みきやを目で追ってた。私はキモオタクって言われてるって気づいてたし、みきやは悪口をあまり言わない人だから、アルイミ特別に思ってくれてるかもなんて、期待したりしてた。
ある放課後、現国の有野先生に、エロ漫画読んでるのがバレて初めてキスされた。好きな人以外だから、気持ち悪くて、しばらく無視し続けた。先生を無視って今思うと、スゴいよね。
で、先生が『お詫びに吉井と両想いになる方法教えてやるよ』なんて、全部見透かされてるみたいなコトを言われた。
「両想いになるには、自分の長所をいかす作戦を3つ実行しろ。」
「何かスパイ映画みたいだね。」
「例えば、綺麗な黒髪をかきあげたり、唇を際だたせる口紅を塗るとか、見た目からだな。」
「先生がメイクしていいなんて言っていいんですか?」
はる兄…もう有野先生だね。有野先生との時間は楽しかった。
「もし、華と吉井が上手くいったらここへは来るな。俺を有野先生と呼べ。そして、このことは忘れろ。」
みきやと上手くいかなかったら、今も先生の隣で笑ってたかな。
目が覚めて、長い夢を見た気がした。夏休みまだまだこれから。みきやから電話があるかも知れない。
私はもう、片思いには戻りたくない。
みきやと両想いになれたのは、私だけの努力じゃないから。
時計を見ると夜中の1時。癖で携帯のはる兄からの着信履歴を見ていた。もう2ヶ月前の履歴。前は、はる兄の履歴で埋まってたのに。
この時間なら、ワンコールで出てくれる。
私の中で、いけない考えが駆け巡る。うまくいってないから、話聞いてくれるかな。
私は通話ボタンをプッシュした。
トルル…。
《…もしもし。どうした。》
「なんでもない。間違えてかけちゃっただけ。切るね。」
《華の声ふるえてる。話くらい、いくらでも聞くから落ち着いて話せ。》
あぁ。どうしてこの人には、かなわないんだろう。
「はる兄。また会いたいよう。」
《バカ!彼氏いんだろ。この電話だって、オレが吉井なら嫌なんだぞ。》
「うん。私魅力ないよね。」
《ガキは元気ならいいんじゃねーか?ぴちぴちだしな。》
はる兄の声がかすれてる。寝起きって分かった。
「ぴちぴちってオジサンみたい。」
《あぁ。オッサンだよ。あと、もしオレと二人で会うんなら、正式なお付き合いじゃないとダメだからな。じゃ、オヤスミ。》
ブチッと耳元で電話が途切れた。今のは、告白?話聞いてくれるって言ってくれたのに、何であんなコトを言ったんだろ。
きっと、自分で考えろってことだよね。
はる兄の声が熱っぽかったのはきっと気のせい。寝起きだから、はる兄って呼んじゃった。有野先生って呼ぶのにやっと慣れてたのに、さっき見た夢のせいだよね。
鏡台の前に置いてるハートの箱。私は開けた。そこには、リボンとハートのデザインのブレスレット。初デートの時、みきやがくれた。
もったいなくて、なかなかつけられなくて、『ダサかった?』って誤解された。
今さらつけても、意味ないね。
みきや、今寝てるかな。合宿で頑張りすぎなきゃいいな。
その時、携帯が鳴った。ディスプレイに公衆電話からと表示されてる。
「…はい。」
《俺…だけど。今、ランニングしてたら公衆電話見つけて。》
「うん。」
《ちょっと言い過ぎた。俺、勇人に負けそうだったのが悔しくて、あん時自分のコトしか考えられなくて。》
みきやのあふれる想いが伝わってくる。
「今、夜中だよ?走ってる…って明日も練習あるんでしょ?」
《俺、考え事とかあると走るんだ。華が俺のせいで眠れないかと思ってさ。》
「…。」
《ちょっ、そこツッコむトコだろ。俺、ただのナルシストみたいじゃん。》
「もっ…ムリだと思った。私、ウザいのかなぁって!」
チャリンとお金を追加する音がした。
《そんなふうに思ったら、電話しねぇよ。合宿終わったら会いに行く。》
私が答える前に、電話が切れた。最後ちょっとぶっきらぼうだった。みきやも私のコト考えてくれてたんだ。
ブレスレットしたのが、伝わったのかな。なんてブレスレットにキスして飛び跳ねた。
「姉貴ードスドスうるさい。」
隣の樹に怒られた。急いで、布団にもぐって目をつぶる。初めてみきやを好きって気付いて、話した夜みたいに心臓がトクトクいって熱い。
今夜は眠れそうにない。
ドタドタと足音が近づいきた。スパンと襖を開ける音がする。
「姉ちゃん!朝ご飯作ってー!」
「姉貴ー!僕イタリアン スパゲッティがいい!」
部屋に飛び込んで来たのは、弟二人。
「あー、お姉ちゃん寝不足だから、声おとして。お母さんが作り置きしてくれてるよね。」
「兄ちゃんが全部食べたんだよ!」
「かわいこぶりやがって。弦のが肉、食ってただろが!」
「いたいーいたいー!」
樹が弦の髪引っ張ってます。
「そういや、【無表情でメガネで、髪ハリネズミなのに、姉貴にデレデレのオッサン】が『車で待ってる』とかほざいてた。」
「兄ちゃん、何かの番組みたい。」
「え、今待ってるの?」
「気のせいだったかも。なー弦?」
「なんで、ぼくをつまむの?いたいー!」
どうしよう。どう考えても、有野先生だよね。今、9時?夏休みなのにー。
二人を押し倒して、ラフな格好に着替えた。TシャツにGパン。
家の門を潜ると、先生がタバコ吸ってた。吸い殻が足元に散らばってる。
「先生!どうしたの?」
「夕べ ラブコールくれただろ?乗れ。」「ちょっと待って。もうみきやと仲直りしちゃったって言うか。」
私の腕をひき、車の助手席にのせた。
「抵抗しねーんだ?」
「夕べは悪かったし。お茶ならおごられてあげる!」
デコピンされた。
「そうそう。舞原は生意気じゃなきゃな。」
くしゃっと笑う先生。今日まで。今日までだから許して。
ちょっとレトロな茶店。いつもチョコパフェを頼んでくれる。
「昨日ちょっと酔ってて、電話の内容あんま覚えて無いんだけど、変なコト言わなかったか?」
「変なコト言ってたよ。ちょっとキザだった。」
「やっぱり。」
「本気じゃなくて良かったぁ。びっくりしたんだよ私。」
ちょうど、パフェとコーヒーが来た。
「オレ、好きって言ったんだ?」
「ううん。正式な付き合いがどったらって。」
「へぇ。で、華はあの時少しは揺らいだワケか。」
先生の様子がおかしい。目が真剣で、射抜かれそう。金縛りにあったようにただ先生を見ていた。
「図星?気づいてたんだろ、二人で話した日からオレがお前に惚れてんの。」
「違う。そんなこと。」
「ない?オレはいつでも華のコトを受け止められるから。今は、その時じゃない。」
「なに考えてるか分かんないよ。協力してくれたり、好きとか言ったり。」
「じゃあなんで、オレに電話かけたの?」
「え?」
「会いたいって言ったんだ?」
「覚えてるの?」
「さぁな。まぁ、あんまり気にすんな!」
先生の表情から分かったのは、自信満々なこと。その店をでて、すぐに家に送ってくれた。
「じゃあ、夏休み楽しめよ。」
「うん。」
ドアを閉めて、門に誰かが立ってるコトに気付いた。
「華。」
この声は、愛しいあの人。