路地、騙り手、外殻にて。
ここは地下世界、私…打首塚がいつも挙げている『地下』である。
生き 働き 時に手を結び 時に裏切られ殺し殺され 死に、蘇る。
凡その人間が地上で経験する常識と地下だけでしかありえない常識を
ここで私は何度となく経験してきた。
現代に実在し余人が触れられる、恐らく最後の異界。
存在を知り、実際に足を踏み入れられる人間が
限られる外れ者の世界。死してなお血を流し力尽き、風が吹けば蘇り
再度苦痛を味わう事になるとされるかの地。
地獄という異名で呼ばる事もある土地である。
この地下世界は地表に隠され、無限に拡大を続けていく
地下空間を掘り進め形成された世界で、
いくら世界が拡大を続けるとはいえ、
土地を世界を拓く力を持つものは限られ、
数は地下空間の広がる速度に全く足りていない。
その為、開拓・建築される時を待つまでの処置として
開けた穴を維持するために、コンクリートと鉄骨で
出来た建築物群によって土砂の流れ込みを防いでいる。
円柱状に掘り進められる、地下世界の端の端。
無機質且つ整然と並べられたそれは卵の殻のように、
力持つものが内から破る日を静かに待っている。
私が訪れたのはその殻…灰色の土地。外殻地帯である。
「外殻で新興勢力の気配あり、調査せよ。」
「原則として首謀者を確保する事を
要求するが、現場判断に委ねる」
「勢力のトップはフェイキングママと称される不審人物」
「その他情報不明 現地調査員の記録を待つ」
…要約するとそんな感じの指示を受け、はるばるやってきたわけだが。
新興勢力なんて掃いて捨てるくらいにポコジャカ出るし、
名前の怪しさにツッコみたくはあるが…
そんなのが外殻で出た所でとも思うが。
わざわざ指示が出るような事態なんでしょうきっと!
という意思をもって歩みを進める。
数十パターンの建築物をランダムに形成した壁のような
路地を眺めていたところ、目の前に子供が現れた。
死んでも問題なし!土地も無限にあります!な地下世界にいる
住民の80%超は犯罪者である。(当然ながら打首塚 畜生道は犯罪者ではない。)
だいたいの場面で切迫している現代では、
罪を犯した者にかけるコストも減らしたいらしい。
飯も住処も管理もなく野放しオッケー!な場所があったらぶち込みたい!
そんな願いを一身に受け、受刑者の更生機関学校という
お題目で一部組織から援助やら認可やらを受け、
この地下世界は管理されているらしい。
地上でやらかし、こんな地下に押し込められ雑に放られるような
刑を受ける奴があふれかえっていることもあり、子供はいないはずである。
なのにいるのは何故か。その理由は3パターンに分けられる。
①この地で生まれた。
男女の隔てなく人員がいる世界で、"そういった関わり"も当然生まれるため、
子が生まれることもある。もちろん申請やら出生登録やらもいるのだが…
そういった手続きが無視されるのがほとんどである。
②地上からやってきた。
最も数の少ないパターン。
地獄なんて称されるような地域に子供がいてはならない。
というのが管理側としての総意である。
が、特殊な体質や地上で暮らすには不都合のある
子供は地下での生活を提案される事がある。
要は保護である。もちろん本人や周りに保護者がいる場合には、
その同意を経てから地下へとやってくる。
①②は子供だけ、という事は少ない。①には当然家族がいるし、②には
自立を支える保護者が付いて回っている。
ではそうではない③とはなにか。
③地下で造られた。
人工生命、クローン、復元だのなんだの。
怪しい液体が詰まったガラスの中に浮かぶ…とかそういうアレである。
果たして目の前の子供が生まれた原因は誰かにとっては崇高な実験の為なのか、
玩具として弄くり倒すためだったのか。
どちらにせよこんな場所まで逃げ込まれてる以上、
管理も杜撰で扱いも雑だったと評するしかない。
こういった場所で見かける子供は転ぼう骨が折れようが、
けがの治療がされることなく、血も汚れも付着したままの
場合がほとんどなのだが。
(ご丁寧に絆創膏だのガーゼが付いてんな…)
身体のあちこちに衛生材料が付いているのを見て違和感を覚えた。
どんな目に合おうが死ねば元通りになる地下空間では、
死ぬまで傷は放置するのが通例であるというのに。
外殻のような人の行き来も少ない僻地で、強さで言えば最下級の子供が
けがの治療にコストを割くような余裕があるとは思えない。
(探りを入れる価値はありそうね。)
交戦の意思がない事を示すために、両の手を広げたまま話しかける。
「やあ幼き同輩達、まずその愉快なおもちゃを地面に置いてお話しないかい?」
果たして言葉が通じるか疑問だったが、
ずだん
銃弾という大変元気なお返事が返ってきた。わあビックリ!内心ビビったが
表情筋が動かなかったので、バレていないと信じたい。
お相手が銃に不慣れだったおかげで当たってはいないが、
撃たれたくもないので即座に駆けだす。
銃の扱いなんて知らないはずの相手から撃たれたのには驚くが、
攻撃を受けた事には驚きはない。やられるまえにやる。
例えどれだけ粗末な武器であっても、
ここに逃げ込むような孤児ならば襲いに来るだろう。
…そのような手を選ばなければ生き抜くことは出来ないのだから。
多少憂いと憐れみを向けつつ、されどこのままおとなしくやられる
お人好しでもない為、反撃へと移る。
大体あの方向からだなという壁に向けて、地面から拾った破片を投げつける。
「お前位置わかってかんな」という言外のメッセージだったが通じたらしく、
慌てた子供が飛び出してきた。御ガキ様はわかりやすくていいね!
代わりとばかりに突っ込んできたナイフを握り締めた子供を見て
(銃1 ナイフ2…ね)武器構成と人数をカウントする。
間合いも詰め切ってないのに大上段から振り下ろしてきたナイフ
…正確にはその柄に向けて、右の拳を叩きつけ小さな掌から
ナイフを弾き飛ばす。肌を裂くでもなく防がれるでもなく、
ナイフが飛んでいったという事態が飲み込めてない様子の子供を
「ハイ確保!」
適当な拘束具で、痕が付かないように気を付けながら締め上げる。
片方の子供も飛んだナイフと捕まっている
子供の間で交互に視線を向けていたので、
捕らえた子供の背を相手に向けながら近づく。
味方ごと刺し貫く意思はなかったようで
ナイフを取り上げた後にこちらも優しく確保する。
ここはとんでもなく治安が悪く、死人の一人二人程度は蚊に血を吸われた程度の
騒ぎにしかならない。…とはいえ、仕方なく戦うことはあっても
血を見るために女子供を襲う気はないからね。
戦わずに済むなら、それに越したことはない。
逃げていた拳銃の子供がこちらに狙いを付けていたため、
さっき手に入れたナイフを銃口に向かって投げつけた。
ガギュリィン!
金属が激しく擦れる嫌な音に、
子供が顔をしかめている間に再び確保した子の背を盾にしながら接近する。
「私は正義の味方じゃないからね、こういう手も使わせてもらうよ。」
怯えたまま撃てないでいた子供が持っている銃を掴み上げて
粗末な拳銃から弾倉を外して、(これ一発は装填されてるよな…)と考え、
子供の両手ごとグリップを掴み、空に銃口を向けて引き金を引いた。
ずだん
これまた元気な声が響いた。
これを聞いてほかのお仲間か子供らのボスが出てきてくれるといいのだが。
本日三度目の拘束を終え、改めて話しかける。
「必要最低限の暴力だったから勘弁してほしい。で、口を利ける子は?」
喋らない方が都合がいい主に作られたからか、
話を聞き出せる子供が一人しかおらず、
それもたどたどしかったため時間がかかったが、
いわく
自分を母親と呼ぶ人物が最近現れた。
その人物から食べ物や治療、簡単な武器の手ほどきを受けた。
今は別の場所にいるが、他にも支援を受けた子供達がいる。
対価として労働や物資を要求することはなく、ひたすらに
なにかしてほしいことはないか?
甘えたければ甘えて欲しい。と、ことあるごとに聞いてくる…
とのことだった。
途中、「母親とはなにか?」と尋ねられ、言葉に詰まった。
どういう経緯で造られたにせよ、
彼らにとって親という概念は余りにも薄い認識だ。
「…私からは説明できないけど、違うんじゃないかな。少なくともその人は。」
現状、人目のつかない場所で勢力を作っている不審人物 以上の
情報がない私の口からはそう告げるしかなった。
なるほど。親のいない子供に向かって母を自称し甲斐甲斐しく世話をしてくる…
フェイキングママの名はそこからか…
と、ひとまず事前情報の真偽を確かめていたところ、
「みんな~!ごはんの時間よ~!」
十数メートル先から声が聞こえてきた。若い女性の声。
母と称されるには幼すぎる…学生のように感じるが、
まだ視認できていない相手への警戒は緩められない。
今すぐにでも隠れて様子を窺うか、正面から会話を試みるか。
「…」
少しだけ思案し 後者を、選んだ。
現れたのは紺色に赤い線が走る一般的であろうセーラー服、
腰には大型の布製ケースを付けた長髪の若い女性が現れた。
私と並べば傍目からは学校の枠を超えた友人にでも見えるだろうか。
実際は不審人物が二人並んでるだけとはいえ。
「こんにちは!」
会話を切り出すべく話しかけた。
「あら?初めましての方…ですよね?」
良かった、会話は通じるらしい。
内心 まともに会話の通じそうな相手に喜びながら、話を進ようとする。
「今、この子らから話をあなたの聞いていたんですよ。
最近いろいろと世話してくれる人がいるって…」
和やかに話しかけつつ、子供の肩に手を置く。
いざという時の交渉材料として、あるいは相手が急変しても守れるように。
真逆の意味の二つの備えを取るべく取った一手だったが、
こちらの話に対してか、あるいは私の手…恐らくは触れられた子供が
怪訝そうな顔をしていたのを見て、
「良かったら詳しいお話を聞かせて…」
ガキュィィインッ!
言葉も半ばに遮られ、口から音が漏れる。
「ず、あ…」
先ほどまで子供に添えていた手には、既に子供の姿はない。
派手な音を立てたのは、前腕部に仕込んでいた金属製の防具。
確かな衝撃の伝播と切られたワイシャツの袖を見て、
相手が一気に距離を詰め腕を切断しようと攻撃を試みたことを知る。
舐めていたわけではないが、普通そうな学生の様子に気が緩んでいたのも事実。
果たしてそれは偽装だったのか、はたまた彼女の素だったのか。
即座に背後に振り返り視界に捉える。
「大丈夫!?けがはない?」
子供に施した拘束が解かれ、床に散らばっている。
おろおろとしながらも、幼い体に傷がないか確認する様子。
母親が子供を気遣い心配する微笑ましい光景。
だが、実際には血の繋がりなど微塵もない、あるはずのない相手。
それに向けて母のような情と態度で接する、異常性。
何度目かのやり取りを終え、子供を逃がした相手に向け口を開く。
「あんた…何者なのさ。」
疑念と警戒心、ほんの少しの怖気を篭めた質問に、
「この子たちの、母親。」
鋭い目つきと確かな意思での返答があった。