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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第1章 異世界サミット、混沌の幕開け
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第6話 地下迷宮で枯れゆく世界樹

 グランドハイアット東京の一室で、波留は額の汗を拭いながら対策本部のモニターを見つめていた。サミット会場での異変から三十分、緊急事態宣言が発令され、状況は刻一刻と変化していた。


「次元の歪みが拡大しています。このままでは……」


 高千穂鏡子の声が、緊迫した空気の中に響く。波留は思わず拳を握りしめた。


(僕に、何かできることはないのか……)


 その時、座禅中の円覚禅司が静かに目を開いた。


「地下じゃな」


「え?」


 波留が思わず声を上げる。


「地下に、新たな空間が生まれておる。わしの感覚が確かなら、そこが歪みの源じゃろう」


 禅司の言葉に、室内が静まり返った。


「桐生」


 鴨居局長の声に、波留は背筋を伸ばした。


「君を実務責任者として、地下空間の調査を命じる。神無月(かんなづき)月城(つきしろ)。二人を同行させる」


「は、はい!」


 波留は必死に動揺を抑えながら返事をした。


 *


 準備を整えた波留たちは、サミット会場の地下駐車場にいた。


「よし、行こう」


 神無月(かんなづき)良二(りょうじ)が低い声で言う。二十代半ばの青年で、スラッとしたモデル体型。銀髪と切れ長の目が印象的で、どこか物憂げな表情を浮かべている。彼は手をかざし、虚空に向かって何かを引き裂くような動作をした。


 突然、駐車場の壁に光の筋が走る。それは見る見るうちに大きくなり、やがて人が通れるほどの丸いポータルへ変わった。


「す、すごい……」


 以前手合わせしたときのポータルとはまるで違う。波留は思わず声を漏らした。


「波留くん、怖気づいてる場合じゃないわよ」


 月城(つきしろ)リナが、波留の背中を軽く押す。二十過ぎの少女で、小柄な体型。大きな瞳とえくぼがチャームポイントだ。それに肩くらいの長さのピンク髪が特徴的だ。カラフルな服装で、明るく活発な雰囲気だ。


「そうだな。よし、行こう!」


 波留は勇気を振り絞って、ポータルをくぐった。


 *


 ポータルの先に広がる光景に、波留は息を呑んだ。


 無限に続くかのような洞窟。幻想的な生命の光が漂う中、複雑に入り組んだ通路が幾重にも重なっている。天井からは蛍光を放つ奇妙な植物がたれさがり、床には不思議な模様が刻まれている。壁面には、異世界の文字らしき碑文が光を放っていた。所々に浮かぶ光る球体は、まるで道しるべ。


「これは……地下迷宮?」


 波留が呟いた瞬間、彼の脳裏に奇妙な映像が浮かんだ。迷宮の構造が、複雑な申請書の流れのように見える。


「あれ? これって……」


「どうした、波留?」


 神無月の声に、波留は我に返った。


「あ、いや……なんだか、迷宮の構造が見えるんです。官僚システムの文書フローっぽく見えて(﹅﹅﹅)ます」


「へぇ、それが君の言う『官僚的直感』ってやつかな」


 神無月は感心したように頷いた。


「よし、じゃあ君を道案内に進もう」


 波留はうなずき、前に立った。彼の頭の中では、迷宮の「申請ルート」が次々と描かれていく。


「ここを右に……そして……」


 波留の指示に従って、三人は迷宮を進んでいく。すると彼らの前に巨大な広間が現れた。


「うわっ!」


 波留の叫び声と同時に、広間のいたるところでポータルが開いた。


「みんな、気をつけて!」


 月城の警告も空しく、三人はそれぞれ別々のポータルに吸い込まれていった。


 *


「うぅ……」


 波留は、目を開けてゆっくりと体を起こした。周りを見回すと、そこは見知らぬ場所だった。


(みんなは? どこに……)


 通信機を確認するが、まったく機能していない。波留は深呼吸をして、自分を落ち着かせた。


(よし、ここは「官僚的直感」を信じるしかない)


 彼は目を閉じ、頭の中に浮かぶ「申請ルート」に従って歩き始めた。途中、いくつかの罠や障害物に遭遇したが、波留はそれらを文書フローの「差し戻し」や「修正依頼」のように解釈し、難なく回避していった。


 そうして歩むこと約二時間。波留の目の前に、息を呑むような光景が広がった。


 高さ百メートルはあろうかという巨大な樹木。しかし、その姿は明らかに衰弱している。枝葉は枯れかけ、幹にはひび割れが目立つ。ふわりと降りそそぐ葉は、緑の雨と化していた。


(これが……世界樹?)


 波留は息を呑んだ。「官僚的直感」で、名前が書類に記されている。ただ、樹の根元には、奇妙な装置がいくつも設置されていた。それらは明らかに異世界の技術で作られたものだった。


 波留は慎重に近づき、装置を観察した。突如、彼の「官僚的直感」が働き、装置の構造が複雑な組織図のように頭に浮かんだ。


(これは……次元を操作する装置? 省庁の再編図みたいに複雑だ)


 波留が混乱する中、突然背後で足音が響いた。冷たい空気が背筋を走る。


「誰だ!」


 振り返ると、そこには仮面をつけた謎の集団が立っていた。銀色の仮面は無機質で、黒いローブに身を包んだ彼らからは異世界の雰囲気が漂っている。波留は思わず一歩後ずさりした。


「よくぞここまで辿り着いたな、地球人」


 仮面の男は、たどたどしい日本語で言った。波留は再び後ずさりしながら、頭を必死に働かせる。


(どうする……僕には魔力も武器もない。でも……)


 その時、波留の「官僚的直感」が再び働いた。仮面集団の立ち位置や態度が、省庁の組織図のように見え、細かく名前が記載されていた。


「あなたたち、次元調和同盟の人たちですね」


 波留の言葉に、仮面の男たちが明らかに動揺した。


「どうして知っている……」


「それはどうでもいいでしょ。あなたたちの目的は次元の融合。でも、それは危険すぎる」


 波留は冷静に話し続けた。


「我々の目的は崇高なものだ。お前に何がわかる」


 仮面の男が詰め寄ってくる。その時、後ろから声が聞こえた。


「波留!」


 振り返ると、神無月と月城が駆けつけてきていた。


「無事か?」


 神無月が叫ぶ。波留は安堵の表情を浮かべたが、すぐに緊張を取り戻した。


「みんな、気をつけて! この人たちは……」


 言葉が終わらないうちに、世界樹が突如大きく揺れ始めた。


「まずい! 世界樹の状態が急速に悪化している!」


 仮面の男が叫ぶ。


 波留の「官僚的直感」が仕事をする。彼の目に、注意事項として箇条書きが見えていた。波留は理解した。世界樹がこの空間を、ひいては、迷宮の外の世界を支え、次元間の均衡を保っていると。


(このまま世界樹が枯れたら、次元の歪みは取り返しのつかないことになる……)


「ふたりとも、世界樹を枯らさないように力を!」


 波留の叫びに、神無月と月城が頷いた。三人は世界樹に向かって走り出す。


 仮面の男たちも動揺を隠せない様子だ。


「やめろ! 世界樹を枯らさないと我々の計画が……」


 しかし波留たちは、男たちの制止を振り切って世界樹に手をかざした。神無月と月城が魔力を注ぎ込む中、魔力のない波留は必死に「官僚的直感」を働かせる。


(魔力の流れを最適化……完璧な予算の配分のように)


 波留の頭の中で、魔力の流れが整理されていく。それに合わせるように、世界樹がゆっくりと生気を取り戻し始めた。


「やった!」


 月城が歓声を上げる。世界樹の枝葉が再び緑を増していく。


 仮面の男たちは、なすすべもなく立ち尽くしていた。


 が、しかし。


「どこの馬の骨か知らないが、我々の邪魔をしないでいただこう」


 リーダー格の男のくぐもった声が響くと、仮面の男たちが一斉に波留たちに襲いかかった。


「いい度胸だな」


「あたしたちに勝てるとでも思ってるの?」


 神無月がポータルを多数展開し、仮面の男たちがそこに消えていく。


 月城の魔術が仮面の男たちを焼き払う。


 仮面の男たちもバカではない。すぐさま、神無月と月城の攻撃に対応した。


 ふたりと多人数の戦いは、一瞬で膠着状態となった。


 波留は「官僚的直感」の使い過ぎで、激しい頭痛に襲われていた。視界がぼやけ、足元がふらつく。彼は意識を失いかけながら、必死に腕時計を見た。六月一日の午後十一時半。汗で濡れた前髪をかき上げ、波留は歯を食いしばった。


(いま倒れるわけにはいかない。世界樹が枯れてしまえば……)


 波留は戦いを仲間に任せ、「官僚的直感」の精度を高めていく。すでに世界樹の魔力が正常に戻りつつある。いまやめるわけにはいかないのだ。


 ――パン


 波留は自分のほっぺたを叩き、再び「官僚的直感」を使い始めた。


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