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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第1章 異世界サミット、混沌の幕開け
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第5話 異世界サミット

 異世界管理局に配属されてから三ヶ月。すでに初夏である。桐生波留は、ため息まじりに机の上の書類の山を見つめる。彼の日々は、想像していたよりもずっと地味なものだった。


(訓練と書類整理ばっかで、だりぃ……)


 波留は心の中でぼやく。周囲では、能力(スキル)を持つ同僚たちが忙しそうに出入りしている。波留は現場で活躍する同僚が少し羨ましい。彼には魔力がなく、不安定なスキルが備わっているため、現場に出る機会は皆無なのだ。


 ただ、深山コンプレックスの宿泊施設を、寮として使えるので、通勤は楽ちん。都内の実家へ帰るのは非番のときくらいになっていた。


「おい、波留! 例の報告書、できたのか?」


 鬼塚(おにずか)(ごう)の声に、波留は慌てて背筋を伸ばす。


「あ、はい! 今、仕上げてるっす」


 波留は急いで書類に目を通す。その瞬間、彼の脳裏に見慣れない文書のイメージが浮かぶ。


「……あれ?」


 波留は首を傾げながら、書類の内容を整理し始める。気づけば、複雑な規則や手続きが、色分けされた図表のように頭の中で整理されていく。


「鬼塚さん、これでどっすか?」


 十分後、波留は完成した報告書を鬼塚に差し出した。


「おお、さすがだな、波留! この複雑な案件をこんなにわかりやすくまとめるとは。テメエの『官僚的直感』、たまに(﹅﹅﹅)役立つじゃねえか」


 鬼塚は満足げに頷く。波留は照れくさそうに後頭部を掻く。彼の「官僚的直感」――正式名称を「アドミニストレイティブ・インサイト」という――は、一見役立たずに思えて、時々このような形で重宝された。


「職員各位、至急、大会議室に集合されたし」


 館内アナウンスが鳴り響き、オフィスがざわめく。


「なんだ? また例の……」


 波留が首を傾げていると、鬼塚が背中を叩いた。


「行くぞ、波留」


 *


 大会議室に入ると、すでに多くの職員が集まっていた。最前列には、鴨居(かもい)陽炎(かげろう)局長の姿。その横顔は、いつになく緊張感に満ちている。


「諸君」


 鴨居の声が、静まり返った室内に響く。


「来月一日、東京で初の大規模異世界サミット、正式名称『汎次元(はんじげん)和平会議』が開催されることとなった」


 ざわめきが起こる。波留も思わず息を呑む。


「増加する異世界との交流に対応するため、今回初めて地球側での開催が決定した。我が異世界管理局が全面的にバックアップする。各位、全力で準備に当たられたし」


 鴨居の視線が波留に向けられる。


「桐生波留。君には準備チームの一員として、重要な任務を任せる」


「は、はい!」


 波留は驚きを隠せない様子で返事をした。まさか自分のような新人がと……。


 *


 目の前には、異世界情報部長 、高千穂(たかちほ)鏡子(きょうこ)と、転生管理課長、円覚(えんがく)禅司(ぜんじ)が立っている。ふたりとも鴨居局長の部下である。


 高千穂は三十代半ばの女性で、スレンダーな体型。凛とした表情と大きな瞳が印象的で、スーツ姿からは有能なキャリア官僚の雰囲気が漂う。


 円覚はあろうことか六十代半ばくらいの男性で、国家公務員として再任用されているようだ。その風体は丸顔で頭頂部は禿げている。にこやかな表情を浮かべ、普段着の作務衣姿で、どこか禅僧を思わせる雰囲気を醸し出している。


 波留は小さめの会議室に連れて行かれ、与えられた任務に困惑の表情を浮かべている。


「次元安定化の担当……ですか?」


「そうだ」


 鏡子がはきはきとした口調で告げる。


「あらゆる異世界の、高官が集う。移動でポータルだらけになるから、サミット会場の次元安定化は最重要課題よ。あなたの『官僚的直感』を存分に活かしてもらうわ」


(えぇ!? 僕は現場に出た経験がないのに……。いや、待てよ。これは自分の能力を証明するチャンスかもしれない)


 同僚と共に現場に出られるのなら、自分の「官僚的直感」が役立つかもしれない。波留は不安を感じつつも、期待に胸を膨らませながら懸命に頷いた。


 *


 翌日、波留は元自衛隊員の霧島(きりしま)カンナと共に、サミット会場となる六本木ヒルズ・グランドハイアット東京に向かっていた。


「波留くん、緊張するなよ。あなたのその特殊な頭の使い方が、きっと役に立つわ」


 カンナが優しく声をかけると、波留は小さく頷く。


 会場に到着すると、そこは普段のホテルの雰囲気とは明らかに異なっていた。ロビーには異世界の装飾が施され、スタッフたちも慌ただしく動き回っている。


「じゃあ、作業開始よ。波留くん、頼むわね」


 カンナの言葉に、波留は深呼吸をして自分の能力に集中した。


(よし、やってやる!)


 波留の「官僚的直感」が発動すると、ホテル内の構造が複雑な書類のように頭の中に浮かび上がる。彼は慎重に歩き回りながら、その書類を整理するように頭の中で最適な「申請ルート」を描いていく。すると不思議なことに、そのルートがクロノス・アンカーと呼ばれる次元安定化装置の最適な設置場所と一致していることに気づいた。


「なるほど。ここと……ここ、そしてここかな」


 波留は自信を持って、装置の設置場所を指し示す。


 それを見たカンナは感心した様子でうなずく。


「さすがね、波留くん。助かるわ」


 そう言って、カンナは通信機で本部に連絡を入れ始めた。波留はほっと胸をなでおろす。


 しかし、その安堵もつかの間。突如、ホテルのシャンデリアが激しく揺れ始めた。


「な、何!?」


 波留が叫んだ瞬間、目の前の空間がゆがみ始める。視界の端に、見覚えのない風景が映り込む。


「波留くん、危ない!」


 カンナに腕を引かれ、波留は咄嗟に身をかわした。直後、波留たちがいた場所に花瓶が落下する。しかし、その花瓶は床に触れる前に、霧のように消えてしまった。


「こ、これは……」


 波留は唖然としながら、周囲を見回す。ホテルのロビーに、異世界の景色が透けて見える。そして、時折物体が消えたり現れたりしている。


「次元の歪みね」


 カンナの声は冷静だったが、その瞳には明らかな緊張の色が浮かんでいた。


「波留くん、すぐに本部に報告して。私はここの状況を調査するわ」


「り、了解です!」


 波留は急いで通信機を取り出した。画面には「緊急事態発生」の文字が点滅している。


(一体、何が起こってるんだ……)


 波留の脳裏に、不吉な予感が過ぎる。異世界サミットの準備が本格化する中、予想外の事態が彼らを襲い始めていた。波留は震える手で通信機のボタンを押す。これから始まる危機に、彼がどう立ち向かっていくのか――その時、波留にはまだ想像もつかなかった。


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