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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第3章 局長奪還作戦
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第1話 責任

 事件の翌日。奥多摩の深い森に囲まれた「深山コンプレックス」。その地下に広がる巨大な講堂には、異世界管理局の職員たちが緊張した面持ちで集まっていた。事件から一日後の午前十時。冷たい空調の風が、職員たちの首筋をかすかに震わせる。


 桐生波留は最前列の椅子に座り、両手を固く握りしめていた。彼の目は、壇上に立つ鴨居陽炎局長の姿に釘付けになっている。局長の表情には、いつもの威厳に加えて、何か言いようのない安堵の色が混じっているように見えた。波留は、局長の和服姿がどこか寂しげに映るのを感じ、胸が締め付けられるような思いだった。


「諸君」


 鴨居の低く落ち着いた声が、静まり返った講堂に響き渡る。波留は思わず背筋を伸ばした。その瞬間、周囲の空気が一層緊張感を帯びる。


「先日の次元調和同盟サミット襲撃事件について、諸君らの迅速な対応により、大きな被害を防ぐことができた。特に、桐生波留君の活躍は特筆に値する」


 波留の名前が出た瞬間、周囲からどよめきが起こった。彼は思わず頬が熱くなるのを感じ、うつむいてしまう。自分の心臓の鼓動が耳に響くほどだった。


(みんなの前で名前を出されるとビビっちゃうな……)


 波留は複雑な思いに駆られながら、局長の言葉に耳を傾ける。彼の手のひらには冷や汗が滲んでいた。


「波留君の能力(スキル)が、危機を回避する上で重要な役割を果たした。彼の功績を讃え、ここに表彰状を贈呈する」


 鴨居が手にした表彰状を、波留は微かに震える手で受け取った。局長の目には、確かな信頼の色が宿っていた。波留は、この信頼に応えなければならないという強い使命感に胸が震えた。


「また、今回の事件を受け、外務省は緊急の判断を下した。拘束された次元調和同盟のメンバーたちの世界へ、『次元共存システム』の技術供与プロジェクトを立ち上げることが決定した」


 講堂内が再びざわめいた。波留の胸に、喜びと不安が入り混じる。


(ヨルンさんたちの世界も、変われるんだ……でも、本当にうまくいくのかな)


 そんな思いに耽っていた波留だったが、突如として講堂の重厚な扉が勢いよく開かれた音に、はっとして顔を上げた。


「失礼します」


 低く、しかし威圧的な声。そこに立っていたのは、完璧にアイロンの効いたスーツをビシッと着こなした中年の男性だった。その姿は、鋭い刃物のように場の空気を切り裂いていく。


「外務省、第二(だいに)国際(こくさい)情報(じょうほう)(かん)篠原(しのはら)哲也(てつや)だ」


 厳格な表情を浮かべた中年の男性が、背筋をピンと伸ばして部屋に入ってきた。篠原の鋭い目が、講堂内を睨み付けるように見渡す。波留は思わず身を縮めた。その鷹のような眼光に捕らえられれば、魂を抜かれてしまいそうな錯覚すら覚える。講堂の空気が一瞬で凍りつき、誰もが息を潜めた。


「鴨居局長。今回のサミットでは、貴局の対応に重大な問題があったと判断せざるを得ない。直ちに霞が関へ出頭していただきたい」


 篠原の言葉に、講堂内が凍りついたかのように静まり返る。波留は、自分の心臓の鼓動が耳に響くほどだった。周囲の職員たちの表情が、一瞬にして不安と動揺に染まっていく。


「異世界サミットでの惨事は、貴局のバックアップ体制の不備が原因だ。責任を明確にする必要がある」


 鴨居は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。その表情には、覚悟のようなものが浮かんでいた。波留は、局長の姿に何か言いようのない悲壮感を感じ、胸が痛んだ。


「分かった。すぐに行こう」


 波留は思わず立ち上がった。椅子が軋む音が、静寂を破る。


「待ってください! 局長は……」


 しかし、その言葉は途中で遮られた。篠原が片手を上げると、突如として波留の体が宙に浮いた。一瞬の浮遊感の後、背中から壁に叩きつけられる。鈍い衝撃が全身を走り、息が詰まる。


「うっ……!」


 何が起きたのかわからず、波留は言葉を失う。周囲の職員たちは、驚愕の表情を浮かべたまま固まっていた。


「若造、余計な口を挟むな」


 篠原の冷たい視線が、波留を射抜く。その目には、年月をかけて磨き上げられた官僚としての威厳が宿っていた。


 篠原は鴨居を連れ立って講堂を後にした。重い扉が閉まる音が、運命の扉が閉ざされるかのように響いた。


 波留は、無力感に押しつぶされそうになりながら、床に崩れ落ちた。彼の目には、去っていく局長の背中が、どこか寂しげに映った。講堂には重苦しい空気が漂い、誰も動けずにいた。異世界管理局の未来が、大きく揺らぎ始めた瞬間だった。


(局長……本当に、このままでいいんでしょうか)


 波留の心の中で、疑問と後悔が渦を巻いていた。彼は自分の無力さを痛感し、拳を握りしめた。周囲の職員たちの表情にも、不安と動揺が色濃く表れていた。


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