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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第2章 次元の狭間、揺れる正義
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第6話 融合の果てに

 次元の歪みが始まる中、突然の叫び声が静寂を破った。


「総帥! 大変です!」


 次元調和同盟のシグネ・ビョルンダルが、息を切らせながら駆け込んでくる。その表情には、明らかな焦りの色が浮かんでいた。


「シグネ……まさか」


 ヨルンが、極めて落ち着いた声で問いかける。しかし、その目には不安の色が浮かんでいた。


「次元融合装置の修理に失敗しました!」


 シグネの言葉に、その場にいた全員が息を呑む。波留は、ヨルンの表情が一瞬で青ざめるのを見た。


「説明してくれ」


 ヨルンの声が、わずかに震えている。シグネは深呼吸をして、言葉を続けた。


「地球に繋がったポータルが多すぎて、装置の出力が予想を遥かに超えています。このままでは、次元の融合が止まらなくなり、私たちの計画をはるかに超えた規模で、複数の世界が対消滅します!」


 波留は、ヨルンの顔が瞬時に変化するのを見た。そこには、科学者としての冷静さと、自らの行動がもたらした結果への恐れが混在していた。


「私たちの理想は、緩やかな融合だった。しかし、これでは……」


 ヨルンの言葉が途切れる。波留は、この男の中で何かが崩れ落ちるのを感じた。


「ヨルンさん」


 波留が声をかける。ヨルンが顔を上げ、波留と目が合う。


「僕たちにできることはありますか?」


 波留の問いかけに、ヨルンの目に光が戻る。


「ああ、あるとも。だが、危険が伴う。君たち地球の人間を巻き込むわけにはいかない」


「いいえ、もう巻き込まれてるんですよ。一緒に解決策を見つけましょう」


 波留の言葉に、ヨルンは小さく頷いた。彼らはグランドハイアット東京の豪華なロビーに立っていた。高級感漂う大理石の床と、クリスタルのシャンデリアが異世界の風景と不思議な対比を成している。


「……分かった。では、地下の制御室へ向かおう。そこに次元融合装置が設置されている。まだ何かできるかもしれない」


 波留とヨルン、そしてシグネは、急いでエレベーターホールへと向かった。普段は宿泊客で賑わうはずのホテルの廊下は、今や静寂に包まれている。融合した空間を通り抜けながら、波留は様々な異世界の風景を目にする。美しい景色もあれば、恐ろしげな光景もある。それらが無秩序に重なり合い、万華鏡のような世界を作り出していた。エレベーターに乗り込むと、通常の階数表示に加え、異世界の文字や記号が浮かび上がっていた。


(これが、全てが一つになった世界か……)


 波留の「官僚的直感」が、この状況を複雑な書類の山のように感じ取る。しかし、その「書類」はあまりにも錯綜していて、簡単には整理できそうになかった。


 *


 地下の制御室に到着した三人を出迎えたのは、絶望的な光景だった。広い円形の部屋の中央に据え付けられた巨大な次元融合装置が、生き物のように唸りを上げている。


 装置からは青白い光が漏れ、壁一面に設置された無数のモニターには警告のメッセージが点滅していた。その周りでは、次元調和同盟のメンバーたちが必死に作業を続けていたが、誰もが疲弊した表情を浮かべていた。部屋の温度は異常に上昇し、空気中に緊張感が充満している。


「状況は?」


 ヨルンが、近くの制御パネルに向かっていたメンバーに声をかける。彼の声は装置の唸り声にかき消されそうになった。


「最悪です。制御系統が完全に暴走しています。私たちにはもう、どうすることもできません」


 室内の空気が重くなると同時に、ヨルンの表情が苦悩に歪む。


(このままじゃ、全てが終わってしまう……)


 波留の心に、決意が芽生える。


「ヨルンさん、僕に装置を見せてください」


 ヨルンが驚いた顔で波留を見る。


「君に何ができる」


「分かりません。でも、何かできるかもしれない。僕の能力(スキル)を使えば……」


 ヨルンは一瞬躊躇したが、すぐに決断を下した。


「分かった。君を信じよう」


 波留は装置に近づき、深く息を吐く。そして、「官僚的直感」をフル稼働させた。


 すると、波留の目の前で、複雑な装置の構造が申請書や報告書の形で視覚化されていく。それは、彼がこれまで見たどんな書類よりも複雑で難解なものだった。


(これは……省庁再編の申請書みたいだ)


 波留は、頭の中で次々と書類を整理していく。そして、ついに気づいた。


「ヨルンさん! この装置のここ、稟議(りんぎ)書が間違っています!」


「は? 何だって?」


 ヨルンが、困惑した様子で波留を見る。


「ここの部分とここの部分を入れ替えれば、書類の流れがスムーズになります。つまり、エネルギーの流れを制御できるはずです!」


 波留の説明を聞いて、ヨルンの目が輝いた。


「なるほど! 君の言う通りだ。シグネ、急いでこの部分の接続を変更してくれ!」


 シグネが素早く動き、波留の指示通りに装置の接続を変更していく。しかし、それでもまだ装置は完全には安定しない。


「まだダメです! もう一箇所、承認印が必要です!」


 波留の言葉に、ヨルンが驚いて目を見開く。


「承認印? 一体何のことだ?」


「ここです!」


 波留が指し示したのは、装置の中心部にある制御パネルだった。


「ここです! このプログラムを、次元間のバランスを維持するアルゴリズムに書き換える必要があります」


 ヨルンはカッと目を見ひらく。


「なるほど! 融合を止めるのではなく、各次元の特性を保ちながら共存させるのか」


「はい。僕の能力(スキル)で見ると、このプログラムは複雑すぎる説明書に見えてます。各条項を調整すれば、バランスが取れるはずです」


 ヨルンは即座に決断を下した。


「分かった。すぐに実行しよう」


 シグネがプログラムを書き換え、新たなアルゴリズムを起動した。すると、装置のエネルギー出力が急速に安定し始めた。


「成功です! 次元間のバランスが取れ始めています」


 シグネの声がしたその瞬間、装置の唸りが徐々に収まっていった。そして、周囲の空間が少しずつ元の姿を取り戻し始める。


「成功だ!」


 波留の声に、室内にいた全員がほっとした表情を浮かべる。ヨルンは、感謝の笑みを浮かべて波留を見た。


「君の能力(スキル)には驚かされるよ。本当にありがとう」


 波留は照れくさそうに頭を掻く。


「いえ、僕一人の力じゃありません。みんなで協力したからこそ、できたんです」


 その言葉に、部屋中が温かな空気に包まれた。しかし、その平和な時間は長くは続かなかった。


「動くな! 全員、両手を挙げろ!」


 鋭い声と共に、部屋に武装(ぶそう)した特殊部隊が雪崩れ込んできたのだ。


 波留は息を呑んだ。その部隊を率いていたのは、次元間外交室長の狭間(はざま)刃狼(じろう)だった。彼の鋭い目が、室内を素早く見渡す。


「桐生、無事か?」


「は、はい……」


 波留が答える。狭間の視線が、ヨルンたちに向けられる。


「次元調和同盟のメンバーは全員逮捕する。危険物の不法使用、公共の危険、そして……」


 狭間の言葉が続く中、波留は複雑な思いに駆られていた。確かに、ヨルンたちの行動は法を逸脱していた。しかし、彼らの理想と、最後の協力がなければ、この危機を乗り越えることはできなかったのだ。


「待ってください!」


 波留の声が、部屋中に響き渡る。全員の視線が、彼に集中した。


「彼らの行動は確かに間違っていました。でも、最後の危機を救ってくれたのも彼らなんです。もう少し、話を聞いてみてはどうでしょうか?」


 狭間は、厳しい表情のまま波留を見つめた。しかし、その目には、わずかな迷いの色が浮かんでいた。


「……分かった。とりあえず、全員を拘束はする。だが、詳しい事情は後ほど聞こう」


 狭間の言葉に、波留はほっとした息をつく。ヨルンは、軽く頷いて両手を差し出した。


「ありがとう、波留くん。君の言葉、しっかり胸に刻んだよ。これからは、もっと慎重に、そして平和的な方法で理想を追求していこう」


 ヨルンの言葉に、波留は静かに頷いた。


 次元融合の危機は去った。しかし、これは終わりではなく、新たな始まりなのかもしれない。波留は、自分の前に広がる未知の道を見つめながら、深く息を吐いた。


(これからどうなるんだろう……)


 そう考えながら、波留は狭間の後について部屋を出た。外では、まだ多元的な風景が残っている。波留には、それが以前よりも美しく感じられた。


第2章完結です!

次話より第3章、よろしくお願いします!

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