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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第2章 次元の狭間、揺れる正義
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第5話 次元を超えた理解

 六本木の高層ビル群を見下ろす位置に建つグランドハイアット東京。その地下に設けられたサミット会場の警備本部で、桐生波留は大型スクリーンに映し出される無数の防犯カメラ映像を、一瞬たりとも見逃すまいと凝視していた。


 警備本部は、ホテルの地下二階に設置されていた。無機質な白い壁に囲まれた広い部屋には、最新鋭の監視機器が並んでいる。空調の冷気が、緊張感漂う空間をさらに冷やしていく。


「あの人物の動きが不自然です」


 波留の指摘に、周囲のスタッフが集中する。大型スクリーンには、ホテルロビーの様子が映し出されている。その中で、一人の男性が、わずかに場違いな動きをしていた。


「どこがだ?」


 鬼塚が訝しげな表情でたずねる。彼の鋭い目つきが、波留を射抜くようだった。


「説明するのは難しいんですが……」


 波留は目を閉じ、「官僚的直感」に意識を集中させた。すると、不審人物の動きが複雑な申請書のように頭の中で視覚化され、その異常性が浮き彫りになっていく。難解な書類の中に紛れ込んだ不自然な文字列のように、その人物の動きが周囲と明らかに異なっていた。


「この人物、異世界からの潜入者で、高度な科学知識を持っているはずです」


 波留の言葉に、高千穂鏡子が身を乗り出す。彼女の鋭い眼差しが、波留を捉えた。


「どうしてそこまで分かるの?」


「動きのパターンが、省庁間の複雑な手続きのようなんです。普通の人にはできない動きです」


 高千穂と鬼塚が「訳が分からない」といった風に顔を見合わせる。しかし、二人の表情には、緊張の色が浮かぶ。


「警戒を強化しよう」


 鬼塚の低い声が、警備本部に響く。瞬く間に、緊張感が高まった。


 *


 波留はグランドハイアット東京のロビーに立っていた。豪華な大理石の床に、クリスタルのシャンデリアが煌びやかな光を落とす。世界中から集まった要人たちが、静かに歓談している。


 各国の代表団が次々と到着する。波留は丁寧に対応しながらも、常に周囲に気を配っていた。彼の鋭い目は、一瞬たりとも油断を許さない。


(何か起きる。そんな予感がする)


 波留の心臓が、早鐘を打つように高鳴る。


「っ!」


 突如として、波留の目の前で空間が歪み始めた。ガラスが溶けるように現実が歪み、その隙間から異世界の風景が覗いている。石造りの町並みや広大な砂漠が、豪華なホテルのロビーと重なり、現実と非現実が交錯する摩訶不思議な光景が広がった。


「対策本部! ロビーで次元の歪みを確認! 至急、対応を!」


 波留が無線に向かって叫ぶ。と同時に、避難指示が出された。警報音が鳴り響き、パニックが始まった。


 慌ただしく逃げ惑う人々。異世界からの来賓たちは、混乱の中で本来の姿を現し始めている。地球の人々を驚かさないように姿を変えていた、エルフやドワーフ、さらには得体の知れない生物たちが、地球の人々と入り混じって逃げ惑う。


 その中で、波留は冷静さを保とうと必死だった。彼の「官僚的直感」が、目まぐるしく状況を分析している。


(どうすれば……)


 そのとき、無線から高千穂の声が聞こえた。


『波留くん、地下の大会議室に来て。緊急、対策本部を設置するわ』


 波留は「了解です」と伝え、地下へと向かった。エレベーターに乗り込むと、異世界の風景が一瞬映り込む。波留は、額の冷や汗を拭った。


 *


 地下一階大会議室。波留、高千穂、鬼塚、神無月、そして各部門の責任者が集まっていた。大きな楕円形のテーブルを囲み、緊迫した面持ちで対策を練る。


「状況を整理するぞ」


 鬼塚の低い声に、全員が耳を傾ける。彼の表情には、これまでに見たことのない緊張感が漂っていた。


「次元の歪みが急速に拡大している。原因は不明だが、何者かの仕業の可能性が高い」


 波留は、これまでの出来事を頭の中で整理していく。世界樹事件、不自然な数値の変動、そして今回の事態。全てが、一つの糸で繋がっているような気がした。


(共通点は……)


 突如、波留の中で何かが繋がった。複雑な申請書の全ての項目が一瞬で埋まったかのような感覚。


「次元調和同盟です」


「何?」


 全員の視線が波留に集まる。会議室の空気が、一瞬で凍りついたかのようだった。


「世界樹事件の報告書に書いてます。あのとき仮面の集団がいましたよね。彼らの目的は次元の融合による新たな世界の創造です」


 波留の言葉に、会議室が騒然となる。信じられないという表情や、困惑の色を浮かべる者もいる。


「どうやってそんなことが分かるんだ?」


 神無月良二が驚いた様子で尋ねる。彼の銀髪が、明かりの下で不思議な輝きを放っている。


「僕の『官僚的直感』です。これまでの全ての出来事が、いま一つの巨大な申請書に見えています」


 波留の説明に、高千穂が頷く。彼女の目には、信頼の色が浮かんでいた。


「信じられないかもしれませんが、波留くんの能力(スキル)は侮れません」


 しかし、その時だった。


「大変です! メインホールが……!」


 慌てた様子のスタッフが飛び込んできた。その顔は、真っ青になっていた。


 *


 波留たちがメインホールに駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 現実世界と複数の異世界が重なり合い、混沌とした空間が生まれていたのだ。メインホールの豪華な内装が消えて、そこに異世界の森や砂漠、さらには未知の風景が入り混じっていた。


「さっきより悪化している……」


 波留の言葉が途切れる。彼の目の前で、現実が崩壊しつつあった。


「波留、神無月。二人で調査してくれ。どこかにこの事態を引き起こしている原因があるはずだ。オレはひとりで動く」


 鬼塚の指示に、二人は頷いた。その目には、決意と不安が入り混じっている。


 融合空間に足を踏み入れる波留と神無月。そこは、夢と現実が交錯したような不思議な世界だった。足元の床が、時折森の地面に変わり、頭上では砂漠の空と東京の空が入れ替わる。


「気をつけろ。何が起きるかわからないぞ」


 神無月の警告に、波留は頷く。二人は慎重に前進する。


 その途中、様々な異世界からの来賓たちと出会った。エルフ、ドワーフ、そして得体の知れない生物たち。彼らは皆、混乱し、恐れおののいていた。


「お願いします、私たちの世界に帰してください!」


 パニック状態の異世界の人々。翻訳機は無事のようだ。波留は必死に対応する。


「落ち着いてください。今、最善の方法を考えています」


 波留の「官僚的直感」が、各異世界の文化や習慣を瞬時に理解し、適切な対応を導き出す。彼の言葉に、少しずつ異世界の人々の不安が和らいでいく。


 来賓たちが落ち着いたところで、神無月が安全な場所に誘導していった。


 ひとり残された波留は歩みを止めず、調査を続ける。


 そして、融合空間の中心部。そこで波留は、一人の男と対峙することになった。


「君はあの時の……」


 ロビーで出会った男は、波留のことを知っているようだ。そのとき、波留は直感的に悟った。全てのピースが、一瞬で繋がる。


(仮面の集団をまとめてた人だ。彼が全ての黒幕なのか……?)


「私はヨルン・スコウゴー。次元調和同盟のリーダーだ」


 ヨルンの目には、狂気と理想が入り混じっていた。その姿に、波留は言いようのない悲しみを感じた。


「なぜこんなことを?」


 波留の問いに、ヨルンは熱っぽく語り始める。彼の目には、長年の苦悩と理想が映し出されていた。


「君には理解できるかな。私の世界は、次元の壁によって孤立し、停滞していた。科学の進歩は限界に達し、社会は腐敗し始めていた。そんな中で、他の次元の存在を知ったのだ。そこには、我々の問題を解決する鍵があった。それは――全ての異世界を、ひとつに融合することだ」


 波留は眉をひそめる。


「でも、強引な融合では――」


「最初は緩やかな交流から始めた」


 ヨルンが遮って続ける。


「しかし、官僚主義的な障壁や文化的な相違が、真の進歩を妨げていた。だからこそ、劇的な変革が必要だと悟った」


 波留の「官僚的直感」が、複雑な情報を瞬時に処理し始めた。


「確かに、異なる文明間の交流には困難が伴います。でも、その過程自体に価値があるのではないでしょうか」


 ヨルンは苦笑した。


「理想論だ。現実はそう甘くない。時間をかけていては、多くの生命が失われる」


「しかし、この急激な融合で失われる命は? 混乱、パニック、文化の衝突。これらが引き起こす悲劇を考えたことがありますか?」


 ヨルンの表情が揺らぐ。


「ああ、何度も考えたよ。しかし、大きな理想のために小を犠牲にすることが最善の策だと……」


「違います!」


 波留の声が響く。


「互いの違いを認め、尊重し合うことから始める。これが第一歩でしょう? 急激な変化は、かえって対立を生み出します」


 波留の言葉が、ヨルンの心に深く突き刺さる。長年抱いてきた確信が、砂の城のように崩れ始める。


「それなら、どうすれば……」


 ヨルンの声に、迷いが滲む。


 波留の「官僚的直感」が、新たな可能性を示す。


「次元共存システム」


「何だって?」


「ヨルンさんの世界を他の世界と融合させるのでは無く、制御された形で交流できるシステムです。僕たち地球人がすでに行っている交流方法ですよ。ヨルンさんの世界が閉じられているのなら、地球の『次元共存システム』を流用すればいいんです。ヨルンさんの科学知識があれば、きっとできるはず。段階的な交流、文化交換プログラム、そして緩やかな技術共有。これらを通じて、互いの長所を活かし合える世界を作るんです」


 ヨルンの目に、新たな光が宿る。


「それなら、私の理想も……しかし、時間がかかりすぎるのでは?」


「時間はかかります。でも、その過程こそが重要なんです。互いを理解し、信頼を築き上げていく。それが真の調和への道筋です」


 ヨルンは深く息を吐く。


「君の言うことも、一理ある。だが、私の世界の危機は待ったなしだ」


「だからこそ、協力が必要なんです。互いの知恵を出し合えば、きっと解決策は見つかります。急激な変化ではなく、着実な歩みを。それこそが、全ての次元にとっての希望になるはずです」


 ヨルンの表情が和らぐ。


「君の言葉には、不思議な説得力がある。複雑な次元の糸を紡ぎ合わせるかのようだ」


 波留は微笑む。


「それが、僕の役割なのかもしれません。異なる世界の架け橋になること」


 二人の間に、新たな可能性が生まれようとしていた。融合空間の中で、異なる理想を持つ二人が、理解を深め合う。次元の狭間で、新たな未来への一歩が踏み出されようとしていた。


「ただし……『次元共存システム』は、日本の一大プロジェクトです。僕のような木っ端役人が勝手に技術供与すると約束はできません。上司に掛け合ってみます。ヨルンさんの世界の現状を伝え、閉じられた世界を解放できるように」


「ああ、約束できなくても、その言葉だけでも救われた気がする。――――すまなかった。本当にすまなかった」


 泣き崩れるヨルンの言葉に、波留は静かに頷いた。二人の間に流れる空気が、少しずつ和らいでいく。融合空間の中で、異なる世界の二人が互いを理解し始めた瞬間だった。


「ヨルンさん、一緒に新しい道を探しましょう」


 波留が差し出した手を、ヨルンはためらいながらも握り返した。その瞬間、不思議なことが起こった。融合空間が徐々に安定し始め、混沌としていた風景が少しずつ整理されていく。二人の和解が次元の調和をもたらしたかのようだった。


 周囲では、異世界の人々と地球の人々が、互いに助け合い始めていた。言葉は通じなくとも、困難を乗り越えようとする思いは共通していた。そこには、国境も次元も超えた、人々の絆が生まれつつあった。


 しかしながら、ヨルンたち次元調和同盟を無罪放免とするわけにもいかない。波留の心が揺れ動く。彼らをこのまま逃すべきかと。


(違う。それは公私混同だ)


 波留がかぶりを振っていると、再び次元の歪みが発生。異世界の風景が周囲の壁に透けて見えはじめた。


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