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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第2章 次元の狭間、揺れる正義
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第4話 理想と現実の狭間で

 夏の朝日が高層ビル群の合間から差し込む中、六本木のグランドハイアット東京の裏口に一人の男が佇んでいた。清掃スタッフの制服に身を包んだヨルン・スコウゴーの表情には、緊張の色が濃く滲んでいる。時計の針が午前八時を指す頃、彼の周囲では警備員や報道陣が慌ただしく行き交っていた。『汎次元(はんじげん)和平会議』の開催日。全次元の命運を左右する日が、ついに訪れた。


(いよいよだ)ヨルンの心臓が高鳴る。長年準備してきた計画が、ついに実行の時を迎えようとしていた。


 ヨルンは、左手首の腕時計を確認する。特殊な技術で作られたその時計は、異世界間の時間のずれを調整する機能を持っていた。針が午前八時を指す。作戦開始の時間だ。


 彼は深呼吸し、従業員用の入り口に向かった。警備の目をかいくぐり、スムーズに中に入る。長年の潜入経験が、その動きを自然なものにしていた。


(ここまでは順調だ)


 ホテルの地下機械室。そこで待っていた四人の次元調和同盟メンバーと合流する。狭い空間に、緊張が充満していた。


「準備は整ったか?」


 ヨルンの低い声には、抑えきれない緊張が滲んでいた。メンバーたちが無言で頷く。彼らの目には、決意と不安が入り混じっていた。


「では、作戦開始だ」


 ヨルンは異世界の代表に変装し、情報収集に向かう。他のメンバーはそれぞれの持ち場へ。彼らの姿が、薄暗い通路に消えていく。


 重厚な扉を開け、メインホールに足を踏み入れた瞬間、ヨルンは一瞬たじろいだ。想像を超える華やかさに、彼の決意が揺らぐ。クリスタルのシャンデリアが天井から煌びやかに輝き、高級な絨毯が足音を吸い込む。地球と異世界から集まった要人たちが、優雅に歓談している。


(ここで本当に次元融合を……)


 ヨルンは心の中で芽生えた疑念を振り払い、任務に集中する。マイクロカメラとバイオセンサーを駆使し、警備体制や参加者の動向を探る。その目は、会場の隅々まで鋭く観察していた。


 そして午後一時。ヨルンは中央制御室への潜入を試みる。廊下の監視カメラの死角を縫うように進む彼の動きには、長年の経験が滲み出ていた。


(ここが正念場だ)


 サミットの中央制御室。そのドアの前で、ヨルンは小型の電子機器を取り出した。高度なセキュリティシステムとの戦いが始まる。ヨルンの額に汗が滲む。


(くそっ、想定以上のレベルだ)


 しかし、長年の経験と卓越した技術で、少しずつシステムを突破していく。ドアが開く瞬間、ヨルンの心臓が高鳴った。


 そんな中、ふと過去の記憶が蘇る。


(サラ、マイク……そしてアレックス)


 失った家族や友人の顔が、目の前に浮かぶ。妻の優しい笑顔、息子の無邪気な声、親友の真剣な眼差し。全てを失った日々が、鮮明によみがえる。


(なあ、お前たち。私は正しいことをしているのだろうか?)ヨルンの心に、疑念と後悔が入り混じる。失われた笑顔と、追い求める理想の間で、彼の心が引き裂かれそうになる。


 一瞬の迷い。しかし、すぐに気を取り直す。制御室の端末に向かいながら、ヨルンは自分に言い聞かせた。


(今さら迷っている場合じゃない。これは全ての次元のためなんだ)


 ロビーでの偶然の出会い。


「あの、すみません」


 声をかけてきたのは、若い日本人の男性だった。整った顔立ちに、鋭い眼差し。一見すると普通の職員に見えるが、その立ち振る舞いには何か特別なものを感じる。


「はい?」


「初めて地球に来られたんですか? 何か困ったことはありませんか?」


 親切そうな笑顔。しかし、その目は鋭く、ヨルンを観察している。


(こいつは……ただの職員じゃない)


 ヨルンは警戒しながらも、自然に振る舞おうと努める。長年の経験が、その場しのぎの対応を可能にしていた。


「ああ、少し戸惑っていたところです。ご親切にありがとう」


 軽く会話を交わした後、ヨルンはその場を離れる。エレベーターに乗り込みながら、冷や汗が背中を伝うのを感じた。


(危うかった。あの男、只者ではない)


 ホテル屋上で次元調和同盟メンバーと合流。東京の夕暮れが、彼らを包み込む。


「準備は整った。あとは起動を待つだけだ」


 ヨルンは、グランドハイアット東京の屋上に立ち、夕暮れの東京を見下ろしながら深く息を吐いた。風にさらされた顔に、冷たい空気を感じる。目の前には手すりが設置され、その向こうに無数の高層ビルの群れがオレンジ色に染まっていく様子が広がっていた。


(これで全ての次元の壁が崩れ、新たな世界が始まる)


 しかし、その決意とは裏腹に、胸の奥に小さな不安が芽生えていた。それは、かつて抱いていた純粋な理想への郷愁なのか、それとも全てを失うかもしれないという恐れなのか。ヨルンは、屋上の固いコンクリートの床を踏みしめながら、自問自答を続けた。遠くから聞こえる都市の喧騒が、彼の決意をさらに強めていく。


 *


 地下駐車場での最終確認。薄暗い空間に、緊張が漂う。


「総帥、本当にこれでいいんですか?」


 若手メンバーの一人が、おずおずと口を開く。彼の目には、明らかな躊躇(ためら)いの色が浮かんでいた。


「多くの犠牲者が出る可能性があります。もう一度考え直すべきでは……」


 ヨルンは厳しい表情で言い放つ。その声には、もはや迷いの色はなかった。


「些細な犠牲など問題ではない。我々が目指すのは、全次元の調和だ。そのためなら、どんな代償も払う価値がある」


 しかし、その言葉とは裏腹に、ヨルンの心にも迷いが生じていた。かつての純粋な科学者としての自分と、現在の姿が重なり、心が揺れる。


 そして運命の時。


 ヨルンの手が、起動スイッチに伸びる。指先が震えている。


(これで全てが……)


 その瞬間、予想外の事態が起きた。警報音が鳴り響き、赤いランプが点滅を始める。


「警報? ぬう……次元融合装置が制御不能になっている!」


 パニックに陥る次元調和同盟メンバーたち。ヨルンは必死に状況を把握しようとする。モニターには、急激に歪む次元の様子が映し出されている。


 次元の歪みは制御を越え、急速に拡大していく。ホテル内の景色が、複数の異世界の風景と重なり始めた。


(まさか、以前の二の舞か……!)


 家族とアレックスを失った日の記憶が蘇る。恐怖と後悔が、ヨルンの心を締め付ける。


 ヨルンの目の前で、現実世界と異世界が混ざり合い始めた。制御室の壁が透ける。そこに異世界の森や砂漠が見えていた。


(これは……私のせいなのか?)


 理想と現実の狭間で、ヨルンの心が大きく揺れ動く。彼の目には、恐怖と決意、そして悔恨の色が浮かんでいた。


「地球に接続されたポータルが多すぎた、ということか。……シグネ!」


「は、はい!」


「君は時間と次元の専門家だ。次元融合装置の設計主任でもある」


「……」


「次元融合装置の暴走をとめるんだ。でなければ……」


「急激な次元融合で、あまたの世界が対消滅……わ、わかりました!」


 シグネは工具を取りだして、次元融合装置のチェックを始めた。


 予期せぬ形で次元融合が始まろうとしていた。ヨルンの野望と理想が、想像もしなかった形で現実となる瞬間。混沌の中で、彼は立ちすくむしかなかった。


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