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外務省、異世界管理局  作者: 藍沢 理
第2章 次元の狭間、揺れる正義
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第3話 揺らぐ確信

 霞が関の高層ビル群が朝日に輝く中、異世界管理局オフィスでは桐生波留が世界樹事件の報告書と格闘していた。時計が九時を指す頃には、彼の机上に山積みの資料が広がっていた。パソコンの画面には複雑な数式と魔力の変動グラフが映し出されている。彼は眉間にしわを寄せ、ペンを走らせながら、時折画面を見つめては首をかしげる。


 オフィス内は、静かな緊張感に包まれていた。来週に迫った異世界サミットの準備で、職員たちは忙しく立ち回っている。世界樹事件から二日。その影響は、まだ完全には収束していなかった。


(何かがおかしい……)波留の胸に、霧のように捉えどころのない違和感が広がっていく。波留の「官僚的直感」が、微かな違和感を察知していた。それは、複雑な申請書の中に潜む小さな誤りを見つけ出す感覚だった。


高千穂(たかちほ)部長」


 波留は、隣の席で資料を確認していた上司の高千穂鏡子(きょうこ)に声をかけた。彼女は、局の異世界情報部長である。


「どうしたの、桐生くん?」


 高千穂が顔を上げる。彼女の瞳には、いつもの鋭さが宿っていた。


「この報告書の数値に違和感があります」波留は慎重に言葉を選びながら続けた。「通常のパターンからわずかにずれているんです」


 高千穂は眉を寄せ、波留の元へ歩み寄った。


「どの部分?」


「ここです。世界樹の魔力変動の数値が、通常のパターンと少しずれているんです」


 波留がパソコンの画面を指さすと、高千穂の表情が徐々に厳しさを増していく。


「確かに……。よく気づいたわね」


「再調査した方がいいと思います」


 高千穂は頷いた。その瞳に、決意の色が浮かぶ。


「わかったわ。すぐに指示を出すわ」


 波留はほっと胸をなで下ろす。しかし、違和感は消えない。むしろ、より強くなっていく。


(世界樹事件と、このサミット。何か関係があるのでは……?)


 *


 時が流れ、午後二時を回った頃。波留は緊張感漂う会議室で、自身の推測を慎重に語り始めた。


 会議室の中央には、楕円形の大きなテーブル。波留を含め、四人の職員が着席している。窓からは、霞が関の高層ビル群が見えていた。


「つまり、世界樹事件の黒幕が、このサミットを狙ってるってのか?」


 鬼塚(おにづか)(ごう)が、厳しい表情で問う。ここは本庁。彼の刺青は、スーツで完全に隠されていた。


 波留は緊張した面持ちで頷く。


「はい。証拠はありませんが、直感としてそう感じるんです」


 神無月(かんなづき)良二(りょうじ)が静かに口を開いた。彼の銀髪が、照明の下で不思議な輝きを放っている。


「波留の、あの能力(スキル)があるから直感も侮れないよ。警戒を強化した方がいいんじゃないかな」


 高千穂も同意し、サミットに向けた警戒態勢の強化が決定した。


 *


 翌日、波留は神無月と共にサミット会場の下見に向かっていた。


 六本木ヒルズ・グランドハイアット東京。高さ二百三十八メートルの巨大な建造物が、夏の青空に向かって威風堂々とそびえ立つ。ガラスの外壁が太陽光を反射し、巨大な鏡のように周囲の景色を映し出していた。


「また来ちゃったなぁ……」


 波留の声には、警戒の色が混じっていた。


 神無月が頷く。


「ああ。各界の要人が集まる。油断はできないよ」


 二人は館内を歩きながら、セキュリティチェックと次元安定装置の設置場所を確認していく。高級ホテルの内装に、最新の警備システムが違和感なく溶け込んでいる。


 昼食時、ホテル内のレストランで一息つく二人。窓からは東京の街並みが一望できる。


「ねえ、神無月」


 波留は、目の前のパスタをつつきながら切り出した。


「なんだい?」


「次元の壁って、本当に必要なんでしょうか」


 神無月は驚いた表情を浮かべる。彼のフォークが、皿の上で止まった。


「どういう意味だ?」


「だって、壁があるから交流が制限されて、お互いを理解できないんじゃないかなって」


 波留の言葉に、神無月は深く息を吐いた。彼の表情には、複雑な思いが浮かんでいる。


「確かにそういう面はあるかもしれない。でも、壁には意味がある。各世界の独自性を守り、バランスを保つために必要だと思う」


 波留は黙って聞いていたが、どこか納得しきれない様子だった。彼の心の中で、確信が揺らぎ始めていた。


 *


 サミット当日、波留は早朝六時から会場入りし、受付での身元確認と案内を担当していた。


 メインロビーには、世界中から集まった要人たちが行き交う。サミットの性質上、異世界から参加している要人も多く、様々な姿形の存在が、人間たちと混じり合っている。


 波留は、地球の代表者たちに小型の翻訳イヤピースを手渡していた。「これを装着していただければ、異世界と地球の言語が、双方向リアルタイムで理解できます」と説明しながら。


 一方、異世界からの参加者には、首元に着ける薄いペンダント型の翻訳装置を配布。「このペンダントが、あなたの言葉を地球の言語に変換します。逆に地球の言語は、あなた方の言葉に変換されます」と、丁寧に使用方法を教えていく。


 見目麗しいエルフの外交官が装置を首にかけると、その瞳に驚きの色が浮かんだ。「素晴らしい! これは魔道具かな!?」と、流暢な日本語で感嘆の声を上げる。


 地球人とも、異世界の存在とも、スムーズにコミュニケーションを取る波留。彼の「官僚的直感」が、この複雑な状況での適切な対応を導き出していた。


 お昼前、そんな平和な雰囲気のロビーに、突如として異変が起きた。


「あっ!」


 波留の目の前で、一瞬だけ異世界の風景が透けて見えた。森に囲まれた古城の姿が、ロビーの豪華な内装と重なる。


(これは……次元の歪み!?)


 波留は即座に対策本部へ連絡を入れる。その声には、緊張が滲んでいた。


「こちら桐生です。ロビーで次元の歪みを確認しました。至急、対応をお願いします」


 その後、高千穂と共に潜入者の捜索に当たることになった波留。二人は、人混みの中を慎重に進んでいく。


「波留くん、あなたの『官僚的直感』を頼りにしましょう」


 高千穂の声に、波留は頷いた。彼は目を閉じ、集中力を高める。すると、周囲の人々の動きが、複雑な申請書のように見えてきた。


(あれは……?)


 波留の目に、不自然な動きをする一団が映った。五人組で、どことなく場違いな雰囲気を漂わせている。


「高千穂部長、あの人たち……」


 高千穂の目が鋭く光る。その瞳に、追跡の色が宿る。


「よし、追いましょう」


 波留と高千穂は、静かにその一団の後を追い始めた。サミット会場の華やかさとは裏腹に、二人の心には緊張が走る。


 未知の脅威に立ち向かう彼らの前に、想像もつかない事態が待っている。波留の「官僚的直感」が、かつてない危機を予感していた。


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