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The First Case

 小鳥のさえずりが心地よく、道をゆく人の靴音や馬車の車輪の音が響く。シャーロックと出会ってからかれこれ二週間が経過した。だが、いまのところ面白いことは何も起こっていない。


 どうやらスタンフォードの言っていたことは本当らしく、今までにきた仕事は全て探偵とは程遠い街の便利屋のような仕事だけだった。


 観光客の街案内、荷物運びの手伝い、etc……。


 シャーロックとしてはこんなことはやりたくないのだろうが金がないから食いしのぐ為にこのような仕事も受けているという。だがやはり相当ストレスなようで何遍ももう万屋に改名しようか、と自虐的なことを言っていた。


 だがそんな中でも唯一楽しいことがある。それは魔法の学習だ。


 やはり異世界といえば魔法。それをしている時だけは自分が異世界にいるという実感を得られる。


 そして今何の魔法を勉強しているかというと大気系統の魔法だ。主四系統、火炎・大気・電気・大地の内の1つで文字通り空気や風などにまつわる魔法系統である。


「……なあ、この凪音(カームノイズ)ってどんな魔法だ?」


 魔法学書をペラペラとめくりながら暇そうに椅子に腰掛けるシャーロックにそう問いかけた。


「一定空間内で外部からの音を完全に遮断する魔法だよ」


「あー、だからカームか。ずいぶん詩的な名前だな」


 俺は10分ほどその魔法ページを読み、魔法を発動させる準備をする。


「よし、凪音(カームノイズ)!!」


 俺の詠唱と共に聞こえていた街の音がパタリと消える。まさに静寂、聞こえるのはシャーロックの興奮する声だけだ。


「これはいい、実際に体験すると違うものだ! この静けさは思考に集中するのに最適だね! どれどれ効果範囲はどの程度か……」


 突然立ち上がり扉を開けて階段を駆け降りていく。そしてパチンと下の方で手を叩く音が聞こえたかと思うと


「今のは聞こえたかい?」


 という声が聞こえてきた。ああ、と答えればまた階段を下る音。しかし今度は途中で音が途切れる。


 流れる静寂。そして今度は足音がだんだんと近づきついにシャーロックが戻ってくる。


「なるほど、効果範囲は半径5メートルほどだね」


 笑顔のシャーロックはまるで子供のようで探偵などとは到底思えない、ロリ……。いや今のは気持ち悪いからなかったことにしよう。


「さあ次は何を試してみるか、移動したら効果範囲も変化するのか? あとは内部の音に変化はあるのかな? ああ、それに……」


「すいません!!」


 シャーロックの興奮を遮るようにドアの方から慌てたような声が聞こえる。


 白いワイシャツに黒のベスト、ネクタイを締めとても整った印象を受ける。しかしその表情は打って変わって焦りや怖れといった感情を含んでいて息も切らしている。


 かなり急いでここまで来たことが見て取れるがその姿にシャーロックは目を細める。


「探偵事務所で合っていますか!? 今すぐにお話したいことがあるのですが!」


 シャーロックはにこりと笑って俺の方を見る。


「どうやら、実験をしてる暇はなくなってしまったようだね」


―――


 通りの馬車を走らせて向かった先は豪華な建物が立ち並ぶ通りだった。大きく舗装された石道には煌びやかな服を纏った者たちが行き交い、通りをはさむ店はガラス張りで紳士服が飾ってあったり、高級感あふれるアクセサリーが並べられている。


 外装こそ茶褐色のような落ち着いたものが多いものの、その雰囲気は渋谷や六本木といった街並みを思い起こさせた。


「それで、今回はどういったご用件で?」


 シャーロックが男に問いかける。すると男は少し頭を下げて答えた。


「ああ、すいません。申し遅れました、わたくしこのブリクストン街の宿屋、スカーレットの従業員であります、ネスシオ・リセヴォーです。この度は突然の訪問となりましたこと……」


「それはいいんですよ、リセヴォーさん。ボクが聞きたいのは事件の概要についてです」


 リセヴォーはその問いに対して少し躊躇いの動きを見せた。しかし意を決したようにシャーロックの顔を見てこう呟く


「……殺人です」


「殺人!?」


 思わず口から驚きの声が溢れる。今まで雑用のような仕事しかしてこなかったのだ。いきなり殺人事件の依頼なんてきたら驚かない方が無理だろう?


 しかし、シャーロックはあまり驚くような表情は見せていない。それどころかやはりなといった感じであった。


 俺は不思議に思ってシャーロックの耳元で


「おいどうしたんだよ。やっときた探偵の依頼だぞ。嬉しくないのか?」


 と呟いた。


「嬉しいに決まってるだろ? ただ流石に不謹慎だから沸き起こる興奮をこうやって抑えてるんじゃないか」


 あまりに正論すぎてなんだか拍子抜けしてしまった。


 それと同時に馬車が止まり、運転手が扉を開ける。そしてその外、目の前にあったのは5階建ての大きくそして豪華な建物だった。


 入り口には宿屋の名前の描かれた看板が美しい装飾をされ掲げられており、石壁の様々な場所に細かい彫刻が彫られている。ただ、新しく建てられたものではないようで所々にヒビが入り年季を感じさせた。


「でけぇ〜」


「確かになかなかに立派な宿場だね。見た目からして建てられたのは60年ほど前か、貴族や大商人、御用達の歴史ある場所といったところかな」


 宿屋の外観を眺める俺たちにリセヴォーは入り口の扉を開けて招き入れる。


「被害者の身元はわかっていますかね?」


「それなんですが……」


「なんでしょう? まさか、身元がわからないほど損傷が激しいので?」


 リセヴォーは何か黙ったまま歩き続ける。


 そして何も喋らずようやく立ち止まったところは客室ではなく、従業員のスタッフルームだった。


「なるほど」


 シャーロックはそう呟くが俺は今のところピンときていない。俺たちを紹介するつもりなのか、待機する必要があるのか、考えあぐねていた。


 扉が開くとそこには驚くべき光景が広がっていた。


 床に敷かれたカーペットの上に男が血まみれで倒れ、その周りにリセヴォーと同じような服を着た者達が取り巻いていたのだ。


「リセヴォー、戻ったか!」


 白髪でメガネをかけた老人がそう言ってこちらに近づいてくる。そのままその老人は俺の手を握って笑顔でそれを振った。


「あなたが探偵さんですか! いやぁありがとうございます!」


「いや、探偵はこいつです」


 俺がそう言って指さしたシャーロックはたいそう不満そうな顔をしていた。だがこの老人が俺を探偵だと思うのも無理はない。誰がこんな小さい少女を探偵だと思うだろうか。


 老人は慌ててシャーロックに謝り、話を始める。


「わたくしは」


 部屋の中は外装と同じくまさに貴族向けといったような豪華な飾り付けがしてあった。しかし、その美しさに俺は見惚れることはできなかった。なぜならその部屋の床に赤黒い血で”残り1つ”とおどろおどろしく書き残されており、何より豪華なキングサイズのベッドの上に刃物で胸を貫かれた死体が2つ置いてあったからである。


 俺はその光景に思わず立ちくらみした。人の死体を間近で見るのなんて初めてだったしその被害者の顔はこの世のものとは思えないほど歪んだものだったからだ。


 シャーロックはそんな俺の様子を気にかけることもなくすぐさまその遺体に近づき、一通り確認が終わると今度は部屋中を隅々まで調べ始めた。


「うん、大体わかった」


「何がだ?」


「もちろんこの事件さ。この2人はドレッバー卿、このブリクストンから少し離れたソルトレイクの街の貴族だ。この街の取引先の商人に話があったようだね。それにここにはいないが1人メイドがついてきていたようだ。雇われたのはここ最近のこと、といったところかな」


「あ、当たりだ」


 まじ? ただ部屋を見ただけで?


「なぜそんなことがわかる?」


「簡単なことさ。まあ名前はベッドの横にある杖に彫ってあった。ソルトレイクから来たというのもその杖からだ。杖に使われている木、独特の模様からソルトレイク付近にのみ自生する、カロリナポプラだとわかる。別に高価なものではないから特別な理由がないと使わない。例えばその街有数の貴族とかね」


 シャーロックは少し歩いて部屋の隅に置いてあった大きな荷物の前に立ちまた話を始めた。


「商人との交渉が目的だという件は荷物を見れば明白だ。ボク服以外に礼服が荷物の中にあった。しかも服の上には手紙が1通。取引している宝石類についてと書かれているのだから取引先との商談の話に間違いはない。メイドの情報もこの荷物からだ」


 そういうとシャーロックは荷物の中から他のものとは打って変わって質素な感じの鞄を引っ張り出した。


「この安物の鞄、まず間違いなく貴族のものではない。とすれば使用人のものだが荷物の量から1人ということ、そして中身から女性、つまりメイドだとわかる。荷物の中に入っている掃除道具は使い込まれておらずまだ比較的新しい。雇われてあまり時が立っていないんだ」


 俺の素性を言い当てたのも恐れ入ったがこれはそれ以上だ。現場を見たわけでも実際の人間を見たわけでもないにもかかわらずその人間の素性をここまで言い当てるなんて。普通の人間にできる芸当じゃない。


「お前本当に魔法使えないのか? 俺には今の推理が魔法にしか見えん」


「これは魔法なんかじゃないさ。観察と知識、そこから導き出されるただ一つの推理、まさに君が教えてくれた()()そのものだ」

いる。

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