Encounter with the great detective
あまりの驚きに空いた口が塞がらない。
シャーロック、ホームズ……。どういうことだ、俺の知っている世界のと同一人物? それとも別人? もし別人なら何故だ。そしてどっちが先だ? こいつがいるから小説があるのか、小説からこいつが生まれたのか。
鶏が先か卵が先か、答えのない疑問に思考がまとまらない。
しかしこの少女はそんなことなどお構いなしに好奇の目を持って俺に話しかけてきた。
「おお、ボクのことを知っているようだねぇ? なかなか見どころのある奴だ」
「だ、だって、知ってるも何も世界で1番有名な探偵と言っても過言じゃ……」
とおれはとっさにくちをつぐみ
そう言うとスタンフォードがくすくすと笑い出した。
「くくっ、ワトソン、お前そんな面白い皮肉が言えたんだな」
意味がわからず、は?とひとつ口につく。
「だってホームズはまだ17で探偵仕事なんてほとんどやったことがないんだぞ? 俺が聞いたのは猫探しにとかお婆さんの荷物運びとかだけだ」
「失礼だなスタンフォード君、仕事としてはまだだが、今まで数え切れないほどの難事件を解決してきたんだぞ! 君があげた仕事だってボクのことを何でも屋と勘違いしてる奴らの頼みを仕方なく聞いてやったんだ!」
反論する彼女はまるで子供のような感じで、18にすら見えない。失礼、別にクソガキと言いたいわけではない。
「……まあいい、気軽にシャーロックとでも呼んでくれたまえ、ワトソン君」
「あ、ああ。よろしく、シャーロック」
差し伸べられた手を握りながらそう応えると、シャーロックは何か納得した様子で手を離す。
「それで、どうだったんだい、イスフェン王国国境での軍医の仕事は?」
名探偵の名前を持っていると知っていた俺ですら驚愕する推理、何も知らないスタンフォードの驚きは計り知れないものだろう。
彼はまるで殺人の犯人かの如くたじろぎ、口をあんぐりと開け放心した様子を見せている。
「ど、どうしてそんなことが分かるんだ!?」
「スタンフォード君の接し方からワトソン君が昔からの友人というのは察しがつき、となれば同じ医学科にいたと考えるのは自然なことだ。そして手首あたりの傷、火傷のような銃弾が掠ったような、火炎系の魔法銃だろう。戦地で医者となれば軍医しかない。若い軍医が必要なほど人員が必要なのは現在激化しているイスフェン王国国境のみ、というわけだ」
すらすらとそう推理を話すシャーロックの様子には自慢といった感じは全くなく、本当に当たり前のことを言っている風だ。
スタンフォードはその推理を聞いて諦めたように口を開く。
「……そんだけすごい推理ができるなら俺がワトソンをここへ連れてきた理由もわかるだろ?」
「同居人の紹介だろ? いやぁ、助かるよ。魔法を使える実験の助手が欲しかったところだ」
実験の助手? おいマジか、さっきみたいな爆発のお供ってこと?
嫌な気持ちが顔に出たか、シャーロックは俺の顔を見てにこりと笑う。
「安心したまえ、怪我はするかもしれんが四肢が欠損するようなことにはならないさ」
不安しかないんですが……。
俺の気持ちをよそにシャーロックは両手を大きく広げた。
「まあとりあえず一緒に来てくれワトソン君! 早く君の使える魔法を知りたい!」
その言葉にスタンフォードは忘れていたとばかりに申し訳なさそうな口調でこう言った。
「ああ、すまんホームズ。ワトソン戦地で負った怪我で少々記憶が混濁してるらしくてな。魔法についても曖昧で覚えているかどうか……」
「なんだって!? 本当かいワトソン君?」
その問いにああ、と答えるとシャーロックは目を細めて顎に手を当てた。
「じゃあ、記憶喪失の原因は覚えているかな?」
「いや、戦地のこともほとんど覚えてない」
「ほとんどというと何か覚えていることがあるのかい?」
ミスった、完全に忘れたとでもいえばよかった。ううん、どうしたものか……。
「ええと、その場所の景色、とか」
「……なるほどねぇ」
シャーロックは視線を少し落としてそう呟く。この探偵が何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。
「ちなみに魔法についてはどれぐらい知っている?」
俺はその言葉に少し違和感を覚えた。記憶喪失と言っているのだから聞くなら知っている、ではなく覚えているになるはずだからだ。
だが、それが何かといえば別に何も思い浮かばない。とりあえず俺は正直に何も覚えていないと答えた。するとシャーロックは意外だというような顔をして俺を見た。
「……おいホームズ、そろそろいいだろう? せっかく久しぶりにワトソンに再会できたんだ、2人でいろいろ……」
言いかけるスタンフォードにシャーロックが手を出して制止する。
「すまないがそれはできない。ワトソン君にはすぐにでも同行していただきたい」
「なんで……」
「とにかく! そのくだらない昔話はまた後日にしてくれたまえ」
スタンフォードが諦めたようにため息をつく。
「こうなったらこいつはテコでも動かん。おいワトソン、これを」
そう言って俺の手に飛んできたのは腕時計のようなブレスレットだった。ただし時計の位置にはなんとも美しい透明な飾りがついていて、その透明は色がないながらも流動的に動いているように感じる。
さっぱりそれがなんなのか理解できなかった俺はスタンフォードに質問した。
「これはな……」
「多能魔水晶、人間のような直接エーテルを魔法に還元できない種族が魔法を使うための道具だ。それにしても研修医とはいえさすがはお医者様だねぇ。こんな高価なものをホイホイとプレゼントできるとは。どうせならボクにもくれないかい?」
少し嫌味のようにシャーロックが茶化す。それに少し怒るようにスタンフォードはお前には無駄だろう、と返すのだった。
「俺からの生還祝いだよ。それに低級マテリアルだからそんなすごい魔法は使えないしな。それじゃ後で暇になったら連絡よこしてくれ」
「ああ」
スタンフォードはそう言い残すと扉を出てどこかへ行ってしまった。
それにしても申し訳ないな。どういうわけかは知らんがスタンフォードの知るワトソンはもういない。俺が乗っ取ってしまったという表現が正しいかはわからないが勝手に体を使っているのは事実だ。
スタンフォードの後ろ姿を見てそう思う。
「ワトソン君、スタンフォードの好物はクジャタのステーキだそうだがそれは覚えていたかい?」
不思議な質問に俺はなんとなく嘘をついて覚えていたと答える。するとシャーロックはくすくすと笑い出し俺の方を睨んだ。
「すまないね、ボクはスタンフォードの好物なんて知らない。そもそもクジャタなど食用にすらされていない魔獣だ」
「い、一体何を……」
「君、嘘をつくときに左手の親指を強く握る癖があるね?」
俺は驚きを隠せなかった。髪型を少し変えただけでもすぐ気づくような玄でもその癖に気づくのに半年ほどかかったのをこの少女は会って十数分で見つけ出したのだから。
「さっきから記憶喪失に関する話題の時に手を見て見れば必ず親指を包み込んでいた。普通なら手を握り締めても親指は外だ。異常行為、つまり癖。よって記憶喪失というのは嘘というわけだ」
ごくり、と冷や汗をかきつつ唾を飲み込む。
「ただ奇妙なのは魔法を全く知らないということに嘘はないという点だ。正直生まれてから魔法を知らないなんて奴を見たことは一度もない。ただこういう話を聞いたことはある」
魔法のない別の世界からきた人間。
さっきの質問の違和感がわかった。俺が何者かを紐解くためにわざと知っているかと言ったんだ。
「……さすがシャーロック・ホームズってか」
顔が引きつり、口からは乾いた笑いが出た。現実とは思えないそのシャーロックの言葉に俺はただただ立ち尽くす。だがどうやら驚いているのは俺だけではないらしい。
「いや、まさか本当に異世界からの転生者だとは……。正直半信半疑だった」
「半信まで行ける思考回路が俺にはわからないね」
「だがそれだとワトソンはどうなる? 彼の親友であるワトソンはどこだ?」
「知らん。元の世界で死んだらいつの間にか電車に乗ってて、降りたらすぐにスタンフォードに声をかけられた。俺は俺の魂みたいなものがワトソンの体から魂を追い出して無理やり入り込んだ、みたいに考えてるけど」
「残念だが魂なんて非科学的なものボクは信じないんだ」
「魔法の世界の住人がよく言う」
俺がそう返すとシャーロックは意味ありげな笑みを浮かべた。
「君についてさらに興味が湧いたよ。君には絶対に僕の助手になってもらうと決めた。と、いうことで君、そして君の世界についていろいろ聞きたいからボクの事務所に行くとしよう。いいかなワトソン君?」
「あ、ああ」
楽し気に歩き出すシャーロックの後をついて俺は名探偵の事務所へと向かうこととなった。
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