Knox's Ten Commandments
強い衝撃
急天直地
そしてまた衝撃
まるで釜茹で、石川五右衛門
ただ冷凍庫、フランシス・ベーコン
手足を掴まれ宙ぶらりん
目玉は重くのしかかり
意識はとうとう暗暗りん
―――
ああ、俺は何をしているのだろう。こうやって俺が1人で家で適当にラノベを書いている間にも、同じ学年のやつらは進級試験を必死になってい解いているのだろう。
こんなテンプレな異世界転生もの書いたって誰も見やしないってのはわかってるんだがなあ……
和戸村慈恩22歳、大学3年生。年齢を見てお分かりの通りもうすでに1度留年していて、今現在行われている進級試験に合格しなければ2留してしまう。まあ点数以前に受けてすらいない俺は問題外というわけだ。
さてどうしたものか。進級試験をしなくてよくなった今、1日暇なのである。
「とりあえず玄の家にでも行くか!」
そう思い俺は重い腰を上げて家の玄関を開けた。
日差しが眩しい。まるで陰キャの俺を消し炭にせんとするように日差しが体を包んだ。
俺は負けんぞ。この程度の苦難、何度でも乗り越えてきたさ!(次元違い)
―――
インターホンを鳴らすとマイクのところからため息が聞こえてきた。
「なんだよ慈恩?」
明らかに喜びではなく鬱陶しいといった感じの声。けしからん。せっかく来てやったんだからもうちょっと嬉しそうな声で迎えろよ。
「……まあいいや、今開けるから待ってろ」
ドアの内側からバタバタと足音がしてガチャリとドアが開く。中から出てきたのはきっちりとしたワイシャツにネクタイをしたイケメン。俺の数少ない友人の牧田玄である。成績優秀で俺とは違い現在大学4年生、院試もしっかりと受かり現在は教授の元でいろいろとやっている、らしい。
「何の用だよ、今忙しいんだけど」
「家にいるじゃん」
「見えないか、この服?」
そう言うと玄はパッと両手を広げきれいなワイシャツを強調した。どういうことかと聞くとリモートで教授と会議をしていたらしい。
「でも多分もう終わったんだろ?」
「ちっ、そういうところだけ鋭いんだお前は……」
いやな顔をしつつも俺を家に入れてくれる玄にこういうところがみんなに好かれるところなのだなとをょうに納得した。
「で、今日は何の用だ?」
「別に、ただグダグダしに来ただけ」
「はあ? ……というか今日お前進級試験じゃなかったか? もう終わったのかよ?」
「あ、ああ! バッチリよ!」
「嘘だな、お前相変わらず嘘つく時に左手の親指を握る癖が出てたぞ」
「……ブッチしちゃった」
俺のその告白に玄の口から大きい”はー”がおよそ5秒ほど放たれた。その後あまりの驚きに目をかっぴらいて信じられないという顔で俺の方を見る。
「慈恩……、お前はもうだめだ……」
なんだ急に、やめろ。そんなあきらめとか悲哀に満ちた顔で俺を見るな!
心の中でそう思いつつ俺は何とも言えないような乾いた笑いが口から出た。
―――
「なんかいいネタないかな?」
漫画を読み終えた俺は不意にそう質問した。
「ううん、ジャンルは?」
「まあやっぱり異世界転生は外せないよなあ」
「それ面白いか? どうせ何かの二番煎じになるだろ?」
「まあなあ、だから異世界転生×何かってのがいいんだけど、なかなかこれが出てこんのよ」
俺がそう言うと玄は顎に手を当てて少し考えた後にひらめいたといった感じでこう口にした。
「異世界探偵、とかどうよ?」
異世界探偵、確かに見たことはない。ただ……
「それ成立するか? ほらあるじゃん、何だっけ、ナンチャラの十戒」
「ノックスな」
ノックスの十戒、その名の通りノックスという人物が推理小説に定めた10個のルール。
1.犯人は、物語の当初に登場していなければならない。ただしその心の動きが読者に読みとれている
人物であってはならない。
2.探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。
3.犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。
4.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
5.主要人物として「中国人」を登場させてはならない。
6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
9.相棒や助手は、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者
よりもごくわずかに低くなければならない。
10.双子や一人二役は、予め読者に知らされなければならない。
とこのように10個のルールがあるわけだがこのうちの2番は異世界や魔法というものが完全に否定されてしまっている。仮にこれらを破って小説を描くためには相当なつじつま合わせが必要であり俺みたいな3流以下の作家にそんなのは無理である。
「やっぱ、無理だろ。魔法によるトリックとか」
「いやできると思うな。読み手がしっかりと理解できる魔法の仕組みを考えてやればきっとできる」
「ううん」
「どうせお前大学中退するんだろ? 退学宣告されるまでくらい頑張ってみたらどうだ?」
なんて言い方だ。とげとげで心がつぶれる寸前だ。
……でもたしかに、このままぐだぐだ同じような話ばっかり書いてても何も始まんない。挑戦しないと成長なんてできないんだ。
俺は決意を固め立ち上がる。
「ちょっとBO〇KOFFで推理小説買ってくるわ!!」
「お、いいね!」
玄はそう言うと何やら机の中から何かを取り出し俺に向かって投げかけた。それは銀色のペンダントでトップの飾りには表に”J”、くるりと縦に回せば裏には”W”と彫られていた。どうやら少し前のイギリス旅行で俺のための土産として作ってくれていたらしい。
俺は玄にありがとうと伝え玄関の扉を開けて目的地へと走り出す。左手を少し振る玄は笑顔とともにまだ何か俺を憐れむような感じがして俺も少しイラっとした。
―――
B〇OKOFFについた俺は普段しっかりした小説のコーナーなど立ち寄ったことがなかったため、推理小説を見つけるのに難儀していた。
まず作者の名前も小説のタイトルもわからないため作家名のあいうえお順に並べられてもわかるわけがない。かと言って特定の小説のタイトルもわからないからスマホで検索もできない。
どうすんだこれ、八方塞がりなんだが? わかんねー、作者の名前……。東ナンタラみたいな日本人作家いなかったか? いややっぱ無理だ、よしあきらめよう!
そう思って出口に向かおうとしたその時、よく見覚えのある名前が目に入ってきた。
”シャーロック・ホームズの冒険”
その文字列を見た瞬間嫌な記憶がよみがえる。中学生時代に苗字が和戸村であるためにホームズの助手ジョン・ワトソンになぞらえ和戸村と呼ばれていたこと。そのせいでクラスのトップtierの男子とその取り巻きにいじめられ続けたこと。俺の嫌な思い出の上位5位には入ってくる記憶だ。
俺は嫌悪感を覚えつつも一番有名な作品ということでその本を手に取った。
ふーん、作者の名前アーサー・コナン・ドイルって言うんだ。……ああ、だからコナン君はコナンって名前なのか!
今更過ぎる発見とともに会計を済ませ俺は店を出る。赤信号の前に俺はホームズの小説をぺらぺらとめくる。
堅苦しい言葉でラノベに慣れている俺にはかなり読みづらい、と予想をしていたのだが意外にもそんなことはなかった。それどころか今まで触れてこなかったような文章を見てドンドンと頁が進む。
まあ謎解きとかそういうのは好きだったけど、まさかこんなに引き込まれるとは。これなら意外といけるかもしれない。
希望的観測に基づくその想いは突如鳴り響く不可解な音にかき消された。
トラックに轢かれたわけではない。しっかりと青信号で渡った。
その音は建物と建物の間、薄暗い路地裏から聞こえてきたもので、どちらかといえば機械音のような感じがした。
俺は本を閉じてバッグへと仕舞い、幽霊とかそういうのでないことを祈りつつ恐る恐るその路地裏へと入っていく。
一歩、また一歩と足取りが重い。ようやく角に辿り着きその先をスパイ映画さながらにのぞき込む。そこには、月並みな表現ではあるがまさに黒ずくめ男が二人経ってひそひそと話をしていたのである。
「もうそろそろか」
「ああ、始まったら迅速に行動するんだ」
こんな事現実にあんのかよ。一体なんだ、麻薬取引、反社の会合とか?
いろいろと思案したがとりあえずすぐにその場を立ち去るべきだと判断して俺はゆっくりと後ずさりを始める。
ドスッ!!
頭に強い衝撃が走った。
「このクソガキが。まあいい、早く運ぶぞ」
そのあとのことはよく覚えていない。ただ最後に俺の血にまみれたシャーロック・ホームズの小説を見てわけもわからない詩を思いついたことは覚えていた。
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