第7話:作戦会議
「夕桔、こっちだよ。」
都内某所に位置する、高級ホテルへと夕桔はやって来た。
本来であれば縁のない所だが、待ち合わせ場所として指定されたのでやって来た。
入り口横で伶が手を振っている。
それを確認すると、周囲をチラリと見てから近付いた。
「おはよう、夕桔。」
伶の私服姿は新鮮だ。パンツスタイルが良く似合っている。とても1学年上には見えない。
「おはよう、伶。出来る女って感じの恰好だね。」
「場所が場所だけにね。夕桔は……うん。似合ってるよ。」
「いいよ。無理して何か言わなくて。」
アウターにデニムでカジュアルさが際立つファッション。学生らしい恰好ではあるものの、高級ホテルには似つかわしくないと言える。
しかしながら、これでもファッションに興味のない夕桔にしては頑張っているのだ。
専門店に独りで買い物に行き、流行りもオシャレも何も分からず、展示してあるコーディネートを一式纏めて購入したという経歴である。
店がマネキンに着せて飾っていた恰好だし、可笑しくはない……はず。
「夕桔の良さを引き出すファッションだと思うよ?」
「いいから、もう……それで?何でここ集合なの?」
ミラ・ホーキングに関係するアルバイトの話をする、という内容であったはずだ。無論、それが表向きの理由であることは理解している。
……が、どういう内容であれ、わざわざ高級ホテルに来る必要はなかったはずだ。
「信用……的な話かな。まぁ、ここで話していても仕方がないよ。中で話そうか。案内するよ。」
「……分かった。」
伶に連れられるままに高級ホテルへと足を踏み入れる。
こういう施設に入ったことがないので具体的にどれくらい凄いのかは分からないが(盗みに入るのは高級品を扱う店が多い)、普通とは雰囲気が明らかに違うことは理解出来る。
広くて煌びやかで、足元には絨毯?が敷かれていてふかふかしている。雨の日はどうするんだろ?
「こっちだよ。」
色々と見学したいところだが、あまりきょろきょろしていると怪しまれる。
伶もそう考えているのか、観察し始めたところで手を引かれてエレベーターへと連れてこられた。
エレベーターの中も広い。ボタンが沢山並んでいる。金があるって凄いことだ。
「伶はこういうトコ、慣れてるの?」
「滅多に来ないね。そういう仕事もなくはないけど、慣れてる振りをするだけだよ。」
「そっか。」
なんか安心した。
静かに稼働していたエレベーターが止まり、降りるわけだけど……。
雰囲気がこれまた違う。
「このフロアはVIP専用。他に誰もいないのは確認済みだから安心して。」
いわゆる、スイートルームというやつだ。
「このホテル自体が何かしてるってのは……?」
「100%じゃないけど、まずないだろうね。客の信用を失う行為は簡単にはしないと思うよ。さぁ、その正面の部屋だよ。」
何となく、察しはついていた。
「ねぇ……今更だけど私、場違いじゃない?」
「そんなことないよ。歓迎してくれるだろうから安心して。」
そう言われても、不安というものは簡単には拭えない。
何て思っていると、伶はドアを3回ノックしていた。
まだ心の準備が……。
「……来たか。」
ドアが僅か開いて、隙間から鋭い視線が突き刺さる。
「伶です。後輩と一緒です。」
「入れ。」
ドアの開き具合が大きくなる。
背の高い外国人が招き入れてくる。金髪の若い男性だ。
伶が躊躇いなく入っていくのを見て、腹をくくる。
ホテルの1室とは思えないほど広い空間。調度品からして高級さが伝わってくる。
その高貴な空間の中にあるソファに小柄な少女がちょこんと座っており、そのすぐ後ろの茶髪の男性が立ってこちらを睨むように見つめていた。
出迎えてきた金髪の男性は少女の後ろ──茶髪の男性の隣に並ぶ。
「──さて、君たちにここに来てもらった理由は他でもない。それは……。」
金髪の男性が語り始めたが、それを無視してソファに座る少女が立ち上がって伶に駆け寄る。
「あ、ちょ……。」
「会えて嬉しいです!リョウ先輩!」
「久しぶり。ミラ。」
伶に嬉しそうにハグする少女。それをただ後ろから見つめる夕桔。2人の男性は大慌てで少女へと近寄る。
「ミラ!もしものことを考えて……!」
「リョウ先輩のコト、信用できないっていうのお兄ちゃん!?」
「い、いや!そうは言ってない!それでも万が一のことを……!」
「リョウ先輩を悪く言うなら、嫌いになるから!」
「……!?」
絶句する2人。
この3人、兄妹なのか。そして第一印象よりも面白い雰囲気の人たちなのかも。
蚊帳の外で夕桔はそう思った。
そうこうしているうちに伶から離れた少女──ミラは笑顔を夕桔へと向けた。
「ハジメマシテ!あなたがリョウ先輩の言ってた……。」
「紹介するよ。私の後輩の夕桔。信頼出来る子だから安心して。」
「先輩の後輩……つまり私にとっての先輩ってことですね!ヨロシクお願いします、ユキ先輩!」
「……うん。よろしく。」
握手を交わすとぶんぶんと大きく上下に振った。
腕を振られながら夕桔は観察する。
この子が、あのミラ・ホーキング……。
プラチナブロンドの右側が長いアシンメトリーな髪型。身長は低い。150㎝ないくらいだろうか。笑顔はあどけないが、大物スターの雰囲気も同時に纏っている。
……ように見える。
「リョウ先輩の後輩ってコトは、やっぱり……。」
「同業者ってところかな?夕桔、改めて紹介するよ。彼女は……。」
伶の言葉をミラは右手で制す。
「待ってください!ここから先は私たちが。お兄ちゃんたち!アレをやるよ!」
「よしきた!」
3人が一か所に集まる。
「何やるの?」
夕桔は伶に耳打ちするも「見てれば分かる。」と言われてしまった。
兄妹3人は顔を見合わせて頷き、金髪の男性が右腕を斜め上に伸ばすポーズを取る。
「長男!レオ・グレイス・ホーキング!コードネーム【イーグル】!」
茶髪の男性の男性が対となるように左腕を伸ばす。
「次男!ジャック・グレイス・ホーキング!コードネーム【バーディ】!」
プラチナブロンドの少女が中心で両手を広げる。
「長女!珠羅・グレイス・ホーキング!コードネーム【アルバトロス】!」
そして兄妹の声が重なる。
「我ら!バード・ファミリー!」
これが特撮動画なら、ここで背景で爆発が起きていることだろう。
「……。」
「夕桔、何か言わないと。」
今度は伶が夕桔に耳打ちする。
「……あ、えっと、バード・ファミリーって確か……。」
困惑の中、何とか絞り出した言葉がそれだった。
だが、そんな夕桔の思いはつゆ知らず、ミラは大きく胸を張る。
「私のパパ、結構すごいんですよ!」
「簡単に言うと、スコットランドのマフィアだよ。」
「え?ああ、だからか……。」
伶の説明に驚きもしたけど、すぐに納得した。
バード・ファミリーという名前、そしてホーキングという名字。
どこかで聞いたことあると思っていたけれど、裏社会の組織について調べた時に目にしたことがあった。
そっか。あのバード・ファミリーか。
「……あれ?それなのに表舞台に出て大丈夫なの?」
長女って言ってたってことは、ミラはボスの娘ってことなのだろう。そんな存在が表立って活動することは危険な気がする。
夕桔の疑問に尤もだとレオが頷いた。
「事実、そういう意見や匿名のリークが報道機関に届けられたりする。だが、それらは全てアンチのデタラメで片付けられている。」
ミラは世間的に認知され、知名度のある存在である。だからこそ、事実であっても世間はそれを信じない。
これほどの有名人が悪人のはずがないと、盲目的に信じられているのだ。
「だが、それでも危険ではあるから、ほどほどにしてほしいと思っている。今回の件も、それに関係しているんだ。」
レオの言葉にジャックは険しい表情となり、ミラは困ったように頬を掻いた。
「私が呼ばれた理由だよね。伶からまだ聞いてないんだけど……。」
「盗聴の心配もあったけど、直接話した方が良いと思ってね。レオさん、例のメールを。」
伶の言葉にレオはノートパソコンを持ってきて、テーブルの上に置いた。
「これはミラのオフィシャルサイトだ。コンサートやグッズの情報を載せているんだが、意見をメールで投稿出来るコーナーがある。そこに日本でのコンサートを発表した日にこんなメールが届いた。」
「……なんて書いてあるの?」
英語で書かれているため、どういう内容なのかさっぱり分からない。この兄妹が日本語で話しているから意識してなかったけど、ここに日本語で書かれているわけなかった。
「色々と書いてあるが、要は殺害予告だ。」
「アンチのこういうコメントは多いので、いつもは無視してるんですけど……。」
「ミラほどの人気になれば、毎日のようにアンチからのメールはくる。だが、今回のは少し具体的で嫌な予感がした。」
知名度があるというのも大変らしい。
「内容は、日本でのコンサート中に殺して台無しにしてやる、というものだ。そのための準備を進めている、と。」
レオの言葉をジャックが引き継ぐ。
「念の為にと、日本の情報屋に調査を依頼したところ、数名の殺し屋に依頼が入っていたことが判明した。」
「まぁ複数名雇うのはリスクが高いから、本命は1人で他はフェイクだろうね。そういう経緯があって私に協力してほしいとバード・ファミリーから依頼があって、夕桔に協力してもらおうと思ったってわけ。」
「協力はするけど私、戦闘とかは……無理だよ?」
喋りながら魔法少女の力を使えばと思ったけれど、それはちょっと難しい話だと思い言葉を濁した。
「仕事は主に警備になるね。どういう手でくるかは分からないけど、そもそも暗殺を無理だと思わせられればそれで良い。」
諦めさせる。
最善手かどうかは分からないが、それが一番現実的だろう。
「ちなみに、コンサートを中止させるというのは?」
それが最も安全だと思ったが、ミラが首を横に振った。
「それはダメです。楽しみにしてくれてるファンにモウワ……モシ?」
「申し訳、かな?」
「それです。リョウ先輩。……申し訳、ないですし、テロ予告に負けるのはナシです。」
「これに屈したら、それだけで相手の目的は半分達成されたようなものだ。それに一度前例を作ってしまったら、愉快犯含めて増長する可能性が高い。」
今後のことを考えると、阻止するしかないってことか。
「分かったよ。協力して、私もミラを守る。」
皆が力強く頷く。
「でも、具体的にどうするか決まってるの?」
ミラが人気者ってことは知っている。だからコンサートにも何万人と来るはずだ。その中に紛れているであろう犯人や殺し屋を警戒するというのは不可能に近い。
「案はいくつかあるんだけど……。」と伶が切り出した。
「明日、リハーサルを行う予定でしたよね?」
「ああ。日本の環境に慣れるためにも、本番のステージで行う。」
レオの言葉を聞いて伶は人差し指を伸ばす。
「敢えて無防備なところを見せて誘い出す。影武者を用意して、隙を晒す。どうかな?」