第6話:生徒会とお茶
『へいやっほー!あなたに癒しと潤いを!バーチャルタレントのビタミンちゃんこと椎名キンカンだよ!本日の話題はコチラ!若者を中心に世界中で大ブレイク中のスーパーダンサー、ミラ・ホーキングについて!なんと彼女が日本に緊急来日!することが発表されました~!パチパチパチ~!ゴールデンウィークに色んな都市でコンサートするんだって~。チケットの抽選は今日の24時からスタートするから、これは要チェックだね~。それでは!詳しく見ていきましょう!まずは──。』
オレンジ色の髪をしたキャラクターが喋る配信を見て「ふーん。」と夕桔は呟いた。
若者にこの人物が人気ということで過去の動画をいくつか観てきて、今日配信しているのを偶々発見したので覗いてみたが、人気の理由はよく分からない。多分、このキャラクター自体に興味がないと面白くないのだろう。
明日の学校、この話題で持ち切りなんだろうな。
夕桔がクラスメイトに話しかけてみる、という目標を立ててから数日が経過した。
その間、特に何もなかった。
行動を起こしてみようと思ったが、そう思っただけで何かしたわけではなかった。
新しい環境になってすぐならともかく、少しでも時間が経ってしまうと中々難しいものである。
そう。難しいのである。殆ど話したこともないのに、急にグループの話題に入っていくのは厳しい。
せめて、ある程度話したことある人なら……。
「……あ。」
────。
「ねぇ生徒会長。ビタミンちゃんかミラ・ホーキングって知ってる?」
「何ですかその質問?それと、生徒会長ではなく副会長です。」
藍兎学院高校、生徒会副会長・玉光青葉は困惑した。
1年生の時にクラスメイトであり問題児であった二ツ森夕桔が急に話しかけてきたこと。何故その話題についてなのかよく分からないこと。昼休みに自分のいる教室までやってきたこと。
以上3点。
先日声を掛けた時は敬語で対応されたが、今回はため口である。
別のクラスになって距離が生まれたと思っていたけど、あれは気の迷い……?
「ミラ・ホーキング、については知っています。テレビで観たことあるので。」
「そっか。そっちか。」
そう言う彼女はどこかガッカリした表情をした。
私、何か間違えた……?
「ミラ・ホーキングがね、今度、日本に来るんだってね。」
辿々しく喋る夕桔。
しまった。そっちの話題のことはよく知らないや。
なんて考えても遅い。言葉を紡ぎながら夕桔は頭を働かせる。
これで会話が途切れてしまっては、それは会話と呼べる代物ではない。
「そうなんですね。」
そう答えてから、青葉は間違えたと思った。
これでは会話を止めたいみたいではないか。理由は分からないが、素行不良の彼女がこうして話しかけに来ているのだ。
彼女の人となりを知る為にも、そこから更生させていく為にも、ここで会話を終了させるわけにはいかない。
「えっと、二ツ森さんは、ダンスに興味があるのですか?」
「え?いや、そんなに……。」
また間違えた?
青葉は頭を抱える。
ミラ・ホーキングってダンサーじゃなかったっけ?
テレビで観たことがあるだけだから、勝手にそう思っていただけで実際は違った?
困惑した表情を浮かべる青葉を見て、夕桔もまた頭を抱える。
そっか。有名なダンサーって言ってた。その話題を出すってことは、それに興味があると思われて当然。そりゃあ変に思われるよ。
「あ、いや、これから知っていきたいなぁ……って。」
「あ、そういうことだったんですね。体育の授業でもダンスをやることはありますし、良いことだと思いますよ?」
「そっかぁ。あはは。」
「うふふふ。」
……気まずい。
そんな2人を救うかのように予鈴が鳴った。
うーん……失敗だなこれは。
「放課後!リベンジするからね、青葉。」
そう宣言して夕桔は教室を出ていった。
突然名前で呼ばれた青葉はポカンとして去る夕桔の背中を見送った。
「え、ええ……夕桔、さん。」
自分の教室へと戻る最中、夕桔はスマホを取り出す。
改めて調べておこう。
ミラ・ホーキング……スコットランド人と日本人のハーフ。現在14歳。有名なダンサー。
……うん。覚えている内容と差異はない。青葉のあのリアクションは殆ど知らないからってことかな?テレビで観たことあるって言ってたし、そのくらいの認識だったということだろう。
本屋で立ち読みしたあの雑誌、買っとけば良かった。
でもあの時は強盗がやって来たし、その後は魔法少女も来てしまったし……。
そういえば、その時に魔法少女として人目に付いてしまったけれど、世間にはどう思われているんだろう?
知っておきたいと思い検索しようとしたところで、昼休みの終わり間近だったことを思い出した。
時刻を見ると、あと2分くらいで授業が始まってしまう。
「ヤッバ……。」
授業自体はどうでもいいけど、遅刻して変に注目されるのはごめんだ。
スマホをポケットにしまうと、夕桔は廊下を駆け出した。
放課後──。
「青葉~……いない。」
再び玉光青葉のクラスを訪れた夕桔だったが、彼女の姿がないことに気が付いた。
「玉光さんなら生徒会室に行ったと思うよ?」
ドアの近くの席の女子がそう教えてくれた。
「ありがとう。そっか、生徒会か。」
言われてみれば当然だ。どういう業務をやっているのかは知らないけど、部活みたいに毎日やってるもんだから、そっちにいることの方が多い。
生徒会室ってドコにあったっけ?
何てことを考えながら校内を彷徨うこと数分、1階の隅にあるのを発見した。
「失礼しまーす。青葉いる~?」
「ゆ、夕桔さん!?どうしてここに?」
「どうしてって……放課後、会いに行くって言ったじゃん。」
口を尖らせる夕桔を見て、青葉はリベンジと言われたことを思い出した。
あれはそういう意味だったのか。
「そ、そうでしたね。ごめんなさい。」
頭を下げる仕草はとてもスムーズだ。
「しかし、生徒会室にまで来られなくても……。」
普通の教室よりも広めな生徒会室。
壁際にはキャビネットが並び、そこには何かの資料が敷き詰められている。部屋の中央にはデスクが向かい合うように置かれ、それとは別に全体を見られる位置に席が1つある。
「まぁまぁ、いいじゃないか。玉光クン。今日は僕たち以外に誰もいないことだしね。」
「黒岩会長……会長がそう仰られるのなら。」
他と違う位置のデスクに腰掛ける男子生徒の言葉を受け、青葉は少しばかり困ったような表情を浮かべた。
「君は玉光クンのお友達かな?僕は生徒会長の黒岩健吾だ。よろしくね?」
【生徒会長】と書かれた卓上プレートの埃を払い、にっこりと微笑む。
「どうも。二ツ森夕桔です。」
答える夕桔は対照的に仏頂面である。
興味ない、顔にそう書いてあった。
その態度を気にしていない様子で、黒岩は和かな表情を続ける。
「さて、今日中にやらなくてはならない業務はない。玉光クン、よければ二ツ森クンとお茶でもしてきたらどうだい?」
「会長…………では、お言葉に甘えさせていただきます。」
青葉は若干悩んだものの、厚意に甘えることにした。
「うん。玉光クンはいつも頑張っているからね。ゆっくり羽を伸ばしてきたまえ。」
「はい。では本日は失礼します、会長。」
深々と頭を下げ、鞄を持って夕桔に声を掛ける。
「では夕桔さん、行きましょうか。」
何となくであったが、夕桔も黒岩に礼を言って2人は生徒会室を出た。
「ところで夕桔さん?お昼の話の続きとのことですが、どこかお話するのに良い場所は知っていますか?恥ずかしながら私、友達と遊ぶ場所を知らなくて……。」
「友達と遊ぶ場所……?」
夕桔は異国の言葉を聞いたかのように復唱した。
そんなところ、知らない。伶とは友達だけど、一緒にどこかに出掛けたりはしたことない。
「夕桔さん……?」
2人で歩く廊下。外から運動部の声が微かに聞こえてくる。
「遊ぶところ、ね……。」
先日、ヒスイと話した公園はどうだろうか?いや、あそこは歩いていくにはちょっと遠い。それに生徒会長を名乗る男にお茶をしたらと言われた。
「…………勿論、知ってるよ!」
喫茶店・フォルトゥナ
夕桔に思いつくお茶をするところといえば、ここしかない。
「趣のあるお店ですね。」
「うん、まぁ。そだね。」
お店の扉を開けると、にこやかな笑顔を浮かべた女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ……あら、夕桔ちゃん。また来てくれたんですね。」
「こんにちは、成舞さん。」
いつも笑顔なこの人を見ていると、何だか落ち着く気がする。
「お好きな席にどうぞ。リラックスしていってね。」
前に来た時にも座った窓際の席に着き、青葉と向かい合う。
コーヒーとケーキを注文し、届くのを待ってから青葉は口を開いた。
「夕桔さん、お昼のお話の続きを、とのことですが……。」
「うん。青葉とこういう話、してみたいと思ったからさ。」
あらあら、まあまあ……。
カウンターの向こうで簡単な作業をこなしつつ、2人の会話が耳に入ってくる恋椋は嬉しそうに口元を手で押さえた。
会話がなくて初々しい雰囲気だと思っていたけれど、これからお友達になるような関係だったのね。これはお姉さんとして応援しなくちゃ!
「ダンスのことってよく分かんないだけど、どういうトコに注目してみればいいんだろ?知ってる?」
「私も詳しくはないのですが、動作……というのでしょうか?上手な人はやはり、素人目から見ても速さとかが違う気がします。」
「なるほど……。そういう見方か。」
なんか、こういう会話、楽しいかも。
互いに詳しくないからこそ、憶測で好き勝手に発言出来る。そこに生産性はないものの、気を遣う必要のない気楽さがあった。
その感覚が夕桔にとって新鮮であり、楽しいと感じるものであった。
「お話し中、失礼しますね。こちらをどうぞ~。」
雑談が盛り上がってきた頃、恋椋が2人のテーブルへやって来てクッキーを置いた。
「あ、頼んでないのですが……。」
「いえいえ、こちら、サービスです。お2人のこれからの幸せを願って。ね?マスター?」
突然声を掛けられたマスターはビクッと反応を示した。
あの人、相変わらずだな……。
そう思いながら夕桔はクッキーを受け取った。
「ありがとうございます。成舞さん。」
「あ、あの、ありがとうございます。いただきます。」
「うふふ、召し上がれ。」
それから紅茶を追加で注文し、2人は盛り上がった。スマホで動画を見て、思ったことを語り合った。
青葉は最初、店内で動画を音声を出して見るのは迷惑になるのではと言ったが、店員の恋椋が他にお客さんがいないから大丈夫よと許可を出したことにより、無自覚にいつもよりも大きな声で夕桔との会話を楽しんだ。
他の客が来たのは1回だけ。疲れた様子のサラリーマンがやって来て、目当ての物がなかったのか、カウンターに置いてある募金箱に触れて帰っていった。
それを横目に見て、真っ当に働く人は大変だなと夕桔は思った。
「あ、すみません。そろそろ帰らないと。」
日が落ちた頃、青葉はそう言って財布を取り出した。
「ん?門限?」
「はい。夕桔さんは大丈夫なんですか?」
「私?私は──。」
特にない。そう言いかけて新学期初日、門限があるとか言ってカラオケを抜けたことを夕桔は思い出した。
「──私もそろそろ帰らないといけないから、今日はここまでにしよっか。」
「はい。そうしましょうか。」
各々で料金を払い、喫茶店を出て街灯に照らされた道を歩く。
特に会話せずに黙って歩く時間が進んだが、以前に比べると気まずさといったものは感じなかった。
「それでは、私はこちらなので。」
「そっか。じゃあ、ここまでだね。」
「はい。夕桔さん、また明日、学校で会いましょう。」
「……うん。また明日。」
遠ざかっていく青葉の背中をしばらく見続けた。
また明日、か。
初めてだな。こんな会話。こんな気分。
夜空を見上げると、町の光に負けない星明りがちらほらと。
「……こういうのも、悪くないもんだな。」
無意識に微笑んで、歩き始めた。
「……!」
そこでスマホが振動し、一気に表情が引き締まる。
電話の主は……伶か。
「どうしたの?伶?」
『やぁ夕桔。今、平気かな?』
声は穏やかだ。勘でしかないけど、盗聴を警戒するような内容ではなさそうだ。
「うん。今さっき、友達と別れたところだから。」
『友達?へぇ……それじゃあ学校が楽しいって思える理由、1つ出来たね。』
「うるさいなぁ。それで?何の用?」
照れくさくなって、少し怒った口調になる。
それを察したのか、電話越しに笑う声が聞こえた。
『お願いしようと思ってね。ミラ・ホーキングって知ってる?』
知っているも何も、さっきまで話題にしていた人物だ。
そのことを伝えると、再び笑う声がした。
『そっか。少し意外だけど、興味を持ってくれているなら丁度いい。ミラが今度、日本に来ることは知ってるよね?』
「うん。ゴールデンウィークに来るんだったよね?」
『そう。詳しくは直接会って話そうと思うんだけど、簡単に言うとアルバイトの募集があってね。夕桔にもそれに参加してほしいんだけど、どうかな?』
伶が言う以上、単なるアルバイトじゃないことは明白だ。
そもそも、その話を伶が知っていて、私に振ってくる時点で何かある。
前言撤回。程度はあれど、盗聴を警戒する用件だった。
……が、それはそれとして、引き受けても良いと思う。
「分かった。やってみたい。」
『そう言ってくれて嬉しいよ。それじゃあ、近いうちに会おうか。その時に話すよ。』
「了解。私はいつでも良いから、伶の都合の良い時で。」
『そう?なら──。』
話しながら、夜空を見上げてみる。
心なしか、さっきよりも輝いている気がした。