第4話:アマテラス・ヒスイ
最近(明確な日時は不明)、日本に出現した魔法少女【アマテラス・ヒスイ】。
都内を中心に活動している姿を幾度となく目撃されていることから、その近辺に拠点があるのではないかと推測されている。
……が、まさか鉢合わせるとは。
夕桔は表情には出さずに頭を抱えた。
いや、魔法少女とは事件が起きた時に駆けつける存在。ちょっと考えてみれば、この現場にもやって来ることは予想出来たはずだ。
つまり、私が変身して対応する必要はなかったというわけだ。
「あー……えっと……。」
なんて誤魔化そう。
言葉に詰まっていると、【アマテラス・ヒスイ】が両手を握ってきた。
「貴女も魔法少女なんですよね?はじめまして!私、魔法少女の……。」
「【アマテラス・ヒスイ】……ですよね?」
「ご存じでしたか。光栄です。失礼ですが貴女のお名前は……?」
一瞬、テキトーな名前をでっち上げようかとも思ったが、正体を明かさないのであれば、正直に言っても問題ないと思い直した。
「……私は魔法少女【ペルセウス・コーラル】です。」
喋りながら思った。
いつもの私とほとんど変わらない。さっきまでは別人みたいな感覚だったのに。変身した直後の高揚感みたいなものだっただけ……?
「じゃあ、私はやることがあるので……。」
と言いかけたところで、食い気味に遮られる。
「あの!魔法少女同士、お話しませんか!?」
多分、興奮していてこちらの言葉が殆ど耳に入っていないのだと思う。
「あー……えっと……。」
さて、どうしよう?
正直に言って、断りたい。
目立ちたくないし、さっさと帰りたい。
けれども、こうして認知されてしまった以上、無下にするのはどうだろう?
後々のことまで考えると、ここは穏便に済ませるべきか?
「……まぁ、少しなら。」
悩んだ挙句、曖昧な返答になってしまった。中途半端である。
だが、それでも嬉しいのか、魔法少女【アマテラス・ヒスイ】は握ったままの両手をぶんぶんと振った。
「本当ですか!?とても嬉しいです!」
握ったままだった両手をそこでようやく離してくれ、彼女は周囲の人だかりに頭を下げる。
「皆さん、私たちはこれから魔法少女として大切なお話がありますので、これにて失礼させていただきます。警察の方々が犯人グループを逮捕したので大丈夫かと思われますが、帰り道には念の為注意してご帰宅ください。では、失礼します。」
深々と頭を下げる魔法少女の姿を隣で見、この女性はしっかりしているなぁ、とかお嬢様なのかなぁ、とか色々と思う夕桔であった。
だが、そんな呑気な感想はすぐに吹き飛ばされる。
「それでは【ペルセウス・コーラル】さん。移動しましょうか。ついてきてください。」
「えっ?」
膝を軽く曲げ、簡単な予備動作で【アマテラス・ヒスイ】は近くの建物の屋根の上へと飛び乗った。
「…………。」
魔法少女ってホント、人間の常識が通じない存在なんだなぁ。
そして、そんな力を私も手に入れて、それを使ってしまったんだ。身の振り方に注意しないと。
それから──。
2人で屋根の上を跳ねるように移動し、大きめな公園へと到着した。人は当然いるが、開放感のある場所だからか、街中に比べると注目されている感覚はない。
あんなに跳んで、走って、猫になった気分だったなぁ……。
若干の現実逃避を含む感想を抱きつつ、夕桔は目の前に立つ魔法少女【アマテラス・ヒスイ】を改めて観察する。
詳しくはないが、和服ドレスという衣装だろう。緑色……いや、翡翠色がベースを担っており、金色の縁取りがアクセントになっている。
真っ直ぐなロングヘアも濃い目の翡翠色だ。顔つきはキリッとしていて、真面目な印象を受ける。
そういえば……私も髪型、変わってるんだよね。
後ろに手を伸ばして、束ねられた髪を軽く引っ張ってみる。後頭部の感覚からしてポニーテールになっているみたいだ。
「……それで、ヒスイ?話って……?」
「ヒスイ……?それって私の呼び方……?」
「え、あ、ごめん。馴れ馴れしかった?」
怪訝な顔をされたので、慌てて謝る。
いちいち【アマテラス・ヒスイ】って呼ぶのも面倒だと思ってのことだけど、こういう真面目そうな人には良くなかった……?
「い、いえ!あの、私、これまであだ名で呼ばれたことがなかったので、少しばかり驚いただけです。是非、そう呼んでいただけると嬉しいです。その……コーラル、さん。」
「あー、うん。よろしく。」
こう……モジモジされると、調子狂うなぁ。
夕桔は頭を掻き、小さく咳払いをして気持ちを整える。
「じゃあ改めてヒスイ、話ってどういうの?」
プライバシーに関わることならNGだけど、魔法少女のこととかなら……と思ったけれども、今日、初めて魔法少女になったのだから、言えることなんて何もないか。
冷静に考えて、話を受けるって判断は間違いと言える。
「その……素顔を見せていただくことは可能でしょうか……?勿論、私も正体を明かしますので、お友達になってくださると嬉しいです。」
「え、それは無理。ごめん。」
いきなりNGな質問がきた。
ヒスイはしゅんとしてしまったが、こればっかりは仕方がない。
でも、ちょっと可哀想にも思える。
「えーっと、私、魔法少女になったばっかりだから、ヒスイには先輩として色々教えてほしいなぁって……。」
「……!ええ!任せてください!」
両手をぎゅっと握って、彼女は眼を輝かせた。
スキンシップ、ちょっと強めか……。
中身がどういう人か想像出来るな。
「それじゃあ私は、その……私生活のことで色々あるから、また今度話そうね。」
「そうでしたか。それは無理に誘ってしまい、申し訳ありませんでした。」
「ううん。こちらこそ。じゃあ、またね。」
「はい。また会いましょう。」
挨拶をして、身体能力のチェックも兼ねて跳ねて移動する。1回の跳躍で数メートル飛ぶのは、慣れるまで不安になる感覚だ。そもそもとして、慣れたくないけど。
「えーっと……。」
先程いた場所から死角になるところまで移動して、衣装の内側にぶら下げているペンダントを握る。
振り返ってみると、変身する時は無我夢中……というより、半ば無意識下での行動だったように思える。だけど、魔法少女に変身する際に『変身』という合言葉?によってそうなった。それほど単純なものであるならば、逆もまた然り、と判断して良いはずだ。
「……解除。」
一瞬、光に包まれた……気がした。
気が付いた時には、いつもの自分……制服姿に戻っていた。
良かった。ちゃんと元に戻れた。ダメだったら、どうしようかと不安だった。
「さて、と……。」
隠れながら、先程まで自分がいた場所を確認する。
いた……。
ヒスイがどこかへ歩いていくのが見えた。それほど動いていない様子から、完全に姿が見えなくなるまで見送ってくれたのだろう。
やっぱり、真面目というか、しっかりしているというか……同類に出会えたからかテンションが高かったが、根はそういう人物なのだろう。
見極めたい。
視界から外さないようにしつつ、見つからないように距離を保ったまま尾行を開始する。
もう一度変身して、魔法少女として追った方が確実なのだろうが、それは精神的に憚られた。
ヒスイは歩いて公園の外へと向かっていた。
跳んだり走ったりしないのは意外だけど、尾行する身としては人間らしい移動方法の方が有り難い。超人的な動きをされたら、一瞬で見失ってしまう。
周囲の人々はヒスイに視線を向けたり、たまに握手や写真を求める人が近寄ったりするが、人だかりが出来たり大きな注目を集めたりはしてない。
現れたのは最近のことだが、魔法少女【アマテラス・ヒスイ】という存在が世間に認知され、受け入れられているということなのだろう。
尾行は専門外……というか、やったことないけど職業柄、他人の視線というのには敏感だ。その感覚を応用すれば、歩いている人を追うことはさほど難しくない。そもそも、私の正体は知られてないしね。
ヒスイは公園を出ると、そのまま徒歩で住宅地へと向かっていった。
「……?」
もしかして、この辺りに住んでる?
そうでもなければ、不用心過ぎるというか、なんというか……。
近所の人には正体を明かしているから、気にしてないってこと?
「……っと。」
思考を巡らせていると、ヒスイは立ち止まって周囲をきょろきょろと見た。
それを見て急いで隠れ、物陰から様子を窺うと見渡すのを止めていた。
どうやらバレていないようだ。
安心したのも束の間、ヒスイは跳んで家の向こうへと行ってしまった。どうやらジャンプするところを見られたくなかったらしい。
ダメ元で走って、跳んでいった方向に行ってみたが、彼女の姿を見つけることは出来なかった。
「まぁ、そう簡単にはいかないか。」
元々、そう上手くいくとは思ってなかった。
怪盗をやる身としては、もう魔法少女へと変身する気はないが、必要に応じてヒスイと接触する可能性は出てくる。探りを入れるとすれば、そうなってからでも遅くはない……かな?
それとも、街中にある監視カメラをチェックしてみるか?
変身している姿が映っているなんてヘマをしているとは思えないけど、やるだけやってみるか?
栞里か、若しくは彼女なら……いや、止めておこう。徒労に終わる気がする。
潔く帰宅しよう。薄暗くなってきたことだし。
「確か……こっち。」
妙なルートを通ってきたせいで定かではないが、おおよその方角は分かる。それと、跳んでいる時に見た景色と地上からの景色を組み合わせて頭の中に地図を描く。
魔法少女の足で5分とかそれくらいだったから、人間の足で10分から15分くらい?
本屋まででそのくらいの時間がかかる。そこから家までは……まぁ、そんなに遅くはならないか。
今日は仕事がなくて良かった。
「あらぁ?こんにちは?こんばんは、かしら?」
おっとりした声だったけど、考え事している時に急に声を掛けられたものだから、心臓が跳ね上がった気がした。
「えっと……。」
ゆるふわな雰囲気を纏った若い女性。
喫茶店にいた人だ。
名前は確か……。
「成舞さん、でしたっけ?」
「覚えていてくれたのね。嬉しいわぁ。こんなところで会うなんて奇遇ね。お嬢さん、お名前は何ていったかしら?」
「夕桔です。二ツ森夕桔……。」
名乗りながら、首を傾げる。
店員さん、こんな雰囲気だったっけ……?
と思ったけど、当人もあっと口に手を当てた。
「ごめんなさい。お店じゃないから、普通の喋り方になってしまって……。」
「いえ。気にしてないので大丈夫ですよ。」
口調のせいか、店外の、それも夜の近い時間帯のせいか、同じにこにことした穏やかな笑顔も違うように感じる。
「それなら良かった。お店では気を付けるから許してね、夕桔ちゃん?」
「あ、はい。」
急に距離詰めてくるなぁ……。
ヒスイといい、今日出会う人は距離感が合わない。
「そろそろお仕事の時間が近いから、もう行くわね。」
あの喫茶店とは方向が違うと思ったけど、多分大学生くらいだろうし、他にもバイトをしていても不思議じゃないか、と納得した。
「それじゃあ、またね。夕桔ちゃん。」
「はい。」
夜に染まりゆく暗闇に溶ける背中を見届け、夕桔は再び帰路へ着いた。
「ただいま~。」
帰宅すると、案の定と言うべきか、家の中は真っ暗だった。
「花時丸ちゃーん。ただでさえ窓なくて暗いんだから、電気点けといてよー。」
返事はない。部屋に籠って作業していて気付かないか、昼夜の概念がなくて寝ているか。
「花時丸ちゃん、生きてる~?」
彼女の部屋に入ると、モニターに向かい合っている後ろ姿が見えた。
「いきなり失礼な。……いつ帰ってきてたんですか?」
「いまさっきだよ。」
会話はするも、栞里は夕桔の方を向かず、モニターを見続けている。
「そうですか。」
「そうでーす。」
やれやれ、これだから花時丸ちゃんは。
「ところで花時丸ちゃん、最近の若者の流行りって知ってる?」
クラスメイトの会話に聞き耳を立てた時は、その内容の半分も理解出来なかったし、興味も湧かなかった。
この子のことだから、そもそも興味を持ってないんだろうけど、参考までに……というか、何も分からないという感覚を共有したい。むしろそっちが本音。
なんて思っていたら、栞里はキーボードを素早く叩いて、とある動画配信サイトの画面を見せてきた。
「これが今、若者を中心に大人気のバーチャルタレント『椎名キンカン』。通称ビタミンちゃんです。」
画面にはオレンジ色のショートヘアに前髪を編み込み、色々な柑橘類が描かれた白いワンピースを着る快活そうなキャラクターが映っていた。
「ふーん……。」と相槌を打ちつつも内心、そんな返答が栞里からくるとは思っておらず、夕桔は勝負に負けたような焦燥感に包まれた。
……って、花時丸ちゃんがそんなことに詳しいわけがないか。
「それ、どこ情報?」
「今調べました。ファンが書いた紹介ページも充実してますよ。ほら。」
「あー、うん。」
興味はないけど、一応見ておこうかな。
「この子……キャラ?……って男子に人気なの?」
「まぁ、そうなんじゃないでしょうか。」
なるほど。クラスの男子が話しかけてくることが多々あるし、その時にこのキャラクターの話をしてみるのはアリかもしれない。
ミラ・ホーキングは性別問わず人気って感じだったけど、ビタミンちゃんは男性向け。後は女性向けの何かを見つければ学校で困ることはなくなるというわけだ。
「それで?お目当ての情報は手に入りましたか?」
「まぁね。」
伶の言うことの実践、その準備は整いつつある。
「情報といえば栞里、次の仕事の目処はついてるの?」
モニターに映していたページを消し、栞里は夕桔の質問に答える。
「いえ。次のターゲットは決まってないですし、情報屋からの依頼もきてないですね。」
それを聞いて夕桔は頭の後ろで腕を組む。
「そっか。少しの間、自分のことに専念しようかな。」
「じゃあね。」と言い残して夕桔は栞里の部屋を出た。
さてさて、どうするか。
前提として、学校で話しかけてくるのは主に男子。というか、女子で話しかけてくるのは副会長くらいだ。
魔法少女の不安もあるけれど、それは今すぐどうこう出来る問題じゃない。
優先事項は学校生活の補強で良いだろう。
「まずはビタミンちゃんとやらについて知っていくか。」
その時、腹の虫が鳴った。
「……の前にまずは何か食べるか。」
世間一般の夕食時、そして自分が昼から何も口にしてないことを思い出し、夕桔はキッチンへと向かうのであった。