第3話:王子様と魔法少女
「その呼び方、止めてよ。なんか恥ずかしい。」
「事実でしょ?毎日クラスの……いや学校中か。女の子が寄ってくるんじゃないの?」
「人をそんな誘蛾灯みたいに……。」
その言い方も大概だと夕桔は思ったが、それは口にしなかった。
それと否定はしなかったところからして、女の子が集まってくることは事実らしい。
「その容姿は人目を惹くって。自覚ないの?」
息を吞むほどの美貌に、良く似合うショートヘア。
見る者が羨み、嫉むほどのプロポーション。
それらを赤のブレザー、灰色のスラックスで包んでいる。だが、紅鼬女学院の制服はスカートが基本である。
そのお嬢様学校の中でスラックスを穿き、目立つ高身長と容姿端麗さを併せ持つ。
「好きでこの見た目になったわけじゃないからね。押し付けは止めてよ?」
「そういうところがモテるってことか……。」
「もういいから。それに……。」
手を伸ばし、優しく髪に触れる。
「夕桔も可愛いんだから、私のことよりも自分のことに目を向けたら?」
「そういうところだって……。」
無自覚に人を魅了してしまうところがある。
それが彼女──三門伶である。
「どういう意味?」
キョトンとする伶の顔を見て溜め息を吐き、夕桔は己の髪を撫でる手を掴んだ。
「ほら、いつまでも校門にいたら目立つから、そろそろ行くよ?」
「それもそうだね。」
注目を浴びていることには気付いていた。
伶はザッと向けてくる視線を確認し、夕桔の隣を歩き出した。
いつも通りの視線だ。怪しいものはない。まぁ普通の公立校って話だし、過度に警戒する必要もないか。
「それで夕桔?どこで話すの?夕桔の家?」
「うーん……。」
友人とは言え、自宅に招くのは気が進まなかった。
大きな理由として、同居する花時丸栞里の存在が挙げられる。彼女は他人と会うことをひどく嫌った。顔を見ずにやり取りするメール等は平気らしいが、面と向かって対話は出来ないそうだ。
「ウチは諸事情で無理だから、どこか良いお店ない?」
「あることはあるけど多分、夕桔が苦手な雰囲気だと思うよ?」
「流石お嬢様学校……。」
「それは偏見。」
冗談は置いといて。
伶といるとどうしても注目されるから、人目の少ない場所にしたいな。
あっ、丁度いい場所があった。
「それじゃあ、私のお気に入りのお店に案内するよ。」
そうしてやって来た『喫茶フォルトゥナ』。
また来たいとは思っていたが、まさかの翌日来店だ。
「いらっしゃいませ……あら?昨日の……今日はお友達とご一緒ですか?」
昨日と同じ店員さんが出迎えてくれた。
カウンターの方をチラリと見ると、マスターも同じく座っていた。
そして昨日と同じく、他にお客さんは誰もいない。
「……ここがお気に入りなの?」
若干、困惑した様子で伶がそう尋ねてきた。
「うん。良い雰囲気でしょ?」
アンティークとは少し異なるが、それに似た方向性と雰囲気がこの店にはある。
その見た目と空気感が好みなのだが、どうやら伶にはそれを理解出来ないようだ。
「……まぁ、夕桔が気に入っているなら、別にいいよ。」
昨日と同じく窓際の席に腰掛け、2人分のコーヒーがテーブルに置かれたところで、伶は口を開いた。
「それで?どういった用件?」
「もっと気楽な感じでいいんだけど……。」
仕事モードの伶はピリッとしていて、接し辛さがある。今回は個人的な話なわけだし、もっとリラックスしていてほしいところだ。
「いつもの話じゃないんだ?」
「うん。学校のこととか、友達のこととか、そういうのを聞きたいの。」
伶はカップを摘まみ、コーヒーを一口飲む。その優雅な仕草が様になっている。
「……そっか。学校関係の話か。夕桔は今、2年生だったよね?」
「うん。」と夕桔は頷く。
「学校、楽しくない?」
「……楽しいと思ったことはない。」
限りなく否定に近い。
伶はそう捉えた。
だが、完全なる否定ではない。
そうとも感じた。
「夕桔はどうして高校に通うことにしたの?中学までと違って、強制じゃないよ?」
「それは……行くのが当たり前?だからかなぁ?」
木を隠すなら森の中。
同年代の人間が沢山いる環境に身を置けば、疑われる可能性は格段に低くなる。
「なるほど。だからじゃない?」
「……?」
夕桔は首を傾げる。
「動機がないってこと。楽しくないなら、楽しい理由を作るんだよ。」
「理由かぁ……どういうの?その理由ってヤツ。」
その質問に対し、伶は再びカップに手を伸ばした。
さて、どう回答するのがベストか?
伶自身、学校が楽しいと感じた経験は乏しい。普段、クラス・学年の垣根を越えて様々な女子が会いに来る。そこから余計ないざこざが発生しないよう、注意を払って平等になるように接している。お嬢様が集う環境である為、それは尚更だ。
それはさておき、無責任にならずに、それでいて夕桔が自身で選んだ道が過ちであったと感じてしまわないようにする。
「……友達の存在、かな。別に授業がつまらなくてもいい。嫌な奴がいてもいい。傍にいて楽しい人がいれば、それは学校が楽しいと思うのに充分だよ。」
ありきたりな回答になってしまったが、妙な論理を展開するよりはましと言えるだろう。
「……ところで夕桔?学校に友達はいる?」
ここで相談内容の中に、友達のことが含まれていたことを思い出し、念の為に確認する。
もし1人もいないのであれば、今の発言は全て無意味なものに成り下がってしまうのだが、残念ながら夕桔は首を横に振った。
「なるほど……。」
伶はカップに手を伸ばす。
「伶はいるの?友達。」
「……。」
「やっぱりいないんだ。」
前述した通り、三門伶という人間に話しかける者は多くいる。が、いずれも友人というわけではなく、アイドルのような憧れを持つ者、姉妹の契りを交わしてほしい者が殆どだ。
純粋に、同じ目線・立場になろうとする者はいなかった。
「慕ってくれているからね。それに関して、寂しいと感じたことはないよ。」
「ふーん……。」
お嬢様学校の王子様も大変なんだな。美人過ぎるというのも考え物だ。
「……誘蛾灯とか言ってたくせに。」
「言葉の綾というやつだよ。夕桔は友達、欲しいって思う?」
なんだか誤魔化された気がする。
そう感じながら夕桔は考える。
「いらない、と思ってる。今のところ。」
「そう。なら無理にとは言わないけど、誰かに話しかけてみたら?別のクラスでも、違う学年でもいいから。きっと夕桔と同じような考えを持っている人、いると思うよ?」
そう言って微笑みかける伶を見て、夕桔は黙り込んだ。
「夕桔?」
「……まぁ、そのうちね。」
男は美人に弱い、という言葉の意味がよく分かる気がした。
至近距離でこれは見惚れる。
「私の話はそろそろいいからさ。今度は伶のこと、聞かせてよ。」
「私の?」
伶は一瞬、店員とマスターを見た。
どちらもそれほどこちらに注意を向けている様子はない。
「何を聞きたいの?」
「学校を選んだ理由とか、それを今どう思っているか、とか。」
「なるほどね……。」
どちらかというと、こっちの話を聞きたいというわけか。
生業は違えど、同じ世界を生きる先輩の話を聞きたい。そしてそれを指標にしたいということか。
「……別に深い理由とかはないよ。父が外交官で、相応の学校に入学するべきって思っただけ。」
「その話は前に聞いたことある。」
「それだけってこと。」
はぐらかすようだが、これでいい。
伶は不満げな表情を浮かべる夕桔を見て、思考を整理する。
彼女を形成する行動理念の中に、私個人の生き方・考え方が入ってしまってはいけない。参考にする程度ならいいが、乱暴な言い方をすると、依存させてはいけない。
「夕桔は全ての物事に理由があるって思う?」
「急に何の話?」
ジト目で見つめるが「答えて。」と伶に促され、夕桔はぽつりぽつりと話始める。
「……理由はある、と思ってる。じゃないと……余計に苦しいよ。」
「……そっか。さて、そろそろ行くね。」
「えっ?」
突然立ち上がった伶に面食らい、伝票を摘まむその仕草を見つめることしか出来なかった。
「予定があるからね。それと……学校の好きなところ、考えてみて。学校にあるのは、勉強や人だけじゃないよ。じゃあね。」
会計を済ませ店を出る背中を眺めたのち、背もたれに体重を預け、言われた言葉を頭の中で繰り返す。
伶の言い分に一貫性はなかった……と思う。
彼女の本心ではなくありきたりな、万人受けする意見だった。
つまり……結局のところ、自分で考えろということなのだろう。
「何が相談に乗るだ……いや?」
伶の口から、相談を受けるとは聞いていない。
さては……最初から初めから真面目に受ける気なかったな。
ある程度は考えて答えてくれたんだろうけど、解決する気はなかったとみえる。
「はぁ……まっ、王子様が提案してくれたんだ。ちょっとくらいやってみますか。」
そう決心し、殆ど減っていないコーヒーを一気に飲み干し、夕桔は立ち上がった。
翌日──。
学校の教室にて、夕桔はいつも通り席に着き独りの時間を過ごしていた。
普段であればクラスメイトから時折送られてくる視線に居心地の悪さを感じたりしているのだが、今日という日は一味違う。
スマホを取り出し、日頃使わない検索機能を使う。
今時の高校生が何を見聞きし、何に興味を示しているのかを周囲の会話から推察し、それを調べ会話のキッカケを作る。
友達が欲しいとは思わないが、軽く談笑する程度の相手を作る。
それが第一目標である。
ちなみに同居人の栞里に友達の作り方を尋ねてみた夕桔であったが、返答は「そんなの知ってるわけないでしょう。」であった。
周囲の音に気を配り、役に立ちそうな情報を拾っていく。
SNS……は無理だな。よく分からないけど、アカウントを作るのはダメ。
テレビは家にないから、それに関する話題はパス……いや待て?
特定の人物の話題なら、ネットで調べた情報のみでも充分に戦えるのでは?
早速、今しがた話題に上がった名前を検索する。
「えっと……ミラ……ホーキング……?」
検索エンジンにその名前を入れると、すぐに結果が出てきた。
ミラ・ホーキング
現在15歳。スコットランド人の父と日本人の母を持つ少女。
幼少期より天才と呼ばれ、その情熱的なパフォーマンスで世界中の人々を魅了するダンサーである。
紹介ページにはそう記載されていた。(その後にも出演した番組だの公演だの色々書かれていたが、面倒だったので見なかった)
写真もあり、プラチナブロンドの髪をアシメボブで右を長くした、小柄な美少女が映っていた。無邪気な笑顔が実年齢よりも幼く見せるが、それもきっとこの少女の魅力なのだろう。
なるほど……今時の高校生は、この子に夢中ということか。
それにしてもこの名前……どこかで聞いたことあるような……?
そこが気になり、誰かにこの話題を振るのは止めておこうという判断に至った。もっとも、今しがた手に入れた情報だけで会話するのは難易度が高すぎる。
明日から本気出す。いや、もっと詳しくなってから。来週には本気出す。
「……帰ろ。」
放課後、何故か打ちのめされたような感情に陥り、ボソッとそう呟いて夕桔は教室を出た。
やっぱり、無理に居場所を作ろうとしても疲れるだけだな。
どうする?辞めるか?でも伶に相談した翌日に諦めるっていうのはカッコ悪いな。
そうだ。どこか寄り道して情報収集しよう。
そう決意し夕桔は、本屋へと向かった。
オシャレな人は雑誌を読んでいるイメージがある。
その偏見をもとに本屋のファッション誌を幾つか手に取ってパラパラとめくる。
服装については、よく分かんないなぁ……。テキトーに載っている服を買ってみる?髪型は今のから変える気はないし、ここはいいや。仕事する時は、ツインテールにしないと気合い入らないし。ネイルとかリップは興味ない。面倒くさそう。
否定的な思考を巡らせながら雑誌をめくっていくと、『ミラ・ホーキング特集』というページを見つけた。
こういう雑誌で紹介されているなんて、ホントに人気なんだ……やっぱり、どこかで聞いたことある名前の気がする。
今日、学校で聞くのよりも、もっと前にどこかで……。
そこでガラスの割れる音が店内に響き渡り、夕桔の思考は中断された。
何だ……!?
咄嗟に警戒態勢に入り、腰を屈めて周囲を観察する。
「オラァ!ケガしたくなかったら、さっさと金出せやァ!」
怒鳴るような男性の声が入り口の方から聞こえてくる。音からして、複数人いるようだ。
物音を立てぬように夕桔は移動し、本棚の影から覗いてみると、金属バットを持った男が4人いた。黄土色に髪を染めている、人相の悪い連中だ。夕方に強盗に入るとはかなり大胆だが、4人とも若いところから見るに、そこまで深く考えずに行動を起こしただけかもしれない。
「金だよ金ェ!早くしろォ!」
ギャハハハと笑いながら金属バットを振り回し、脅すように床や本棚を叩いている。
「……どうしよ。」
夕桔はその様子を観察しながら、考えあぐねていた。
下町にあるそこそこの大きさの本屋。しかし近所の大型ショッピングモール内になる店舗に客足を奪われがちである。そして平日の夕方という時間。
そういった条件により、店内に他の客はほとんどいないようだ。
手口からして、男たちは段取りを決めてない。犯罪集団というわけではなく、単なるチンピラだ。
店員が出てくる様子はない。恐らく奥で警察に連絡している。
警備員がいる様子はない。職業柄、監視カメラの有無を確認しながら店内を移動してきたが、どこにも設置されていないようだ。超小型の物がある可能性もゼロではないが、監視カメラとは見ていることを意識させることで、犯罪を抑止するものだ。つまり、一目でそれと分かる代物の方が都合が良い。
チンピラたちは店内を荒らしながら奥へと進んでいく。外へ視線をやるが、すぐ近くには誰もいないようだ。巻き込まれないように少し離れたところから見ている輩がいるかもだが、そんな野次馬に見つかることはまずない。
多分、もう少し待てば、誰にも気付かれずに脱出できる。
ただ……。
このまま自分一人が安全な策を選んで良いのかと胸がざわつく。まるで誰かに正義感を訴えかけられているかのようだ。
以前の私であれば、迷わず逃げ出す選択肢を採っていた。
昨日、伶とああいう話をしたせいかな……。
「……やってやろうじゃない。」
リボンを緩めシャツの第一ボタンを外し、身に付けていたピンクのペンダントを握りしめる。
誰に説明されたわけでもない。直感的にそうするのだと分かった。
「──変身!」
一瞬、眩い光に包まれた気がした。
その感覚に驚き目を閉じ、次に目を開けた時には自分の姿が変わっていた。
フリルの付いた薄いピンクをベースとした煌びやかな衣装。スカートは膝丈だが、魔法少女の衣装というよりはドレスのような印象を受ける。
赤色のジレを羽織り、頭にはショールを被り、少し伸び桃色に染まった髪を低い位置で結いポニーテールにしている。
あの時出会った魔法少女とは衣装が違う。あの人はもっと、見た目で魔法少女って分かるような恰好だった。
私の意志や個性が反映されているとか……?それともその時々で変わる……?
まぁいいか。それよりも今は──。
「──そこまでよ!」
背後から引き締まった声を掛けられ、チンピラたちは驚いて振り返った。
「な、なんだァ急に!?……ってまさか!?魔法少女か!?」
見た目で魔法少女って分かってくれるのか。それはありがたい。
「私は魔法少女【ペルセウス・コーラル】。悪事を働く者どもよ、これより裁きの鉄槌を下す。」
まるで違う自分になったみたいだ。
声もいつもと違う気がする。気分が高揚する。そのせいか、いつもとは何だか違う喋り方になる。
「こ、こいつァヤベェんじゃ……。」
「うるせェ!いくら魔法少女が強いつってもコッチは4人だ!負けるわけねェ!やるぞテメェら!」
リーダー格らしき男がそう叫ぶと、他の男たちは雄叫びを上げながら襲い掛かった。
振り下ろされるバットを眺めながら、夕桔は内心驚いていた。
遅い。音は普通に聞こえてくるのに、相手の動きがスローモーションのように見える。
一歩下がりバットを避け、握る手を裏拳で打つと、「ぐあァ!」という叫び声とともにバットが吹っ飛んでいった。
そんなに強く叩いたつもりはないけど……それでもこの威力か。それなら……。
夕桔は跳んだ。空中で回し蹴りのように薙ぎ、バットを全て破壊する。
その速さ、強さに呆然とする男たちに語り掛ける。
「諦めて投降しなさい。それが正しい……。」
そこまで口にし、夕桔は僅かながら顔をしかめた。
嫌な音が聞こえてきた。
「……後は彼らに任せるので、大人しくするように。」
余計なことになる前に引き上げよう。
そう判断したが、少し遅かった。
パトカーの音が一際大きくなり、警察が乗り込んできた。
「えっと……私はこれにて失礼するので、後はお願いします。」
見たことない魔法少女の存在に唖然とする警官たちであったが、すぐに己の職務をせねばと我に返り強盗たちの逮捕を開始した。
「ふぅ……。」
これで一件落着。野次馬も集まってきているし、さっさとこの場を離れよう。
両足に力を込め、膝を曲げる。
魔法少女の感覚はまだ掴めていないけど、簡単にバットを破壊出来たことから考えて、人間の数倍の力を出せるはず。
全力でジャンプすれば、建物を飛び越えていけるだろう。
それで人目のつかないところまで行って、そこで変身を解除しよう。
「あっ……!」
跳ぼうとしたその時、女性の驚いた声が耳に入り、動作を中断しそちらを見た。そしてすぐに、無視すれば良かったと後悔した。
和服をベースとした翡翠色のドレスを着た少女がそこにはいた。
「魔法少女【アマテラス・ヒスイ】……。」