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怪盗×魔法少女  作者: 金屋周
プロローグ
2/17

第2話:生活

「ただいま。」


出発の時と同様に窓から帰宅した夕桔(ゆき)はマスクを取り、盗んできた札束を取り出して抱えながら同居人──花時丸(かじまる)栞里(しおり)の部屋へと向かった。


魔法少女の件……栞里にも秘密にしておこう。知られたら、色々と面倒くさそうだ。


「栞里~?帰ったよ~。ドア開けて~。」


部屋の前に着いたところで、札束を両腕で抱えていてはドアを開けられないことに気が付き、中にいる人物に開けるよう催促する。


「おかえりなさい……随分と大量ですね。」


迎え入れてくれた同居人は気だるそうにそう言い、受け取った札束を部屋の隅へと無造作に置いた。


「張り切っちゃった。それで質問なんだけどさ、帰り道に警察がいたんだけど、どんな事件があったの?」


魔法少女が関係している可能性は充分にある。内容を知ることで、何かしら理解が深まれば……という考えだ。


「事件?ちょっと待ってください。」


栞里はパソコンに向き合い、一瞬作業すると「ああ、これか。」と呟いた。


「通り魔みたいですよ。中年の肥満体型の女性が被害者で、刃物で首から……。」


「ふーん……大したことないなら、別にいいや。」


偶然近くで起きただけか、と急速に興味をなくし、夕桔はお腹を摩る。


「あーお腹空いた。」


「訊いておいて……あ、買い置きの食糧、もう少ないので明日、買ってきてください。」


「は~い。花時丸ちゃんもたまには外に出たら~?おやすみ~。」


「ふん。大きなお世話ですよ。」


文句を聞き終える前にドアは閉まり、夕桔は去っていった。


栞里はデスクに置いてある固形の栄養食を開け、齧りながらモニターを睨みつける。


「この事件……本当に単なる通り魔か……?」







よく考えたら、ちゃんとしたもの食べてなかったな~。


夕桔は冷蔵庫を開け、お手軽に食べられるものを探す。

午後のカラオケでクラスメイトが注文したものを幾つかつまんだが、それだけではとても充分とは言えない。それにそれから時間もかなり経っている。


「深夜だけど、ガッツリしたものが食べたい。何か良いものは……と、あったあった。」


冷凍ハンバーグを発見し、独り喜ぶ夕桔。

喜ぶといっても、買い物をするのは夕桔のみの為、ただ単に自分で買ったことを忘れていただけなのだが。


「あとはご飯とサラダと~。」


鼻歌交じりに食事の準備を進め、そこで自分が着替えていないことを思い出した。


「……。」


自室まで戻って着替えて、また食事しに戻ってきて、それが終わったらまた自室に戻って……。


面倒くさい。そう判断した夕桔は支度を進め、食事の用意が整ったところで衣装を脱ぎ、ワイシャツ1枚の姿になる。


「いただきます……の前に。」


衣装のポケットに入れていたペンダントを取り出す。


これが見つかったら面倒だからね。ペンダントになっているし、首からかけておけば自然だし大丈夫かな。まぁ仮に見つかったとしても、これを見ただけで魔法少女と関連付けることはないと思うけど。


「じゃあ改めて、いただきます。」


独り黙々と食べ、あっという間に食べ終えると食器を洗い、脱ぎ捨てた衣装を抱えて自室へと戻る。怪盗の衣装をクローゼットにしまうと、今度は着替えの衣類を持って浴室へ。


風呂に入るのも面倒だと思ったが、翌朝に回しても忘れている予感があった。

そして夕桔には、毎日風呂に入って体を清めるという意識が薄かった。女子としてあるまじき思考だが、それを指摘してくれる身近な存在がいない。


ワイシャツと下着を脱いで洗濯機に入れ、ペンダントは外さなくてもいいかと思い、そのまま浴室に入ってシャワーを浴びる。


「あ、お湯張ってない。」


花時丸ちゃんめ、さてはお風呂に入ってないな。ズボラなんだから。


自分のことを棚に上げ、頭の中で文句を言いながら鼻歌交じりにシャワーを浴びる。


あー……学校、面倒だなぁ。


ただ怪しまれないために通っているだけ。勉強する意味がない。そのことに関して説教してくる人がいる。

考えれば考えるだけ、嫌な要因が浮かんできてしまう。


栞里みたいに、完全に行方を晦ませた方が良かったんだろうか。でも今更そうすることも出来ないし……最初からそうしてればなぁ。


「……ダメだ。ネガティブに支配される。」


いつしか鼻歌は止み、マイナスな思考ばかり出てくる。


目を瞑って顔を横に振り、思考を発散させる。


余計な思考は止めよう。今度、誰かに相談しよう。そうすれば解決するかも。だから今、考えるのは中断して、さっさと寝よう。


シャワーのノズルを回して止め、浴場から出てタオルで水気を取っていく。

歯磨きをしながら鏡に映る自分の姿を──ペンダントを着けた姿を眺める。


うん。似合っていると思う。何の違和感もない。


歯磨きを終えると下着、パジャマを身に着け自室へ直行。そしてそのままベッドへ倒れ込む。

目を閉じると、あっという間に眠気が襲ってくる。


……明日……メール……。


眠りに落ちながらぼんやりとそんなことを考え、気が付いた時には窓から朝日が差し込んでいた。


「……もう朝か。」


あんまり休めた気がしない。


パジャマを脱ぎ捨てて制服を纏い、洗面所に向かい顔を洗う。櫛で髪を梳いていく。


ズボラな性格の夕桔といえど、外に出る時は身だしなみを整えるべき、という価値観は持ち合わせていた。


身支度を終えると冷蔵庫に向かい、中から野菜ジュースのパックを1本手に取って、それを飲みながら家を出る。

「いってきます。」と小さな声で言いながら。


ドアはオートロックの仕様となっている為、入る時だけ鍵を使えばいい。セキュリティ面を考えた栞里がそういう仕様に改造したのだが、夕桔もそれを気に入っていた。


高校までは徒歩でおよそ30分。けれどギリギリまで寝ていることの多い夕桔にとっては、中々の距離があるように感じる。尚、自転車やバスで通学するという選択肢は彼女の中にはない。


始業のチャイムが鳴る数分前に夕桔は教室に辿り着き、廊下寄りの後方の席に腰を掛ける。飲み終えた野菜ジュースのパックは、通学路にあるコンビニに捨ててきた。


「おはよう、二ツ森さん。昨日のカラオケ、楽しかった?」


もうすぐ先生が来て朝礼が始まるというのにクラスのざわつきが収まる様子はない。そんな中、1人の男子が夕桔に話しかけた。


「あー……うん。楽しかったよ。」


この男子の顔を覚えてないし、カラオケもただ時間が過ぎるのを座って待っていただけだったが、これも付き合いだと思い、そう答えた。


それを聞いた男子は嬉しそうな顔を見せ、次いで興奮した様子をみせる。


「良かった!それでさ、先のことになるんだけど、ゴールデンウィークにクラスで何かやろうって話にあの後なってさ。二ツ森さんにも参加してほしいんだ。」


「あ、うん。先のことだから、どうなるか分かんないけど。」


「それでも全然大丈夫だから!それじゃ詳しいことはこれから決めてくから!良かったら二ツ森さんもその話し合いに参加してよ!」


グイグイくるなぁ。それに厄介なことになるかも。断った方が良かったかな……。


なんて思ったその時、チャイムが鳴ってそれとほぼ同時に先生が教室に入ってきた。


「ほら、席に着け~。今日から普通に授業があるからな。しっかりとやるように。」


「ええ~?」と不満の声があちこちで上がる。


なんかタイミング逃した気がする……けど別にいいか。ゴールデンウィークはまだ先のことだし、近くなってきてから他に予定が入ったって言えばいいや。


それから──。


退屈な授業を受け、休み時間も誰かに話しかけることなく……ちょくちょく男子が話しかけに来たけど……私にとってのいつも通りの学校生活を過ごした。


──そして放課後。


部活に行く準備をする者、どこかに友達と寄っていこうと話している者、そういったクラスメイト達を横目に夕桔は静かに教室を出る。


そのまま学校を出る……つもりだったのだが。


「二ツ森さん。ちょっといいですか?」


階段を下りていると、眼鏡を掛けたロングヘアの女生徒に話しかけられた。

制服をピッチリと着こなす姿からもキリッとした顔立ちからも、真面目な人間であるということが伝わってくる。


「ん……生徒会長……。」


「副会長です。ちゃんと覚えてください。」


この藍兎学院の生徒会副会長・玉光(たまみつ)青葉(あおば)


真面目な委員長タイプで、正義感が強く素行不良な生徒にも積極的に声を掛けている。

それは夕桔も例外ではない。むしろ1年生の時は同じクラスだった為、他の生徒よりも注意される回数が多かったといえる。


「で、なんですか副会長?私、今日はちゃんと授業受けていたと思いますよ。」


「今日は、という話ではありません。それを当たり前にしてください。貴女はテストの点数も悪く、体育や美術にも真面目に取り組んでいなかったでしょう?」


自分が怪盗であることを隠す為に夕桔は学校に通っている。余計な注目は浴びたくない。注目されれば、本業に支障をきたす可能性がある。


「……恥を掻きたくないからね。」


テキトーな言葉で誤魔化す。


「大切なのは活躍することではなく、真摯に取り組むことですよ?」


「まぁ……そうかもね。じゃあ私、予定あるんでそろそろ行きますね。」


半ば強引に会話を切り、夕桔は再び歩き出した。

青葉は何か言おうと口を開いたが、夕桔の背中を見て声を出すのを止めた。


響いてない……わけではない、と思う。ただ、彼女の本心……そこにある行動原理、即ち価値観に届いていないのだろう。

もっと彼女について知らなければ、そこに訴えかけなければ、きっと何も変わらない。


「……構わなくていいのに。」


学校を出た夕桔は、無意識のうちにそう呟いた。


所詮は他人。たとえどんな言葉であったって、その人のことが好きでなければ、興味がなければ響かない。


なんか、余計なことで疲れちゃったな。


ただでさえ仕事をして疲れているというのに。1週間分くらいの買い物をして帰る予定だったけど、そんな気分でもなくなっちゃった。


どこかで休憩してからにしよう。そう思い商店街を散策する。


普段は少し遠くにある大型ショッピングモールを利用する為、近場の商店街にどういった店があるかは意外と知らない。


偶にはこういうハッキリとした目的のない行動も楽しい……なんて思っていると、古い雰囲気の喫茶店を発見した。


入り口は裏通りに面したところにあり、日焼けした看板に丸みを帯びた字で『喫茶フォルトゥナ』と書かれていた。


なんかいい。そう感じて入ってみる。


ドアに付いたベルが虚しい音を立てる。表通りに面した窓からは暖かな陽射しが差し込んできている。使われているテーブルや壁の色からアンティークな雰囲気を感じる。


昔ながらの、といった喫茶店だ。

他の客が一切いないから、そう感じてしまうのかもしれないが。


「いらっしゃいませ。」


黒いエプロンを着た女性がにこやかに声を掛けてきた。


「お好きな席にお座りください。」


笑顔が可愛らしい女性だ。大学生くらいに見える。バイトかな?

胸元に付いた名札に『成舞(NARUMAI) 恋椋(KOMUKU)』と書かれていた。


言われるがままに窓際の席に座り、置いてあるメニューを開く。

というかこの喫茶店、最初に注文するんじゃないんだ。


チラリとカウンターの方に視線を送る。

壁にメニュー表が貼ってあって、その前に恰幅のいい男性が座っている。年齢的には、店員さんの父親くらいに見える。もしかしたら親子かも?


入ったことないけど、バーみたいなデザインだと思った。


「てかコーヒー安っ。」


メニューに視線を戻して、思わず言葉が出た。

他所の店よりも断然安い。これで味も同じくらいなら嬉しい限りだけど、それで採算が合うのか気になってしまう。


「ふふ。独自のルートとマスターのご厚意で、このお値段で提供出来るんですよ。」


漏れた言葉が聞こえてしまっていたようだ。店員さんがそう説明してくれたが、独り言に近いものを聞かれてしまったことは恥ずかしい。


「味も勿論、チェーン店に負けないレベルなんですよ。ね?マスター?」


カウンターの奥に座っていた恰幅のいい男性は、急に声を掛けられたことに驚いたのか、ビクッと肩を震わせ、黙って頷いた。


「へぇ……それじゃあ、オリジナルブレンドとアイスクリームをお願いします。」


「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいね。」


注文を受けた店員さんはそれをマスターと呼ばれた男性に伝え、自らも用意の為にカウンターの内に入る。


その様子を見てから、陽の差す窓の外へと目線を動かす。

様々な年代の人が行き来している。皆ゆったりとした足取りで、店内の雰囲気と相まってなんだか落ち着く。


「お待たせいたしました。」


気が付くいたら、店員さんが注文したものを持ってきていた。


お礼を言ってコーヒーを啜る。


「……美味しい。」


詳しい良し悪しは分からないけど、美味しかった。アイスクリームもスプーンで掬って味わう。こちらもコーヒーとよく合う味だ。


「お口に合ったみたいで良かったです。」


トレーを両手で胸の前に抱え、店員さんはにこやかに笑った。


「私、誰かが幸せを感じる瞬間を見るのが好きなんです。だからこのお店で、ここのコーヒーで、ちょっとでも幸せになってくれたら嬉しいです。……だから私を雇ってくださり、ありがとうございます。マスター?」


マスターはまたもや肩をビクッと震わせ、黙って頷いた。


さてはマスター、小心者だな?

それと今の口ぶりからして、どうやら親子ではないようだ。


「あ、ごめんなさい。ずっと近くにいたら落ち着かないですよね。私はカウンターの方にいますので、何か御用があればお呼びください。それでは、どうぞごゆっくり。」


会釈をして店員さんは離れていき、私は独りノスタルジーに浸る。

生まれる前の時代のこと、雰囲気でしか知らないけど。


それにしても良い店だ。

他のお客さんがいなくて大丈夫かと最初に思ったけど、誰もいないからこそ落ち着ける。店側には悪いけど、いつもこうならまた来ても良いかもしれない。

今度は誰かと一緒に来ようかな。


「……そうだ。」


思い出した時に行動しておこう、とスマホを取り出す。


学校生活について、そして今の生き方について、聞きたいと思った件だ。

メールで「話したいことがある。」と、とある人物に送る。


「これでよし。」


少し溶けたアイスクリームを一気に食べ、コーヒーをグイと飲む。


「ごちそうさまでした。」


入り口のすぐ近くにある会計用のカウンターに向かう。


古そうなレジが置いてあって、その横に木で出来た箱があった。募金箱?


「はい。ありがとうございました。また来てくださいね。」


お金を支払い、店員さんのにこやかな笑顔に見送られ、喫茶店を後にした。


「さて、買い物して帰るかー!」


休憩した時間はそれほど長くはなかったが、良い気分転換になったようだ。

大きく伸びをして、夕桔はショッピングモールへと足を運ぶのだった。



翌日──。


いつも通りの学校生活を送る夕桔の元に、1通のメールが届いた。


「……?」


基本的に栞里としかやり取りをしない為、一体何事かと顔をしかめたが、すぐに理解する。

昨日のうちに返信がなかったので、すっかり忘れてしまっていた。


メールには一言「今日の放課後会いに行く。」とだけ書かれていた。


今日か……急だけど丁度いいや。もうちょっとしたら次の仕事になるだろうし、その前に済ませられた方が良い。


放課後が待ち遠しい気持ちになるのは久々だ。いつもは、ただ時間が過ぎていくのを待っているだけで、その先のことを考えなかった。


その上機嫌はいつもよりほんの少しだけ表情に表れ、クラスメイトは彼女に何が起きたのかと密かに注目を集めた。


そして夕桔にとって待ちに待った放課後。


教室をすぐに出ようと思ったが、そんなすぐに到着しないと気付き、連絡がくるまで待機することにした。

連絡してほしいと伝えたわけではないが、相手の性格からして着いたらその報告がくると分かる。


スマホを弄るフリをして、その時がくるのを待つ。その最中に何人かの男子が夕桔に遊ばないかと声を掛けたが、いずれも予定があるからと断った。


待つことおよそ40分。夕桔のスマホに「校門で待ってる。」というメールが届いた。


それを見て慌てず騒がず教室を出、靴箱を抜けて校門へと向かう。


その最中、多くの生徒が数人のグループで話していた。


「凄い美形……。」「スタイル良い……モデルかな?」「芸能人じゃない?」「あのブレザーって紅鼬(こうゆう)のだよね?」といった具合に男女学年問わず盛り上がっていた。


その横を通り抜けて、夕桔はその話題に上がっている人物の元へと向かった。


その人物は夕桔を発見し、右手を軽く挙げた。


「やぁ夕桔。」


「お待たせ。王子様。」

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