第16話:藍色
『──それでさ、夕桔ちゃん。また仕入れを手伝ってほしいんだけど、暇な時ある?てか、もう夏休みだっけ?』
「いえ、夏休みは下旬からです。」
学校からの帰り道。ほとんど鳴ることのない私のスマホに電話がかかってきた。
7月に入り、本格的に暑い日が増えてきた。今の時点でこんなに毎日暑くて、8月になったら一体どうなってしまうのだとぼんやり考えたりする。
『そっか。夏休みはまだ先かぁ。いやぁ大人になるとその辺の感覚分からなくなるもんだなぁ。なっはっは!』
豪快な笑い声が耳元に響く。
「それでなんですけど、暇な時間は作れるのでお手伝いできますよ。でも、以前よりはちょっと少なくなると思います。」
『ん?なんかあったの?』
「ん~……その、友達と遊ぶ機会が増えたので……。」
口にしてて気恥ずかしくなった。
アニメショップで出会って以来、陽咲と遊ぶようになった。
遊ぶといっても一緒にどこかに行ったことはまだない。金曜日の夜に電話して、化粧品のこととか漫画のことを話す。
……私は何にも詳しくないから、ほとんど聞いてるだけだけど。
夏休みになったら、どこかに行きたいねーなんて話したりもしている。
こういう話を青葉ともしたいと思っているけど、最近の彼女は何だか忙しそうにしている。学期末が近いから、きっと生徒会でやることが多いのだろう。
『へぇ~友達かぁ。いいじゃん。大切にしなよ?あたしなんて学生時代の友達との繋がりは今やゼロ!』
「触れづらいこと言わないでくださいよ……。」
弄ったり笑ったりしていいのか分かりづらい。
『なっはっは!そりゃあそうだ!人によっちゃあデリケートな話だよなぁ。あたしによっては笑い話なんだけどな。』
「ならいいんですけど……。」
『で、手伝ってもらえるってことでOKだったよね?んじゃ、後で改めて連絡するから、よろしく~。じゃね!』
「あっ……。」
返事をする前に通話が終わった。
相変わらず、ガサツな人だ。
まぁ別にいいか。連絡するって言ってたから、栞里の方に仕事の話がいくだろう。
家の近所になった頃、怪しげな2人組が歩いているのを発見した。
ともに作業着を着ていて一見、水道か何かの業者に見える。だが、この辺りにあるのは殆ど空き家だ。だからこそ、隠れ家として機能しているわけだが。
「……。」
曲がり角から様子を窺う。
若い男性だ。大学生くらいの年齢に見える。作業着姿ではあるが、手に持っているのはスマホのみ。他には鞄も何も持っていない。
健全な業者には見えないな。
裏社会の者か……それとも警察か。
「……いや。」
警察があんな変装するか?
私が【怪盗ツインテール】であることが何らかの出来事によって疑われて……という想像が頭をよぎったが、もしそうだったら警官の制服姿の方が効率的で効果的だろう。
放っておいても問題ないか。
そう思った直後、彼らは角を曲がっていった。私の家がある方向だ。
単なる偶然なのかもしれないが、妙な奴を近づかせたくない。
「しょうがない……。」
周囲を見渡して人目がないことを確認してから、制服のリボンを緩めボタンを外し、首にぶら下げていたペンダントを握る。
「──変身。」
魔法少女【ペルセウス・コーラル】
珠羅の時以来だから、久々の変身だ。
身体が軽くなって力が漲る感覚があるけど、やっぱり妙な感じもする。普段の自分とは違う存在なわけだから、当然なんだろうけど。
「そこの2人!少しいいかしら?」
追いつくと出来るだけ落ち着いて声をかける。
「へっ?急に……うわっ!?魔法少女!?」
驚きすぎでしょ……。やましい思いでもあるのかな?
まぁいいや。
「少し様子がおかしいように感じたので声をかけたわけだけど……何をしているのかしら?」
「…………それがですね。」
しばらく悩む素振りを見せた後、1人が喋りだした。
エアコンの使用状況の調査という短期バイトに応募して、この辺りを調べることになった。
仕事内容は窓が開いているか、電気が点いていつかを調べるというもの。
流石に怪しいと思ったが、自分たちの個人情報を渡してしまっているので、下手なことは出来ないと思っている。
内容を簡単にまとめると、そんな感じだった。
実際は要領を得ない話し方で、言い分を理解するのに時間がかかった。
「なるほど……それは危ない仕事の可能性が高いですから、今の話を警察の方に伝えてください。きっと貴方たちを守ってくれることでしょう。」
「は、はい!分かりました。ありがとうございます!」
頭を下げて去っていく2人の背中を見送る。
……私、何やってるんだろ?
まぁこれで脅威を取り除けたのならいいか。
さて、後は帰って敷地内で変身を解除するか。栞里は外に出ないし、気付かれないだろう。
「あ!」
「ん?……げっ。」
何かを見つけたような声がして、その方向を見て思わず嫌がる声が漏れてしまった。
「お久しぶりですね!まさかこんなところで会えるとは!」
魔法少女【アマテラス・ヒスイ】……何でここに……。
「えっと……奇遇ね。ヒスイはどうしてここに?」
「パトロールをしていたところです。コーラルさんは?」
「私はその、ちょうど今、事件?を解決したところ。」
私もパトロール中。そう言えば差し支えないと思ったけど、一緒にやろうとでも言われたら困るので止めておいた。
「そうだったのですね。あの……最近はお見かけしなくて、噂も聞かなかったのですが、一体どちらに……?」
「えっと……私生活が……。」
これ、言ったら踏み込まれるか?
でも他の言い訳も思いつかない。どうしよう……?
「──ああ。ようやく見つけられましたよ。」
そこに誰かが声をかけてきた。
助かった。この人の相手をして……。
……魔法少女に話しかけてきた?
「……!」
声の主を見て、驚いた。
藍色の長い髪をサイドローポニーに結い肩から前に流している。
青を基調とした、どこか人魚を彷彿とさせるドレス。
胸元には大きな蒼玉。
この人も、魔法少女だ。
「おや?驚かせてしまったようですね。突然お声がけしたものですから、ご容赦くださいね。」
「貴方は……もしかして……。」
ヒスイの言葉に魔法少女は微笑む。
「ええ。ご想像の通りかと。私は魔法少女【セドナ・サファイア】。アメリカから貴方たちに会いにきました。」
丁寧な言葉遣いに、落ち着いた声音。
とても穏やかな雰囲気を持っているというのに、突然、気が付いたら傍にいたこの魔法少女を私は怖いと少し思ってしまった。
「……私たちに会いに来たって、どういう……?」
声を絞り出すようにして尋ねる。
「日本に誕生した、新人の魔法少女がどういう子なのか、会ってみたくなったものでして。」
本当に私に、私たちに会いに来ただけ?
それを信じるなら、必要以上に警戒する必要はないけど……それだけのために、わざわざアメリカから来るものか?
ヒスイの方をチラリと見る。
彼女は素直に言葉を受け取っているようだ。
「あの……私たちは今まで、起きた事件を解決していっているのですが、魔法少女の役割はそれで合っているのでしょうか?」
「ええ。お二人はまだ、魔法少女になって日が浅いのでしたね。」
サファイアは天に向かって手を伸ばす。
「日常の中に不幸というものはすぐに忍び寄ってくるものです。それらを察知し、排除するのが私たちの使命。それを繰り返していけば──。」
ゆっくりと指を閉じる。
「──いずれ、はっきりとは言えないのですが、魔法少女の力が必要となる日がやってきます。その来るべき日に備え、魔法少女として正義を行使し、その力を正しく扱えるようにしてください。」
「あの、それってどういう……?」
サファイアは質問しようとした私の唇に指を当ててきた。
「正しい行いを続けるというのは、時に苦しく、自らを疑ってしまうこともあるでしょう。ですが、それでも、その道を突き進んでください。それが先輩である私からの願いです。」
唇から指が離れる。
「さて、本日はそれをお伝えしに参りました。そろそろ失礼しますね。」
「あの!もっとお話を伺いたいのですが……。」
ヒスイがそう言うが、サファイアは柔和な笑みを浮かべたバイバイと手を振る。
「ごめんなさいね。他の国の魔法少女にも会いにいかなくてはならないので。また会いに来ますから。お話の続きはその時にしましょう?」
その場でポンポンと軽くジャンプし、その次のジャンプでまるで重力から解き放たれたかのようにふわりと飛び上がり、サファイアはその場を去っていってしまった。
あの魔法少女……本当に言いたいことだけ言いに来たんだな。こちらからの言葉は全然聞いてくれなかった。
「あ、えっと、私!用事あるから!じゃあね!」
「あ……。」
我に返るとすぐにヒスイにそう言って返事を待たずに走ってその場を離れる。
自宅に到着したらすぐに変身を解除する。
「ふぅ……。」
追いかけてきてないようだ。
突然、何だったんだろう?
来るべき日って言っていた。それってアニメみたいに巨悪がやってきて、それと戦う日が来るってこと?
陽咲に教えてもらったアニメの1つが、確かそんな感じの話だった。
他の国の魔法少女にも会いに行くようだったし、そんな日が来る時が近いってこと?
ペンダントを持ち上げる。
「私が……?」
平和の為に戦う?
いやいや。世間様から見たら、私はただの泥棒。
そんな私が知らない誰かの為に力を尽くすだなんてこと、あるわけがないんだ。




