第15話:高校生探偵
夕暮れ時の住宅街。
オレンジに照らされ、どこか非現実的な雰囲気の漂う時間。
閑散としつつも時折遠くから子供の声が聞こえ、そこにしかない穏やかな空間だ。
その空間に似つかわしくない『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープ──『危険表示バリケードテープ』が貼られた一軒家に近づく姿があった。
見張りのように立っていた若い警官の男が声をかける。
「ちょっと君!近づかないで!」
「あ、えっと……山陽警部補はいらっしゃいますか?」
「はい?」
何で警部補の名前を?
警官は考える。
女子高生……だよな?
制服着てるし。
警部補の娘さんとか……?
いやいや、息子がいるって話は前に聞いたことがあるけど、娘の話は聞いたことがないぞ。
「と、とにかく!捜査中だから、邪魔しないで!ほら帰った帰った!」
女子高生は困った顔を見せる。
「あの、私、山陽警部補に呼ばれて……。」
「そんなわけないでしょ。嘘を吐くにしてももっとマシな……。」
「なにやってるの清水君!」
「あ!警部補!この女子高生が……。」
奥からやってきた中年の小太りな男性──山陽が清水という若い警官に注意した。
「なに失礼なことしてるんだ?話しただろう?この子はいいんだよ。私が呼んだんだから。」
「えっ!?じゃあこの女子高生が……!?」
山陽は誇らしげに頷く。
「そう。いくつもの難事件を解決に導いた【高校生探偵】八尋さんだ!」
「探偵だなんて……私はただ、思ったことを口にしただけで……。」
「謙遜しなくていいんだよ。君の推理のおかげでいつも助かっているんだから。さて、急に呼んで悪かったね。」
「いえ。とんでもないです。」
「それじゃあ、さっそくだけど案内するね。清水君。警備は頼んだよ。」
「あ、はい。」
呆気に取られる清水の横を通って2人は家屋の中へと入っていった。
「ガイシャは根本宏子、35歳。午後2時16分、近所の人から叫び声があったと。それとガラスが割れる音がしたと通報があり、死亡しているところを発見した。凶器は包丁だ。」
リビングへと案内し、事件の内容を山陽は説明する。
遺体はすでにない。検視するためか、葬儀屋がもう来たのか、もしくは見せないよう気を遣ったのか……。理由は分からないが、移動させたようだ。
一見して、ごく普通のリビングだ。
テーブルとソファ、廊下に繫がる扉に庭に出るための大窓。外の物干し竿に洗濯物がいくつかぶら下がっている。
しかし、その景色がクリア過ぎる。ガラスがないんだ。
「……窓、割れてるんですね。」
「ああ。まだ調べている最中だが、通報の内容からして、窓を叩き割って侵入したと考えられる。」
「なるほど……ということは、床に大量のガラス片が?」
「うん。そのことからも、庭から侵入したと見て間違いないだろう。念の為、鑑識が集めてチェックしているよ。」
視線を外から中へと動かす。
「ご家族は?」
一人暮らしをするには、この一軒家は大きい。家具を見ても、お金持ちというわけでもなさそうだ。
「旦那がいるよ。会社員で営業に昼頃、会社を出ていたらしい。念の為、事情聴取をしているよ。」
「旦那さんに事情聴取、ですか?」
山陽はポリポリと頬を掻いた。
「まぁ、形式的なものだよ。恨みを買っている人物はいないかとか、不審者を見かけなかったかとか、奥さんを亡くした直後で申し訳ないとは思っているんだけどね。」
「なるほど……。」
リビングを歩き回る。
家具や床、壁は綺麗なままだ。いや、床は流石に少し荒れている。包丁で刺されたとのことだが、当然ながら抵抗したのだろう。
「どうかな?八尋さん、何か分かったかな?」
期待の眼差しを向ける山陽警部補に申し訳ないと思いつつ、首を横に振る。
「流石にまだ……とりあえず、金や物目的ではなさそうということくらいしか……。」
そう言いながら、他をまだ見ていない以上、断定するのは早すぎると思った。
「他の被害は何かありますか?」
リビング以外の現場を見せてもらおうと思ったのだが、回答は予想と違っていた。
「いいや。どうやらここだけみたいなんだ。他の部屋は荒らされた様子もない。もしかしたら小物が盗られたりしているかもしれないから、そこは旦那さんの方に確認してもらうつもりだ。」
他に被害はない?
だとすれば、居直り強盗というわけでもなさそうだ。
真っ直ぐリビングに侵入して、被害者の女性を刺し殺して退散した?
相当な恨みを買っていたということになる?
「この辺りって、防犯カメラはなかったですよね?」
「ああ。町内会で付けないって方針になったそうでね。」
「目撃情報に期待するしかない、と。」
「そういうことになる。」
まぁ、殺すことだけを目的にした犯行であるならば、仮に監視カメラが設置されていても対策していることだろう。
「……あれ?」
そこまで思考して疑問点が浮上した。
通報があったのは午後2時。
どうしてそんな明るい時間に犯行を?
「八尋さん?」
「いえ、なんでも。庭を見てもいいですか?」
「もちろんだよ。ガラス片が残ってるかもしれないから、気を付けてね。」
「はい。」
玄関から自分の靴を持ってきて庭に出る。
物干し竿の他には、バケツやスコップが置いてある。最低限の手入れはしてある、という印象だ。
柵に囲まれていて、隣の家との境界線になっている……のと表にも面している。柵はそんなに高くないから、道路側からよじ登って侵入することは可能だ。
さて……新情報も入手したところで、先程の続きだ。
何故、明るい時間に実行したのか?
思いつきはない。手際が良すぎる。
敢えてこの時間を選んだ?平日の昼過ぎだから、人通りは思ったよりも多くはない。運が良ければ、誰にも見られずに侵入することも出来るだろう。
「運……。」
そこが引っ掛かった。
計画的(に見える)犯行をする人物が、そこで急に雑になるだろうか?
理由があるはず。
庭を端から歩いてみる。何か物的証拠が残っているかもしれない。
そう思ったけど、特に何も見つからなかった。
そりゃあそうか。何かあったら警察の方々がとっくに見つけている。
「あの、山陽警部補、窓を割った物って分かっていますか?」
「それなら、恐らくそこにあるスコップだろうね。」
手に取ってみる。
確かに新しめな傷がある。
窓を割る時にバールがよく使われるけど、それは大きいから目立ちやすい。これなら凶器の包丁と一緒に隠して持ち歩ける……。
「……このスコップ、ここの家の物じゃないのですか?」
「え?ここのじゃないかな?わざわざ捨てていくとは考えにくいわけだし……。」
「そうですよね……。あ、触ってしまいましたけど、指紋は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。夫婦のものしか出なかったみたいだから。」
「それならよかったです。」
指紋が拭き取られていないということは、この家の物で間違いなさそうだ。犯人は軍手か何かしていたのだろう。
見つかっている情報が少ない。
だからこそ私が呼ばれたのだろうけど。【高校生探偵】なんて大仰な肩書は荷が重くもあるけど、期待されている以上、それに応えてみせたい。
とりあえず、今出ている情報をメモに書いて整理してみよう。
外だと風と太陽光に邪魔されて書きづらいから、一度屋内に戻ってから書こう。
「……。」
リビングに戻ろうとして、気が付いた。
正確に言えば、庭との間にある大窓を見て、だ。
侵入する時、窓を割るわけだが、その全てを割るわけではない。鍵のところだけ割って、そこから手を入れて鍵を開けるのがよく使われる手口だ。あと、静かにガラスを切る道具なんかもあったはず。
だけど、この大窓はほぼ全壊している。鍵はかかっていないけれど、ここまで割る必要があったのだろうか?
鍵のところだけ割る理由は、もちろん音だ。大きな音が立てば、それだけ気付かれる可能性が高くなる。
「……あの、確認なのですが。」
「何かな?八尋さん?」
「通報した方の証言ですけれど、悲鳴があって、ガラスが割れる音がしたと?間違いありませんか?」
「そういう風に聞いているけど、それが……?」
「……なるほど。犯人が分かりました。」
「えっ!?」
山陽警部補が驚いた表情を見せる。
このリアクションが見られるのは探偵冥利に尽きる。なんてこと、ちょっと思ったりして。
「順番が逆なんですよね。普通、ガラスの割れる音がして、その後に悲鳴が聞こえると思うのです。」
組みあがった推理を語っていく。
悲鳴が先。つまり、犯人は別のルートで室内に入り、被害者を殺害した後、窓の鍵を開けて庭に出て、それから大窓を叩き割った。
これなら道具を持たず、庭に置いてあったスコップを使った行動にも合点がいく。
では、一体どこから侵入したのか?そして何故、明るい時間に犯行に及んだのか?一切荒らされている様子がないのはどうしてか?
その答えは共通している。それに単純明快だ。
犯人は内部の人間だ。
「そ、それはつまり……。」
「はい。犯人は、旦那さんになると思います。」
営業職で会社から手軽に出掛けられるのなら、自宅に寄ることも容易いだろう。そして家主なら明るい時間に近所にいても不審に思われることは少ない。
帰宅するように、日常的な仕草で自宅へと入り、包丁で奥さんを殺害。その後、一度庭に出てから窓ガラスを割り、外部の犯行に見せかける。そして車で逃亡。仮に目撃されていても、忘れ物があったとか言えば不審がられることもない。
「なるほど……筋が通っている。流石は八尋さんだ!」
山陽警部補が感心した様子で小さく拍手してくれた。
「あ、いえ、物的な証拠はまだないですし、私の妄想みたいなもので……。」
「何を言ってるんだい?八尋さんのおかげでいつも助かっているんだから。自信を持って!よし!早速部下に連絡して詳しく調べてみるよ!」
山陽警部補が連絡をしている間、改めてリビングを見回す。
これで推理が間違っていたら迷惑でしかないから、信憑性を増すために何か……と思ったのだが、そう都合よくは見つからない。
いつの間にか連絡が終わったようで声を掛けてくる。
「いや~いつもありがとう。途中まで送っていくよ。」
「いえ、そんな……私は大丈夫ですから。」
「そんなこと言わずに……そうだ。」
何かを思い出したように、そして真剣な眼差しで周囲を見渡す。まるで、誰にも聞かれたくないから、とでも言わんばかりに。
「八尋さん。【怪盗ツインテール】って知っているかな?」
「怪盗……?いえ、残念ながら存じないです。アニメか何かのキャラクターでしょうか?」
ツインテール、なんて名前だからそう思ったのだが、山陽警部補の真剣な様子は変わらない。
「いや、上層部の方で密かに話題になっているようでね……私も詳しくは知らないんだ。」
「そうですか……家族や友人に聞いてみても良いですか?もしかしたら、誰か知っているかもしれません。」
「そうだね……一応、機密事項的なものだから、信頼できる人にだけ聞いてみてもらえるかな?」
「はい。分かりました。」
【高校生探偵】なんて呼ばれているが、あくまで一般的な高校生。そんな人間に機密事項を話していいものなのかと密かに思ったが、それは口にしないことにした。




