第10話:開演
「──さて、こうして面と向かって会うのは初めてね。【情報屋】の四條海遥よ。私がこうして出向いてやってきた以上、失敗は許されないわよ。」
バード・ファミリーと珠羅の控室で合流して早々、彼女はそう挨拶した。
これまでもメール等でやり取りしてきたであろうが、顔を合わせるのは初めてだ。それで開口一番にこれを聞かされたら、大半の人間は良い印象を持たないことだろう。
ホーキング兄妹も……主にレオとジャックも例にもれずそう感じたのか「本当にあの【情報屋】か?」と伶に確認するほどだった。
「ミハル先輩ですね!今日はヨロシクお願いします!」
ただ珠羅だけはそうじゃなかったみたいで、いつも通りといった感じだ。
……いつも通り?
夕桔はそう捉えながらも、自らの受けた印象に疑問を持った。
どれだけ対策を講じても絶対はない。今日、本当に死ぬかもしれない。それでも尚、平常でいられるものなのだろうか。
「挨拶も済ませたことだし、本題に入るわ。情報は既に提供した通りだけど、確認していくわよ。」
そう前置きして、海遥は語り始めた。
「殺害予告が届いた日、その前後を中心に今日に至るまで、殺し屋の依頼状況を可能な限り探った。そして今日、日本にいられる輩はそんなに多くなく、且つ仕事が入っているのは数人だけ。」
「その殺し屋は日本人という話だったな?理由を訊いていなかったが、どうして言い切れるんだ?」
レオの質問に海遥は腕を組んで答える。
「私の情報網だから多少の偏りはあるけれど、依頼者……殺害予告者が日本人の可能性が極めて高い。発信先が日本だったというのもあるけれど、あの予告文ね。変に丁寧というか、機械で翻訳をかけたって感じだった。」
「そうだったんだ。」
「おい現役高校生。」
夕桔を睨む海遥。
「他にもいくつか理由は考えられるけれど……。」
珠羅の方をチラリと見た。
「……そこのところは、まぁ私にとってはどうでもいいことよ。それで、依頼者が日本人だとして、どこに頼むかってなったら、同国人でしょうね。満足に使えない外国語を使うのは難しいでしょうし。」
けれど、それは今は関係ない。
正直、予告状の発信元から調査していけば捕まえることは可能だ。しかし、殺し屋に一度依頼が通れば、それ自体がキャンセルされることはまずないと考えられる。支払いは前払いが普通という理由もある。
「完璧に絞れたわけじゃないけれど今回、依頼された殺し屋の最有力候補は【ウミネコ】と呼ばれる男よ。小技が得意な輩ね。伶たちは面識は──?」
「ないよ。裏社会という括りでは一緒でも、業務内容が違いすぎる。」
「──でしょうね。一応、顔写真があるけれど、どうせ変装しているでしょうし意味ないわね。それより、ステージに上がるミラ以外はこのイヤホンを片耳に着けてちょうだい。」
あ、栞里が用意したのと同じやつだ。
「私はここから監視カメラの映像を見て、あなたたちに指示を出す。基本的に返事はいらないから、聞いたら動いてくれればそれでいい。あぁそれと、バード・ファミリーの手下たちへの指示はレオとジャックに任せるから。何か質問は?」
言い方に対してホーキング兄弟の2人は不満げな様子だが、内容自体に言いたいことはないようで黙って頷いた。
「ならよし。各々準備をして持ち場についてちょうだい。改めて言うけれど、敗北は許されないわ。いいわね?」
またそうやって圧をかけるような物言いを……。
けれど、案外それでいいのかもしれない。こうして集まって協力をするわけだけど、異なる分野の集まりだ。そこに信用や信頼は生まれど、絆はない。
……それは少し寂しいけどね。
スタッフの黒いシャツに着替え、右耳に海遥のイヤホンを、左耳に栞里のイヤホンを着ける。髪で両耳は隠れているし、変な見た目にはならないかな。
『夕桔、そろそろ開演時間よ。あんたは外側から客席の中央くらいの位置まで移動しなさい。』
『夕桔、そろそろ開演時間ですね。全体を見渡せるところまで移動してください。』
同時に喋んないでよ。
まぁ2人とも言いたい内容は同じっぽいし、素直に移動しますか。
『夕桔?聞こえてますか?』
あぁ、栞里には返事をしないと。
イヤホンに付いているスイッチを押しながら答える。
「聞こえてるよ、栞里。海遥も監視カメラを見てくれてるけど、2人で相談して別々のところを見たりするの?」
『文面以外であの人とやり取りすのはちょっと……。』
「花時丸ちゃんらしいね。まぁ2人なら……。」
客席から大きな声が上がった。音のこもらない屋外でこんなに大きな声がするのか。
ステージの方を見やると、小さな人物が立っていた。
珠羅だ。いよいよ開演だ。
「ニッポンの皆さん!コンニチワー!」
マイクを通して珠羅の元気な声が響き渡る。
「ミラ・ホーキングです!今日は会いに来てくれてアリガトー!私のパフォーマンス、楽しんでいってくださいー!」
「……始まったか。」
冷房の効いた部屋で複数のモニターを睨むように海遥は見る。
暦の上では春。しかしよく晴れたこの天気に加え、これだけの人間が一か所に集まっている。会場の暑さは想像以上だろう。
微かにここまで音楽が聞こえてくる。客たちは立ってペンライトやタオルを振り回す。見ているだけで嫌になるような暑苦しさだ。
客席に他と違う行動をする者は今のところいない。
殺し屋がこの中に紛れ込んでいる可能性は流石に低いわね。
会場の周辺は警察が警備と交通整理をしている。その更に外側は、伶が怪しい地点に仲間を配置したと聞く。
つまり一番警戒すべきは、会場内で客席ではないところ。
「分かってはいたけれど、こういう防衛戦は屋外だと厄介ね。」
広い公園に柵を使って会場のスペースを作っている。これだと、どれだけ警備を敷いても完全に外部と隔離することはできない。
だけど、屋内だと毒ガスとかも警戒しないといけないから、一長一短ではある。
「伶、Gブロックに客席から離れる人物がいるわ。向かって。」
海遥からの指示を受け、伶は言われた地点に小走りで向かう。
どこだ?
バード・ファミリーの部下の人たちは……少し離れたところにいるか。あの人たちは外を主に外を警戒している。急に飛び出す人物がいたら動くだろうが、そうでなければ気付くのは難しい。
イヤホンのスイッチを押す。
「海遥?どこに……。」
『そこから後方!赤いシャツを着た男よ!』
被せるように指示がきた。恐らく、ほぼ同時に互いに話そうとしたからだ。
赤いシャツ……いた。
ポケットに手を入れて、ひっそりと客席から離れていく。
会場がこれだけ盛り上がっているから必要ないだろうが、静かに近づいて後ろから声を掛ける。
「どうかされましたか?」
警戒は怠らない。
重心を少し落とす。逃げるなら捕まえる。襲ってくるから一旦距離を取って、それから反撃する。
「ん?あぁ、ペットボトルを落としてしまったので、新しいのを買おうと思って。自販機、この辺にありますよね?」
「……ええ。会場から一度出ていただく必要がありますが、ありますよ。」
「どうも。」と言って男は歩いていった。
「海遥、飲み物を買いに行く人のようだけれど、どうする?尾ける?」
『白とは限らない。尾けてちょうだい。』
「了解。」
『客席から離れる人物が……あ、【烏揚羽】が行ったようです。』
栞里の声が聞こえてくる。
伶は私の客席を挟んだ反対側の方を見ているはずだから、そっちも見られるようにするか?
『夕桔、あんたの背中側、会場外に不審者がいる。向かって。』
「伶の方は?」
『さっきレオに、外を警備している部下をそこに向かわせるように伝えたわ。』
「分かった。」
『夕桔の近く、外をうろつく人物がいます。向かってください。』
「分かったってば。」
『2回も返事しないていいのよ!』
「間違えただけですぅー!」
栞里に返事したつもりだったけど、海遥と繋いだままだった。
混乱してくるなコレ。
不審者がいるって話の場所は、木が多くて林のようになっている。
ここから狙撃するのは木が邪魔で無理ってことで、バード・ファミリーの警備も少ないし監視カメラも少ないところだ。
走りながら考える。
伶や紗世さんは武器を持っているだろうけど、私は持ってない(何か借りようと思ってたけど忘れた)。
殺し屋である以上、当然何かしら武器は持っているはず。正面戦闘になったら私に勝ち目はない。
監視カメラの位置は把握している。そして林の中は死角になるところも多い。
魔法少女の力を使うべき場面か。
海遥たちには何て誤魔化すか……は終わってから考えるか。珠羅を守ることだけ今は考えよう。
目的地に着いた。
この前来た時の場所よりも木が多い。あっちは散策しやすいようにある程度整備されていた感じがしたけど、ここはそのままって感じだ。
ステージから離れたから、流石に音楽もほとんど聞こえない。
土と葉の独特な臭いがする。
「いた……。」
時折、何かを探すように顔を動かす男がいた。
後ろ姿なので分からないが、腕の位置からして何かを抱えているようだ。
容姿は中肉中背といったところだ。殺し屋って戦闘用にもっと鍛えているイメージがあるけど、相手を油断させるために敢えて普通の体形にしているのかもしれない。
それに変装でそう見せているだけで、実際は筋骨隆々なのかもしれない。
さて……どうするか。
不審者に違いないが、殺し屋だと確定したわけじゃない。
私が普通に声を掛けても誤魔化される可能性は高い。伶なら裏社会の人間特有のオーラみたいのでも出して、相手に悟らせることができるだろう。
だが私にはそれはできない。怪盗がそんなオーラを出せても困るだけだけど。
それなら、やることは決まっている。
念の為、監視カメラに映らない位置にいるか確認してから、ペンダントを握る。
「──変身。」
一瞬、眩い光に包まれた感覚になり、魔法少女へと変身した。
髪はピンクになり低い位置で結い、服は民族衣装風のドレスになる。
元々身に着けていたものはなくなるみたいだ。イヤホンが消えている。前に学校帰りに変身した時も鞄が消えていて、元の姿に戻った時に一緒に戻ってきていた。
「そこの貴方!こんなところで何をしているの?」
魔法少女になると、何となくだけどいつもの自分と違う感覚がする。声もそうだ。
男はゆっくりとこちらを向いた。
「ああ、私は……おや?もしかして、魔法少女の方ですか?」
「ええ。そうよ。この辺りで……。」
あれ?
この人、見覚えがあるぞ?
「ええ、何か大きなイベントをやっているみたいですね。いやぁ、流石にこれだけ人がいると鳥たちも……あっ、私、バードウォッチングが趣味でしてね……。」
この前の人じゃん!
魔法少女に会えて感激とか何か色々言っているけど、全然耳に入ってこなかった。
「……あー……えっと、イベント中なので、会場の近くには近づかないようお願いするわ。」
「それもそうですね。これは失礼しました。魔法少女のお嬢さんもお仕事、頑張ってください。それでは。」
頭を下げて素直に去っていく背中を見届けてから、変身を解除する。
すると同時に右耳のイヤホンから大声が聞こえてきた。
『やっと繋がった!あんたどこで何してるのよ!?』
うるさい!
「さっきの人を追ってた。殺し屋じゃなかったよ。それでなに?」
『第一部が終わるから戻ってこいって言ってるのよ!早くしなさい!』
もうそんな時間か。
「了解。すぐ行くね!」
そう返事をして、急いでイベントテントへと向かった。